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第十四章 竜の末裔
2-1 光の日①
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「レイ……ッ!」
女神の鏡の力で移動した先に広がる光景。それを目にしたユリエは、呼び慣れた愛する女神の名を叫んだ。
彼女の視線の先、眩いばかりの銀の光と漆黒の闇がぶつかりあっていた。
あまりの眩しさに目が眩みそうになる程の神気。
白皙の美貌から表情を一切失くした青年は、厳しい色を宿した金色の瞳を、対峙する翠緑の髪の青年に向けていた。
この国の第三王子と同じ顔をした青年。その神子服の長い裾と被衣、そして、足元にまで届くような長さの銀糸の髪が、吹き荒れる風になびく。
右手には、神気を放つ抜き身の剣。
左手には、すべてを導く浄化の光。
光の攻撃を闇の力で防御する翠緑の髪の青年の姿を見たライサンは唇を噛みしめる。
「アルターコート……」
来るべき時が来てしまった。
リュセルとセフィ。
仲が良い友人のような関係だった二人を知っていただけに、敵として相対し戦う二神の姿は、ライサンの目に悲劇としてしか映らない。
「まだ、完全には復活していないようだね」
状況を冷静に把握したユリエの声に我に返ったライサンは、彼女の言葉通り、レイデュークの力に押されっぱなしのスノーデュークに気づく。背後で支えるサイレンの援護がなければ、闇の防御を維持する事さえ難しいだろう。
「これなら勝てるかも」
そう言いながら周囲を見回したユリエは、神々の戦いの場から少し離れた場所に在る蒼髪の青年を見つけた。
「見つけた! ディエラ、あれが、死の旋律を奏でる者だ」
その呼び声を聞くと同時に、ライサンは解放させた女神の鏡に意識を集中させたのだった。
奏でよ……
闇を
死を
奏で続けよ!
近くで起こる光と闇の神々の激突を気にすることなく、彼は旋律を奏で続けた。
旋律で戦う。それが彼に課せられた使命。
すべて無くなればいい。
人間も
神も神子も邪鬼も
すべて、消滅してしまえ!
昏い想いと澱んだ考えに沈み往く……。
このまま戻れなくてもいい。
そう思った瞬間、閉じた瞼越しに白銀の光を感じた。
「ッ!?」
咄嗟に闇の思考から浮上し、目を開けたイプロスが見たものは、純白の色。神官服の白とふわふわとした白髪。その珍しい髪色を目にすると同時に、イプロスの脳裏に懐かしい光景が広がる。
ーも~、イプロス殿下ぁ。またリンス様が行方不明なんですよ~。うちの王子、どっかで見かけませんでしたか~?ー
黒い燕尾服を着た、白髪の少年。主人を探して忙しなく動く度に、彼の背後で一つにまとめられた純白の髪が揺れていた。
誰よりも主人に忠実だった、兄の従者。
それは、遠い彼方に忘れ去っていた、暖かな記憶の一部
「カート?」
ライサンを凝視しながら懐かしい名を呟いたイプロスは、すぐに考えを改める。
「いえ、カートがいるはずありません。彼は遠い昔に天命を全うしたのですから……」
そして、フルート(横笛)を下すと、ライサンの姿をしみじみと眺めた。
「……という事は、あなたはカートの子孫。セリクス家の子ですね?」
古の昔、勇者ディエラに仕えたと伝えられるセリクスの直系の子孫は、何故か代々白髪を受け継いできていた。その事実から予測したイプロスは、昔を懐かしむような顔でライサンを見つめる。
「ふふ。やはり、少しカートに似ていますかね?」
その様子をじっと黙視していたライサンは、不意に尋ねた。
「それは、かつての鏡主、リンスロット・レイデューク・ディエラに仕えた従者、カーランド・セリクスの事か? イプロス……、闇に堕ちた王子よ」
その言葉を聞いたイプロスは、女神の容貌と謳われた優しげな美貌に禍々しい闇の微笑を浮かべたのだった。
「忌々しい勇者の生まれ変わりですね。生意気な子は嫌いですよ」
「ディエラ!」
イプロスとライサン。
一触即発の二人の空気を察したユリエは、持っていた玉を構え、ライサンの隣りに移動する。
女神の鏡と玉。
二つの神の武器を携えた古の勇者の姿を見たイプロスは、持っていたフルート(横笛)をしまい、両手を打ち鳴らして再び邪双銃を具現化させる。
「鏡の守り手であるディエラと玉の守り手であるサンジェイラの転生体。……再び集ったのは、女神の差し金ですか?」
そう言いながら、チラリと弟神と対峙する銀髪の青年に視線を向けたイプロスは、二人に見せている余裕の態度の裏で焦りを強めていた。
(少々やっかいな事になりましたね。予想以上にこちらの分が悪過ぎる)
二人の勇者と二つの神宝。両方を相手に出来る程、イプロスの邪気は強くない。
(それに、あちら(スノーデューク)の戦況も危ういようですし。一旦、撤退を考えた方がいいと思いますが)
そう考えると同時に、イプロスは自身の立つ地面の下に感じる邪悪な気配に気づく。
「いい所に来てくれましたね、クロード」
ひとり言のようにボソボソと呟いたイプロスに対し、ユリエもライサンも眉根を寄せた。
「ご褒美ですよ」
その言葉と共に、二人の勇者が見つめる先で、イプロスはゆったりとした動きで袖に仕込んでいたナイフを出す。彼は薄い頬笑みを浮かべたまま、鈍く光る刃を左手首に当てると、一片の躊躇もなくそれを引き、ユリエとライサンを驚かせた。
「ふふ」
ポタ……、ポタ…………
滴り落ちる深紅の血液が地面に吸い込まれていく様を、イプロスは見つめ続けていたのだった。
そんな彼らより、僅かに離れた空中にて。
姉弟神は激しい攻防を繰り広げていた。
「姉上! 姉上、姉上……! どうして、どうして!?」
注がれる光の刃を闇の防護壁で防御しながら嘆き泣く闇の神に、彼を背後から支えていたサイレンは、呻くような声で宥めかけていた。
「マスター、我が君、どうか気を確かにお持ち下さい。ここはもう、もちません。一度撤退を……」
「嫌だ……、嫌だ嫌だ嫌だ…………嫌だああああああああ!」
彷徨のような叫び声を上げた、次の瞬間
旋律が聞こえた。
”起て 闘士達よ 鬨の声を聞け”
「!?」
空気を切り裂くような歌声と共に、目の前を覆っていた闇の防護壁が切り裂かれた。
(破魔の詩!?)
咄嗟にそう考えたサイレンの視線の先、鈍く金色に光る一対の瞳が在った。感情を押し殺した、光の神の目。
”汝らの敵は 我が前に
我が敵は 汝らの前に”
無表情のまま淡々と歌い続けながら、神と化した青年は、弟神を守るサイレンの肩に神剣を突き刺した。
「がはッ……」
肩から噴き出す邪気を抑えながら、サイレンの体は地に落ちる。
「そうやって、また逃げるんだね? 僕を消す事で、また逃げるんだ! あはははははははッ」
狂ったように笑うスノーデュークの顔を見つめながら、彼は自分の中の士気を高める為に歌い続けた。
”万物を味方に 想いを武器に
誇りを剣に 望みを盾に
駆ける戦場 望みのままに”
祈りの詩とは対照的な、激しい旋律のその詩。スノーデュークは、よく知っていた。
”破魔の詩”だ。
光の眷属神であったレイデュークの能力の一つだった、詩(うた)。
優しい祈りの詩を詩う事の多かった姉だが、一たび神々の間で諍いが起こると、それを治める為にこの破魔の詩を詩っていた。
創世期以前、たくさんの神々がこの世界に溢れていた頃、神同士の争いが起きなかったのは、レイデュークの存在が大きかったからだ。
彼女は聡明で美しく、そして、本当は誰よりも強かった。自分は、そんな彼女を愛し、尊敬していた。
それは、確かに温かな優しい感情だった。
そうだったのに……、何故、何故!?
いつから!?
こんなにも苦しく、すべてに憎悪を覚えるようになったのか!?
「分からない分からない分からない……。違う違う違う、すべてあなたが悪いんだ、姉上! 僕を愛して下さらないから!」
泣き叫ぶスノーデュークの頭上に神剣を振り上げた彼は、破魔の詩を一旦止めた。
「さらばだ、スノー。愛しい我が弟」
神々しい白銀の光を放つ剣。それを愕然と見上げていたスノーデュークの意識が、不意に揺らいだ。
そうして、すべてを終わらせる為、弟神の上に制裁の刃を振り下ろそうとした時
「……………………リュセル?」
スノーデュークを包む空気が一変した。
(セフィ……、セフィラン!?)
その瞬間、一片の迷いもなかった白銀の神の瞳の中に、情と迷いが生まれる。
嫌だ
殺したくない!
それは、レイデュークでもレオンハルトでもない。まぎれもない、リュセル自身の叫び声であった。
一瞬の迷いと躊躇が剣先を狂わせ、神の刃は気を失いかけたセフィランの頬をかすめた。
「セフィッ」
空中に浮くだけの力をも失くし、重力に従って地面に落ちかけたセフィの腕を、リュセルは咄嗟に掴む。そんな相手の体を抱き寄せ、彼は言った。
「次は、必ず殺れ」
「ッ!?」
「約束だ」
そして、しっかりとリュセルの体を抱くと、すぐに背後から現れた黒い影に身を任せた。
「サイレン!?」
翠緑の髪の青年の体が、リュセルの腕の中から攫われるようにして奪われる。
驚きに目を見開くリュセルに憎悪の眼差しを向けた後、彼はセフィランの体を抱いたまま地面に降り立つ。肩に負った傷はほぼ塞がれており、疲弊してはいるが、動くに支障がないようだった。
かなりの深傷を負わせたはずなのに、何故。
驚きに目を見開くリュセルの視線の先、サイレンの口元に傷つけた自分の右手首を近づける青年の姿がある事に気づく。
女神の容貌を受け継いだ、蒼髪の青年。
サイレンは彼の差し出した傷口から聖血を啜って、回復を果たしていたようだった。
「イプロス……」
複雑な感情を乗せた声音で青年の名を呟いたリュセルの背後で、大きな邪気が膨れ上がった。
女神の鏡の力で移動した先に広がる光景。それを目にしたユリエは、呼び慣れた愛する女神の名を叫んだ。
彼女の視線の先、眩いばかりの銀の光と漆黒の闇がぶつかりあっていた。
あまりの眩しさに目が眩みそうになる程の神気。
白皙の美貌から表情を一切失くした青年は、厳しい色を宿した金色の瞳を、対峙する翠緑の髪の青年に向けていた。
この国の第三王子と同じ顔をした青年。その神子服の長い裾と被衣、そして、足元にまで届くような長さの銀糸の髪が、吹き荒れる風になびく。
右手には、神気を放つ抜き身の剣。
左手には、すべてを導く浄化の光。
光の攻撃を闇の力で防御する翠緑の髪の青年の姿を見たライサンは唇を噛みしめる。
「アルターコート……」
来るべき時が来てしまった。
リュセルとセフィ。
仲が良い友人のような関係だった二人を知っていただけに、敵として相対し戦う二神の姿は、ライサンの目に悲劇としてしか映らない。
「まだ、完全には復活していないようだね」
状況を冷静に把握したユリエの声に我に返ったライサンは、彼女の言葉通り、レイデュークの力に押されっぱなしのスノーデュークに気づく。背後で支えるサイレンの援護がなければ、闇の防御を維持する事さえ難しいだろう。
「これなら勝てるかも」
そう言いながら周囲を見回したユリエは、神々の戦いの場から少し離れた場所に在る蒼髪の青年を見つけた。
「見つけた! ディエラ、あれが、死の旋律を奏でる者だ」
その呼び声を聞くと同時に、ライサンは解放させた女神の鏡に意識を集中させたのだった。
奏でよ……
闇を
死を
奏で続けよ!
近くで起こる光と闇の神々の激突を気にすることなく、彼は旋律を奏で続けた。
旋律で戦う。それが彼に課せられた使命。
すべて無くなればいい。
人間も
神も神子も邪鬼も
すべて、消滅してしまえ!
昏い想いと澱んだ考えに沈み往く……。
このまま戻れなくてもいい。
そう思った瞬間、閉じた瞼越しに白銀の光を感じた。
「ッ!?」
咄嗟に闇の思考から浮上し、目を開けたイプロスが見たものは、純白の色。神官服の白とふわふわとした白髪。その珍しい髪色を目にすると同時に、イプロスの脳裏に懐かしい光景が広がる。
ーも~、イプロス殿下ぁ。またリンス様が行方不明なんですよ~。うちの王子、どっかで見かけませんでしたか~?ー
黒い燕尾服を着た、白髪の少年。主人を探して忙しなく動く度に、彼の背後で一つにまとめられた純白の髪が揺れていた。
誰よりも主人に忠実だった、兄の従者。
それは、遠い彼方に忘れ去っていた、暖かな記憶の一部
「カート?」
ライサンを凝視しながら懐かしい名を呟いたイプロスは、すぐに考えを改める。
「いえ、カートがいるはずありません。彼は遠い昔に天命を全うしたのですから……」
そして、フルート(横笛)を下すと、ライサンの姿をしみじみと眺めた。
「……という事は、あなたはカートの子孫。セリクス家の子ですね?」
古の昔、勇者ディエラに仕えたと伝えられるセリクスの直系の子孫は、何故か代々白髪を受け継いできていた。その事実から予測したイプロスは、昔を懐かしむような顔でライサンを見つめる。
「ふふ。やはり、少しカートに似ていますかね?」
その様子をじっと黙視していたライサンは、不意に尋ねた。
「それは、かつての鏡主、リンスロット・レイデューク・ディエラに仕えた従者、カーランド・セリクスの事か? イプロス……、闇に堕ちた王子よ」
その言葉を聞いたイプロスは、女神の容貌と謳われた優しげな美貌に禍々しい闇の微笑を浮かべたのだった。
「忌々しい勇者の生まれ変わりですね。生意気な子は嫌いですよ」
「ディエラ!」
イプロスとライサン。
一触即発の二人の空気を察したユリエは、持っていた玉を構え、ライサンの隣りに移動する。
女神の鏡と玉。
二つの神の武器を携えた古の勇者の姿を見たイプロスは、持っていたフルート(横笛)をしまい、両手を打ち鳴らして再び邪双銃を具現化させる。
「鏡の守り手であるディエラと玉の守り手であるサンジェイラの転生体。……再び集ったのは、女神の差し金ですか?」
そう言いながら、チラリと弟神と対峙する銀髪の青年に視線を向けたイプロスは、二人に見せている余裕の態度の裏で焦りを強めていた。
(少々やっかいな事になりましたね。予想以上にこちらの分が悪過ぎる)
二人の勇者と二つの神宝。両方を相手に出来る程、イプロスの邪気は強くない。
(それに、あちら(スノーデューク)の戦況も危ういようですし。一旦、撤退を考えた方がいいと思いますが)
そう考えると同時に、イプロスは自身の立つ地面の下に感じる邪悪な気配に気づく。
「いい所に来てくれましたね、クロード」
ひとり言のようにボソボソと呟いたイプロスに対し、ユリエもライサンも眉根を寄せた。
「ご褒美ですよ」
その言葉と共に、二人の勇者が見つめる先で、イプロスはゆったりとした動きで袖に仕込んでいたナイフを出す。彼は薄い頬笑みを浮かべたまま、鈍く光る刃を左手首に当てると、一片の躊躇もなくそれを引き、ユリエとライサンを驚かせた。
「ふふ」
ポタ……、ポタ…………
滴り落ちる深紅の血液が地面に吸い込まれていく様を、イプロスは見つめ続けていたのだった。
そんな彼らより、僅かに離れた空中にて。
姉弟神は激しい攻防を繰り広げていた。
「姉上! 姉上、姉上……! どうして、どうして!?」
注がれる光の刃を闇の防護壁で防御しながら嘆き泣く闇の神に、彼を背後から支えていたサイレンは、呻くような声で宥めかけていた。
「マスター、我が君、どうか気を確かにお持ち下さい。ここはもう、もちません。一度撤退を……」
「嫌だ……、嫌だ嫌だ嫌だ…………嫌だああああああああ!」
彷徨のような叫び声を上げた、次の瞬間
旋律が聞こえた。
”起て 闘士達よ 鬨の声を聞け”
「!?」
空気を切り裂くような歌声と共に、目の前を覆っていた闇の防護壁が切り裂かれた。
(破魔の詩!?)
咄嗟にそう考えたサイレンの視線の先、鈍く金色に光る一対の瞳が在った。感情を押し殺した、光の神の目。
”汝らの敵は 我が前に
我が敵は 汝らの前に”
無表情のまま淡々と歌い続けながら、神と化した青年は、弟神を守るサイレンの肩に神剣を突き刺した。
「がはッ……」
肩から噴き出す邪気を抑えながら、サイレンの体は地に落ちる。
「そうやって、また逃げるんだね? 僕を消す事で、また逃げるんだ! あはははははははッ」
狂ったように笑うスノーデュークの顔を見つめながら、彼は自分の中の士気を高める為に歌い続けた。
”万物を味方に 想いを武器に
誇りを剣に 望みを盾に
駆ける戦場 望みのままに”
祈りの詩とは対照的な、激しい旋律のその詩。スノーデュークは、よく知っていた。
”破魔の詩”だ。
光の眷属神であったレイデュークの能力の一つだった、詩(うた)。
優しい祈りの詩を詩う事の多かった姉だが、一たび神々の間で諍いが起こると、それを治める為にこの破魔の詩を詩っていた。
創世期以前、たくさんの神々がこの世界に溢れていた頃、神同士の争いが起きなかったのは、レイデュークの存在が大きかったからだ。
彼女は聡明で美しく、そして、本当は誰よりも強かった。自分は、そんな彼女を愛し、尊敬していた。
それは、確かに温かな優しい感情だった。
そうだったのに……、何故、何故!?
いつから!?
こんなにも苦しく、すべてに憎悪を覚えるようになったのか!?
「分からない分からない分からない……。違う違う違う、すべてあなたが悪いんだ、姉上! 僕を愛して下さらないから!」
泣き叫ぶスノーデュークの頭上に神剣を振り上げた彼は、破魔の詩を一旦止めた。
「さらばだ、スノー。愛しい我が弟」
神々しい白銀の光を放つ剣。それを愕然と見上げていたスノーデュークの意識が、不意に揺らいだ。
そうして、すべてを終わらせる為、弟神の上に制裁の刃を振り下ろそうとした時
「……………………リュセル?」
スノーデュークを包む空気が一変した。
(セフィ……、セフィラン!?)
その瞬間、一片の迷いもなかった白銀の神の瞳の中に、情と迷いが生まれる。
嫌だ
殺したくない!
それは、レイデュークでもレオンハルトでもない。まぎれもない、リュセル自身の叫び声であった。
一瞬の迷いと躊躇が剣先を狂わせ、神の刃は気を失いかけたセフィランの頬をかすめた。
「セフィッ」
空中に浮くだけの力をも失くし、重力に従って地面に落ちかけたセフィの腕を、リュセルは咄嗟に掴む。そんな相手の体を抱き寄せ、彼は言った。
「次は、必ず殺れ」
「ッ!?」
「約束だ」
そして、しっかりとリュセルの体を抱くと、すぐに背後から現れた黒い影に身を任せた。
「サイレン!?」
翠緑の髪の青年の体が、リュセルの腕の中から攫われるようにして奪われる。
驚きに目を見開くリュセルに憎悪の眼差しを向けた後、彼はセフィランの体を抱いたまま地面に降り立つ。肩に負った傷はほぼ塞がれており、疲弊してはいるが、動くに支障がないようだった。
かなりの深傷を負わせたはずなのに、何故。
驚きに目を見開くリュセルの視線の先、サイレンの口元に傷つけた自分の右手首を近づける青年の姿がある事に気づく。
女神の容貌を受け継いだ、蒼髪の青年。
サイレンは彼の差し出した傷口から聖血を啜って、回復を果たしていたようだった。
「イプロス……」
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