【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十四章 竜の末裔

2-2 光の日②

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「避けろ、レイ!」

 その言葉と共に、リュセルを庇うようにして白い神官服が翻った。

「ディエラ」

 その呼び声に答える間もなく、ライサンは目の前に突き出した鏡に意識を集中させ、光の壁を形成する。光の壁に激突した巨大な邪鬼を見てリュセルは眉をひそめ、それを下から見上げていたイプロスは、小さく笑った。

 あの時

 地面の下に在った、邪悪な気配の正体。

 ライサンの前に立ちふさがる今の醜い姿から想像も出来ないが、この気配は、イプロスの同胞の邪鬼、クロードのものに間違いなかった。

「本当、グットタイミングでしたね、クロード」

 そう言いながら、イプロスはその場に膝をつき、サイレンの腕の中に在るセフィランの髪を撫でる。

「さあ、行きましょう。あなたのお父様の元へ」

 意識のない彼に届かぬと知りながら、イプロスはそう話しかけた。


「しまった……ッ!」

 逃げられる!

 ユリエはイプロスを中心にして形成される円陣を目にし、焦りの表情を浮かべる。

 今、亜空間移動をされて撤退されたら最悪の事態になる。サイレンが抱く、意識のない翠緑の髪の青年。邪神の器となる宿命を持つ、闇の贄。

 彼を連れていかれたら……。

 ダンッ

 ユリエは咄嗟に彼らの方に向かい、全力で駆けた。

 それと同時に、亜空間移動の準備を終えたイプロスが円陣から躍り出て、迫りくるユリエの前に立ちはだかる。

「行かせませんよ」

 ダンッダンッ

 邪双銃から連続で放たれる邪気の弾丸を空中を飛ぶ事で避けたユリエは、目の前の敵を睨み見た。

「もうすぐ僕の望みが叶うのです。邪魔をしないでいただきたい」

 イプロスのその言葉に、ユリエは弾かれるように反論する。

「邪鬼がお前との約束を守ると思うのか!? イプロス! 利用されているのだと、頭のいいお前が何故わからない!」

「……黙れ」

 呻くようなイプロスの制止の声も聞かず、ユリエは続けた。

「そんな事をしてもリンスロットは戻らない! 戻らないんだッ!」

「黙れええええッ!」

 ダンッダンッダンッダンッ

「ッ!」

 襲い来る邪気を紙一重で避けたユリエだったが、最後の弾を避けた瞬間、その間に移動していたイプロスがユリエの目前で引き金を引く。

「……ッ!?」

 ダーーーーーーンッ

 邪気の直撃をくらったユリエを目の端に入れたライサンは、クロードの攻撃を防ぎながら彼女の名を叫んだ。

「サンジェイラーーーーッ!」

 そんなライサンの背に庇われたままのリュセルの視線は、亜空間移動と共に消え往こうとしているセフィランに注がれていた。

「あぁ……、セフィ……セフィ殿、…………ッセフィラン!」

 激情のまま彼の元へ駆けようとするリュセルの腕を、ライサンは素早い動きで掴んだ。

「今のあなたの精神状態では、殺されに行くようなものです! お止めなさい!」

 ライサンの指摘通り、神化したにも関わらず、意識がリュセルのものに戻ってしまっている。セフィ……いや、セフィランに対する情が、彼を神から人に戻してしまったのだ。完全にレオンハルトの意識とレイデュークの記憶を奥に追いやってしまっている今の状態では、手負いのサイレンにすら敵うまい。

「ッ!」

 声もなく目を見開くリュセルの視線の先で、サイレンとセフィランの体は円陣に吸い込まれ、消える。

「ああああああああああああッ!」

 叫ぶリュセルの体を片腕で抱き込むと、ライサンは素早い動きでその場を離れた。

 ドーーーーンッ

 光の壁を打ち破ったクロードは、地面に降り立ったライサンを追って攻撃をしかけようとする。

 その姿は、元の人型ではない。

 イプロスのもたらした聖血を啜り、激しい憎しみと邪気に己が心を沈ませたクロードの自我は、既に失われているようであった。

 人の三倍はあるような大きさの、漆黒の影。邪気の塊そのもののような、醜い化け物だ。その鋭い爪先がライサンに届く前に、巨大な体が蹴り飛ばされる。

 翻る着物風ドレス。白く細い脚。

(ローウェン!?)

 リュセルが咄嗟にそう思った程、その姿はローウェンの戦いのスタイルに酷似していた。

 彼女は薄汚れた着物風ドレスと乱れた黒髪という姿のまま、ライサンとリュセルを庇うように地面に降り立つ。

「……下着見えてるぞ、サンジェイラ」

 破れたドレスから覗く脚とフリルのついたかぼちゃパンツを冷静に見たライサンの台詞に対し、ユリエは硝子が割れて使い物にならなくなった眼鏡を外し、苛ただしげにそれを放り投げた。

「わかってるよ」

「イプロスは?」

「逃げた」

 ユリエの不機嫌の理由を悟ったライサンは、小さくため息をつく。

「仕方ない。色々と言いたい事はあるが、とりあえずこいつを片づけるぞ」

「あーあー、聞かない! 僕は聞かないからなっ! あーー、まったく、腹立つ!」

 そう叫びながらクロードに突進して行くユリエを見送った後、ライサンはリュセルに話しかけた。

「戻れるか? 神子」

 神に……。

 荒い息を吐きながら、リュセルは荒れ狂う感情を抑えようと目を閉じる。リュセルが表に出ている限り、折角女神の力を解放しても、それを使う事は出来ない。

「大丈夫、俺達がいる。ずっと……。そうだったろう? レイ」

 優しいその呼び声と共に、懐かしい温もりを感じた。

 ライサンに……、ディエラに抱きしめられたのだ。

 瞬間

 リュセルの意識は前面より遠のき、再びレオンハルトと重なる事に成功する。

 レイデュークの想いが胸に溢れ、止まらない。

「ありがとう、ディエラ。愛しい子……」

 そう言って彼は、ライサンの唇に口づけ、神の恩寵を与えたのだった。


 愛する女神の口づけを受けたライサンを見たユリエは、少々不満そうな顔をする。ディエラばかりずるい。と言いたそうな彼女に意地の悪い視線を向けると、ライサンは言った。

「どうした?」

「別に」

 クロードを投げ飛ばし、地面に沈めたユリエは、そう言うとぷいっと顔を背ける。

 長の年月を生きてきた自分達だが、唯一の運命の女(ひと)を前にすると、どうしても子供っぽくなってしまう。彼女を包み込めるような男でいたいと、ずっとずっと願っているのに……。

 しかし

「サンジェイラ」

 おいでというように広げられる両腕を見て、ユリエは夢見るような表情を浮かべてしまうのを止められなかった。

「レイ」

 記憶にある女神の腕よりも力強い腕に抱かれ、ユリエはライサンと同じように触れるだけの口づけを受ける。

 美しい、典雅なるレイデュークの微笑を見上げ、ユリエの胸はせつなく疼く。彼女が転生する折、王女ではなく、王子……、つまり、男性体を選んだ理由を知るが故だ。

 スノーデュークへの想いを断ち切る為。

 自分がスノーデュークへの未練を断ち切れないのは、己自身が女神であるからだと、ずっと彼女は考えていた。

 男になれば、愛しい弟神への想いを捨てる事も出来るだろうと。

(でも、そんな事出来やしない。人を想う事に性別なんて関係ないのだから……)

 神子達を見ているとよく分かる。

 同性。それも、兄弟や姉妹で惹かれ合う己が子供達の様子をずっと夢の中で見てきたはずなのに、知っていたはずなのに……、彼女は足掻いたのである。

 どうにか、断ち切ろうと。

 自分の想いを。弟神への認めきれない恋心を。

 創世神という至高の存在であるにもかかわらず、そんな、普通の人間の女性のような感情と愚かさを持つ彼女だからこそ、自分達は愛したのだ。

 それ故に捧げたのである。


 愛しの女神へ

 あの、誓いと約束を……。


「…………」

 ユリエの体から身を離した彼は、目線を彼女の背後に蠢くそれに向ける。

 シューシュー

 漆黒の霧のようなものを、口らしき場所から吐き出し続ける醜悪な姿の邪鬼、クロード。

「今、楽にしてあげよう。哀しき闇の欠片」

 そうささやきながら神剣を構えた彼に続き、ユリエもライサンも、自分の持つ神の武器を構える。

「行くぞ」

 その言葉と共に、彼の体は空中を飛び、ユリエとライサンの体も、それに続くようにアシェイラの空を舞った。

 サアアアアアアアッ

 風切る音。アシェイラ王都の空を、縦横無尽に飛び回る彼らの後には白銀の軌跡が残る……。

「ガア……ガアアアアアアアッ!」

 そうして、クロードが獣のような彷徨を上げた時、白銀の軌跡が重なり合い、一つの形を作り出すのに成功する。

 神紋。

 空に描かれた、神の御印。

 その巨大な紋の中心に浮かび立つユリエとライサンが玉と鏡を掲げたと同時に、膨大な量の光の洪水が下界に向けて放たれた。

 それは、目の眩むような、強力な光だった。







「!?」


 街に下り、状況把握と逃げ遅れた国民の保護に奔走していたカイルーズは、夜だというのにも関わらず、眩いまでに明るくなった空から注がれる白銀の光に目を開けていられず、咄嗟に手を目の前にかざして庇う。

「な、なんだ、この光は!?」

「ぬおおおお、目が開けていられん!」

「フェイラン様!」

 後ろにいた、フェイランや他の騎士団長達も、カイルーズと同じようにあまりの眩しさに目を開けていられないようだ。

(なんなんだ、この光は? もしかすると、王都全体がこの状態なのか?)

 この予想通り、王都にいるすべての人々がカイルーズ達と同じ状況にあったのだ。


 神殿や教会にいる人々。

 逃げ遅れ、邪気の脅威に怯え、街中を彷徨う人々。

 王都に侵入した邪気に襲われている者。

 国民を守り、戦う騎士達。

 そして、アシェイラ城で神子達の手当てをするジェイドとカイエ。


 王都中の人々が、創世の光とも言われる浄化の力の中にいた。

 白銀の光は、王都の至る場所で拡大し続けていた邪気を浄化し、悪しき闇を払う。



「ギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 注がれる浄化の光の威力に耐えきれず、悲痛な悲鳴を上げるクロードの前に、金と銀の色が翻る。

「さあ、浄化の時間だ。」

 歌うように紡がれた、断罪の言葉。

 疾風のような速さでクロードの前に姿を現した彼は、持っていた剣でアメーバ状に溶けてしまっていた邪鬼の体を切り裂いたのだった。







「レイ……」

 上空より地上に降り立ったユリエは、浄化が完了し、霧散していく邪鬼を目の前で見つめている青年に呼び掛けた。彼は白銀に煌く浄化の光の残滓の中に立ちつくすしており、その呼び掛けにゆっくりと顔を上げる。

 そうして、だらりと垂らした右手に剣を持つ青年の前に進み、ユリエはライサンと共にその場に片膝をつく。深く頭を下げた後、その白皙の美貌を見上げると、痛みを堪える様な金色の瞳と目が合った。

「すまぬ。ディエラ、サンジェイラ。またお前達に負担をかけてしまうな」

 哀しげな声を聞いたライサンは、苛ただしげに反論した。

「俺達はやりたくてやっている。あなたを助けたくて助けているんだ。犠牲になっているような言い方を、お願いだからしないでくれ!」

「”あなたを永遠に愛する”この約束は、僕らの誇り、僕らの想い。揺るぐ事のない久遠の約束。ねぇ、レイ。お願いだから泣かないで……。僕らを否定しないで」

 激昂するライサンと優しくささやくユリエを交互に見つめた後、彼は頷いた。

「ありがとう、子供達」

 そして、安心したように微笑む二人に再び告げる。

「吾子達を頼む。過酷な運命を課せられた彼らを支え、どうか導いてくれ」

 その言葉を最後に、彼の神としての意識は薄れていった。

「「レイ!!」」

 白銀の光を再び放った彼の体は、次の瞬間、二つに分たれる。

 ドサッ

 倒れかける兄弟の体をそれぞれ支えた二人は、無言のままその体を地面の上に横たえる。

「大丈夫か? サンジェイラ」

 受け止めたレオンハルトの体を横たえていたライサンは、隣で孤軍奮闘するユリエに声をかける。女神の加護が失くなった今、普通の女性に戻ってしまったユリエは、意識のないリュセルの体を支え切れずにヨタヨタしていた。

「やれやれ」

 ユリエに覆いかぶさるリュセルの体を受け取ると、ライサンは壊れものを扱うように丁寧に、彼の身を地面に横たえる。

「は~、は~~」

 ぜえぜえと肩で息をするユリエを呆れたように見つめ、ライサンは尋ねる。

「不便そうだな。お前、何故女に転生したんだい?」

「……興味があったから」

 好奇心旺盛だったサンジェイラならではの返答を聞き、ライサンはため息をつく。

「そうか」

「それに、後悔はしていないよ。それよりむしろ、女に転生した自分に感謝している」

 目を閉じてそう言ったユリエの横顔を、ライサンはじっと見つめる。彼女の今世での運命の相手は、世継ぎの王子だ。女でなければ、正式に結ばれる事の叶わぬ相手。

「そうか」

 再びそう返事をした時、ライサンはこちらに駆けつけてくる気配に気づいた。



「ユリエーーーーッ!」

 大声で名を呼ぶ婚約者の姿を見た瞬間、サンジェイラの記憶と意識を残したまま、ユリエの意識は切り替わる。

 女神の恩寵が去り、上がっていた視力は元に戻っていたので、ユリエの視界は非常にぼやけている状態だった。それでもすぐにわかった。周囲に散乱する瓦礫を乗り越えている青年が、真っすぐに自分に向かって駆けてくる事を……。それを察すると同時に、ユリエは泣き笑いの表情を浮かべる。

「あんなに走って。……馬鹿ね」


「ユリエ!」

 いてもたってもいられず、カイルーズはユリエの元に辿り着くと、立ち尽くしている彼女の体を抱き締める。

「約束を守ってくれたのね、カイル」

 ユリエは婚約者の暖かい腕の中でゆっくりと目を閉じた。

 ユリエが別の者になってしまったら、必ず連れ戻す。

 あの夜交わした約束。

「当たり前。君は僕の婚約者だよ。君の過去ごと愛すると、伝えただろう?」

「ええ……。ええ。ありがとう、カイル。愛しているわ」

 そのまま口づけを交わし合う二人から、ライサンは小さく笑ったまま目を逸らした。
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