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ユリエの憂鬱
3-2 サンジェイラ一行のアシェイラ入国
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中庭の隅にある井戸内に開通した抜け道は、レオンハルトに見つかった後も塞がれる事はなかった。たまに弟との逢引(デート)を楽しむ目的で自分自身が使用している為、それを壊す事を考えなかったのだろう。
まあ、そのおかげで、こうして気軽に街に降りる事も出来るし、毒草の種や肥料などを買い付けに行けるのだから万万歳だ。
「おお、久しぶりだね、兄さん。最近来ないから、どうかしたのかと思っていたんだよ」
行きつけの道具屋店主にそう声をかけられて、一般市民に変装したカイルーズは、にっこりとさわやかに笑った。
「うん、最近忙しくてね」
「へ~、大変だったねぇ。……そうそう、欲しがっていた例の物、ようやく入荷したよ」
周りを気にして小声でささやいた店主に顔を寄せ、カイルーズはさわやかスマイルを一瞬で引っ込めて小悪魔的な笑みをうっすらと浮かべる。
「マジ?」
「むっふふふふ。これこれ」
店主が店の奥から持ってきた、小振りな石像。
あきらかに呪われているといった風情の不気味な石像を受け取ると、カイルーズはそれをうっとりと眺めた。
「これが、巷で噂の呪いの像。製作者不明、いつ、どこで作られたのかもわからない謎の石像か。……素晴らしいね」
「でも、兄さん、知っているとは思うけれど……」
「呪われているっていうんだろう?」
不気味な石像を手にし、超ご機嫌なカイルーズは、そう言いながら代金を支払った。
「夜中に動くっていう話だっけ? あははは、愉快だよねぇ!」
呪いの石像片手にのん気に笑うカイルーズを眺め、店主は感心したように頷いた。
「いや~兄さん、大物になるよ」
っていうか、この国の次期国王ですがね。
店主の言葉に内心つっこみを入れていると、店の外が騒がしくなってきていた。
「何だろう」
店主に別れを告げて店の外に出ると、近くに位置する王都門の一つに人だかりが出来ているのがわかった。
大きな商隊でもやって来ていて、入都する為の審査でもやっているのだろうと思っていたのだが、数十はあると思われる馬車の内の一つ、最も厳重に警備された馬車に刻まれた紋章。それを見て、カイルーズは面倒臭そうなため息をついた。
「到着しちゃったか」
審査を終え、ゆっくりと門を抜けて入都するこの行列は、決して商隊などではない。馬車に刻まれた紋章、それはサンジェイラ王家である事を示していた。それは馬車だけではなく、到る所に刻まれており、この一行が自分の婚約者(候補)、ツバキ姫一行である事を告げていたのだ。
何かの手違いで事前連絡が届かなかったのだろうか?
「どっちにしろ、もう逃げられないって事だね」
カイエがいなくて仕事が溜まっているというのに、なんて間の悪い。カイルーズはそう考えながら、やって来た婚約者(候補)の事を、邪魔だな~っと、ぼんやりしながら考えていたのだった。
「きゃ~! すごいわ、すごいわ!」
長旅の影響でぐったりとしていたツバキは、入都と同時にいきなり立ち直ると、自国サンジェイラよりも何倍も賑わっているアシェイラ王都の様子を見て、興奮して叫んでいた。
「ちょっと……、さっきまでのは演技だった訳?」
体の弱い妹を本気で心配していたユリエは、あまりの立ち直りの早さに驚愕し、そうつっこみを入れる。
「すごいわ~! オシャレな衣装を着た娘がたくさん。素敵……! それに、今日はお祝いか何かなのかしら? すごい賑わいね!」
「アシェイラは商業国家としても有名な国ですからね。世界中から商人が集まってくるでしょうし、この王都自体、三国の中で最も大きく豊かなのだから、これ位毎日なんじゃないかしら?」
馬車のカーテンを少し開いてうっとりと外を眺めるツバキを真似して、ユリエも同じようにこっそりと外の光景を覗き見る。
「本当に、想像以上だわ」
街並み、道行く人々。サンジェイラの王都が田舎に見えてくる程、アシェイラの王都は活気にあふれていた。
(舗装された道、綺麗に整えられている建物、街中を見回る騎士達の数。どれも素晴らしいわね。それに、この国民達の表情)
国王が代わり、段々と復興の兆しが見えているとはいえ、サンジェイラの負った傷は大きい。どうしても、どこかまだ影の残るサンジェイラ王都に住まう国民達と違い、アシェイラ王都の街を歩く国民達の表情には、影も不安も一切なかった。
「これが、かの名君、ジェイド国王陛下の手腕」
ユリエは内心感動を覚えながら、小さくそう呟いた。
(是非、ジェイド国王陛下とお話をしてみたいわ。ああ、でもお忙しいわよね。少しでいいからお時間いただけないかしら?)
名君の話をサンジェイラ復興の参考にしたい。そんな風に、アシェイラにいながらも自国の事を考えていた時、ユリエはあるものを目に映した。
「なっ!」
それを見て大きく目を見開くと、御者台に向かって叫んだ。
「止めて!」
その言葉を受けて、すぐに馬車は止まる。
「お姉様?」
いきなりの姉の言動に驚き、目をパチクリさせているツバキに厳しい目を向け、ユリエは言った。
「ちょっと待ってて、少し出るから」
「え~~! お姉様だけずるい~~~~!」
自分もアシェイラ王都を満喫したくて駄々をこねるツバキをそのままに、ユリエは馬車の扉を開く。
「遊びに行くんじゃないのよ。いいから待ってなさい! それと、あなたは出ちゃ駄目。レインがすぐ来ると思うからじっとしてて」
「お姉様~~っ」
問答無用で馬車から飛び出したユリエは、驚きに目を見張る従者達の間をすり抜けて、目的の者の元へと走った。
「大丈夫ですか!?」
大行列を見に来ていた野次馬の中にいたその老女は、道に座り込んでしまっていた。
「わ、私は大丈夫だけど、私の荷物が……。あれには、孫の誕生日のお祝いを買う為に持ってきていたお金が」
その言葉を聞いた時、レインがやって来る。
「ユリエ姉上、どうしたんだよ!?」
「それが……」
説明しようとした瞬間、ユリエの目の端に、馬車の中で見たひったくり犯の後姿が映った。
「この人をお願い。たぶん、足をくじいているわ」
「え? お、おい、姉上!?」
いきなり走りだした姉に慌て、レインが追おうとするが、足をくじいている様子の老人を見捨てる訳にもいかず、目の前の小さな背を見送るしかない。
「あああ、どうするんだよ!」
今までも、時たま見せる姉の大胆な行動に常にレインは振り回されてきたが、まさか、他国でまでやられるとは予測もしていなかっただけに、対処が遅れてしまったのだった。
「待ちなさい!」
絶対に見失ってなるものか!
前を走る男の後ろ姿をユリエは追いかけ続けた。走りながらも、帰りの為に、来た道を完全に暗記していく。馬車のある場所に戻れなくなったらシャレにならないからだ。しかし、着物の裾をたくし上げて走るその姿は、もう淑女とはいえないだろう。
(こんな姿、誰にも見せられないわ)
そう思いながらも、ユリエは大胆に生足をさらして走り続ける。そうしてしばらく走った後、だんだんと人気がなくなってきた道にようやく気づき、ユリエはその時点で冷静に現状を考え始めたのだ。
(ちょっと……、これは、やばいわね)
建物と建物の間の石畳で出来た広場のような場所で、中心にある噴水の前で止まった男はユリエを振り返った。
「あんたもしつけ~な」
柄の悪いその男は、追って来ていたのが、まだ少女と呼んでもいいような年頃の女性だという事に気づくと、余裕の笑みを浮かべる。(実際は違うが)
「な~んだ、お嬢ちゃん。何か御用でしゅか?」
ニヤニヤとしたいやらしい顔と揶揄するような口調が気色悪く、眉をしかめながらもユリエは言った。
「持っている袋を返しなさい。それは、あのおばあさんの物よ」
「何の事かなあ? よく分からないや」
飄々と白を切る男は、ゆっくりとユリエに近づく。
「本当はもっと大人になってからの方がいいんだけどなぁ~。顔も平凡だし。……でも、あんたで我慢してやるよ」
「何の事?」
「ここまでしつこく追いかけてきたのが悪いんだぜ?」
瞬間、ユリエは自分の身に危機が迫っているのを理解する。
(ま……、まずい)
男が近付いてくる分、ゆっくりと後ずさる。
「何逃げてんだよ。……ほらっ」
腕を掴まれた瞬間、声が響いた。
「さっきから見てたケドさ~、女の子一人で危ないと思わないわけ? そこの君」
緊迫した場に似合わないのん気な声だ。
声のした方に目を向けると、ひったくり犯の男とそう年齢も変わらぬであろう黒髪の青年が、いつの間にか噴水傍に佇んでいた。
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