【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】番外編Ⅲ 運命の人

月城はな

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ユリエの憂鬱

4-1 最悪な出会い

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「う~ん、でもまだそこの男のようなのがいるようじゃ、街の警備がまだ緩いって事なのかなぁ。考えを変えなくちゃいけないって事か」

 ぶつぶつと意味不明な事を呟きながら近づいてくるその青年のユルさに、一瞬男は呆気にとられたようで対処が遅れた。

(な、何、この人)

 助けが現れたのかと期待したのだが、それにしては様子が変だ。ユリエでさえいぶかしく思う。

 肩先に散る黒髪に、いたずらっぽく瞬く黒い瞳。背は高く、その顔立ちは整っている。なかなかハンサムな青年である。彼は、呆気にとられている男と警戒しているユリエを見ながら、にっこりと無邪気に笑ったのだった。



そして、ここで少々時を遡る。

 買い物を終え、道具屋を出たカイルーズは、しばらくうんざりとしながらサンジェイラ一行の大行列を見ていたが、不本位ながらも自分の婚約者(候補)が入都したからには、城でそれを出迎えなければと考え、城に戻る事にした。
 だが、何気なく目を向けた通りの向こう側、野次馬の列の中で起こった事件。それを見た途端、それどころではなくなったのである。

 あきらかに柄の悪い、ゴロツキのような男が、老女の持っていた荷物を無理矢理ひったくって逃走した。いきなりの事に、周りにいた者達も対応出来なかったようだ。

「老人は国の宝だというのに、なんて事をするんだ」

 そう吐き捨てながら、大行列の合間を縫って通りの反対側に渡ろうとした時、倒れた被害者の老女に駆け寄った少女の姿を見つけた。
 行列の中から出てきた事といい、着ている変わった衣装といい、おそらく、サンジェイラ一行に付き添ってきた侍女だろう。

「……って、オイオイオイオイ」

 少女は後からやってきた青年に老女を預けると、ひったくり犯を追いかけて走り始めたのだ。

「危ないだろ!?」

 行動力は認めるが、見るからに華奢な女の子がそれをやるには危険過ぎる。カイルーズは咄嗟に、ひったくり犯を追って走り始めた少女を追いかける事に決めた。



 そうしてやっと追いついた少女は、案の定ひったくり犯に襲われかけていた次第である。


 相手を油断させる為にユルい態度で近づいたカイルーズは、ひったくり犯の男と彼に捕らわれている少女の様子を観察する。

 分かりやすい程に、柄の悪い男と気弱……そうな、少女?

(ずいぶん意志の強そうな目だな)

 見た目を裏切る少女の瞳の強さに、カイルーズは興味を惹かれる。

(まあ、そうでなきゃ、ひったくりの犯人を追いかけようとは思わないか)

 にっこりと笑いかけると、少女は更に警戒したような表情になった。

「な、なんだ、お前は……!?」

 乾いた声でそう怒鳴った男は、あきらかに目の前の正体不明の青年であるカイルーズに怯えていた。見た目はただの優男なのに、この迫力は何なのか。とでも思っているのだろうか?

 カイルーズはそんな彼をにこにこと見つめながら、自分の懐に手を入れる。

「!?」

 それを目に入れた男は、掴んでいた少女の腕を引き寄せて自分の盾にした。

「ふふ、そんな警戒しないでよ。楽しくなっちゃうじゃないか」

 何、この変態……。

 そんな、ちょっと頭がおかしいのではないかと思うような台詞を口にした後、カイルーズが懐から出したのは、男が警戒するような武器ではなく小さな袋だった。

 小さな香袋のような袋の中身を、警戒心丸出しの男が避ける間もなく、その頭の上におもむろにまき散らす。

「なっ!?」

「っ!?」

 予測不可能なその行動に、男も少女も驚きに目を見張る。しかし、次の瞬間。

「寄るなああああああっ! ばばばばば、化け物おおおおお」

 少女を取り押さえていた男は、いきなり持っていた荷物を放り出してそう叫んだ。その衝撃で、少女からも手が離れる。

「おっと」

 倒れかけた少女を受け止めると、カイルーズは怯えきっている様子の男の目を覗きこんだ。

「うああああああっ、ち、ちちち近づくなっ!」

 その目の焦点は、完全に合っていない。

「う~ん、護身用の”幻想粉”。初めて使ってみたけれど、なかなかの効き目だね。効能をメモっておきたいな~」

 ふふふふふ、と笑いながらジロジロと男を観察していたが、粉の影響でカイルーズを見た事もないような化け物として見ている男は、すべてを放り出したまま一目散にその場を逃げ出した。

「ああああああああっ」

「あっ、ちょっと待って! あー、行っちゃった。もう少し観察していたかったのに……」

 すごく残念だ。

 がっかりしたカイルーズは、そこでようやく、自分の腕の中で身じろぎする少女の存在を意識した。

「あ、大丈夫?」

「ひっ!」

 小さな顔の中、薄茶色の瞳がカイルーズを映した瞬間、恐怖に見開かれた。焦点の定まっていないその目に、カイルーズはため息をつく。

「あ~あ。粉を浴びちゃったか。」

 ひったくり犯の巻き添えをくらった形になる少女の怯えたような様子を見下ろし、カイルーズは面倒臭いなと思いながらも、少女の髪や衣服に散った粉を払い落す。

 粉の製作者として免疫のあるカイルーズは幻想粉の効力に惑わされる事ない。だが、他の者はそうはいかないだろう。幻覚を見てしまうのを止められないはずだ。目の焦点を合わさない少女を見つめ、カイルーズは困ったように眉をしかめた。

「どうしようか」

「いやあああああああっ」

 そんな彼の腕を振り払った少女は叫び声を上げると、怯えた様子でカイルーズから離れて、ふらふらとしながら噴水のある方向へと逃げようとする。

「ちょ、ちょっと危ないよ! いいから、じっとしてなって」

「離して、化け物! 触らないでーーッ」

「このっ! 小さな体なのに、なんて力だ」

 やみくもに暴れる少女にカイルーズは手こずり、呻き声を上げる。

「っ!?」

「うわっ!」

 抑え込んでいた少女の体が勢い余って噴水の中へと倒れ込むのを支えようとして、カイルーズの体も噴水の水の中へと落ちた。

「ーーッ、痛たたたた、大丈夫?」

 咄嗟に少女の体に負担をかけぬように倒れたが、二人ともびしょ濡れだ。

「ん?」

 なんだか柔らかい感触が右手にある。

「あ、結構大きい」

 リュセルだったら、65のDと判断したであろう少女の胸のふくらみに無遠慮に手を伸ばした事になるカイルーズは、噴水の水の影響で粉が流された少女の双眸に力が戻るのをぼんやりと見つめていた。





「うう……」

 なんだか、頭が重い。

 ユリエは霞んでいた視界が段々とクリアになっていくのを感じながら、緩く首を振る。

「…………誰?」

 ぼんやりとした視界の中、一人の青年の姿が浮かびあがる。記憶が曖昧過ぎて、何がどうなっているのかまったく理解出来ない。

(ああ、そう、確かひったくりをした男を追いかけて……その男に襲われそうに)

 焦点がようやく定まると、自分を見下ろす青年の輪郭がはっきりしてくる。

(…………途中で現れたおかしな人じゃない。なんで、こんな近くにいるの?)

 その時、自分の胸元でする違和感にようやく気づく。

(………………?)

 左胸を掴まれていた。目の前の謎男に……。

「きゃああああああああああああっ!」

 瞬間、ユリエの右手は空を切り、自分の胸を掴んだ無礼者の左頬に力一杯の平手打ちを決める。

 バッシーーーーーーン

 二人の出会いは、そんな最悪な出会いだった。
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