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ユリエの憂鬱
8-2 変身
しおりを挟む遠くから美しい楽の音が聞こえる。
「始まったようね」
自室のバルコニーから夜空を見上げていたユリエは、小さな声でそう呟く。
先程まで、侍女達と一緒になってツバキを着替えさせていた。その努力の甲斐あって、ツバキはどこに出しても恥ずかしくない、それは美しい姫君に仕上がったのだ。
「これできっと、この婚約話もまとまって、ようやくサンジェイラに帰れる。
早く帰りたい。自分の祖国、唯一の宝、守るべき国、サンジェイラに……。
そう考えながら、しばらくの間、聞こえてくる音楽に合わせてハミングしていると、唐突に部屋の扉が開いた。
「姉上!」
「レイン?」
いきなり息せき切って現れた弟に、ユリエは目を丸くした。
「どうしたの? そんなに慌てて」
ユリエがゆっくりとバルコニーから室内に移動すると、レインは姉の元に大股で近づき、慌てたように言った。
「ツバキが、緊張のあまり、サンジェイラにもう帰るって言いだしたんだ」
「はっ!?」
「あいつ、ホームシックにかかってるんだよ!」
ホームシックって、あなた……、どんな小さな子供ですか。
(でも、あの子ならありうるわね)
先程着替えさせていた時も、不安そうにチラチラとユリエの方を見ていたし。(実際は元気のない姉を心配していただけだったのだが)
大人しく寂しがり屋な妹の事がユリエは心配になり、いてもたってもいられなくなった。
「ツバキ!」
舞踏会場である広間に向かって駆け出そうとする姉の腕を、レインは素早く掴む。
「待てよ、その格好で行くつもりか?」
「だって……」
現在、紺色の着物に二つに分けたおさげ髪という、サンジェイラでのいつもの格好をしているユリエを見つめ、レインは呆れたように更に言った。
「変に目立つし、ツバキの姉姫としても、その格好での登場はまずいぞ。ドレスを用意してもらったから、それを着ろよ」
「でも……」
華やかな格好が似合わないと思っているユリエは、逡巡するように俯く。
「いいから、ほら、これに着替えて来いよ。髪型とか、もろもろの調整は俺がしてやるから……って、涙ぐむことないだろ~が!」
「だって、私、ドレスなんて着た事ないわ」
涙声を残して、渋々寝室の方に渡されたドレスを持って着替えに行ったユリエを見送ると、レインは持ってきた荷物の中から髪飾りと装飾具を出して、あまり使用された形跡のない鏡台の前にそれらを並べた。
ドレスと同じ色をしたリボン風のチョーカーや、同色の百合の花の装飾を施した髪飾りは、とても可憐なデザインだった。
「レ、レイン」
恐る恐る寝室から出てきたユリエを見ると、レインは小さく口笛を吹く。
「似合うじゃないか。はは、あいつ、さすがよく見ているな」
意味のわからない事を言う弟に、ユリエは不安そうに言った。
「ちょっと、このドレス派手じゃない? だって、ピンクよ、ピンク!」
ドレスを脱ぎたくてじょうがない様子のユリエを鏡台前の椅子に座らせると、レインは彼女の肩にかかった黒髪をほどく。かるく混ぜると、みつ編みの影響でわずかにウエーブのかかった髪は肩先に広がった。
「全然派出じゃないぜ。ピンクっていっても、甘くないローズピンクだしな」
そのまま櫛でユリエの黒髪を丁寧に梳きながら、レインは彼女の髪型について考える。
少し考えたレインは、髪はそのまま背後に垂らしておく事にした。
(こういう事は、確かリュセル王子が得意なはずなんだけどな~)
あいにく、レインお気に入りの美貌を持つこの国の末王子は現在不在だ。
そんな事を考えながらも、レインはユリエの髪に軽く水をつけ、みつ編みによる不自然なウエーブをなくすと、光沢を放ちだした姉の黒髪に用意しておいたカチューシャ風の髪飾りを飾り、その首に同じデザインのチョーカーを結ぶ。
「眼鏡が邪魔だ」
仕上げに、姉のトレードマークのようになっていた眼鏡を外させると、その顔に薄化粧をほどこす。
(二十五歳にもなって、薄化粧ですむ事がすごいよな)
そう思いながら、ヒールの高い薄いピンク色のガラスの靴を小さな足に履かせた。後は、適当に着たらしいドレスをきちんとと直して出来上がりだ。ドレスのサイズは、あつらえたかのようにユリエにピッタリのサイズだった。
「……正直、驚いたぞ」
レインがドレスアップしたユリエをしげしげと眺めた後の台詞がそれだった。
不思議そうに首を傾げているのは、一見すると、小柄で可憐な少女。
ツバキのように決して派手ではない。でも、清楚な容貌の中に輝く薄茶の瞳から、強い意志の力を感じる。
(隠れ美人ってやつだったのか。姉上は)
童顔で、相変わらず十五~十六歳にしか見えない故に、十分その容貌は美少女の域に達している。(美女じゃない所が泣ける)
「レイン。眼鏡がないと、私、全然前が見えないのだけど」
その為、折角綺麗になったのに、姿見に映った自分の姿がユリエは全然見えていなかった。
「でも、そのドレスに眼鏡は変だぜ。大丈夫大丈夫、俺が手を引いて行ってやるから」
弟の言葉に納得がいかないが、ツバキの事が心配なユリエはそれに頷く。
「分かったわ。ともかく、早く行きましょう」
そう言って立ち上がった白く薄い布地の手袋に覆われたユリエの右腕を掴むと、レインは自分の左腕に絡ませさせる。
そして、そのまま姉をエスコートしながら、レインは部屋を出たのだった。
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