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ユリエの憂鬱
8-3 注目の姫君
しおりを挟む一方、舞踏会場では、一曲ツバキと踊った後、すぐに自分の席に戻ってしまったカイルーズを、ジェイドが非難がましい目でジトーっと見ていた。
「……何?」
「もっと、ちゃんとツバキ姫をエスコートしなくちゃ駄目じゃないか、カイル。踊ったのも一曲だけって、どういう事さ」
現在は誘われるがまま他の貴族の青年達と踊っているツバキを視界の隅に入れながらも、カイルーズはジェイドに生返事を返す。
「あ~、うん」
第一、自分はそれ所ではない。彼女が来るか来ないか、それは賭けだ。来なかったら諦めなくてはならない。……でも、もし来たら。その時は決して逃がさない。
カイルーズのそんな気持ちなどまったく気づいていない父王は、冷たい息子にぶつぶつと文句を言いいつつ、王座の肘置きに右肘をつく。
その時だった。
「……? 騒がしいね」
何だろうと、広間の入口付近に目を向けたジェイ王は、訝しげに眉をひそめると、隣のカイルーズを見た。
「カイル?」
わずかに腰を上げた隣の息子は、驚きに目を見張ったまま、広間の入口を凝視していた。
(何何何!? 何な訳!?)
ジェイドも慌ててカイルーズの見つめている先に目を向ける。
そこにいたのは、一組の男女。一人はアシェイラ風の宮廷衣に身を包んだ優男、レインだ。そして、そのレインに縋るようにして不安そうな顔をしている少女。
庇うようにして、その華奢な背に回されているレインの腕の中にすっぽりと納まってしまう程、小柄な少女だった。しかし、周りの人々がつい目を向けて感嘆の声を上げてしまったのは、その姿。
肩先に散った光沢を放つ、ぬばたまの黒髪。
このアシェイラでは珍しい、象牙色の肌。
その小さな顔の中で不安そうに揺れている、薄茶色の瞳。
華奢なその身を包むのは、ローズピンクの色をした可憐なデザインのドレス。裾や袖にさりげなくあしらえられたレースやドレスに散りばめられた小さなビーズが見事であった。百合の花の刺繍も美しく、とても繊細なデザインである。ピンクはピンクでも、ベビーピンクのように幼い色ではないので、可憐さの中にもどこか色気のようなものを感じる事が出来た。
まるで、百合の花のように上品で清楚な少女。その控え目な美しさは、あまりアシェイラでは見る事のないものだった。
女達はそのドレスの見事さと、それを着こなす少女に嫉妬しつつもため息をつき、男達は少女の可憐な立ち姿に惹かれ、一曲でいいから踊ってもらえないかと注目していた。
「レイン……。何か、騒がしくない?」
弟の腕にしがみつきながら、少女ことユリエは目を細めて、ぼんやりとしている周りの光景がどうにか見えないかと努力をしてみた。
「ははは、アシェイラ国の舞踏会だぞ。騒がしくて当たり前さ」
レインは周囲の反応を適当に流すと、姉を支えながら広間を歩きだす。
「ツバキはどこにいるの?」
ホームシックにかかって泣いているというツバキを探してキョロキョロするが、眼鏡がない為、やはりわからない。
「あ~あれね、あれ……、実は嘘」
…………は?
小さな顔の中、目が点になったユリエにレインは言った。
「だって、そうとでも言わないと、舞踏会に出て来ないだろうが姉上は」
「このッ」
馬鹿っ!と怒鳴られる前にレインは、掴まれていない方の右手で素早く姉の口を塞いだ。
「ここは舞踏会場だぞ。いつもみたいな大声はなし」
(だ、誰の所為で)
怒鳴る事を諦めつつも、レインの顔があるであろう場所を見上げながら睨みつけていたユリエに、レインは笑った。
「そんな姿で睨まれても可愛いだけだ。ちょっと、弟としては、他の男にくれてやるのが悔しいけどな」
レインはそう言うと、駆け寄ってきた青年に目を向ける。
「ほら、約束通り連れてきたぞ」
レインと同じ位背の高い人が目の前にきたのがわかった。
(誰?)
眼鏡がない為、男の髪が黒い事位しかわからない。
「じゃ、がんばれよ」
その言葉を残して、しがみついていたユリエの腕を器用に外して去って行くレインに、ユリエはぎょっとする。
「ちょ、ちょっと、レインっ!」
こんな所に置いて行かないで~~~~!!
薄情な弟に放置されてしまったユリエは、もうどうしていいかわからない。こんな華やかな場所、初めてなのだ。そんな風に、不安のあまり泣きそうになっていたユリエの耳に、不意に聞き覚えのある声が聞こえた。
「馬子にも衣装ってやつ?」
その声……。
「カイルーズ王子!?」
目の前にいる背の高い男性がカイルーズである事に、ようやくユリエは気づいたのだ。
「今更何言ってるの。ああ、眼鏡をしていないからか」
表面上平然としながらそう言うが、カイルーズは内心、ユリエのドレス姿に胸をときめかせていた。
リュセルのように、素直に女性の美しさを褒め称える事が出来ればいいのだろうが、若干ひねくれてしまっているカイルーズの性格上、それは無理な話だ。
しかし、そんなカイルーズでも、ドレスの見立ては間違ってはいなかった。
「ふふっ、似合ってるじゃないか、そのドレス。僕って結構やるんだな、新発見」
カイルーズの自分を褒めるその言葉に、ユリエは自分の着ているドレスがこの青年からの贈り物である事に気づかされた。
「カイルーズ王子。私は……」
ユリエが否定的な言葉を口にする前に、カイルーズはその細い腕を強引にとった。
「来なよ、僕と踊って」
そのまま彼女の体を無理矢理抱くようにして、たくさんの人達が踊る広間の中央へと移動する。
「踊れる?」
カイルーズの意地の悪い響きのある声に、ユリエはむっとして言い返す。
「馬鹿にしないで! 私だって王族よ」
王族のたしなみ、教養の一つとして、社交ダンスは必須科目だ。
「上等」
ユリエの答えにニヤリと笑うと、カイルーズはその腰にさりげない仕草で腕を回して、奏でられる音楽に合わせてゆっくりとワルツのステップを踏み出した。
「っ!」
ユリエも、驚きながらも慌てて相手の背に腕を回す。ヒールの高い靴を履いていて、いつもより自分の背丈が高い分、カイルーズとの距離が縮まり、顔が少し近いような気がした。
カイルーズのリードになんとかついていきながらも、ユリエは混乱していた。
一体、どうしてこんな事になっているのか。
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