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ユリエの憂鬱
9-3 婚約の許し
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その日の夜……。
ジェイドはとてつもなく疲れていた。
三か月に一度開くこの舞踏会は、王族である自分主催な事もあり、とても疲れるのだ。しかも、接待役の片われであるカイルーズは、謎の女性と行方不明に……。
ちなみにジェイドは、広間に現れたピンク色のドレスを着た可憐な少女がユリエであった事に、まるで気づいていなかった。
一人で貴族達の相手をしていたジェイドは、まさしくヘロヘロ状態だったのだ。
「もう、カイルは一体、どこに逃げたのさ!」
プンプン怒りながら湯浴みを済ませて、そのままうさぎの着ぐるみ型夜着に着替える。
「では、おやすみなさいませ、陛下」
「うん、おやすみ」
自分の着替えを手伝った小姓の少年が、恭しい仕草で頭を下げて国王の自室を退室していくのを見届けると、ジェイドはすぐに寝室へと向かった。その動きにつられて、夜着とつながっているうさぎのフードについた長い耳が揺れる。
うさぎの着ぐるみを着た中年の男。なかなか、異様な光景だ。
「あ~、疲れた~!」
そのまま、寝台の上にダイブする。(注:四十一歳)
「疲れた疲れた疲れた~」
そして、そのまま広く天蓋のついた寝台の上でジタバタする。(注:職業国王)
「おおおおお~~う!」
ついでに寝台の上を転げまわる。(注:三人の子持ち)
「おやすみ、ルリカ」
最後に語尾にハートマークをつけて、ジェイドは寝台近くのサイドテーブルに飾っていた、亡き妻の絵姿に、ぶっちゅ~っと暑い……いやいや、熱い口づけを贈る。
「ぐ~~~~」
そして、寝つきのいいジェイドは、一瞬で眠りに落ちた。
その時。
「父上ええええええ~~~~っ!」
バッターンッ
寝室の扉がいきなり開かれて、舞踏会で着ていた宮廷衣のままのカイルーズが唐突に登場する。
「が~が~」
いびきをかきながら眠っているジェイドは、そのけたたましい音にもまったく起きなかった。
「父上っ!」
そんな父王の眠るベッドに駆け寄ったカイルーズは、のん気な寝顔に往復ビンタを決める。
「起きて起きて起きて起きて起きてえええええっ!」
バシバシバシバシバシバシッ
ものすごい勢いだった。
「こんな夜中に何なのさ~、カイルぅ……パパは眠いんだよ~」
カイルーズの往復ビンタにより両頬を真赤に腫らしたジェイドは、両目をこすりながら起き上がると、そうぼやいた。
父親がうさぎの着ぐるみを着ている事をものの見事にスルーしたカイルーズは(見慣れているので)、寝ぼけているジェイドに詰め寄る。
「父上」
「ん~?」
こくりこくりと、また船をこぎ出したジェイドに、カイルーズははっきりとした口調で言った。
「僕は、ツバキ姫とは婚約出来ません」
「ふうん。…………え? え、ええええええええ~~~~っ!?」
寝ぼけていたジェイドは、息子の爆弾発言により一気に覚醒した。
「どどどどどどうしてさ、カイル!? な、何が気に入らないの!?」
うさぎの着ぐるみ姿で息子に縋るジェイドの顔は、もう泣きそうだ。
ジェイドが必死なのは、国同士の契約結婚だとか、唯一の後継者だとか、そういう真剣なお国事情の前に、実は理由があった。
現在、アシェイラ王家には王子が三人。
息子達全員可愛いし、愛しているが、何分華がない。いやいや、レオンハルト一人でその華の部分はおつりが出る程補っているのだが、それでも、どんなに麗しくても、男は男。
ジェイドは華やかな姫君が常々から欲しかったのだ。妻ルリカ亡き今、息子のお嫁さんにそれは頼るしかない。レオンハルトとリュセルにそれが望めない故に、カイルーズは頼みの綱なのに……。
「うううううう、何でだよ~、カイルの馬鹿」
しくしくと泣くジェイドの反応を見て、カイルーズは顔を引きつらせながらも根気よく話した。
「別の女性を妃に迎えたいからです」
「ほえ?」
息子の台詞に首を傾げると、舞踏会でカイルーズがご執心のようだった、ピンク色のドレスを着ていた小柄な少女の事をジェイドは思い出した。
確かにあの時、若かりし頃の自分とルリカの事を思い出してほのぼのとしたが、それとこれとは話が別である。
「もしかして、あの娘(こ)の事? 舞踏会でずっとお前と踊っていた、ピンク色のドレスを着た小柄な娘」
「はい」
生真面目なカイルーズの言葉に、ジェイドも真剣な表情になる。(うさぎの着ぐるみ着用)
幸せそうに踊っていた息子の事を考えると、どうにかしてその想いを遂げさせてやりたいが、何分、唯一の自分の後継者であり、王位継承者である彼の結婚には、国の未来がかかっている。
つまり、姫君でないとならないのだ。それもサンジェイラ国の。
どうにかその娘を側室にさせて、ツバキ姫を正妃に迎えるように説得出来ないかなあと、ジェイドは考える。
「う~ん、あの娘は、どんな身分の人なんだい? 名前は?」
なので、とりあえず相手の娘の事を聞いてみた。
「…………馬鹿にしてるの?」
真剣な父王の言葉を聞いたカイルーズは、胡乱な目になった。
「な、何!? パパに向かってその言い草は! うわ~ん、ルリカ、カイルが不良になっちゃったよ~!」
サイドテーブルの上にあった亡き妻の絵姿に泣きつくジェイドを生温い目で見守りながら、カイルーズは言い方を変えた。
「僕はただ、ユリエを妃に迎えたいって言っているだけなんだけど」
「……………………え? ユリエって、ユリエ姫???」
何故急にユリエ姫が出てくるんだろうと、ジェイドの頭は混乱した。
「まさか、気づいていないの? 僕と踊っていた、あの小柄で清楚で可憐な娘は、ユリエ姫だよ」
惚れた欲目でユリエを誉め讃えながら衝撃の事実を話したカイルーズに、目を丸くしたままのジェイドは驚愕する。
「え、え、え? えええええええええ~~~~!?」
声を上げて息子の肩を掴むと、大きく前後に揺する。
「ほ、ほほほ、本当に!?」
「本当に」
はっきりと頷いたカイルーズから嘘の気配はないと察し、ジェイドは放心状態に陥った。そして……。
「へ、へ~。女の子って、化けるもんなんだねぇ。すごいなぁ。……あ~、安心した、良かった。も~、カイルってば、もったいぶっちゃって!」
つんっと、カイルーズの額を人差し指でつっついたジェイドは、再び寝る体勢に戻る。
「あ~、安心したら、また眠くなってきた」
「ちょ、ちょっと、父上!?」
それに慌てたのはカイルーズだ。慌てて父王が横になるのを阻止する。
「え、何? 一緒に寝たいの? もうっ、カイルってば甘えん坊なんだから。いいよ、おいでよ」
いそいそと自分の隣りを空けるジェイドを、カイルーズは冷たく切り捨てた。
「いいえ、まったくそんな事はございません」
ショックのあまり固まる父王の反応を無視し、再び真剣な表情を浮かべると、カイルーズはそれを口にした。
「ユリエ姫との婚約を、お許し頂きたいのです」
「あ、うん。いいよ」
あっさり
「は?」
あまりにもあっさりと返された返事。カイルーズは眉をひそめる。
「は? じゃなくて、いいよ」
再び、あっさり
おいおいおいおい、あんなにツバキツバキって、騒いでいたじゃん!
カイルーズは内心、このファンキー親父につっこみを入れる。
「ユリエ姫もれっきとしたサンジェイラの姫君だしね。全然オッケー! 問題なし。まあ、ツバキ姫には、後でお詫びをしなくちゃいけないけどね。でも、これで婚約期間を経て、ユリエ姫がうち(アシェイラ)に来てくれたら、華やかになっていいね!」
夢見る乙女のような顔になって、これからの事を語り出したジェイドを見ながら、ユリエとの婚約を許してもらおうと一大決心してきた自分は何だったのだろうかと、カイルーズは考えていたのだった。
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