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ユリエの憂鬱
10-1 神子達の帰還
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こうして、父王の許しも得て、その後、正式にカイルーズとユリエの婚約が決まり、その発表も行われた。
王族の婚約期間は、最低一年。
正式な日にちは決まっていないが、二人の結婚は、この婚約期間を経た一年後に決まったのである。その間は、婚約者のいる他の王族達と同じように、互いの国で離れて暮らす事になる。
ユリエが帰国するまでの日々を、二人は穏やかで静かな甘い時間を過ごす。…………はずもなかった。
「カイル~~~~っ!」
今日も今日とて、ユリエの怒鳴り声が、ぽかぽか陽気なアシェイラ城の中庭に響き渡る。
「待ちなさい、あなたはどうしてそうなのよ! それは私のタルトよ!」
むしゃむしゃむしゃ
「ゲップ」
「あああ、ひどい! 楽しみにとっておいたのに!」
「なんだ。食べないから嫌いなのかと思った」
その言葉に、ユリエの瞳に闘志が宿る。
「ふっふふふふ、いい度胸ね」
美しい花々が咲き乱れる中庭でそんなやりとりをしているカイルーズとユリエを、備え付けのテーブルでお茶をしながら、じ~~~~っと見守っていたレインは、隣で静かに紅茶を飲んでいるツバキに言った。
「あれが婚約者同士のやりとりかよ。年の近い姉弟みたいだぞ」
「うふふふ。でも、お姉様楽しそう。それに気づいた? お兄様」
ツバキは兄の言葉に小さく笑い、尋ねた。
「ああ。やっと自分を飾る事を覚えたようだな」
レインの視線の先、カイルーズの脛に蹴りを入れているユリエの姿は、今までしていた格好ではない。
といっても、わずかな変化ではあるが……。
トレードマークの眼鏡はそのままに、着物と髪型が変わっていたのだ。
いつもみつ編みにしていた髪は二つに分けて結ばれはしていたが、編まれてはいない。その上、レースのリボンで可愛らしく結ばれていた。着物も、いつもきっちりと着込んでいた紺色の地味なものではなく、黄色の下地に可憐な花々が描かれた振袖になっている。
両方とも、カイルーズの贈り物だ。
カイルーズは、最近自分の婚約者を飾り立てる事に凝っているらしく、着物やドレス、装飾類などを山のように贈っているのだ。
「まったく、こんなに散財して!」と怒っていたユリエだったが、本当はそれらを嬉しく思っている事を、レインもツバキも知っていた。
「まあ、どちらにせよ、うまくまとまって私もほっと致しました」
同じテーブルの席に着いていたカイエの穏やかなその声に、同意するようにレインも小さく笑う。
「そうだな」
三人がカイルーズとユリエがうまくまとまってくれた事に対して胸を撫で下ろしている傍で、ユリエはカイルーズが紙飛行機にして飛ばした書類(未処理)を取りに城の方へと駆け出して行った。
「ちょっと、印も押さずに何してるの!」
いい具合に飛んで落ちたそれを拾おうと身をかがめた時、ユリエの上に影が射す。
「ユリエ姫?」
その、極上の砂糖菓子のような、甘い響きのある声。
ユリエは一瞬固まると、恐る恐る顔を上げた。
「やはり、ユリエ姫ですね」
そこにいたのは、長旅から帰ってきたばかりと推測される、旅装束姿の青年。
日の光を受けて輝く銀の髪。切れ長で鋭い印象のある銀の瞳。それらに映える白磁の肌が眩しい程だ。女性だったら見惚れずにはいられない程、凛々しく、そして美しい青年。
久方ぶりに見る月の美貌に、ユリエは呆然とするしかなかった。
「しばらく会わない間に綺麗になりましたね」
甘やかなる、完璧な微笑。
こんな美の化身のような男から綺麗だと言われるのは、なんだか恥ずかしい。サンジェイラに残してきた姉や妹達のように失神とまではいかないが、ユリエはつい、うっとりとその青年に見とれてしまう。
「お久しぶりです、ユリエ姫」
美貌の青年こと、リュセルは、恭しい仕草でユリエの手をとると、頭を下げて、ゆっくりと彼女の手の甲に口づけた。
瞬間、ユリエの頬が赤く染まる。
「駄目だ!」
そんなリュセルの目の前で、ユリエの体を後ろからカイルーズが抱きこむ。女誑しの弟から自分の婚約者を引き離したカイルーズは言った。
「ユリエは僕の婚約者だからね。いくら可愛いリュセルでも、手を出したら許さないよ」
「…………はい?」
リュセルは意味が分からず、首を傾げるしかない。
そんな呆然としている弟に気づいたカイルーズは、一瞬で我に返ると、さわやかな微笑みをその顔に浮かべた。
「やあ、おかえりリュセル。会いたかったよ、愛おしい僕の弟!」
「なんだか嘘っぽいぞ」
即座にリュセルは、天然系の次兄につっこみを入れる。
「そんな事、ないない! 可愛い可愛い弟だよ」
そう言いながら両手を広げるカイルーズに促されるまま、リュセルはすぐ上の兄と兄弟の再会の抱擁を交わす。
「ところで、俺は未来の義姉上になる人に会いたくて、渋るレオン達をせっついて大急ぎで帰ってきたのだが……。どういう事だ? カイルーズの婚約者は、ツバキ姫じゃなかったのか?」
リュセルはカイルーズからわずかに身を離すと、兄の隣のユリエを見ながらそう尋ねる。
「ん~、う~ん。お前がいない間に、こっちも色々あったって事さ」
「よくわからんが、つまりはユリエ姫と婚約したって事か?」
腰を抱かれたまま、兄の漆黒の瞳を間近で見返しながらそう言ったリュセルに、カイルーズは頷く。
「まあ、簡単に言えばね」
「ふえええええええ!?」
ユリエの事情を知るリュセルは、つい庭園中に響き渡るような音量でそう叫んでしまっていた。
「リュセル王子!?」
次の瞬間、第三王子の帰国に気づいたカイエが、慌ててこちらに駆け寄ってくるのをリュセルは目にする。
「ただいま、カイエ…………って、ゲッ!」
カイエに穏やかに帰国の挨拶をしようとしたリュセルは、カイエの後ろからやってくる男の姿を認めるとたじろぐ。
「お久しぶりですね、リュセル王子。今回はお会いできないと思っておりましたから、会えてとても嬉しいですよ」
嬉しそうに笑いながら近づいてくるレインに気づくと、リュセルは咄嗟にカイルーズの影に隠れて(身長も体格もほぼ同じな為はみでている)、すぐ上の兄を盾にしようとした。
「リュセル?」
レインを見てものすごく嫌そうな顔をする弟をいぶかしく思い、カイルーズは眉をひそめる。
「照れていらっしゃるのですか? あははは、可愛らしい人だ」
カイルーズを挟んで目の前までやってきたレインを次兄ごしに睨みつけると、リュセルは怒鳴った。
「どこをどう勘違いしたら、そんなおぞましい考えに行き着くというんだ! こっちに来るな、好色男、ハゲっ、変態野郎~~!」
その異常なほどのリュセルのレイン拒絶ぶりに、カイルーズは問うような視線をユリエに向ける。
「…………」
カイルーズの視線を受けたユリエは、それまでリュセルに同情的な視線を向けていたが、すぐに自分の婚約者と目を合わせ、うつろな目のまま緩く首を振った。
その瞬間、ユリエにプロポーズする前、レインに口説かれた時の記憶がカイルーズの脳裏を巡る。
そう、このレインという男。顔が綺麗なら、男だろうが女だろうが関係ないのである。女神の美貌という、一種の神がかり的な美を保持するリュセルが狙われるのは、当然と言えば当然。
姉思いで、家族思いの結構いい奴だと思っていたレインの印象が、この瞬間、カイルーズの中で最悪なものに変化した。
人の可愛い弟を、こんなに怯えさせるとは何事か!
無遠慮に後ろの弟に手を伸ばそうとする不埒者を睨み付け、またしても例の粉の犠牲になってもらおうと、目をクワっと見開いて、懐の袋に手を伸ばそうとした時だった。
カイルーズの肩に置かれていたリュセルの手。その左手首のブレスレットがキラッと鈍い光を放ったのだ。
その瞬間。
「ぐわあああああっ」
リュセルを中心に白い光の結界が張られ、結界内にいたカイルーズはそのままに、レインの体だけが見事に吹っ飛ばされた。
「くそっ、一体何なんだ!?」
吹っ飛ばされても、どこかの怪盗のように壁に叩きつけられるようなまぬけな姿を晒す事なく、レインは空中で一回転をし、地面に膝をついて降り立つ。
「ん? なんだ、この白いの???」
当のリュセル本人が不思議そうに自分の周りを囲む結界に手をかざしているのだから、一緒にそれに包まれたカイルーズや弾き飛ばされたレインなどは余計に意味が分からない。
分からないが……。
「兄上……。過保護過ぎるよ」
おそらくこれが原因だろうと、カイルーズはリュセルの左手首に飾られた金のブレスレットに目を向ける。七色に光る虹石がとても素晴らしい逸品だ。しかし、明らかにこのブレスレットは、普通の装飾具ではなかった。
レインが吹っ飛び、変態の脅威が去ると、リュセルとカイルーズ、二人を包んでいた結界は解かれた。
「ふ、ふふふふふふ、拒絶されればされる程、俺の情熱の炎は燃え盛るのですよ、リュセル王子。さあ、共に恋のダンスを踊りましょう」
そんなおかしな事を呟きながら、めげずに再び迫って来るレインを見ると、リュセルは自分の盾にしているカイルーズに言った。
「カイ、カイカイカイルーズッ、いや、兄上! 頼むから、あの変態を追っ払ってくれ!」
「そ、そうしようと思ってたけど、なかなか今の彼は手強そうだよ!」
前のように、花粉症粉で撃退出来ればいいが。
「俺は、あの男とだけは、もう関わり合いたくないんだ~~~~!」
一体、どんな目に遭ったんだよ。
自分の背に縋りつきながら悲鳴を上げる弟を振り返って見ながら、カイルーズはそう思わずにはいられなかった。
しかし、今度はリュセルの左手首のブレスレットの守護結界が働く前に、レインは一人の青年の鉄拳によって進行を阻まれる。
「帰国早々、一体この騒ぎはなんだい?」
腰まで届く長い胡桃色の髪をなびかせ、二人の弟をその背に庇うようにして登場したのは、美麗なるこの国の第一王子。
その麗しさ、美しさは、女性達が羨む程のもの。美貌一つで国を滅亡にまで追い込む、傾国の美女のような容姿は、見る者を虜にするであろう。上背もあり、体躯もしっかりしている為、男にしか見えないが、もっと華奢であったなら、女にしか見えないと思われる青年だった。
しかしこの青年、第一王子たるレオンハルトは、端麗な容姿からは想像もつかないような、強力の持ち主でもあるのだ。
その証拠に、レオンハルトに殴られたレインは、見事なまでに吹っ飛んでいた。
「ふ、ふふ、レオンハルト王子、あなたも変わらず麗しいですね。どうか、その美しい体の隅々まで私にさらけ出して欲しいものです」
先程の、結界に弾かれた時と違い、受け身もとれずに地面に倒れ伏したレインは、しつこくそんな事を言って、表情のあまり表れないレオンハルトの美貌を凝視しながら立ち上がる。
帰国早々の変態の相手に辟易したのか、レオンハルトは後ろにいるリュセルに言った。
「だから、あまり早く帰ると面倒だと言っただろう?」
ため息まじりのその言葉に、リュセルは謝るしかない。
「すまない」
王族の婚約期間は、最低一年。
正式な日にちは決まっていないが、二人の結婚は、この婚約期間を経た一年後に決まったのである。その間は、婚約者のいる他の王族達と同じように、互いの国で離れて暮らす事になる。
ユリエが帰国するまでの日々を、二人は穏やかで静かな甘い時間を過ごす。…………はずもなかった。
「カイル~~~~っ!」
今日も今日とて、ユリエの怒鳴り声が、ぽかぽか陽気なアシェイラ城の中庭に響き渡る。
「待ちなさい、あなたはどうしてそうなのよ! それは私のタルトよ!」
むしゃむしゃむしゃ
「ゲップ」
「あああ、ひどい! 楽しみにとっておいたのに!」
「なんだ。食べないから嫌いなのかと思った」
その言葉に、ユリエの瞳に闘志が宿る。
「ふっふふふふ、いい度胸ね」
美しい花々が咲き乱れる中庭でそんなやりとりをしているカイルーズとユリエを、備え付けのテーブルでお茶をしながら、じ~~~~っと見守っていたレインは、隣で静かに紅茶を飲んでいるツバキに言った。
「あれが婚約者同士のやりとりかよ。年の近い姉弟みたいだぞ」
「うふふふ。でも、お姉様楽しそう。それに気づいた? お兄様」
ツバキは兄の言葉に小さく笑い、尋ねた。
「ああ。やっと自分を飾る事を覚えたようだな」
レインの視線の先、カイルーズの脛に蹴りを入れているユリエの姿は、今までしていた格好ではない。
といっても、わずかな変化ではあるが……。
トレードマークの眼鏡はそのままに、着物と髪型が変わっていたのだ。
いつもみつ編みにしていた髪は二つに分けて結ばれはしていたが、編まれてはいない。その上、レースのリボンで可愛らしく結ばれていた。着物も、いつもきっちりと着込んでいた紺色の地味なものではなく、黄色の下地に可憐な花々が描かれた振袖になっている。
両方とも、カイルーズの贈り物だ。
カイルーズは、最近自分の婚約者を飾り立てる事に凝っているらしく、着物やドレス、装飾類などを山のように贈っているのだ。
「まったく、こんなに散財して!」と怒っていたユリエだったが、本当はそれらを嬉しく思っている事を、レインもツバキも知っていた。
「まあ、どちらにせよ、うまくまとまって私もほっと致しました」
同じテーブルの席に着いていたカイエの穏やかなその声に、同意するようにレインも小さく笑う。
「そうだな」
三人がカイルーズとユリエがうまくまとまってくれた事に対して胸を撫で下ろしている傍で、ユリエはカイルーズが紙飛行機にして飛ばした書類(未処理)を取りに城の方へと駆け出して行った。
「ちょっと、印も押さずに何してるの!」
いい具合に飛んで落ちたそれを拾おうと身をかがめた時、ユリエの上に影が射す。
「ユリエ姫?」
その、極上の砂糖菓子のような、甘い響きのある声。
ユリエは一瞬固まると、恐る恐る顔を上げた。
「やはり、ユリエ姫ですね」
そこにいたのは、長旅から帰ってきたばかりと推測される、旅装束姿の青年。
日の光を受けて輝く銀の髪。切れ長で鋭い印象のある銀の瞳。それらに映える白磁の肌が眩しい程だ。女性だったら見惚れずにはいられない程、凛々しく、そして美しい青年。
久方ぶりに見る月の美貌に、ユリエは呆然とするしかなかった。
「しばらく会わない間に綺麗になりましたね」
甘やかなる、完璧な微笑。
こんな美の化身のような男から綺麗だと言われるのは、なんだか恥ずかしい。サンジェイラに残してきた姉や妹達のように失神とまではいかないが、ユリエはつい、うっとりとその青年に見とれてしまう。
「お久しぶりです、ユリエ姫」
美貌の青年こと、リュセルは、恭しい仕草でユリエの手をとると、頭を下げて、ゆっくりと彼女の手の甲に口づけた。
瞬間、ユリエの頬が赤く染まる。
「駄目だ!」
そんなリュセルの目の前で、ユリエの体を後ろからカイルーズが抱きこむ。女誑しの弟から自分の婚約者を引き離したカイルーズは言った。
「ユリエは僕の婚約者だからね。いくら可愛いリュセルでも、手を出したら許さないよ」
「…………はい?」
リュセルは意味が分からず、首を傾げるしかない。
そんな呆然としている弟に気づいたカイルーズは、一瞬で我に返ると、さわやかな微笑みをその顔に浮かべた。
「やあ、おかえりリュセル。会いたかったよ、愛おしい僕の弟!」
「なんだか嘘っぽいぞ」
即座にリュセルは、天然系の次兄につっこみを入れる。
「そんな事、ないない! 可愛い可愛い弟だよ」
そう言いながら両手を広げるカイルーズに促されるまま、リュセルはすぐ上の兄と兄弟の再会の抱擁を交わす。
「ところで、俺は未来の義姉上になる人に会いたくて、渋るレオン達をせっついて大急ぎで帰ってきたのだが……。どういう事だ? カイルーズの婚約者は、ツバキ姫じゃなかったのか?」
リュセルはカイルーズからわずかに身を離すと、兄の隣のユリエを見ながらそう尋ねる。
「ん~、う~ん。お前がいない間に、こっちも色々あったって事さ」
「よくわからんが、つまりはユリエ姫と婚約したって事か?」
腰を抱かれたまま、兄の漆黒の瞳を間近で見返しながらそう言ったリュセルに、カイルーズは頷く。
「まあ、簡単に言えばね」
「ふえええええええ!?」
ユリエの事情を知るリュセルは、つい庭園中に響き渡るような音量でそう叫んでしまっていた。
「リュセル王子!?」
次の瞬間、第三王子の帰国に気づいたカイエが、慌ててこちらに駆け寄ってくるのをリュセルは目にする。
「ただいま、カイエ…………って、ゲッ!」
カイエに穏やかに帰国の挨拶をしようとしたリュセルは、カイエの後ろからやってくる男の姿を認めるとたじろぐ。
「お久しぶりですね、リュセル王子。今回はお会いできないと思っておりましたから、会えてとても嬉しいですよ」
嬉しそうに笑いながら近づいてくるレインに気づくと、リュセルは咄嗟にカイルーズの影に隠れて(身長も体格もほぼ同じな為はみでている)、すぐ上の兄を盾にしようとした。
「リュセル?」
レインを見てものすごく嫌そうな顔をする弟をいぶかしく思い、カイルーズは眉をひそめる。
「照れていらっしゃるのですか? あははは、可愛らしい人だ」
カイルーズを挟んで目の前までやってきたレインを次兄ごしに睨みつけると、リュセルは怒鳴った。
「どこをどう勘違いしたら、そんなおぞましい考えに行き着くというんだ! こっちに来るな、好色男、ハゲっ、変態野郎~~!」
その異常なほどのリュセルのレイン拒絶ぶりに、カイルーズは問うような視線をユリエに向ける。
「…………」
カイルーズの視線を受けたユリエは、それまでリュセルに同情的な視線を向けていたが、すぐに自分の婚約者と目を合わせ、うつろな目のまま緩く首を振った。
その瞬間、ユリエにプロポーズする前、レインに口説かれた時の記憶がカイルーズの脳裏を巡る。
そう、このレインという男。顔が綺麗なら、男だろうが女だろうが関係ないのである。女神の美貌という、一種の神がかり的な美を保持するリュセルが狙われるのは、当然と言えば当然。
姉思いで、家族思いの結構いい奴だと思っていたレインの印象が、この瞬間、カイルーズの中で最悪なものに変化した。
人の可愛い弟を、こんなに怯えさせるとは何事か!
無遠慮に後ろの弟に手を伸ばそうとする不埒者を睨み付け、またしても例の粉の犠牲になってもらおうと、目をクワっと見開いて、懐の袋に手を伸ばそうとした時だった。
カイルーズの肩に置かれていたリュセルの手。その左手首のブレスレットがキラッと鈍い光を放ったのだ。
その瞬間。
「ぐわあああああっ」
リュセルを中心に白い光の結界が張られ、結界内にいたカイルーズはそのままに、レインの体だけが見事に吹っ飛ばされた。
「くそっ、一体何なんだ!?」
吹っ飛ばされても、どこかの怪盗のように壁に叩きつけられるようなまぬけな姿を晒す事なく、レインは空中で一回転をし、地面に膝をついて降り立つ。
「ん? なんだ、この白いの???」
当のリュセル本人が不思議そうに自分の周りを囲む結界に手をかざしているのだから、一緒にそれに包まれたカイルーズや弾き飛ばされたレインなどは余計に意味が分からない。
分からないが……。
「兄上……。過保護過ぎるよ」
おそらくこれが原因だろうと、カイルーズはリュセルの左手首に飾られた金のブレスレットに目を向ける。七色に光る虹石がとても素晴らしい逸品だ。しかし、明らかにこのブレスレットは、普通の装飾具ではなかった。
レインが吹っ飛び、変態の脅威が去ると、リュセルとカイルーズ、二人を包んでいた結界は解かれた。
「ふ、ふふふふふふ、拒絶されればされる程、俺の情熱の炎は燃え盛るのですよ、リュセル王子。さあ、共に恋のダンスを踊りましょう」
そんなおかしな事を呟きながら、めげずに再び迫って来るレインを見ると、リュセルは自分の盾にしているカイルーズに言った。
「カイ、カイカイカイルーズッ、いや、兄上! 頼むから、あの変態を追っ払ってくれ!」
「そ、そうしようと思ってたけど、なかなか今の彼は手強そうだよ!」
前のように、花粉症粉で撃退出来ればいいが。
「俺は、あの男とだけは、もう関わり合いたくないんだ~~~~!」
一体、どんな目に遭ったんだよ。
自分の背に縋りつきながら悲鳴を上げる弟を振り返って見ながら、カイルーズはそう思わずにはいられなかった。
しかし、今度はリュセルの左手首のブレスレットの守護結界が働く前に、レインは一人の青年の鉄拳によって進行を阻まれる。
「帰国早々、一体この騒ぎはなんだい?」
腰まで届く長い胡桃色の髪をなびかせ、二人の弟をその背に庇うようにして登場したのは、美麗なるこの国の第一王子。
その麗しさ、美しさは、女性達が羨む程のもの。美貌一つで国を滅亡にまで追い込む、傾国の美女のような容姿は、見る者を虜にするであろう。上背もあり、体躯もしっかりしている為、男にしか見えないが、もっと華奢であったなら、女にしか見えないと思われる青年だった。
しかしこの青年、第一王子たるレオンハルトは、端麗な容姿からは想像もつかないような、強力の持ち主でもあるのだ。
その証拠に、レオンハルトに殴られたレインは、見事なまでに吹っ飛んでいた。
「ふ、ふふ、レオンハルト王子、あなたも変わらず麗しいですね。どうか、その美しい体の隅々まで私にさらけ出して欲しいものです」
先程の、結界に弾かれた時と違い、受け身もとれずに地面に倒れ伏したレインは、しつこくそんな事を言って、表情のあまり表れないレオンハルトの美貌を凝視しながら立ち上がる。
帰国早々の変態の相手に辟易したのか、レオンハルトは後ろにいるリュセルに言った。
「だから、あまり早く帰ると面倒だと言っただろう?」
ため息まじりのその言葉に、リュセルは謝るしかない。
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