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たんぽぽのわたぼうし
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「それじゃあ私は行きますよ」
「俺も次の風がきたら行くよ」
「君が行くなら僕も行く」
むかしむかし、あるところに
幸せのたんぽぽがありました。
幸せのたんぽぽは
綿毛となって風に舞い
幸せの種を届けに行くことが
お仕事でした。
お母さんの体から手を離し
大空を舞い
幸せを届けるお仕事は
綿毛みんなの憧れでした。
風が吹きます。
とてもすがすがしい風でした。
「お母さん行ってきまーす」
「お母さんお元気でー!」
「今までありがとうー」
幸せの種たちは口々にそう言って
風に乗りお仕事へ出かけていきました。
お母さんはすっかりまるまる坊主に…
あれあれあれ?
ひとつだけ、
坊主になりかけたたんぽぽ母さんの頭の上に
綿毛が取り残されています。
「お前はいかないのかい?」
「行きたいけど…恐いんだ」
「恐くなんかないよ。お母さんだって旅立ちの時はあったもの。手を離したら後は風に乗っていくだけだよ」
「でも僕…ここにいたいよ」
お母さんは、風が吹くのに合わせて
体を大きく揺すってみては
勇気の出ない坊やをなんとか旅立たせようと
頑張りましたが、
坊やはしっかりお母さんの体にしがみついて
離れようとしませんでした。
「仕方ない子だねぇ。もう勝手におし」
お母さんは少し呆れて、そう笑いました。
恐いから。
その気持ちはちょっとだけ本当で
ちょっとだけ嘘でした。
本当の本当の気持ちは
たったひとり
坊主頭になってここに残る、
お母さんが可哀想だと思ったから。
でもそんな事を言ってしまったら
お母さんは旅立てない坊やを
大切に思うが故に
自分自身を責めるかも知れません。
心優しい坊やは
本当の本当の気持ちを隠し
お母さんの側にい続けました。
そのうち、方々から
他の兄弟たちからの
便りが届き始めました。
ある時はカラスが
「おう、お前んとこの長男坊、ずっと遠くの南の島で落ち着いて、泣いてた女の子、笑顔にしたぜ?1番飛んだのは長男坊で違いねえや」
と、くちばしを擦りながら言うのです。
それを聞いたお母さんは
「あーあ、よかったわ」
と、坊やがゆらゆらと揺れるほど
安堵の息をつきました。
ある時は風が
「あーたのとこの末の子ね、隣町で深く深く根を伸ばして、誰に踏みつけられたってへこたれないのよ。その姿を見た病気がちのおばあちゃん、すっかり元気になっちゃって、今じゃ近所にお散歩に出てる姿を見るわ。根伸ばしはあの子が1番で間違いない」
と、優しく教えてくれました。
それを聞いたお母さんは
「はあ…本当に良かったわ」
と、暖かい涙を流すのでした。
全ての兄弟の知らせが届く頃には
随分とお母さんは元気がなくなっていました。
張りのあった茎は風が吹く度
お母さんをゆらん、ゆらんと揺らします。
緑色だったその肌は赤らんで
摘もうものなら
すぐに潰れてしまうほどでした。
季節は秋暮れ
木枯らしが吹き始めた初冬のことです。
お母さんはもはやこれまでという時に
静かな声で坊やに言いました。
「ねえ坊や、もう行きなさい」
「…やだよ」
「わがまま言わないで」
「やだ」
「坊やは、坊やの花を咲かすのよ」
「僕は、お母さんと一緒にいたい」
「お兄ちゃんたちもみんな花を咲かせたんだよ」
「やだったら」
「仕方ない子だねぇ…ほら、お行き」
お母さんは、最後の力を振り絞って
風に合わせて茎を大きく揺らしました。
ずいぶん大きくしなったので
ぽきん。
お母さんは力なく折れ、
ゆっくりと地面に倒れます。
お母さんにしっかりとしがみついた坊やも
また地面に投げ出されました。
お母さんはもう何も喋りません。
もう何も伝えられなくなりました。
坊やも冷たい風に晒されて
やがて土が少しずつかぶり
冬も更け雪に埋もれていきました。
長い長い冬が終わりを告げ
雪解けを迎えると
蟻やてんとう虫が活動をはじめます。
つくしも、小さな青い花も
ハコベも目を覚ましました。
「ん…っんん」
坊やも目を覚ましました。
「これが、僕?」
雪融けた水たまり。
坊やは自分の姿を映し見てびっくりです。
綿毛などどこにあると言うのでしょう。
そこにはかつてのお母さんと同じくらい
大きく茎を伸ばした坊やの姿がありました。
顔には雄々しく黄色い花びらを
たくさんたくさん蓄えています。
その姿はまるでたてがみをそなえた、
ライオンのように見えました。
木々が風に揺れています。
草花も風にさわさわと揺れました。
もちろん坊やも揺れました。
その時です。
「あ!たんぽぽしゃん」
小さな女の子がしゃがみこんで
坊やをしげしげと見つめています。
「かあいいねぇ」
舌っ足らずな女の子は、そう言って
にっこりと笑いました。
むかしむかしあるところに
幸せのたんぽぽが生きていました。
兄弟綿毛が他人の幸せを願い
ひとつ残らず旅立っても
たったひとつの綿毛の坊やだけは
「変わることなくここに居たい」
その想いを貫きました。
その思いの強さは最後まで
お母さんに心配をかけました。
それでもお母さんは幸せでした。
お母さんはひとりぼっちに
ならなくてすんだのですから。
そればかりか朽ちたお母さんの栄養を
坊やは吸い上げ大きくなって
小さな女の子に
にこやかな笑顔を与えたのです。
「変わらなくていい」
「そのままでいい」
坊やは優しく女の子に語りかけます。
「そのままの君で充分だよ」
「充分人を幸せに出来るよ」
綿毛の坊やはその命ある限り
胸を張って、そう伝え続けるのでした。
「俺も次の風がきたら行くよ」
「君が行くなら僕も行く」
むかしむかし、あるところに
幸せのたんぽぽがありました。
幸せのたんぽぽは
綿毛となって風に舞い
幸せの種を届けに行くことが
お仕事でした。
お母さんの体から手を離し
大空を舞い
幸せを届けるお仕事は
綿毛みんなの憧れでした。
風が吹きます。
とてもすがすがしい風でした。
「お母さん行ってきまーす」
「お母さんお元気でー!」
「今までありがとうー」
幸せの種たちは口々にそう言って
風に乗りお仕事へ出かけていきました。
お母さんはすっかりまるまる坊主に…
あれあれあれ?
ひとつだけ、
坊主になりかけたたんぽぽ母さんの頭の上に
綿毛が取り残されています。
「お前はいかないのかい?」
「行きたいけど…恐いんだ」
「恐くなんかないよ。お母さんだって旅立ちの時はあったもの。手を離したら後は風に乗っていくだけだよ」
「でも僕…ここにいたいよ」
お母さんは、風が吹くのに合わせて
体を大きく揺すってみては
勇気の出ない坊やをなんとか旅立たせようと
頑張りましたが、
坊やはしっかりお母さんの体にしがみついて
離れようとしませんでした。
「仕方ない子だねぇ。もう勝手におし」
お母さんは少し呆れて、そう笑いました。
恐いから。
その気持ちはちょっとだけ本当で
ちょっとだけ嘘でした。
本当の本当の気持ちは
たったひとり
坊主頭になってここに残る、
お母さんが可哀想だと思ったから。
でもそんな事を言ってしまったら
お母さんは旅立てない坊やを
大切に思うが故に
自分自身を責めるかも知れません。
心優しい坊やは
本当の本当の気持ちを隠し
お母さんの側にい続けました。
そのうち、方々から
他の兄弟たちからの
便りが届き始めました。
ある時はカラスが
「おう、お前んとこの長男坊、ずっと遠くの南の島で落ち着いて、泣いてた女の子、笑顔にしたぜ?1番飛んだのは長男坊で違いねえや」
と、くちばしを擦りながら言うのです。
それを聞いたお母さんは
「あーあ、よかったわ」
と、坊やがゆらゆらと揺れるほど
安堵の息をつきました。
ある時は風が
「あーたのとこの末の子ね、隣町で深く深く根を伸ばして、誰に踏みつけられたってへこたれないのよ。その姿を見た病気がちのおばあちゃん、すっかり元気になっちゃって、今じゃ近所にお散歩に出てる姿を見るわ。根伸ばしはあの子が1番で間違いない」
と、優しく教えてくれました。
それを聞いたお母さんは
「はあ…本当に良かったわ」
と、暖かい涙を流すのでした。
全ての兄弟の知らせが届く頃には
随分とお母さんは元気がなくなっていました。
張りのあった茎は風が吹く度
お母さんをゆらん、ゆらんと揺らします。
緑色だったその肌は赤らんで
摘もうものなら
すぐに潰れてしまうほどでした。
季節は秋暮れ
木枯らしが吹き始めた初冬のことです。
お母さんはもはやこれまでという時に
静かな声で坊やに言いました。
「ねえ坊や、もう行きなさい」
「…やだよ」
「わがまま言わないで」
「やだ」
「坊やは、坊やの花を咲かすのよ」
「僕は、お母さんと一緒にいたい」
「お兄ちゃんたちもみんな花を咲かせたんだよ」
「やだったら」
「仕方ない子だねぇ…ほら、お行き」
お母さんは、最後の力を振り絞って
風に合わせて茎を大きく揺らしました。
ずいぶん大きくしなったので
ぽきん。
お母さんは力なく折れ、
ゆっくりと地面に倒れます。
お母さんにしっかりとしがみついた坊やも
また地面に投げ出されました。
お母さんはもう何も喋りません。
もう何も伝えられなくなりました。
坊やも冷たい風に晒されて
やがて土が少しずつかぶり
冬も更け雪に埋もれていきました。
長い長い冬が終わりを告げ
雪解けを迎えると
蟻やてんとう虫が活動をはじめます。
つくしも、小さな青い花も
ハコベも目を覚ましました。
「ん…っんん」
坊やも目を覚ましました。
「これが、僕?」
雪融けた水たまり。
坊やは自分の姿を映し見てびっくりです。
綿毛などどこにあると言うのでしょう。
そこにはかつてのお母さんと同じくらい
大きく茎を伸ばした坊やの姿がありました。
顔には雄々しく黄色い花びらを
たくさんたくさん蓄えています。
その姿はまるでたてがみをそなえた、
ライオンのように見えました。
木々が風に揺れています。
草花も風にさわさわと揺れました。
もちろん坊やも揺れました。
その時です。
「あ!たんぽぽしゃん」
小さな女の子がしゃがみこんで
坊やをしげしげと見つめています。
「かあいいねぇ」
舌っ足らずな女の子は、そう言って
にっこりと笑いました。
むかしむかしあるところに
幸せのたんぽぽが生きていました。
兄弟綿毛が他人の幸せを願い
ひとつ残らず旅立っても
たったひとつの綿毛の坊やだけは
「変わることなくここに居たい」
その想いを貫きました。
その思いの強さは最後まで
お母さんに心配をかけました。
それでもお母さんは幸せでした。
お母さんはひとりぼっちに
ならなくてすんだのですから。
そればかりか朽ちたお母さんの栄養を
坊やは吸い上げ大きくなって
小さな女の子に
にこやかな笑顔を与えたのです。
「変わらなくていい」
「そのままでいい」
坊やは優しく女の子に語りかけます。
「そのままの君で充分だよ」
「充分人を幸せに出来るよ」
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胸を張って、そう伝え続けるのでした。
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