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私の故郷
しおりを挟む故郷は捨てました。
もはや捨てました。
最初から私には
故郷などありませんでした。
土の香り
踏みしめれば落ち葉
山へ入れば山葡萄
一番のご馳走を私は
無我夢中で頬張りました。
山のてっぺんからは
行ったこともないような
きらびやかな都が見えました。
人が虫けらほど
小さく見えました。
表情こそ見えませんでしたが
きっとあの人達は
花のように美しい着物を身にまとい
私が食べた事もないような馳走を口にして
毎日を幸せに過ごしている事でしょう。
「ああ、あの都へ行ってみたい」
吐き出した言葉は、なんと虚しく
空へ昇ったことでしょうか。
烏が泣いて日が落ちて
辺りが真っ暗になったとて
迎えてくれる笑顔はありません。
暗がりの中をやっと家路につくと
我が家には灯りがついていました。
でも、私の為の灯りではないようで
そこから聞こえる笑い声も
私の為の声ではないようで
「あんたぁ向こうに行っていなせぇ、にいにぃが飯食い終わったら、残飯持っていくけんね。そいとも、外で何食うてきたなら食わんでもええよ?」
敷居をまたぐ前にそう言われてしまいます。
「ごめんなせぇ、食いてぇす」
「そう、たいぎぇ子やねぇ」
「向こう…行っちょるけん」
そうつぶいて、私は家の隣の
なんの明かりもつかない鳥小屋で
兄上の残飯を食い、眠るのです。
もう、何年も前からそうでした。
いえ、物心着いた頃からそうでした。
それでも、毎日、敷居を跨ごうとする私は
きっと、阿呆なのでしょう。
ただ私は信じたかったのです。
お母上様が兄上と同じように
私を愛してくれると望んでいただけなのです。
いつか笑顔で
「おかえり」と
戸惑う私に優しく
「何やっちょるん、早よあんたもこっちきなぃ、一緒に飯食うよ」
そう言ってくれるのではないかと
思っていただけなのです。
十になった時
私は奉公へ出ることになりました。
偉い先生のところで学問を学びながら
お務めを果たすのです。
家を出る時
馬に乗ったお侍さんが
迎えに来ました。
お母上様は
それまで食べさせてくれた事もない
麦入りの握り飯を三つ用意してくれました。
中には梅干しと沢庵が入っています。
お母上様はそれを私の手のひらに
しっかりと握らせてこう言いました。
「これ持っていきない、しっかり働えて、仕送りしちょくれ。待っとるけんね。にいにの為に気張んだがねぇ」
最後の最後まで
お母上様は変わりませんでした。
この家の敷居を
跨がせてくれたこともありませんでした。
兄上の為に、私は生まれたのでしょう。
私は体の弱い兄上を育む道具なのでしょう。
私は、握り飯をぎゅっと握り締めました。
これはお母上様が
私の為に握ってくれたおむすび。
お母上様がこの十年で唯一
私の為にこしらえたおむすびです。
パカパカと蹄の音を響かせて
出発した私はお侍さんの前にちょこんと跨り
笹の葉に包まれた握り飯を見つめていました。
お侍さんがふと、言いました。
「ワレェ、あん家で厄介モンだったんだらぁ?」
「…厄介モン……どうだらあね」
「わしも、里じゃ厄介モンだった」
私は、お侍さんの言葉に目を丸くして
後ろを振り返りました。
「お侍さんが?」
「わしだけじゃなぇで。あのお方の所にはそげなゴロツキや、訳ありが沢山いーさ」
お侍さんは私を優しく見下ろして
手綱を引く手を離すと
私の頭をゆっくりと撫でて
また、言いました。
「独りだ思うたら大間違いだがね。ワレは独りじゃなえさ」
独りじゃない
独りじゃない
私は、独りじゃない
お侍さんの言葉が
心にすとんと落ちると
今まで流す事を忘れていた涙が
とめどなく溢れて来ました。
私は涙を拭いながら
笹の葉の包みをひらき
お母上様が握ってくれたおむすびを
がつがつと、頬張りました。
頬に米粒を沢山つけながら
がつがつと、頬張ったのです。
「おお、食いっぷりのええ女子だ」
お侍さんは、そう言って笑ってくれました。
故郷は捨てました。
もはや捨てました。
最初から私には
故郷などないと思っていました。
あれから五年の月日が経ちました。
周りには
傷あとだらけで強面のお侍さんばかり。
朝から晩までお稽古ばかり。
私よりももっと
暗い過去のあるような人もいました。
でも、みんな笑顔でした。
先生を囲んでの食卓は馬鹿みたいに楽しかったし
先生の教えに耳を傾ける時は皆真剣でした。
みんな先生のことが大好きでした。
ここには何十人もの人が集まっています。
何人増えても、何人減っても
みんなが家族のようでした。
かつて私がいた、お母上様と兄上のところより
他人同士の今の方が、よほど家族でした。
故郷を捨てました。
もはや、そんなもの必要ありませんでした。
私にとって生まれの違うこの土地こそが
私の故郷になっていたのですから。
私は、私の居場所を見つけた今
とても、とても…幸せです。
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