Looking for Myself

幸介~アルファポリス版~

文字の大きさ
4 / 5
リク編

私の値段~第三話 値段なんかない

しおりを挟む



「由紀の全部、俺に預けろ」


海は、泣きじゃくる私の頭を


優しく撫でてそう笑った。


【Looking for Myself~私の値段  第三話 値段なんかない】




海の部屋は四畳半の小さな部屋だった。



飲み物をとってくると


海は一旦部屋を出た。


取り残された私はその空間を


ぐるりと見渡した。



殺風景な部屋だった。


勉強机がないかわりに


小さな台の上に


参考書が積み上げられている。


その台のへりには


卓上ライトが挟んであった。



緑色のカーテンは


ところどころ


黄色く変色していて


カタカタカタと風が


奥の薄い窓ガラスを叩いている。



本棚には小説が数冊と


医学書


きっと妹たちが作った、


折り紙の作品


それから家族の写真が入った


写真立てが飾られていた。



その写真立てが


寂しい部屋を一気に


温かく感じさせる。



物がたくさんあって


母親が勝手に綺麗に飾った、


私の部屋とは大違い。



私は微笑んで、


その家族写真へ手を伸ばす。



「あ、勝手に触んなよ」


御盆にコーラを乗せて現れた海は


そう言って笑う。


「ごめん」


「いや、いいよ」


「うん」


海の笑顔に


心が落ち着いていく。


コップに注がれたコーラを


海は私の目の前に置いた。



「ありがとう」


「おう」


「いい、家だね」


本音を告げたつもりだったけれど


海は、「嘘だろ!」とゲラゲラ笑いながら


「おんぼろでうるさくて、びっくりしたろ」


そう、言葉を繋ぐ。


「少し…驚いたけど、でも温かい。私は…好きだよ」



こんなに素直に


自分の気持ちを吐き出すことが


出来るなんて思いもしなかった。



私はいつも偽りの仮面を


つけてる気がしていた。



家にいる時も


学校にいる時も


「宿」にいる時も


リスカする、その時すら


仮面を被り続けて…



その仮面が苦しくなると


また偽りを重ねて


もう本当の自分が


どんなだったかさえ


わからない。



でも海に告げた、


その言葉だけは


心の底から生まれ出た、


気持ちだったように思う。




海は照れくさそうに


「調子狂うじゃん」


と、天井を見上げる。



私は久しぶりに声を上げて笑い


コーラに手を伸ばした



その時だ。



制服の袖裾が引きつって


無数のリスカの傷跡が露になる。




慌てて手を引っ込めたけれど


海の目は、しっかりと


私の手首をとらえていた。



どうしよう


ウリにリスカ…


絶対ヤバい奴って思われた。



激しい動悸が身体中を駆け巡る。


沈黙が居た堪れず


私はぎゅっと


スカートの裾を掴んだ。



「なあ、由紀ぃ」


やがて

海はそう私に声をかけた。


「な、に」


「俺の母さんさぁ」


リスカのことを根掘り葉掘り


聞かれるのかと思いきや


海は後ろに手をつくと


天井を見上げて


海の母親のことを語り出した。



「俺が生まれる時、俺でかすぎてさ」


「うん」


「産道通って来られなくて、母さん腹切ったんだよね」


「うん」


「1回帝王切開しちまうと、産道通して産むのってなかなか難しいらしくてさ」


「うん」


「優音も歩斗も腹切って出したんだけど」



だんだんと、その声に


海らしい元気がなくなっていく。


涙を蓄えたような


震える海の声が辛かった。



「歩斗の時に子宮の壁が薄くなってるって。もう子どもは望めませんよって言われてたんだけど、音々が出来たんだ」


「うん」


「母さんは産むって言い張って、臨月待たずに子宮破裂で、死んだ。音々は仮死状態って危ない状態だったけど、なんとか助かった」


どう声をかけていいか


わからない。



肉親の死を経験してきた海の目には


死にたい私は、


自分を大事にもしない私は


一体どんな風に映ったのだろう。



恥ずかしい。


傷だらけのこの腕を


もぎとって捨ててしまいたいくらい


恥ずかしかった。



涙がにじむ。



顔を俯けた私に


海はおもむろに近付いて


リスカの痕のある手首を


力強く掴む。


今朝切ったばかりの傷が


悲鳴をあげた。



「いっ、何すん…」


私があげた声は海に遮られる。


「俺はっ、知ってた!」


「…え」


「由紀がリスカしてたの、知ってたんだ」


「なん、で」


「…ずっと見てたから」


「は…?」


「今更、引いたりしない、だから隠さなくていい」


驚きと疑問で


思考回路がショート寸前だ。


海は言葉を紡ぎ続ける。


「最初は綺麗だったのに、いじめが始まって、だんだんカサブタだらけになった、…そうだろ?」



海は、私の手首を


涙目で見つめ


親指の腹で傷跡を


なぞるように撫でた。




「由紀」


真剣な視線が私を貫く。


魔法にでもかかったように


私はその目に釘付けられた。



「俺は母さんを亡くした」


「…うん」


「由紀まで…失いたくないんだ」


途端に、海の目に涙が浮かび


そして、一粒、また一粒と


零れ落ちて行く。



「俺は…由紀が好きなんだ…」



その想いが耳に届いた時


堪えきれない涙は


私の目からも滔々と溢れ出した。



こんな私が


好きになることすら


許されないと思ってた。


だから必死に堪えていた。




けれど


一度形になった想いは


もう、留めようもない。


愛しさが湧き上がる。



「か……かぃ…かいっ、わた、私もっ私も」



しゃくりあげて泣き出した私を


海は優しく、抱き締める。






ひた隠しにしてたリスカ。


世の中の生きにくさを


言いわけにしているようで


誰にも言えなかった。



宿提供の男に傷痕を


見られたところで


みんな、知らん顔。


親身に話を聴くよりも


身体を重ねる事を優先された。



そういう名目で


会っているのだから


当たり前なんだろうけど


私の心にはきっと


血が噴き出していて


瘡蓋はミルフィーユみたいに


重ねられていったに違いない。



親にも先生にも友達にも


行きずりの大人にすら


私の存在意義を


認めてもらえない


本当は誰かに


こうして


なんの利害もない抱擁を


してほしかっただけだった。




海はぎゅっと更に


私を強く抱き締めて



「いじめ、俺がとめてやる」


私の目を見つめながら


「家族に疲れたらまた俺ん家来いよ」


そう、言葉を繋ぎ


「死ぬとか考えらんねえくらい由紀を幸せにしたい」


はにかんで笑う。



それは


「一緒に笑いたい」


「疲れたら一緒に泣こう?」


「色んなとこ行って憂さ晴らししよう」


海の希望だった。



その望みを


私に託そうとしてくれている。



私の存在意義は


海が用意してくれていた。




うん、うん、


大きく頷くと


海は私の頭に手を置いて


私を、見つめ、私を呼ぶ。



「由紀…だからさ」


「うん…?」


「由紀の全部、俺に預けろよ」


もう、涙で前が見えない。


ひりひりと痛い頬は


リスカの痛みより


ずっと優しい。



海は、泣きじゃくる私の頭を


優しく撫でて、愛しそうに笑った。







・・数ヶ月後・・


「おはよう、由紀!」


私が玄関を出ると


晴天の青空に


海の笑顔が栄えた。


私だけに向けられる、


少しだけ恥ずかしそうな笑顔が


とても、嬉しい。



「おはよう、海」


「いつになったら響斗って呼んでくれんの?」


「……恥ずかしいんだよ」


「結婚したら呼べよ」



こんなこと…


飄々と言いながら


屈託なく笑われたら


こっちの心臓が持たない。



ふと、視線をずらせば


徒歩五分。



ステンレス製の校門が見えた。



地獄の入口…。



私の手は震えた。



いじめは、なくなりつつある。


海が必死に私を守ってくれていた。


それでも辛いことがあると


帰りの通学路。


思いっきり甘いキスで


嫌なことを吹き飛ばしてくれる。



それでも


心に負った傷は


毎朝の気分を曇らせた。




「由紀」


「ん?」


「震えんなら手繋ご」


海は全部、お見通しだ。


「…うんっ」


私は差し出された海の手をとる。




制服から見える手首に引かれた瘡蓋は


徐々に、徐々に薄くなりつつある。



時折、中毒のように


血が見たくなって


手首を切る事もあるけれど


そんな時


海はとても辛そうな顔をして


本気で怒ってくれるんだ。



私には


そういう人が必要だ。




「あ、ねえ海」


「んー?なんだよ」


海が私を覗き込む。


視線を合わせればお互い


自然と笑みが湧くんだから


この上なく、幸せだ。




「私の値段って、海はいくら位つける?」



ずっと聞いてみたかった。



1万、3万、5万、10万


その時々で


色んな値段をつけられてきた私


海が値段付けしたら


いくらになるだろう。


興味があった。




「ばーか、怒るぞ」


海は私の肩を強く抱いて



「由紀に値段なんかつけられるはずねえだろ」


と、笑った。



私は海の前では


値段もつかないただの人らしい。



だけど、人だ。


人以下じゃ決して、ない。




人として自由に生きていける…。



海と一緒に、生きていく。



そう思えば


学校まで徒歩五分。


手を繋いで居られる、


校門までのこの時間も


いつか、愛しさで


いっぱいになるはずだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

美人な姉と『じゃない方』の私

LIN
恋愛
私には美人な姉がいる。優しくて自慢の姉だ。 そんな姉の事は大好きなのに、偶に嫌になってしまう時がある。 みんな姉を好きになる… どうして私は『じゃない方』って呼ばれるの…? 私なんか、姉には遠く及ばない…

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

処理中です...