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~校医~
追憶ノ章
しおりを挟む「何をしているんだ?」
「…お墓を、作っています」
「墓?」
「椿の」
「へえ、面白いね」
先生は煙草を吹かしながら笑う。
私は、先生の笑顔に
心の底からときめいた。
【椿の唇~追憶ノ章】
物心着いた頃の話だ。
母に手を引かれて
公園への道すがら
真っ赤な花が
沢山落ちている事に気がついた。
それは真っ赤な絨毯のようで
目を奪われるほど綺麗だと私は思う。
けれども母は嫌悪感を露わにした。
「やだ、椿じゃない」
「やだ、て…?」
「椿は縁起が悪いから嫌いなのよ」
母は年端もいかない私に
そう言った。
「…どうして?」
「首が落ちるから」
「え…」
「ほら。見て、花がそのまま落ちて…まるで血溜まりみたいじゃない」
私は、それからというもの、
落ちた椿の花を拾い集め
お墓を作ることにした。
あの日、母に聴けなかった想いに
蓋をする為に…___
「え……待って、どういうこと?」
年の離れた姉が爪に
マッサージ用のオイルを
塗りながら告げた、
何気ない呟きに
私は言葉を無くした。
「だからー、あんたはお母さんの子じゃないの」
「…なんで?」
「お父さんのお妾さんの子だから」
「嘘。だって、ならどうして、私…冴木の家にいるの…?」
「お妾さんがね、あんた産んだ後、すぐ蒸発したんだってさ。それでお父さん、仕方なくあんたを家に連れてきたのよ。まあ、お母さんもね、妾の存在は知ってたから、意外とすんなりだったよ」
心がざわつく。
ああ、もしかして。
ずっと、心のどこかに
引っかかっていた、事。
「私の…名前って、誰が…つけたの」
「んー、よくわからないけど、お父さんはそういうの全然、無頓着だし、兄貴の名前も私の名前もお母さんだったから。ほら兄貴は樹、私は桜、あんたも植物の名前だから、お母さんじゃない?」
衝撃の真実を
話しているのに
姉は私の顔を見なかった。
いや、かえって見られなくて
よかったのかもしれない。
涙が出そうだった。
「椿は、縁起が悪いから嫌いなのよね」
あの日
そう、吐き捨てるように
言った母の歪んだ顔…。
椿を見つめる、くすんだ目。
心の中は一体
どんなだったのだろう。
母の嫌いな花の名
それが私の名前だった。
がり…、がり…
呆然と土をかく。
私の傍らには
たくさんの椿の首が
置かれている。
花のまま落ちてしまうばかりに
嫌われて……
私は椿の花を両手いっぱいに掬った。
「……ねえ、椿」
物言わぬ花から
言の葉が返ることはない。
小さな頃の事を思い出す。
母は兄達の言葉には
すぐに反応して
あれこれと世話を焼くのに
私が何か話しかけても
なんの反応もしてくれない
そんな時が多々あった。
それでも、何度も
「お母さん」そう呼べば
母は笑顔で
「あら気づかなかった」
と、私を膝の上に
乗せてくれていた
私がその瞬間を
とてつもなく好きだったのは
お母さんに嫌われているかもしれない
そんな苦しみを
払拭出来たからだったのだろう。
思い返せば幼心に「おかしいな…」
そういった疑惑は
各所に点在しているのに
19歳になって尚気付かずに
姉によって曝されるとは
私自身の鈍感さが馬鹿馬鹿しい。
手のひらの中の
赤い椿の花は
落ちて尚、
生命を宿している。
こんなに美しい花なのに
その姿が切なくてたまらない。
「椿……可哀想に」
ふいに呟いた言葉に
私の目は大粒の雨を降らせた。
ぽと、ぽとと
零れ落ちた涙は
椿の赤い花弁に
まんまるの雫をいくつも
作り出した。
私は涙を拭うと
両手いっぱいの椿を
一思いに宙へ舞わせる。
重たい椿の花は
すぐに穴の中へぼとぼとと
音を鳴らせて落下した。
「結婚式のフラワーシャワーみたいだな」
突然、後方から掛けられた低い声。
驚いて振り向くと、
そこには見知った顔があった。
「木下…先生」
「新郎はどこだ?」
先生は目を伏せ
煙草に火をつけながら
そう、おどけた。
木下 龍星
一年前に卒業した高校の
校医だった。
私は、木下先生の事が
高校の三年間
ずっと好きだったけれど
結局、想いは
伝えられずじまいだった。
もう、とっくに
忘れたはずの恋。
心に、ふわっと
優しい風が吹く。
「で、冴木、お前、何をしているんだ?」
木下先生は
私を見下ろして尋ねた。
私は、少し悩んでから
「…お墓を、作っています」
そう、答えた。
母のあの言葉を聞いてから
人知れずずっとしてきた、儀式。
木下先生になら
聞いてもらってもいいかもしれない。
そう思った。
「墓?」
「…椿の、お墓です」
「へえ、面白いね」
先生は煙草をふかしながら笑う。
私は、先生の笑顔に
心の底からときめいて
時が止まるのを感じていた。
「なあ、冴木」
木下先生は私の視線を欲する。
呼びかけられて見れば先生は
白く立ちのぼる煙草の煙を見つめ
「結婚式でもするか」
そう、不敵な笑みを浮かべたのだった。
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