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第3章 蒼龍神刀
3 試験官として
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延期されていた剣士クラスB昇格試験の参加者は、一回戦を勝ち抜いた二人だけだった。一回戦は四試合あったのだが、そのうちの二試合の勝者はアトロポスとレオンハルトだったからだ。
本来の昇格試験は勝ち抜き戦で、優勝者が試験官と模擬戦を行い、試験官がその技量を見極めて昇格させるかどうかを決定する。だが、残り二人しかいないため、アイザックは両者ともにアトロポスと模擬戦を行わせることにした。
一人目は一回戦第三試合の勝者で、フレッドという二十代前半の男だった。
身長は百八十セグメッツェくらいで、冒険者らしいガッシリとした体格をしていた。顔中に小さな傷が何カ所もあり、黒色の頭髪を短く刈り上げた目つきの鋭い男だった。
フレッドの得物はシミターと呼ばれる曲刀で、使い込まれた革鎧を装着していた。同じ受験者であったはずのアトロポスが特別昇格で剣士クラスAとなり、自分の試験官を行うということに納得がいかない様子で、フレッドは敵意を込めた視線でアトロポスを睨んでいた。
二人目は、ローガンという金属鎧の男で、アトロポスが一回戦で注目した実力者だった。一回戦では正当な剣技で相手を圧倒しており、覇気さえも纏うことができる騎士上がりの男だった。
身長は百七十五セグメッツェくらいあり、短めの赤みがかった髪をした二十代半ばの男だった。武器も長剣と盾という正当な騎士スタイルであった。
「では、これから剣士クラスB昇格試験を行います。私は本日の試験官を担当するローズです。一回戦の勝者は二人だけなので、二回戦を行わずに私があなた方と直接模擬戦を行って合否を判断します」
あらかじめアイザックに教えられた台詞を、アトロポスは緊張しながら告げた。
「最初はフレッドさんです。ローガンさんは観戦席に戻って、しばらくお待ちください。フレッドさんは訓練場の中央に進んでください」
アトロポスの言葉に従って、二人がそれぞれ移動を開始した。その足運びや所作から、アトロポスは二人の実力を推し量っていた。
(ローガンさんはかなりの力を秘めているけど、フレッドさんは……。さて、どうしようかな?)
昇格試験の試験官は、本来クラスSが担当する。アイザックが剣士クラスAであるアトロポスにその大任を任せたのは、彼女に経験を積ませるためだった。
試験官に求められる技量は、相手の力を引き出してそのレベルを判断することである。もちろん、負けることなど許されないが、相手を圧倒しすぎても意味がなかった。
「男といちゃついてた小娘が特別昇格して試験官か……? やってられねぇわな。今日はあの男はどうした? ヤリ逃げでもされたのか?」
卑猥さを感じさせる笑みをニヤリと浮かべながら、フレッドがアトロポスに告げた。アトロポスを怒らせて冷静さを失わせるためであることは明白だった。だが、まだ十六歳のアトロポスは、フレッドの言葉に怒りを抑えることができなかった。
(何ですって! こいつ、シルヴァのことを侮辱するなんて……ッ!)
アトロポスはフレッドを睨みつけると、口元に笑みを浮かべながら言った。
「私のことは何と言っても構いません。でも、シルヴァを貶めることは絶対に許しません!」
「図星をついちまったか、お嬢ちゃん? それは悪かったな。あいつに逃げられたんなら、代わりに俺が慰めてやってもいいぜ!」
そう告げると、フレッドは淫猥さを隠しもしない視線で、アトロポスの全身を舐めるように見つめてきた。それは十六歳のアトロポスに、生理的な嫌悪を感じさせるには十分すぎるものだった。
(何なの、この男? いやらしい!)
アポロトスはフレッドに対する怒りで我を忘れた。無意識のうちに彼女の全身から漆黒の覇気が立ち上り、次の瞬間には黒炎となって燃え上がった。
「な、何だ、こいつ……!?」
怯えを含んだ驚愕の声がフレッドの口から漏れた。
「始めます! どこからでもかかってきなさいッ!」
底冷えのするほど冷たい声で、アトロポスがフレッドに告げた。
「ありゃ、ローズが本気になっちゃったよ? アイザックさん、ちょっとまずいんじゃないの?」
「あの馬鹿……! 格下相手に何考えてやがる?」
レオンハルトの言葉に頷くと、アイザックは焦燥を込めた声で思わず呟いた。そして、右腰につけた革の小物入れを開けると、上級回復ポーションを取り出して握りしめた。
「よりにもよって、ローズが一番言われたくないことを言っちゃったみたいね。まあ、殺しはしないでしょうけど、これは試験にならないかもね」
美しい黒瞳に憐れみの光を浮かべながら、クロトーがフレッドを見つめた。
「な、何なの、あれ……? ローズさんの体から黒い炎が……」
ノーマが驚愕のあまり、碧い瞳を大きく見開いた。
「そう言えば、『夜薔薇』って闇属性だったよな? あれって、もしかしたら闇属性の覇気じゃないのか?」
「覇気って……あんなにはっきりと見える物なのか?」
ギルバートの正鵠をついた言葉に、デビットが呆然としながら呟いた。
「覇気による攻撃は、普通の武器による攻撃の何倍も強力だって聞いたことがある。あれが覇気だとしたら、相手の男やばいんじゃないのか?」
メルビンが震える声で告げた。その声は緊張と戦慄の色を帯びていた。
「何だ、その黒い炎みてぇのは!? そんな虚仮威しが通じるかよ! 行くぞッ!」
左腰からシミターを引き抜くと、フレッドは両手で右の腰だめに構えた。そして、床を蹴って走り出すと、シミターを振り上げて袈裟懸けにアトロポスに斬りつけた。
「何……ッ!」
だが、左肩から右腰に掛けて両断したはずのアトロポスの姿が一瞬ブレると、次の瞬間には消滅した。肉を斬った手応えさえもまるでなかった。
フレッドは呆然としながら、キョロキョロと周囲を見渡した。
「どこ見ているんです? こっちよ!」
突然、背後から声を掛けられて振り向くと、真後ろにアトロポスの姿があった。
「いつの間にッ! このガキがぁ!」
今度は、左下から右上へと逆袈裟に斬り上げた。だが、斬り裂いたはずのアトロポスの姿が消滅し、またしても手応えを感じなかった。フレッドは驚きとともに怯え始めた。
「遅すぎます。失格にしますよ」
左後方から声が聞こえた。フレッドが斬りかかろうとシミターを振り上げた時、今度は右横からアトロポスの声がした。
「どこを見ているんですか?」
慌てて声の方向を振り向くと、そこにもアトロポスの姿があった。
「何をしているんですか? こっちです」
「その程度で昇格するつもりですか?」
「全然だめですね」
「だから、私はここです」
声のする方を振り返る度に、アトロポスの姿があった。アトロポスが三人、五人と増えていき、十人を超えた時にフレッドは泣き叫んでいた。
「や、やめろぉおお! やめてくれぇええ!」
今や、二十人を超えるアトロポスに囲まれて、フレッドはシミターを放り出し、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「ありゃりゃ、泣き出しちゃったよ。まあ、気持ちは分かるけどね。それにしても、あれだけの残像を残すなんて、僕にもできないよ。それどころか、僕でもローズの姿を捉えられなかった。アイザックさんは見えた?」
「いや……。まったく見えん。ローズめ、短期間でどれだけ腕を上げたんだ……」
レオンハルトの質問に首を横に振ると、驚愕の色を隠そうともせずにアイザックが答えた。
「あたしにも見えなかったけど、たぶんあれってまだ手加減しているわよ。速度強化三十倍くらいじゃないかしら? 本気で動いたら、二百五十倍のはずよ」
我が娘の成長を喜ぶ母親のような表情で、クロトーが微笑みながら告げた。その言葉に、アイザックとレオンハルトは驚愕のあまり絶句した。
「ど、どうなってるのよ、あれ……? ローズさんが一気に増えたわよ?」
「さ、さあ……。分身の術じゃないのか?」
「そんな術、あるわけないだろう?」
「じゃあ、何なんだよ、あれは……!?」
<紅神楽>のメンバーの四人が口々に驚きの声を上げた。クラスDの彼らには、ローズが何をしたのかさえも理解できていなかった。
しかし、一つだけ彼ら全員に分かったことがあった。そして、その答えを彼らは知っていた。
『君たちと彼女とでは、レベルが違いすぎるよ』
昨日告げられた『焔星』の言葉が、彼らの脳裏に蘇っていた。
「戦意喪失ですか、情けないですね。フレッドさんは失格とします。お帰りください。そして、次にシルヴァを侮辱したら……分かっていますね?」
怯えきった眼でアトロポスを見上げると、フレッドはガクガクと何度も頷いた。そして、床を這いながらアトロポスから離れると、逃げるように地下訓練場から走り去っていった。
「では、次の試験に移ります。ローガンさん、中央に来てください」
観戦席の最前列にいたローガンが、アトロポスの声で立ち上がり、ゆっくりと彼女の前に歩いてきた。その足どりは先ほどとは違い、緊張に震えていた。
「最初は好きに打ち込んできてください。今回、私はフレッドさんの時のような動きはしません。あなたの攻撃をすべてこれでお受けします」
そう告げると、アトロポスは左腰に差している<蒼龍神刀>を右手で抜き放った。
ブルー・ダイヤモンドの刀身が訓練場の灯りを反射し、幻想的とも言える輝きを放った。その想像を絶する美しさに、ローガンだけでなく観戦席にいるアイザックたちや<紅神楽>のメンバーも思わず息を呑んだ。
「準備はいいですか、ローガンさん?」
「いつでも……」
「では、始めます!」
アトロポスの開始の合図とともに、ローガンの体がブレた。次の瞬間、アトロポスの左側からローガンの長剣が振り落とされた。
キンッ……!
だが、アトロポスの眼にはローガンの動きがはっきりと見えていた。左に体を開くと、アトロポスはローガンの斬撃を<蒼龍神刀>で正面から受け止めた。
再び、ローガンの全身がブレた。先ほどのアトロポスほどではなかったが、剣士クラスCとしてはずば抜けた速さだった。右上、左下、正面、斜め後ろと息をつかせないほどの連撃がアトロポスに襲いかかった。それらすべてを正面から受け止めながら、アトロポスは一歩もその場から動いていなかった。
(速さは十分ね。でも、重さが足りない……)
「ローガンさん、あなたの本気の一撃を見せてください!」
<蒼龍神刀>でローガンの斬撃を大きく弾き返すと、アトロポスが叫んだ。
ローガンは後方に大きく飛び退りながらアトロポスの攻撃を緩和すると、盾を投げ捨てて両手で長剣を握り、大上段に構えた。
「ハァアアッ!」
裂帛の気合いとともに、ローガンが長剣を振り抜いた。同時に、長剣から茶色の覇気が迸り、濃茶色の刃となってアトロポスに襲いかかった。土属性特有の衝撃波だった。
(クラスCで覇気攻撃を……?)
本来、覇気による攻撃はクラスA以上の力がないと不可能だと言われていた。クラスCのローガンが覇気攻撃をしたことに、アトロポスは驚嘆した。
「ハッ!」
短い気合いとともに、アトロポスは<蒼龍神刀>を左下から右上にかけて逆袈裟に斬り上げた。ブルー・ダイヤモンドの刀身から漆黒の覇気が黒い神刃となって迸り、ローガンの濃茶色の刃に激突した。
次の瞬間、二つの覇気の刃は同時に消え去った。
ローガンの放った覇気とまったく同じ大きさの覇気で、アトロポスが対消滅させたのだ。
「ここまでとします! ローガンさん、速さも威力も申し分ありません。何よりもクラスCで覇気攻撃ができることに驚きました。剣士クラスBの昇格試験、合格です!」
満面の笑顔でそう告げると、アトロポスはシャキンッと音を立てて<蒼龍神刀>を漆黒の鞘に納刀した。
「ありがとうございます。私こそ、ローズ殿の技量に感服しました。その若さでその強さ……。上には上がいることを実感しました。機会がありましたら、また手合わせをお願いします」
長剣を納刀すると、ローガンは丁寧にアトロポスに向かって頭を下げた。
「私の方こそ、ローガンさんに負けないようにがんばります。ありがとうございました」
アトロポスは微笑みながらそう告げると、ローガンに右手を差し出した。ローガンが笑顔を見せながら、剣ダコのできた手でアトロポスの手を握り返してきた。
剣士クラスB昇格試験は、無事にここに幕を閉じた。
本来の昇格試験は勝ち抜き戦で、優勝者が試験官と模擬戦を行い、試験官がその技量を見極めて昇格させるかどうかを決定する。だが、残り二人しかいないため、アイザックは両者ともにアトロポスと模擬戦を行わせることにした。
一人目は一回戦第三試合の勝者で、フレッドという二十代前半の男だった。
身長は百八十セグメッツェくらいで、冒険者らしいガッシリとした体格をしていた。顔中に小さな傷が何カ所もあり、黒色の頭髪を短く刈り上げた目つきの鋭い男だった。
フレッドの得物はシミターと呼ばれる曲刀で、使い込まれた革鎧を装着していた。同じ受験者であったはずのアトロポスが特別昇格で剣士クラスAとなり、自分の試験官を行うということに納得がいかない様子で、フレッドは敵意を込めた視線でアトロポスを睨んでいた。
二人目は、ローガンという金属鎧の男で、アトロポスが一回戦で注目した実力者だった。一回戦では正当な剣技で相手を圧倒しており、覇気さえも纏うことができる騎士上がりの男だった。
身長は百七十五セグメッツェくらいあり、短めの赤みがかった髪をした二十代半ばの男だった。武器も長剣と盾という正当な騎士スタイルであった。
「では、これから剣士クラスB昇格試験を行います。私は本日の試験官を担当するローズです。一回戦の勝者は二人だけなので、二回戦を行わずに私があなた方と直接模擬戦を行って合否を判断します」
あらかじめアイザックに教えられた台詞を、アトロポスは緊張しながら告げた。
「最初はフレッドさんです。ローガンさんは観戦席に戻って、しばらくお待ちください。フレッドさんは訓練場の中央に進んでください」
アトロポスの言葉に従って、二人がそれぞれ移動を開始した。その足運びや所作から、アトロポスは二人の実力を推し量っていた。
(ローガンさんはかなりの力を秘めているけど、フレッドさんは……。さて、どうしようかな?)
昇格試験の試験官は、本来クラスSが担当する。アイザックが剣士クラスAであるアトロポスにその大任を任せたのは、彼女に経験を積ませるためだった。
試験官に求められる技量は、相手の力を引き出してそのレベルを判断することである。もちろん、負けることなど許されないが、相手を圧倒しすぎても意味がなかった。
「男といちゃついてた小娘が特別昇格して試験官か……? やってられねぇわな。今日はあの男はどうした? ヤリ逃げでもされたのか?」
卑猥さを感じさせる笑みをニヤリと浮かべながら、フレッドがアトロポスに告げた。アトロポスを怒らせて冷静さを失わせるためであることは明白だった。だが、まだ十六歳のアトロポスは、フレッドの言葉に怒りを抑えることができなかった。
(何ですって! こいつ、シルヴァのことを侮辱するなんて……ッ!)
アトロポスはフレッドを睨みつけると、口元に笑みを浮かべながら言った。
「私のことは何と言っても構いません。でも、シルヴァを貶めることは絶対に許しません!」
「図星をついちまったか、お嬢ちゃん? それは悪かったな。あいつに逃げられたんなら、代わりに俺が慰めてやってもいいぜ!」
そう告げると、フレッドは淫猥さを隠しもしない視線で、アトロポスの全身を舐めるように見つめてきた。それは十六歳のアトロポスに、生理的な嫌悪を感じさせるには十分すぎるものだった。
(何なの、この男? いやらしい!)
アポロトスはフレッドに対する怒りで我を忘れた。無意識のうちに彼女の全身から漆黒の覇気が立ち上り、次の瞬間には黒炎となって燃え上がった。
「な、何だ、こいつ……!?」
怯えを含んだ驚愕の声がフレッドの口から漏れた。
「始めます! どこからでもかかってきなさいッ!」
底冷えのするほど冷たい声で、アトロポスがフレッドに告げた。
「ありゃ、ローズが本気になっちゃったよ? アイザックさん、ちょっとまずいんじゃないの?」
「あの馬鹿……! 格下相手に何考えてやがる?」
レオンハルトの言葉に頷くと、アイザックは焦燥を込めた声で思わず呟いた。そして、右腰につけた革の小物入れを開けると、上級回復ポーションを取り出して握りしめた。
「よりにもよって、ローズが一番言われたくないことを言っちゃったみたいね。まあ、殺しはしないでしょうけど、これは試験にならないかもね」
美しい黒瞳に憐れみの光を浮かべながら、クロトーがフレッドを見つめた。
「な、何なの、あれ……? ローズさんの体から黒い炎が……」
ノーマが驚愕のあまり、碧い瞳を大きく見開いた。
「そう言えば、『夜薔薇』って闇属性だったよな? あれって、もしかしたら闇属性の覇気じゃないのか?」
「覇気って……あんなにはっきりと見える物なのか?」
ギルバートの正鵠をついた言葉に、デビットが呆然としながら呟いた。
「覇気による攻撃は、普通の武器による攻撃の何倍も強力だって聞いたことがある。あれが覇気だとしたら、相手の男やばいんじゃないのか?」
メルビンが震える声で告げた。その声は緊張と戦慄の色を帯びていた。
「何だ、その黒い炎みてぇのは!? そんな虚仮威しが通じるかよ! 行くぞッ!」
左腰からシミターを引き抜くと、フレッドは両手で右の腰だめに構えた。そして、床を蹴って走り出すと、シミターを振り上げて袈裟懸けにアトロポスに斬りつけた。
「何……ッ!」
だが、左肩から右腰に掛けて両断したはずのアトロポスの姿が一瞬ブレると、次の瞬間には消滅した。肉を斬った手応えさえもまるでなかった。
フレッドは呆然としながら、キョロキョロと周囲を見渡した。
「どこ見ているんです? こっちよ!」
突然、背後から声を掛けられて振り向くと、真後ろにアトロポスの姿があった。
「いつの間にッ! このガキがぁ!」
今度は、左下から右上へと逆袈裟に斬り上げた。だが、斬り裂いたはずのアトロポスの姿が消滅し、またしても手応えを感じなかった。フレッドは驚きとともに怯え始めた。
「遅すぎます。失格にしますよ」
左後方から声が聞こえた。フレッドが斬りかかろうとシミターを振り上げた時、今度は右横からアトロポスの声がした。
「どこを見ているんですか?」
慌てて声の方向を振り向くと、そこにもアトロポスの姿があった。
「何をしているんですか? こっちです」
「その程度で昇格するつもりですか?」
「全然だめですね」
「だから、私はここです」
声のする方を振り返る度に、アトロポスの姿があった。アトロポスが三人、五人と増えていき、十人を超えた時にフレッドは泣き叫んでいた。
「や、やめろぉおお! やめてくれぇええ!」
今や、二十人を超えるアトロポスに囲まれて、フレッドはシミターを放り出し、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「ありゃりゃ、泣き出しちゃったよ。まあ、気持ちは分かるけどね。それにしても、あれだけの残像を残すなんて、僕にもできないよ。それどころか、僕でもローズの姿を捉えられなかった。アイザックさんは見えた?」
「いや……。まったく見えん。ローズめ、短期間でどれだけ腕を上げたんだ……」
レオンハルトの質問に首を横に振ると、驚愕の色を隠そうともせずにアイザックが答えた。
「あたしにも見えなかったけど、たぶんあれってまだ手加減しているわよ。速度強化三十倍くらいじゃないかしら? 本気で動いたら、二百五十倍のはずよ」
我が娘の成長を喜ぶ母親のような表情で、クロトーが微笑みながら告げた。その言葉に、アイザックとレオンハルトは驚愕のあまり絶句した。
「ど、どうなってるのよ、あれ……? ローズさんが一気に増えたわよ?」
「さ、さあ……。分身の術じゃないのか?」
「そんな術、あるわけないだろう?」
「じゃあ、何なんだよ、あれは……!?」
<紅神楽>のメンバーの四人が口々に驚きの声を上げた。クラスDの彼らには、ローズが何をしたのかさえも理解できていなかった。
しかし、一つだけ彼ら全員に分かったことがあった。そして、その答えを彼らは知っていた。
『君たちと彼女とでは、レベルが違いすぎるよ』
昨日告げられた『焔星』の言葉が、彼らの脳裏に蘇っていた。
「戦意喪失ですか、情けないですね。フレッドさんは失格とします。お帰りください。そして、次にシルヴァを侮辱したら……分かっていますね?」
怯えきった眼でアトロポスを見上げると、フレッドはガクガクと何度も頷いた。そして、床を這いながらアトロポスから離れると、逃げるように地下訓練場から走り去っていった。
「では、次の試験に移ります。ローガンさん、中央に来てください」
観戦席の最前列にいたローガンが、アトロポスの声で立ち上がり、ゆっくりと彼女の前に歩いてきた。その足どりは先ほどとは違い、緊張に震えていた。
「最初は好きに打ち込んできてください。今回、私はフレッドさんの時のような動きはしません。あなたの攻撃をすべてこれでお受けします」
そう告げると、アトロポスは左腰に差している<蒼龍神刀>を右手で抜き放った。
ブルー・ダイヤモンドの刀身が訓練場の灯りを反射し、幻想的とも言える輝きを放った。その想像を絶する美しさに、ローガンだけでなく観戦席にいるアイザックたちや<紅神楽>のメンバーも思わず息を呑んだ。
「準備はいいですか、ローガンさん?」
「いつでも……」
「では、始めます!」
アトロポスの開始の合図とともに、ローガンの体がブレた。次の瞬間、アトロポスの左側からローガンの長剣が振り落とされた。
キンッ……!
だが、アトロポスの眼にはローガンの動きがはっきりと見えていた。左に体を開くと、アトロポスはローガンの斬撃を<蒼龍神刀>で正面から受け止めた。
再び、ローガンの全身がブレた。先ほどのアトロポスほどではなかったが、剣士クラスCとしてはずば抜けた速さだった。右上、左下、正面、斜め後ろと息をつかせないほどの連撃がアトロポスに襲いかかった。それらすべてを正面から受け止めながら、アトロポスは一歩もその場から動いていなかった。
(速さは十分ね。でも、重さが足りない……)
「ローガンさん、あなたの本気の一撃を見せてください!」
<蒼龍神刀>でローガンの斬撃を大きく弾き返すと、アトロポスが叫んだ。
ローガンは後方に大きく飛び退りながらアトロポスの攻撃を緩和すると、盾を投げ捨てて両手で長剣を握り、大上段に構えた。
「ハァアアッ!」
裂帛の気合いとともに、ローガンが長剣を振り抜いた。同時に、長剣から茶色の覇気が迸り、濃茶色の刃となってアトロポスに襲いかかった。土属性特有の衝撃波だった。
(クラスCで覇気攻撃を……?)
本来、覇気による攻撃はクラスA以上の力がないと不可能だと言われていた。クラスCのローガンが覇気攻撃をしたことに、アトロポスは驚嘆した。
「ハッ!」
短い気合いとともに、アトロポスは<蒼龍神刀>を左下から右上にかけて逆袈裟に斬り上げた。ブルー・ダイヤモンドの刀身から漆黒の覇気が黒い神刃となって迸り、ローガンの濃茶色の刃に激突した。
次の瞬間、二つの覇気の刃は同時に消え去った。
ローガンの放った覇気とまったく同じ大きさの覇気で、アトロポスが対消滅させたのだ。
「ここまでとします! ローガンさん、速さも威力も申し分ありません。何よりもクラスCで覇気攻撃ができることに驚きました。剣士クラスBの昇格試験、合格です!」
満面の笑顔でそう告げると、アトロポスはシャキンッと音を立てて<蒼龍神刀>を漆黒の鞘に納刀した。
「ありがとうございます。私こそ、ローズ殿の技量に感服しました。その若さでその強さ……。上には上がいることを実感しました。機会がありましたら、また手合わせをお願いします」
長剣を納刀すると、ローガンは丁寧にアトロポスに向かって頭を下げた。
「私の方こそ、ローガンさんに負けないようにがんばります。ありがとうございました」
アトロポスは微笑みながらそう告げると、ローガンに右手を差し出した。ローガンが笑顔を見せながら、剣ダコのできた手でアトロポスの手を握り返してきた。
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