夜薔薇《ナイト・ローズ》~闇夜に咲く薔薇のように

椎名 将也

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第3章 蒼龍神刀

4 獅子の娘

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「バカモンッ!」
「ひぃいッ!」
「フレッドとの戦いは何だッ!」
 昇格試験を終えたアトロポスは、激怒するアイザックによってそのままギルドマスター室に連行された。
「あれが、ギルドを代表する試験官の態度かッ!」
「ご、ごめんなさいッ!」
 涙目になりながら、アトロポスはアイザックに謝罪した。その様子を笑いながら横で見ていたレオンハルトが、助け船を出した。

「まあ、まあ……。最後はちゃんとしてたしね。ローズも反省しているよ、アイザックさん」
「本当に反省しているか、ローズ?」
 レオンハルトの言葉に、ギロリとアトロポスを睨みつけながらアイザックが訊ねた。
「も、もちろんです! 申し訳ありませんでした!」
 コクコクと頷きながら、アトロポスが叫ぶように告げた。

「ローズ、今回はあたしもアイザックの考えに賛成よ。相手の挑発に乗って我を忘れるなんて、上級冒険者としては一番やってはいけないことよ。まして、格下のクラスCが相手なら、なおのことね」
「はい……。すみません、クロトー姉さん」
 アイザックに怒鳴られるよりも、クロトーにさとされることの方がアトロポスには効いた。尊敬し、憧れている女性に愛想を尽かされることほど、悲しいことはなかったからだ。

「お前は将来、このザルーエク支部を背負って立つ人材だ。若いからと言って甘えは許さん。今回の罰として、お前にはダンジョン探索を命じる。ただし、同レベルの冒険者とパーティを組むことは禁じる。格下の……そうだな、クラスD以下の冒険者と四人以上のパーティを組め。そして、B級以上の魔獣を討伐し、その魔石を三つ持ち帰ってこい」
「アイザックさん、それって単独でA級魔獣を討伐するより、ずっと難易度が高いんじゃ……?」
 レオンハルトが苦笑いを浮かべながら、隣に座るアイザックを見つめた。

「罰だから、難易度が高くて当然だ。クラスDだと、B級魔獣相手ではほぼ即死だ。それを一人の死者を出すこともなく、お前が彼らを護りながらB級魔獣を倒せ。格下の冒険者を護りながら戦うことの難しさを経験してこい」
「はい……」
 アトロポスにも、アイザックの告げた条件がどれほど難しいものであるか想像ができた。一人だけを護りながら戦うのであれば、まだ何とかなると思われた。しかし、アイザックは四人以上・・・・のパーティを組めと言ったのだ。

(B級魔獣が三、四体同時に襲ってきたら……?)
 その時に、自分はパーティ全員を護ることができるのだろうか? アトロポスは思わず、隣に座るクロトーの顔を見つめた。
「ローズ、本当に不可能だと思ったら、あたしはアイザックをぶん殴ってでも止めるわよ」
 そう告げると、クロトーはその美貌に微笑みを浮かべた。

「この条件で参加するクラスD以下の冒険者は誰もいまい。よって、参加した冒険者には一人につき白金貨十枚を報償として出す。もちろん、罰であるからお前には報償などないぞ」
「わあ、鬼畜……」
 思わず呟いたレオンハルトが、アイザックにギロリと睨まれた。
「パーティの募集をギルドに依頼にするか、お前個人で探すかは好きにしろ。期限は今から七日以内とする」

「ローズ、今回のアイザックの依頼には、色々な意味があることを考えなさい。あたしは今回に限り、あなたには協力しないわ。あなた一人の力ですべてを行いなさい」
「うわぁ、ここにも鬼畜がいた……」
 レオンハルトをジロリと睨むと、クロトーが厳しく告げた。
「レオンハルト、あんたも今回はローズに何もアドバイスしてはダメよ。余計なことを言ったら……分かっているわよね?」
「わ、分かりましたよ、怖いなぁ……」
 本気でビビりながら、レオンハルトがクロトーに向かって両手を上げた。

「それと、ローズ。この件を達成するまでは、『銀河の泉』に戻ることを禁止するわ。いいわね?」
「はい、クロトー姉さん……」
 獅子レーベは我が子を千尋の谷タールグルントに突き落とすということわざがあるが、クロトーの態度は紛れもなくそれだった。
 アトロポスは不安と寂しさを胸に秘めながら、ギルドマスター室を後にした。


 アトロポスは<紅神楽>のメンバーたちと待ち合わせをしていた食堂に入っていった。彼らは昨日と同じく、奥の八人掛け席を占拠してお茶を飲んでいた。
「お待たせしました」
 壁側に座っているギルバートの隣りに腰を下ろすと、ノーマが興奮した調子で話しかけてきた。

「ローズさん、凄くかっこよかったわよ! 最初のあれは何? ローズさんが何人も現れたり消えたりしてたヤツ……」
「あ、あれは、単に走って止まってを繰り返してただけですよ」
 苦笑いを浮かべながら、アトロポスが正直に答えた。だが、ノーマたちには通じなかったようだった。

「走って止まってって……? そんなはずないだろう?」
 正面に座るメルビンが身を乗り出しながら訊ねた。
「いえ、本当です。ただし、通常の三十倍くらいの速さで動いていたから、止まった時の残像が見えただけなんです」
「さ、三十倍って……?」
 右隣から、ギルバードの驚愕の声が聞こえた。他の三人も呆然とした表情を浮かべて固まっていた。

「じゃあ、ローズさん……面倒だわ、ローズでいい? あたしもノーマでいいから」
「いいですよ、ノーマ」
 アトロポスは笑顔で告げた。やはり、名前を呼び捨てられるのは、親近感が増したように感じられて嬉しかった。
「ローズ、あの黒いのってやっぱり覇気なの?」
「はい。私は闇属性なので、覇気が黒いんです」
 できれば、光属性のような白い覇気か、シルヴァと同じ水属性の蒼い覇気が良かったなとアトロポスは思った。

「今は出てないよね? 自由に出したり消したりできるの?」
「そうなんですけど、あの時はフレッドさんに頭にきて、無意識に出ちゃったんです」
(アイザックさんには怒られたけど、シルヴァを侮辱したんだから仕方ないわ。ただ、無意識に覇気を出すのだけは抑えないと……)

「頭にきたって、何か言われたの?」
「ええ、ちょっと……彼のことをひどく侮辱されて……」
「ローズ、彼氏いるんだ? いいなぁ!」
 ノーマの言葉に、ギルバートたちが一斉に項垂うなだれたことに、アトロポスは気づかなかった。

「今はちょっと離れて暮らしているんですけどね」
「そうなんだ。寂しくないの?」
「寂しいですけど、もう慣れました」
 そう告げると、アトロポスはノーマに笑顔を見せた。
(慣れるはずなんてないけど、暗くなってもノーマたちが困るだけだしね……)

「ところで、昨日、レオンハルトさんが言っていた意味が分かったよ。ローズと俺たちとではレベルが違いすぎるって言うヤツ……」
「ああ、さすがにあれだけの実力差を見せつけられたら、一緒にダンジョンに行こうと考えていたのが恥ずかしくなったな」
 ギルバートとデビットがお互いの言葉に頷きあった。
「最後にローガンって人の覇気を消し去ったヤツ……。あれって、対消滅って言うんだろう? 相手とまったく同じ力じゃないとできないって聞いたことがある。それができるのは、相手との力の差が大きい場合だけだそうだ」
 参謀を自称するだけあり、メルビンは覇気についても良く知っているようだった。

「だから、残念だけどローズと一緒にアーサー・ゴブリン討伐に行くのは諦めるよ。俺たちがもっと腕を上げたら、付き合ってくれ」
 ギルバートの言葉に、他の三人が頷いた。アトロポスが来る前に、話し合った結果らしかった。
「それなんですけど、『風魔の谷』って何階層まであるんですか?」
 アーサー・ゴブリンは五階層までに出没すると言っていたことを思い出しながら、アトロポスが訊ねた。

「何階層だったかな? メルビン、知っているか?」
「たしか、下級ダンジョンだから十五階層くらいだったと思う。下層付近ではA級魔獣の目撃記録もあったはずだ」
 ギルバートの質問に、メルビンが記憶を探りながら答えた。

「A級魔獣がいるってことは、当然B級魔獣もいますよね?」
「B級魔獣なら中層付近にうじゃうじゃといるらしいぞ。俺たちじゃ危なくて近づけないがな」
 アトロポスの問いに、ギルバートが笑いながら答えた。
(彼らに頼んでみよう。どうせ一緒にパーティを組むなら、彼らとがいいわ)
 昨夜一緒に食事をして、アトロポスは<紅神楽>の四人とかなり親しくなっていた。彼らも同じレベルなら一緒にパーティを組みたいと言ってくれた。

「皆さん、お願いがあるんですが……」
 ゴクリと唾を飲み込むと、アトロポスは緊張した面持ちでギルバートたちに話し始めた。
「私、さっきの昇格試験で、ギルマスのアイザックさんから凄く怒られたんです」
「怒られた? 何で?」
 ノーマが不思議そうな顔をして、アトロポスに訊ねてきた。

「試験官のくせにフレッドさんの挑発に乗って覇気を纏い、力の差を見せつけるような戦いをするとは何事だと……」
「ああ、フレッドって人、泣いてたからね」
 アトロポスの言葉に、ノーマがケラケラと笑い出した。

「それで、罰としてダンジョンに潜れって命令されて……」
「え? じゃあ、俺たちと一緒にアーサー・ゴブリン狩りに行ってくれるのか?」
 ギルバートが嬉しそうにアトロポスに訊ねた。
「いえ、逆です。私が受けた罰に付き合ってもらえないかと……」
「ダンジョンに付き合えってことだろう? 何が違うんだ?」
 アトロポスの逡巡が理解できないように、メルビンが訊ねた。

「私の受けた罰は、クラスD以下の冒険者と四人以上のパーティを組んでダンジョンに潜ること……」
「何だ、俺たちでちょうどいいじゃないか?」
「そうね。いいんじゃない? 一緒に行こうよ、ローズ」
 だが、アトロポスが次の言葉を告げた瞬間、四人が言葉を失った。

「そして、B級魔獣の魔石を三つ以上持ち帰ってくること……です」
「び、B級魔獣の魔石を三つって……」
「B級魔獣を倒せってことか!?」
「む、無理よ、そんなの……!
「パ、パスだ……パスッ! 殺されちまうぞ!」

「皆さんの安全は、絶対に私が護ります。お願いです。一緒にダンジョンに行ってもらえませんか?」
 アトロポスがテーブルの上に額を擦りつけるように頭を下げた。
「お、俺たちはクラスDだぜ。C級魔獣ならまだ何とかなるかもしれないが、B級は無理だ。B級って言えば、オーガやゴブリン・キングだろう?」
「ダーク・サーベントやガーゴイルもB級のはずだ。全員で戦っても瞬殺されちまう」
 震えながら拒絶の意思を伝えるギルバートたちを見つめると、アトロポスはそれ以上無理強いができなかった。

「そうですよね。無理を言ってすみませんでした。一人白金貨十枚なんかより、生命の方が大切ですから……。他を当たってきます。では、また……」
 そう言って席を立とうとしたアトロポスの右腕を、ノーマが掴んだ。
「ローズ、今、一人白金貨十枚って言った?」
「はい、そうですけど?」
「あたしたちの生命は、絶対に護ってくれるのよね?」
「もちろんです」
 アトロポスの言葉にニヤリと笑みを浮かべると、ノーマが他の三人に向かって叫んだ。

「あんたたち、友達が困ってるのを見捨てるつもりなの? それでも男なの!?」
「お、おい……ノーマ、お前……」
「B級魔獣だって言って……、こりゃダメだ……」
「ああ、眼に$マークがついてる……」
 男三人が顔を見合わせる中、ノーマがアトロポスに向かって言った。
「<紅神楽>は『夜薔薇ナイト・ローズ』と一緒に『風魔の谷』に行くわよ! ローズ、あたしたちはあんたを見捨てたりしないわ!」

 こうして、アトロポスはクラスD以下の冒険者四人とパーティを組むことに成功した。
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