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第4章 新たなる試練
4 血塗られた礼拝堂
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ギルドの一階にある食堂で遅めの昼食を取り終えたとき、昼の二つ鐘が鳴った。そろそろセント・ルミナス教会へ行こうと思い、席を立ちかけたアトロポスの前に大きな人影が立ち塞がった。
「ローズの姐御、ここにいたんですかい? 探したんですぜ」
「バッカスさん、どうしたんですか?」
アトロポスは驚いて『猛牛殺し』の顔を見上げた。
「いえ、あの依頼を姐御に渡そうと思って……」
そう告げると、バッカスは一枚の依頼書をアトロポスの目の前に置いた。バッカスとのもめ事になったクェールまでの護衛依頼だった。
「わざわざありがとうございます。でも、私はさっきアルフレードさんから別の依頼を頼まれたので、それはバッカスさんが受けてください」
律儀に依頼書を渡しに来たバッカスの好意に感謝しながら、アトロポスが笑顔で告げた。
「そうなんですか? ギルマスから直接依頼をされるなんて、さすがに姐御だ」
強面の顔を嬉しそうに崩しながら、バッカスが笑った。
「バッカスさん、その姐御というのは止めてください。私はバッカスさんより年下ですし、冒険者としても後輩なんですから……」
「何を言ってるんですか、姐御。尊敬する相手が男なら兄貴、女なら姐御って呼ぶのは当然っすよ」
「尊敬って……私は何も……」
予想もしないバッカスの言葉に、アトロポスは若干引きながら答えた。
「座ってもいいですか、姐御?」
「どうぞ……」
周囲の冒険者たちの興味深そうな視線を感じ、アトロポスは断るわけにもいかずに頷いた。
(そろそろ、セント・ルミナス教会に行きたいのにな……)
「ギルマスの依頼で、何かお手伝いできることはありませんか?」
「え……?」
突然のバッカスの提案に、アトロポスは驚いて彼の顔を見つめた。
「いえ。さっき、色々と無礼なことを言っちまったんで、そのお詫びをさせてもらえたらと……。こう見えても、このギルドではそれなりに顔なんですよ。姐御のお力になれることもあるかも知れないんで……」
(これ、本気で言ってるみたいね……。気持ちは嬉しいけど……)
「ありがとうございます、バッカスさん。でも、ちょっと面倒な依頼なんで、私一人の方がやりやすいんです。すみません」
「そうっすか? なら、お役に立つかどうか分かりませんが、一つだけ情報を……。今、東シドニア通りの貧民街には近づかない方がいいですぜ。馬鹿な貴族のドラ息子が、ろくでもない連中を雇って物騒なことを企んでるらしいんでさあ」
(貧民街で、馬鹿な貴族のドラ息子って……。まさかね……?)
あまりに符合するバッカスの情報に、アトロポスは嫌な予感がしながら訊ねた。
「そのドラ息子の名前は分かりますか?」
「たしか、アルタイルとか言ったかな? 何でも、自分を袖にした女をかっ攫うらしいんでさあ。うちの若い連中も何人か目先の金に釣られて協力してるみてえですよ。俺も声を掛けられたんですが、馬鹿馬鹿しいんで断りましたがね」
「何ですってッ!」
バッカスの言葉に、アトロポスは慌てて席を立った。まさか、アルタイルが白昼堂々とそんなことを考えているとは思いもしなかった。
「どうしたんですか、姐御?」
突然、席を立ったアトロポスに驚いて、バッカスが訊ねた。
「それって、私が受けた依頼に関係あるみたいなんです。急ぐので、失礼します」
そう告げると、アトロポスは駆け足で食堂を飛び出した。
「待ってください、姐御ッ! 俺も行きますッ!」
背後から聞こえたバッカスの声を無視すると、アトロポスは冒険者ギルドの観音扉を押し開けて東シドニア通りを教会方面に向かった。
(まったく……! ダリウス将軍は私にあれだけ偉そうに言っておきながら、自分の息子にどんな教育をしてるのよ! 真っ昼間から女を拐かそうなんて、正気の沙汰とも思えないッ!)
首都のど真ん中で天龍の革鎧の速度強化を使うわけにも行かず、アトロポスは通行人を避けながら全力で走った。背後からバッカスが追ってくる気配を感じたが、振り返ることなく教会を目指した。
(ここに来るのも十年ぶりね。どうせならこんなことじゃなく、普通に訪れたかったわ)
懐かしさを感じる暇もなく、アトロポスは礼拝堂の扉を開いて中に駆け込んだ。ステンドグラスの光に包まれた薄暗い礼拝堂の奥から、女性の叫び声が聞こえた。
「どういうおつもりですか、アルタイル様ッ! 女神サマルリーナ様の御許で、このような狼藉は許されませんよ!」
サマルリーナ教の黒い修道服に身を包んだ一人の女性が、三人のシスターたちを庇うように両手を広げていた。彼女の目の前には、二十人以上の男たちが薄笑いを浮かべながら立ち塞がっていた。いずれも、まともな職業に就いている男には見えなかった。そのうちの半数近くが革鎧を身につけた冒険者のようだった。
「怒った顔も素敵だよ、マグノリア。お前の希望通り、腕の立つ連中を連れてきてやったんだ。早くお前の選んだ強い剣士とやらを出したらどうだい? 僕に代わって、こいつらが相手をしてやるよ」
一人だけ白銀に輝く金属鎧を身に纏ったアルタイルが男たちの中から進み出て、マグノリアの正面に姿を現した。
(何なの、あれ……?)
アトロポスはアルタイルの動きをひと目見て、彼の実力に呆れ返った。まるで初めて鎧を身につけたようなぎこちない動作は、剣士クラスEどころかFの力も感じられなかった。鎧を着ているというよりは、無理矢理鎧を着せられているようだった。
(あれが、あのダリウス将軍の息子なの? 信じられない……)
以前に剣を交えたダリウス将軍の実力は、おそらく剣士クラスBだった。それも、覇気を纏えないだけで、その技量は剣士クラスAと言っても過言ではなかった。王宮最強の騎士の名に恥じない実力者であることは間違いなかった。
「どうした? 早くその剣士を出したらどうだい? それとも、あれは僕の求婚を断るための嘘だったのか?」
「くっ……」
マグノリアが言葉に詰まった。悔しそうに唇を噛みしめる様子を見て、アトロポスは男たちに向かって全力で駆けだした。突然背後から走り寄るアトロポスに、男たちが驚きの表情を浮かべた。
「ハッ!」
アトロポスは男たちの直前で大きく屈み込むと、彼らの頭上を飛び越えてマグノリアの正面に立った。そして、驚愕するマグノリアに小声で囁いた。
「久しぶりね、マグノリア。アトロポスよ」
「アトロポス……?」
美しい碧眼を大きく見開いたマグノリアに微笑みかけると、アトロポスはアルタイルに向かって告げた。
「あなたが、ダリウス将軍の息子アルタイルね? 私はローズ。あなたが探しているマグノリアの剣士よ!」
「何だとッ! お前のような小娘が、マグノリアの剣士だと? 笑わせるな! おい、お前ら、生意気な小娘をやっつけろ!」
アルタイルが後ろに立つ男たちを振り返り、アトロポスを指差しながら命じた。その命令に従うかのごとく、男たちが剣を抜き、槍を構えた。その様子を見ながら、アトロポスは男たちの中にいる冒険者に向かって鋭く告げた。
「そこにいるあなた! クラスを言いなさいッ!」
「け、剣士クラスDだ……」
怒りに燃えるアトロポスの黒瞳に見据えられた男が、ビクンッと肩を震わせながら答えた。
「その横のあなたはッ!」
「槍士クラスC……だ」
前の男と同様に、アトロポスの放つ覇気に呑まれながら男が告げた。アトロポスは冒険者らしき男たちに、次々とクラスを言わせた。アルタイルに金で雇われた冒険者は全部で八人だった。そのいずれもが、クラスCかDだった。
その全員の顔を睨むように見据えると、アトロポスが大声で告げた。
「私の二つ名は、『夜薔薇』! 冒険者ランクSパーティ<星月夜>の剣士クラスSよッ! この名を聞いてかかってくる勇気があるなら、相手をしてあげるッ! ただし、腕の一、二本は覚悟しなさいッ!」
次の瞬間、アトロポスの全身から漆黒の覇気が沸き起こり、黒炎が燃え上がった。彼女が放つ圧倒的な存在感と凄絶な威圧に、アルタイルは腰を抜かし、男たちは怯えたように後ずさった。
「ナ、夜薔薇だと……」
「け、剣士クラス……Sだなんて……」
「そ、それより、<星月夜>といえば、あの『妖艶なる殺戮』のパーティだぜ……」
「こ、こんなの……聞いてねえぞ……」
「に、逃げろッ! 殺されちまう……!」
一人の男の声がきっかけとなり、アルタイルを除く男たち全員が我先にと礼拝堂の入口に向かって駆け出した。だが、彼らの足は入口の直前で止まった。逆光に黒く浮かび上がった大男の影が、彼らの行く手を遮ったのだ。
その大男が、礼拝堂全体に響き渡る大声で叫んだ。
「ローズの姐御ッ! こいつら、どうしますかッ!」
「バッカスさんッ! 殺さないように痛めつけて構いませんッ! 特に冒険者たちには手加減不要ですッ!」
アトロポスの答えに、冒険者たちは蒼白になって怯えた。
「バ、バッカスって……あの『猛牛殺し』のバッカスか……?」
「み、見逃してくれ、バッカス……」
男の一人が、両手を合わせてバッカスを拝みだした。それを一瞥すると、バッカスは獰猛な笑みを浮かべながら告げた。
「聞こえねえなッ! ローズの姐御の命令だッ! てめえら、五体満足で帰れると思うなよッ!」
背中の大剣を抜き放つと、バッカスはその膂力に任せて縦横無尽に振り始めた。礼拝堂の中に絶叫が響き渡り、血しぶきを上げて男たちの腕や脚が宙を舞った。
「ち、ちょ……バッカスさん、やりすぎッ!」
その様子を見ていたアトロポスが慌てて叫んだ。殺さないようにとは言ったが、四肢を切断しろなどと言ったつもりはなかった。
「心配無用です、姐御ッ! このくらい、ポーション飲めば治りますから……!」
「それは、そうだけど……」
(まあ、少し痛い目に遭わせた方がいいかもね……。でも、女神サマルリーナ様の目の前で、礼拝堂を血だらけにしていいのかな?)
バッカスの大剣は、男たち全員が血に染まった礼拝堂の床を転げ回るまで止まることはなかった。
「……?」
アトロポスの背後で、マグノリアを始め、次々とシスターたちが気を失って床に崩れ落ちた。初めて眼にする凄惨な情景とむせかえるような血の臭いに、彼女たちの神経は耐えられなかったのだ。
(やっぱり、こうなるわよね……。アルタイルはどうかな?)
腰を抜かしながらアトロポスから後ずさろうとした格好のままで、アルタイルは大きく広げた股間をびっしょりと濡らし、すでに白目を剥いていた。
(こいつ、本当にあのダリウス将軍の息子かしら……?)
大きくため息をついたアトロポスの元に、二十人の成敗を終えたバッカスが返り血で真っ赤に顔を染めながらやってきた。
「終わりましたぜ、ローズの姐御。ご命令通り、全員殺してません」
(殺してないって……。あの出血じゃ、一ザンも保たずに死ぬわね……)
「はい……。お疲れ様でした、バッカスさん。すみませんが、もう一仕事頼まれてもらってもいいですか?」
「もちろんです、姐御! 何なりと言ってください!」
アトロポスからお願いされて、バッカスは血だらけの顔に嬉しそうな笑みを浮かべた。端から見たら、血まみれの悪鬼が笑っているようにしか見えなかった。
「ギルドに戻って、アルフレードさんに状況を説明して、応援を寄越すように伝えてもらえませんか? もちろん、二十人分の上級回復ポーションを持ってくることも依頼してください」
「分かりました、姐御! すぐに行ってきます!」
そう告げると、巨体を翻してバッカスは礼拝堂から走り去っていった。その後ろ姿を見送ると、アトロポスは大きなため息をついた。
(これって、やっぱり私が怒られるのかな……? ちょっとやり過ぎだけど、悪い連中を捕まえたんだから、さすがに怒られることはないか……)
無理矢理自分自身を納得させると、アトロポスは礼拝堂の椅子に腰を下ろして応援を待つことにした。
半ザン後、自分の考えが甘すぎたことを、アトロポスは身に染みて気づかされることになった。
「ローズの姐御、ここにいたんですかい? 探したんですぜ」
「バッカスさん、どうしたんですか?」
アトロポスは驚いて『猛牛殺し』の顔を見上げた。
「いえ、あの依頼を姐御に渡そうと思って……」
そう告げると、バッカスは一枚の依頼書をアトロポスの目の前に置いた。バッカスとのもめ事になったクェールまでの護衛依頼だった。
「わざわざありがとうございます。でも、私はさっきアルフレードさんから別の依頼を頼まれたので、それはバッカスさんが受けてください」
律儀に依頼書を渡しに来たバッカスの好意に感謝しながら、アトロポスが笑顔で告げた。
「そうなんですか? ギルマスから直接依頼をされるなんて、さすがに姐御だ」
強面の顔を嬉しそうに崩しながら、バッカスが笑った。
「バッカスさん、その姐御というのは止めてください。私はバッカスさんより年下ですし、冒険者としても後輩なんですから……」
「何を言ってるんですか、姐御。尊敬する相手が男なら兄貴、女なら姐御って呼ぶのは当然っすよ」
「尊敬って……私は何も……」
予想もしないバッカスの言葉に、アトロポスは若干引きながら答えた。
「座ってもいいですか、姐御?」
「どうぞ……」
周囲の冒険者たちの興味深そうな視線を感じ、アトロポスは断るわけにもいかずに頷いた。
(そろそろ、セント・ルミナス教会に行きたいのにな……)
「ギルマスの依頼で、何かお手伝いできることはありませんか?」
「え……?」
突然のバッカスの提案に、アトロポスは驚いて彼の顔を見つめた。
「いえ。さっき、色々と無礼なことを言っちまったんで、そのお詫びをさせてもらえたらと……。こう見えても、このギルドではそれなりに顔なんですよ。姐御のお力になれることもあるかも知れないんで……」
(これ、本気で言ってるみたいね……。気持ちは嬉しいけど……)
「ありがとうございます、バッカスさん。でも、ちょっと面倒な依頼なんで、私一人の方がやりやすいんです。すみません」
「そうっすか? なら、お役に立つかどうか分かりませんが、一つだけ情報を……。今、東シドニア通りの貧民街には近づかない方がいいですぜ。馬鹿な貴族のドラ息子が、ろくでもない連中を雇って物騒なことを企んでるらしいんでさあ」
(貧民街で、馬鹿な貴族のドラ息子って……。まさかね……?)
あまりに符合するバッカスの情報に、アトロポスは嫌な予感がしながら訊ねた。
「そのドラ息子の名前は分かりますか?」
「たしか、アルタイルとか言ったかな? 何でも、自分を袖にした女をかっ攫うらしいんでさあ。うちの若い連中も何人か目先の金に釣られて協力してるみてえですよ。俺も声を掛けられたんですが、馬鹿馬鹿しいんで断りましたがね」
「何ですってッ!」
バッカスの言葉に、アトロポスは慌てて席を立った。まさか、アルタイルが白昼堂々とそんなことを考えているとは思いもしなかった。
「どうしたんですか、姐御?」
突然、席を立ったアトロポスに驚いて、バッカスが訊ねた。
「それって、私が受けた依頼に関係あるみたいなんです。急ぐので、失礼します」
そう告げると、アトロポスは駆け足で食堂を飛び出した。
「待ってください、姐御ッ! 俺も行きますッ!」
背後から聞こえたバッカスの声を無視すると、アトロポスは冒険者ギルドの観音扉を押し開けて東シドニア通りを教会方面に向かった。
(まったく……! ダリウス将軍は私にあれだけ偉そうに言っておきながら、自分の息子にどんな教育をしてるのよ! 真っ昼間から女を拐かそうなんて、正気の沙汰とも思えないッ!)
首都のど真ん中で天龍の革鎧の速度強化を使うわけにも行かず、アトロポスは通行人を避けながら全力で走った。背後からバッカスが追ってくる気配を感じたが、振り返ることなく教会を目指した。
(ここに来るのも十年ぶりね。どうせならこんなことじゃなく、普通に訪れたかったわ)
懐かしさを感じる暇もなく、アトロポスは礼拝堂の扉を開いて中に駆け込んだ。ステンドグラスの光に包まれた薄暗い礼拝堂の奥から、女性の叫び声が聞こえた。
「どういうおつもりですか、アルタイル様ッ! 女神サマルリーナ様の御許で、このような狼藉は許されませんよ!」
サマルリーナ教の黒い修道服に身を包んだ一人の女性が、三人のシスターたちを庇うように両手を広げていた。彼女の目の前には、二十人以上の男たちが薄笑いを浮かべながら立ち塞がっていた。いずれも、まともな職業に就いている男には見えなかった。そのうちの半数近くが革鎧を身につけた冒険者のようだった。
「怒った顔も素敵だよ、マグノリア。お前の希望通り、腕の立つ連中を連れてきてやったんだ。早くお前の選んだ強い剣士とやらを出したらどうだい? 僕に代わって、こいつらが相手をしてやるよ」
一人だけ白銀に輝く金属鎧を身に纏ったアルタイルが男たちの中から進み出て、マグノリアの正面に姿を現した。
(何なの、あれ……?)
アトロポスはアルタイルの動きをひと目見て、彼の実力に呆れ返った。まるで初めて鎧を身につけたようなぎこちない動作は、剣士クラスEどころかFの力も感じられなかった。鎧を着ているというよりは、無理矢理鎧を着せられているようだった。
(あれが、あのダリウス将軍の息子なの? 信じられない……)
以前に剣を交えたダリウス将軍の実力は、おそらく剣士クラスBだった。それも、覇気を纏えないだけで、その技量は剣士クラスAと言っても過言ではなかった。王宮最強の騎士の名に恥じない実力者であることは間違いなかった。
「どうした? 早くその剣士を出したらどうだい? それとも、あれは僕の求婚を断るための嘘だったのか?」
「くっ……」
マグノリアが言葉に詰まった。悔しそうに唇を噛みしめる様子を見て、アトロポスは男たちに向かって全力で駆けだした。突然背後から走り寄るアトロポスに、男たちが驚きの表情を浮かべた。
「ハッ!」
アトロポスは男たちの直前で大きく屈み込むと、彼らの頭上を飛び越えてマグノリアの正面に立った。そして、驚愕するマグノリアに小声で囁いた。
「久しぶりね、マグノリア。アトロポスよ」
「アトロポス……?」
美しい碧眼を大きく見開いたマグノリアに微笑みかけると、アトロポスはアルタイルに向かって告げた。
「あなたが、ダリウス将軍の息子アルタイルね? 私はローズ。あなたが探しているマグノリアの剣士よ!」
「何だとッ! お前のような小娘が、マグノリアの剣士だと? 笑わせるな! おい、お前ら、生意気な小娘をやっつけろ!」
アルタイルが後ろに立つ男たちを振り返り、アトロポスを指差しながら命じた。その命令に従うかのごとく、男たちが剣を抜き、槍を構えた。その様子を見ながら、アトロポスは男たちの中にいる冒険者に向かって鋭く告げた。
「そこにいるあなた! クラスを言いなさいッ!」
「け、剣士クラスDだ……」
怒りに燃えるアトロポスの黒瞳に見据えられた男が、ビクンッと肩を震わせながら答えた。
「その横のあなたはッ!」
「槍士クラスC……だ」
前の男と同様に、アトロポスの放つ覇気に呑まれながら男が告げた。アトロポスは冒険者らしき男たちに、次々とクラスを言わせた。アルタイルに金で雇われた冒険者は全部で八人だった。そのいずれもが、クラスCかDだった。
その全員の顔を睨むように見据えると、アトロポスが大声で告げた。
「私の二つ名は、『夜薔薇』! 冒険者ランクSパーティ<星月夜>の剣士クラスSよッ! この名を聞いてかかってくる勇気があるなら、相手をしてあげるッ! ただし、腕の一、二本は覚悟しなさいッ!」
次の瞬間、アトロポスの全身から漆黒の覇気が沸き起こり、黒炎が燃え上がった。彼女が放つ圧倒的な存在感と凄絶な威圧に、アルタイルは腰を抜かし、男たちは怯えたように後ずさった。
「ナ、夜薔薇だと……」
「け、剣士クラス……Sだなんて……」
「そ、それより、<星月夜>といえば、あの『妖艶なる殺戮』のパーティだぜ……」
「こ、こんなの……聞いてねえぞ……」
「に、逃げろッ! 殺されちまう……!」
一人の男の声がきっかけとなり、アルタイルを除く男たち全員が我先にと礼拝堂の入口に向かって駆け出した。だが、彼らの足は入口の直前で止まった。逆光に黒く浮かび上がった大男の影が、彼らの行く手を遮ったのだ。
その大男が、礼拝堂全体に響き渡る大声で叫んだ。
「ローズの姐御ッ! こいつら、どうしますかッ!」
「バッカスさんッ! 殺さないように痛めつけて構いませんッ! 特に冒険者たちには手加減不要ですッ!」
アトロポスの答えに、冒険者たちは蒼白になって怯えた。
「バ、バッカスって……あの『猛牛殺し』のバッカスか……?」
「み、見逃してくれ、バッカス……」
男の一人が、両手を合わせてバッカスを拝みだした。それを一瞥すると、バッカスは獰猛な笑みを浮かべながら告げた。
「聞こえねえなッ! ローズの姐御の命令だッ! てめえら、五体満足で帰れると思うなよッ!」
背中の大剣を抜き放つと、バッカスはその膂力に任せて縦横無尽に振り始めた。礼拝堂の中に絶叫が響き渡り、血しぶきを上げて男たちの腕や脚が宙を舞った。
「ち、ちょ……バッカスさん、やりすぎッ!」
その様子を見ていたアトロポスが慌てて叫んだ。殺さないようにとは言ったが、四肢を切断しろなどと言ったつもりはなかった。
「心配無用です、姐御ッ! このくらい、ポーション飲めば治りますから……!」
「それは、そうだけど……」
(まあ、少し痛い目に遭わせた方がいいかもね……。でも、女神サマルリーナ様の目の前で、礼拝堂を血だらけにしていいのかな?)
バッカスの大剣は、男たち全員が血に染まった礼拝堂の床を転げ回るまで止まることはなかった。
「……?」
アトロポスの背後で、マグノリアを始め、次々とシスターたちが気を失って床に崩れ落ちた。初めて眼にする凄惨な情景とむせかえるような血の臭いに、彼女たちの神経は耐えられなかったのだ。
(やっぱり、こうなるわよね……。アルタイルはどうかな?)
腰を抜かしながらアトロポスから後ずさろうとした格好のままで、アルタイルは大きく広げた股間をびっしょりと濡らし、すでに白目を剥いていた。
(こいつ、本当にあのダリウス将軍の息子かしら……?)
大きくため息をついたアトロポスの元に、二十人の成敗を終えたバッカスが返り血で真っ赤に顔を染めながらやってきた。
「終わりましたぜ、ローズの姐御。ご命令通り、全員殺してません」
(殺してないって……。あの出血じゃ、一ザンも保たずに死ぬわね……)
「はい……。お疲れ様でした、バッカスさん。すみませんが、もう一仕事頼まれてもらってもいいですか?」
「もちろんです、姐御! 何なりと言ってください!」
アトロポスからお願いされて、バッカスは血だらけの顔に嬉しそうな笑みを浮かべた。端から見たら、血まみれの悪鬼が笑っているようにしか見えなかった。
「ギルドに戻って、アルフレードさんに状況を説明して、応援を寄越すように伝えてもらえませんか? もちろん、二十人分の上級回復ポーションを持ってくることも依頼してください」
「分かりました、姐御! すぐに行ってきます!」
そう告げると、巨体を翻してバッカスは礼拝堂から走り去っていった。その後ろ姿を見送ると、アトロポスは大きなため息をついた。
(これって、やっぱり私が怒られるのかな……? ちょっとやり過ぎだけど、悪い連中を捕まえたんだから、さすがに怒られることはないか……)
無理矢理自分自身を納得させると、アトロポスは礼拝堂の椅子に腰を下ろして応援を待つことにした。
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