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第4章 新たなる試練
3 銀色の鷲
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冒険者ギルド・レウルーラ本部のギルドマスター室は、階段を上って一番突き当たりにある部屋だった。アトロポスはアルフレードの後に続いてギルドアマスター室に入ると、その広さに驚いた。ザルーエク支部のギルドマスター室と比べると、優に四倍はあったのだ。
(さすがに本部のグランド・ギルドマスター室だけあるわね)
執務机や応接セットも立派で、見るからに高級感に溢れていた。左の壁にある本棚には、難しそうな題目が書かれた革表紙の蔵書がびっしりと並べられていた。
「まあ、座ってくれ」
「はい。失礼します……」
アルフレードに勧められるままに応接ソファに腰を下ろすと、アトロポスはその革の柔らかさに驚いた。滑らかな黒い鞣し革のソファは、アトロポスの体を優しく包み込んだ。
「あのバッカスが、あそこまで豹変するとは思わなかった。お前のことを姐御と呼んでいたな。ずいぶんと慕われたみたいだな」
「はあ……。私も驚きました」
(でも、姐御はないんじゃない? バッカスさんって、二十五歳くらいよね?)
納得がいかない表情で、アトロポスが答えた。
「ところで、その刀はブルー・ダイヤモンド製か? そんなもの、初めて見たぞ。いくらしたんだ?」
(あの一瞬で、<蒼龍神刀>の刀身が視えたんだ。さすがに剣士クラスSね)
アトロポスは居合いの速度には自信があった。まさか、居合い中に<蒼龍神刀>の刀身に気づかれるとは思ってもいなかった。
「はい。さすがですね。仰るとおりブルー・ダイヤモンド製です。材料の蒼炎炭鋼石は私のパーティ・リーダーから頂いたので、実際に私が払った金額はそれほどでもありませんでした」
「何だとッ!? 刀一本分の蒼炎炭鋼石をもらっただと? お前のパーティは……ああ、<星月夜>だったな? クロトーの姐御か……。あの人なら、分かる……」
アルフレードの言葉に苦笑いを浮かべながら、アトロポスは思った。
(やっぱり、姐御って言えばクロトー姉さんよね?)
「ところで、お前を呼んだのは他でもない。一つ、依頼を受けて欲しい」
「依頼……ですか?」
どんな難題を押しつけられるのかと思い、アトロポスは若干引きながら訊ねた。だが、アルフレードは思いの外、真剣な表情を浮かべながら告げた。
「依頼自体の内容は単純で難しいものではない。ただ、それを行える冒険者がなかなか見つからなかったんだ」
「……」
アルファードの言葉に、アトロポスは嫌な予感がした。何かやっかい事を押しつけられそうな感じを受けたのだ。
「良くある話だが、ある教会のシスターが一人の男に見初められた。だが、知っての通り、シスターは純潔を守り生涯独身でなくてはならない。当然、その男の求婚を断った。だが、その男というのが、この国の重臣の嫡男でな。あまり無碍にもできないため、シスターはある条件を出したんだ」
(思った通りだわ。これ、かなり面倒な依頼みたいね……)
重臣と言うからには、その男の父親は大貴族に違いなかった。貴族というのは名誉を何よりも重んじる。庶民であるシスターに求婚を断られたとなれば、金と権力を頼んで何をしてくるか容易に想像できた。
「どんな条件を出したんですか?」
あまり聞きたくなかったが、無視するわけにもいかずにアトロポスは訊ねた。
「そのシスターは、自分は強い男性が好きなので、自分が指名する剣士に勝てたら求婚を受けると相手に告げた……」
「そのシスターって、馬鹿ですか?」
思わず、アトロポスが叫んだ。大貴族の嫡男相手なら、勝てる剣士は大勢いるはずだ。だが、勝ったとしても恨みを買い、仕返しをされることが目に見えていた。そんな理不尽な眼に遭うことが分かりきっている役を引き受ける者がいるとは、アトロポスには到底思えなかった。
「だから、最初に言っただろう? この依頼を引き受ける冒険者がなかなか見つからないと……。お前が考えたとおり、仮にその男に勝っても何のメリットもないどころか、デメリットが大きい。男の剣士ならな……」
「女なら違うと……?」
ニヤリと笑いを浮かべながら、アルフレードが頷いた。
「相手は大貴族の息子だ。女に負けた上に仕返しなどしたら恥の上塗りになる。仮にその男が仕返ししようと思っても、彼の父親がそんな不名誉なことは絶対に許さないだろう」
「その貴族というのは誰ですか?」
アルフレードの考えに一理あると思い、アトロポスはため息をついた後に訊ねた。どうやら、断れる流れではなさそうだった。
「近衛騎士団長のダリウス将軍だ」
「ダ、ダリウス将軍……!?」
驚きのあまり、黒曜石の瞳を大きく見開きながらアトロポスが叫んだ。
「何だ、知り合いか? ならば余計安心だな。ダリウス将軍は人格者だ。息子の不始末に手を貸すような男ではない。まして、その相手が知り合いならば尚のことだ」
(知り合いというか、敵みたいなものなんだけど……)
「この依頼を受ける前に、一つ確認しておきたいことがあります」
アトロポスは自分に対する嫌疑がどうなっているのかを知っておく必要があると思い、アルフレードに訊ねることにした。
「何だ?」
「先日、南外門前広場でシルヴァレート第一王子が拉致されたと聞きました。その事件はその後どうなっていますか?」
「ああ、あの女騎士が王子を誘拐したという事件か……」
不意に、アルフレードが鋭い視線でアトロポスを見据えた。
(やっぱり、気づかれた……)
ゴクリと生唾を飲み込むと、アトロポスは真っ直ぐにアルフレードの灰色の瞳を見つめ返した。
「そういうことか……。心配するな。あれはシルヴァレート王子が女騎士に命じて行った狂言ということになっている。女騎士には何の手配もされていない」
しばらくの間、アトロポスの黒瞳を見続けた後、アルフレードがニヤリと笑みを浮かべながら告げた。その女騎士がアトロポスであることに、アルフレードは明らかに気づいていた。だが、敢えて彼が何も言わないでいることに、アトロポスは感謝しながら訊ねた。
「そうですか……。その後、シルヴァレート王子の行方は掴めたのでしょうか?」
自分を置き去りにした後の情報がないか、アトロポスは探りを入れてみた。
「すでにこの国を出たのではないかとの噂だ。なぜなら、ダリウス将軍はシルヴァレート王子の腹違いの弟であるマルキウス第二王子を擁立している」
あの時、マルキウスを立てるかどうかはダリウスに任せると言ったシルヴァレートの言葉を、アトロポスは思い出した。実際にダリウス将軍がそうしたのであれば、もうアトロポスやシルヴァレートに対する追っ手はかかっていないと思われた。
「分かりました。この依頼をお受けします。報酬はどうなりますか?」
「これは通常の依頼ではなく、ギルドマスターの特別依頼だ。普通は依頼を達成したら昇格させるのだが、さすがにクラスSSにすることは俺の一存ではできない。白金貨百枚でどうだ?」
アルフレードはS級依頼に相当する報酬額を告げた。だが、混沌龍の討伐によって白金貨三十五万枚もの大金を手にしたアトロポスは、その報酬に魅力を感じなかった。
「いえ……。お金ではなく、情報をいただけませんか?」
「情報だと……?」
アルフレードの灰眼がすっと細められた。グランド・ギルドマスターである彼は、情報の重要性を十分過ぎるほど知っていた。
「はい。シルヴァレート王子の行方について、何か分かったら教えて頂きたいんです」
「シルヴァレート王子の……?」
アルフレードの問いに頷くと、アトロポスは天龍の革鎧の内側にある隠しから一枚の羊皮紙を取り出して、応接卓の上に置いた。シルヴァレートが残した置き手紙だった。
「クロトー姉さんが信頼するアルフレードさんを、私も信じます。しかし、絶対に他言はしないでください」
アルフレードの灰眼を真っ直ぐに見つめながら、アトロポスが告げた。
「分かった。俺の二つ名である『銀の荒鷲』に賭けて誓おう」
そう告げると、アルフレードはアトロポスの差し出した手紙を読み始めた。
『愛するローズへ
急用ができた。しばらく戻ることはできないが、心配しないで欲しい。たぶん、長くかかると思う。申し訳ないが、ユピテル皇国へは一人で行って欲しい。無事、アルティシアに会えることを願っている。いつの日になるか約束はできないが、必ず迎えに行く。
シルヴァレート=フォン=アレキサンドル』
「ローズ、シルヴァレート王子とは……」
手紙をアトロポスに返しながら、アルフレードが訊ねてきた。
「恋人です。九日前、この置き手紙を残して、シルヴァは姿を消しました。私はその理由を知りたいんです」
黒曜石の瞳に真剣な光を映しながら、アトロポスがアルフレードを見つめた。そこに秘められた想いを感じ取り、アルフレードが告げた。
「分かった。冒険者ギルドとして王族を公に調査することはできないが、それとなく探っておこう。何か分かり次第、お前に教えることを約束する」
「ありがとうございます、アルフレードさん」
(本当に、ギルドマスターって意地悪だけど、優しい人が多いわね……)
アトロポスは心からの笑顔を浮かべると、アルフレードに頭を下げた。
「ところで、依頼主だが、マグノリアという名前のシスターだ。東シドニア通りの外れにあるセント・ルミナス教会に勤めている二十歳の女性で、信者はもちろんのこと隣の孤児院の子供たちにも慕われているそうだ」
「セント・ルミナス教会……!」
アトロポスにとって、その名前は忘れられないものだった。
「知っているのか?」
「知っているも何も……私は六歳までその教会の孤児院にいました」
久しぶりに聞いた名前に、アトロポスは驚きと懐かしさを感じた。
「それは奇遇だな。では、マグノリアという名前にも心当たりはあるか? その孤児院の出身らしいんだが……」
「マグノリア……、たしか、そんな子がいたような……」
その時、アトロポスの脳裏に、一人の女の子の顔が甦った。癖のある金髪と碧い眼をした可愛い女の子だった。幼い子の食事を取り上げたことに怒ったアトロポスが、角棒で滅多打ちにした男の子の妹だった。
「思い出しました。マグノリア……たしかに孤児院にいました」
「そうか……。その彼女に求婚しているダリウス将軍の嫡男は、アルタイルという名で二十二歳の青年だ。ダリウス将軍の息子のわりには、剣の腕はさほどでもないらしい。冒険者で言うなら、剣士クラスEといったところのようだ」
「剣士クラスEですか? 王宮最強と言われるダリウス将軍の息子なのに……?」
二十二歳にもなって、剣士クラスEでは剣の才能がないと言わざるを得ない。そう言えば、王宮にいる間もダリウス将軍の息子の噂は聞いたことがなかった。
「俺も意外だったので、少し調べてみた。どうやら母親に甘やかされて育ったらしく、勉強や剣の修行を嫌って遊び歩いている放蕩息子のようだ。悪い友人も多く、金で評判の良くない連中を雇って好き放題しているらしい」
アルフレードは眉間に皺を寄せながらアトロポスに告げた。国家の重臣たるダリウス将軍の嫡男にあるまじき悪評に、アルフレードも半ば呆れているように見えた。
(あのダリウス将軍が息子の教育を誤るなんて、想像できないわね)
「そんな男からの求婚なんて、普通の女性であればお断りですね。でも、よくマグノリアが出した条件を呑みましたね?」
自分の指名する剣士に勝てたら求婚を受けると言ったマグノリアの言葉に、そんな男が素直に従うとはアトロポスには思えなかった。
「どうやら、その金で雇った連中を使って、剣士を脅すつもりらしい。まだ調査中だが、その連中の中には冒険者もいるようだ」
ギルドの責任者として、金をもらってアルタイルに協力する冒険者がいることにアルフレードは厳しい表情を浮かべた。
どのくらいのクラスの冒険者を何人雇っているのかにもよるが、多少腕が立つ程度の剣士では荷が重いだろうとアトロポスは考えた。自分の命を賭けて金を稼ぐ冒険者たちは、総じて王宮の騎士より強い者が多いのだ。
「話は大体分かりました。マグノリアの選んだ剣士を、アルタイルは闇討ちにするか、それができなければ自分も代理の剣士を立てるつもりなんですね」
「そういうことだ。女性の剣士クラスで、アルタイルの思惑を正面から叩き潰す力を持っている冒険者は、残念ながらほとんどいない。頼んだぞ、ローズ」
「はい。午後にでもマグノリアに会いに行ってきます」
そう告げるとアトロポスは席を立って、差し出されたアルフレードの右手を握りしめた。
(さすがに本部のグランド・ギルドマスター室だけあるわね)
執務机や応接セットも立派で、見るからに高級感に溢れていた。左の壁にある本棚には、難しそうな題目が書かれた革表紙の蔵書がびっしりと並べられていた。
「まあ、座ってくれ」
「はい。失礼します……」
アルフレードに勧められるままに応接ソファに腰を下ろすと、アトロポスはその革の柔らかさに驚いた。滑らかな黒い鞣し革のソファは、アトロポスの体を優しく包み込んだ。
「あのバッカスが、あそこまで豹変するとは思わなかった。お前のことを姐御と呼んでいたな。ずいぶんと慕われたみたいだな」
「はあ……。私も驚きました」
(でも、姐御はないんじゃない? バッカスさんって、二十五歳くらいよね?)
納得がいかない表情で、アトロポスが答えた。
「ところで、その刀はブルー・ダイヤモンド製か? そんなもの、初めて見たぞ。いくらしたんだ?」
(あの一瞬で、<蒼龍神刀>の刀身が視えたんだ。さすがに剣士クラスSね)
アトロポスは居合いの速度には自信があった。まさか、居合い中に<蒼龍神刀>の刀身に気づかれるとは思ってもいなかった。
「はい。さすがですね。仰るとおりブルー・ダイヤモンド製です。材料の蒼炎炭鋼石は私のパーティ・リーダーから頂いたので、実際に私が払った金額はそれほどでもありませんでした」
「何だとッ!? 刀一本分の蒼炎炭鋼石をもらっただと? お前のパーティは……ああ、<星月夜>だったな? クロトーの姐御か……。あの人なら、分かる……」
アルフレードの言葉に苦笑いを浮かべながら、アトロポスは思った。
(やっぱり、姐御って言えばクロトー姉さんよね?)
「ところで、お前を呼んだのは他でもない。一つ、依頼を受けて欲しい」
「依頼……ですか?」
どんな難題を押しつけられるのかと思い、アトロポスは若干引きながら訊ねた。だが、アルフレードは思いの外、真剣な表情を浮かべながら告げた。
「依頼自体の内容は単純で難しいものではない。ただ、それを行える冒険者がなかなか見つからなかったんだ」
「……」
アルファードの言葉に、アトロポスは嫌な予感がした。何かやっかい事を押しつけられそうな感じを受けたのだ。
「良くある話だが、ある教会のシスターが一人の男に見初められた。だが、知っての通り、シスターは純潔を守り生涯独身でなくてはならない。当然、その男の求婚を断った。だが、その男というのが、この国の重臣の嫡男でな。あまり無碍にもできないため、シスターはある条件を出したんだ」
(思った通りだわ。これ、かなり面倒な依頼みたいね……)
重臣と言うからには、その男の父親は大貴族に違いなかった。貴族というのは名誉を何よりも重んじる。庶民であるシスターに求婚を断られたとなれば、金と権力を頼んで何をしてくるか容易に想像できた。
「どんな条件を出したんですか?」
あまり聞きたくなかったが、無視するわけにもいかずにアトロポスは訊ねた。
「そのシスターは、自分は強い男性が好きなので、自分が指名する剣士に勝てたら求婚を受けると相手に告げた……」
「そのシスターって、馬鹿ですか?」
思わず、アトロポスが叫んだ。大貴族の嫡男相手なら、勝てる剣士は大勢いるはずだ。だが、勝ったとしても恨みを買い、仕返しをされることが目に見えていた。そんな理不尽な眼に遭うことが分かりきっている役を引き受ける者がいるとは、アトロポスには到底思えなかった。
「だから、最初に言っただろう? この依頼を引き受ける冒険者がなかなか見つからないと……。お前が考えたとおり、仮にその男に勝っても何のメリットもないどころか、デメリットが大きい。男の剣士ならな……」
「女なら違うと……?」
ニヤリと笑いを浮かべながら、アルフレードが頷いた。
「相手は大貴族の息子だ。女に負けた上に仕返しなどしたら恥の上塗りになる。仮にその男が仕返ししようと思っても、彼の父親がそんな不名誉なことは絶対に許さないだろう」
「その貴族というのは誰ですか?」
アルフレードの考えに一理あると思い、アトロポスはため息をついた後に訊ねた。どうやら、断れる流れではなさそうだった。
「近衛騎士団長のダリウス将軍だ」
「ダ、ダリウス将軍……!?」
驚きのあまり、黒曜石の瞳を大きく見開きながらアトロポスが叫んだ。
「何だ、知り合いか? ならば余計安心だな。ダリウス将軍は人格者だ。息子の不始末に手を貸すような男ではない。まして、その相手が知り合いならば尚のことだ」
(知り合いというか、敵みたいなものなんだけど……)
「この依頼を受ける前に、一つ確認しておきたいことがあります」
アトロポスは自分に対する嫌疑がどうなっているのかを知っておく必要があると思い、アルフレードに訊ねることにした。
「何だ?」
「先日、南外門前広場でシルヴァレート第一王子が拉致されたと聞きました。その事件はその後どうなっていますか?」
「ああ、あの女騎士が王子を誘拐したという事件か……」
不意に、アルフレードが鋭い視線でアトロポスを見据えた。
(やっぱり、気づかれた……)
ゴクリと生唾を飲み込むと、アトロポスは真っ直ぐにアルフレードの灰色の瞳を見つめ返した。
「そういうことか……。心配するな。あれはシルヴァレート王子が女騎士に命じて行った狂言ということになっている。女騎士には何の手配もされていない」
しばらくの間、アトロポスの黒瞳を見続けた後、アルフレードがニヤリと笑みを浮かべながら告げた。その女騎士がアトロポスであることに、アルフレードは明らかに気づいていた。だが、敢えて彼が何も言わないでいることに、アトロポスは感謝しながら訊ねた。
「そうですか……。その後、シルヴァレート王子の行方は掴めたのでしょうか?」
自分を置き去りにした後の情報がないか、アトロポスは探りを入れてみた。
「すでにこの国を出たのではないかとの噂だ。なぜなら、ダリウス将軍はシルヴァレート王子の腹違いの弟であるマルキウス第二王子を擁立している」
あの時、マルキウスを立てるかどうかはダリウスに任せると言ったシルヴァレートの言葉を、アトロポスは思い出した。実際にダリウス将軍がそうしたのであれば、もうアトロポスやシルヴァレートに対する追っ手はかかっていないと思われた。
「分かりました。この依頼をお受けします。報酬はどうなりますか?」
「これは通常の依頼ではなく、ギルドマスターの特別依頼だ。普通は依頼を達成したら昇格させるのだが、さすがにクラスSSにすることは俺の一存ではできない。白金貨百枚でどうだ?」
アルフレードはS級依頼に相当する報酬額を告げた。だが、混沌龍の討伐によって白金貨三十五万枚もの大金を手にしたアトロポスは、その報酬に魅力を感じなかった。
「いえ……。お金ではなく、情報をいただけませんか?」
「情報だと……?」
アルフレードの灰眼がすっと細められた。グランド・ギルドマスターである彼は、情報の重要性を十分過ぎるほど知っていた。
「はい。シルヴァレート王子の行方について、何か分かったら教えて頂きたいんです」
「シルヴァレート王子の……?」
アルフレードの問いに頷くと、アトロポスは天龍の革鎧の内側にある隠しから一枚の羊皮紙を取り出して、応接卓の上に置いた。シルヴァレートが残した置き手紙だった。
「クロトー姉さんが信頼するアルフレードさんを、私も信じます。しかし、絶対に他言はしないでください」
アルフレードの灰眼を真っ直ぐに見つめながら、アトロポスが告げた。
「分かった。俺の二つ名である『銀の荒鷲』に賭けて誓おう」
そう告げると、アルフレードはアトロポスの差し出した手紙を読み始めた。
『愛するローズへ
急用ができた。しばらく戻ることはできないが、心配しないで欲しい。たぶん、長くかかると思う。申し訳ないが、ユピテル皇国へは一人で行って欲しい。無事、アルティシアに会えることを願っている。いつの日になるか約束はできないが、必ず迎えに行く。
シルヴァレート=フォン=アレキサンドル』
「ローズ、シルヴァレート王子とは……」
手紙をアトロポスに返しながら、アルフレードが訊ねてきた。
「恋人です。九日前、この置き手紙を残して、シルヴァは姿を消しました。私はその理由を知りたいんです」
黒曜石の瞳に真剣な光を映しながら、アトロポスがアルフレードを見つめた。そこに秘められた想いを感じ取り、アルフレードが告げた。
「分かった。冒険者ギルドとして王族を公に調査することはできないが、それとなく探っておこう。何か分かり次第、お前に教えることを約束する」
「ありがとうございます、アルフレードさん」
(本当に、ギルドマスターって意地悪だけど、優しい人が多いわね……)
アトロポスは心からの笑顔を浮かべると、アルフレードに頭を下げた。
「ところで、依頼主だが、マグノリアという名前のシスターだ。東シドニア通りの外れにあるセント・ルミナス教会に勤めている二十歳の女性で、信者はもちろんのこと隣の孤児院の子供たちにも慕われているそうだ」
「セント・ルミナス教会……!」
アトロポスにとって、その名前は忘れられないものだった。
「知っているのか?」
「知っているも何も……私は六歳までその教会の孤児院にいました」
久しぶりに聞いた名前に、アトロポスは驚きと懐かしさを感じた。
「それは奇遇だな。では、マグノリアという名前にも心当たりはあるか? その孤児院の出身らしいんだが……」
「マグノリア……、たしか、そんな子がいたような……」
その時、アトロポスの脳裏に、一人の女の子の顔が甦った。癖のある金髪と碧い眼をした可愛い女の子だった。幼い子の食事を取り上げたことに怒ったアトロポスが、角棒で滅多打ちにした男の子の妹だった。
「思い出しました。マグノリア……たしかに孤児院にいました」
「そうか……。その彼女に求婚しているダリウス将軍の嫡男は、アルタイルという名で二十二歳の青年だ。ダリウス将軍の息子のわりには、剣の腕はさほどでもないらしい。冒険者で言うなら、剣士クラスEといったところのようだ」
「剣士クラスEですか? 王宮最強と言われるダリウス将軍の息子なのに……?」
二十二歳にもなって、剣士クラスEでは剣の才能がないと言わざるを得ない。そう言えば、王宮にいる間もダリウス将軍の息子の噂は聞いたことがなかった。
「俺も意外だったので、少し調べてみた。どうやら母親に甘やかされて育ったらしく、勉強や剣の修行を嫌って遊び歩いている放蕩息子のようだ。悪い友人も多く、金で評判の良くない連中を雇って好き放題しているらしい」
アルフレードは眉間に皺を寄せながらアトロポスに告げた。国家の重臣たるダリウス将軍の嫡男にあるまじき悪評に、アルフレードも半ば呆れているように見えた。
(あのダリウス将軍が息子の教育を誤るなんて、想像できないわね)
「そんな男からの求婚なんて、普通の女性であればお断りですね。でも、よくマグノリアが出した条件を呑みましたね?」
自分の指名する剣士に勝てたら求婚を受けると言ったマグノリアの言葉に、そんな男が素直に従うとはアトロポスには思えなかった。
「どうやら、その金で雇った連中を使って、剣士を脅すつもりらしい。まだ調査中だが、その連中の中には冒険者もいるようだ」
ギルドの責任者として、金をもらってアルタイルに協力する冒険者がいることにアルフレードは厳しい表情を浮かべた。
どのくらいのクラスの冒険者を何人雇っているのかにもよるが、多少腕が立つ程度の剣士では荷が重いだろうとアトロポスは考えた。自分の命を賭けて金を稼ぐ冒険者たちは、総じて王宮の騎士より強い者が多いのだ。
「話は大体分かりました。マグノリアの選んだ剣士を、アルタイルは闇討ちにするか、それができなければ自分も代理の剣士を立てるつもりなんですね」
「そういうことだ。女性の剣士クラスで、アルタイルの思惑を正面から叩き潰す力を持っている冒険者は、残念ながらほとんどいない。頼んだぞ、ローズ」
「はい。午後にでもマグノリアに会いに行ってきます」
そう告げるとアトロポスは席を立って、差し出されたアルフレードの右手を握りしめた。
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