夜薔薇《ナイト・ローズ》~闇夜に咲く薔薇のように

椎名 将也

文字の大きさ
85 / 100
第8章 蒼氷姫

5 薄紅色の秘薬

しおりを挟む
 翌日、宿泊した下級宿の一階にある食堂で朝食を食べながら、<守護天使ガルディエーヌ>の三人は額を付け合わせてヒソヒソと小声で話をしていた。
「いい? 今晩の見張りはバッカスさんだから、うちらからはイーディスが出るのよ」
「うん、分かった……」
 キャシーの言葉に頷いたイーディスに、マーサがニヤリと笑いを浮かべながら告げた。
「イーディスにいい物をあげるわ」

「何、これ?」
 マーサがテーブルに置いた小瓶を見て、イーディスが彼女の顔を見つめた。高さ四セグメッツェほどの透明な容器には黒い蓋がされており、中には薄紅色の液体が入っていた。
「媚薬よ……」
「び、びや……!」
 大声を上げようとしたイーディスの口を、マーサが素早く押さえた。

「騒がないでよ、イーディス。首都レウルーラの魔道具屋で売ってたのよ。何かの役に立つかと思って、買っておいて良かったわ」
「そんなもの、何で……?」
 媚薬を何かに役立てようと思い立ったマーサの考えが、イーディスには理解できなかった。理由を追及するようなイーディスの視線に、マーサが苦笑いを浮かべた。
「まあ、結果的には役立ちそうだからいいじゃない? 店員の魔道士が言うには、凄く強力な媚薬なんだって。これをお茶かお酒に一滴垂らして、バッカスさんに飲ませなさい」

「飲ませたら、どうなるの?」
 興味と怖れとが混在した碧眼で、イーディスがマーサを見つめた。
「さあ……? どうなるのかは、お楽しみね。上手くすれば、バッカスさんに抱いてもらえるかもよ?」
「だ、抱いて……?」
 異性と付き合ったこともないイーディスは、当然未経験だった。カアッと顔を赤く染めると、イーディスは恥ずかしそうに俯いて黙り込んだ。

「なるほど……。バッカスさんがイーディスを抱いているところを、アトロポスに見せたら面白そうね。二人の仲が険悪になることは間違いないわよ」
 ニヤリと笑いながら告げたキャシーの言葉に、マーサに頷いた。
「あたしたちはこっそりと二人の様子を見ていて、バッカスさんがイーディスに襲いかかったらアトロポスを呼びに行くのもいいわね。アトロポスがどんな顔をするか、楽しみだわ」
「お、襲いかかる……?」
 男に襲われた経験など今までにないイーディスは、驚きに碧眼を大きく見開いた。

「心配しなくても大丈夫よ。最後までされないうちに、アトロポスを呼びに行ってあげるから。さすがに初体験が強姦じゃ、洒落にならないしね」
「強姦って……」
 楽しそうに告げたキャシーの言葉に、イーディスは不安になってきた。ただでさえバッカスの力には勝てそうもないのだ。本当に襲われたらどうなるのか、イーディスは貞操の危機を感じて蒼白になった。

「おはようございます。昨夜はお疲れ様でした」
 突然、背後から声を掛けられ、イーディスはビクンッと体を揺らすと慌てて振り返った。そこには、笑顔を浮かべたアトロポスとバッカスが並んで立っていた。
「おはようございます。朝から仲が良さそうですね」
 ニッコリと笑みを浮かべながら告げたキャシーの言葉に、アトロポスの顔が赤く染まった。
「いえ、そんなことは……。今日も一日よろしくお願いします」
 恥ずかしそうにそう言うと、アトロポスとバッカスは空いているテーブルの方へ歩いて行った。

「見た、今のアトロポスの顔? あれって、絶対にバッカスさんとやったわよ」
「間違いないわね。イーディス、負けてなんかいられないからね」
 キャシーとマーサが小声でイーディスに声援を送ってきた。その言葉に頷くと、イーディスは激しい嫉妬心とともに決意した。
(やっぱり、一日でも早くバッカスさんを自由にしてあげないと……。そのためなら、体を張るくらい何でもないわ)
 イーディスはテーブルの上に置かれた媚薬の小瓶を固く握りしめた。


 その日、一行は魔獣や盗賊団に遭遇することもなく、順調に旅程を終えた。次の予定地であるユーディンという町まであと半日というところで日が暮れたため、野宿の準備に入った。
 配給された夕食を食べ終わると、アトロポスはバッカスに意識伝達を送った。

『後は任せるわね。私も起きている間は索敵を続けるけど、何かあったら意識伝達で連絡して』
『分かった。昨夜は無理させちまったから、今日はゆっくりと休んでいろ』
『ばか……。知らないわよ、もう……』

 盗賊団が出たため中途半端に放り出したことを悪いと思ったのか、昨夜のバッカスはアトロポスをいつも以上に激しく責め立てた。声が嗄れるまでき乱されたことを思い出すと、アトロポスは恥ずかしさのあまり真っ赤に染まった。

「どうしたんですか、アトロポスさん? 大丈夫?」
 突然、顔を赤らめて俯いたアトロポスの様子に、キャシーが首を傾げながら声を掛けた。
「い、いえ……。何でも……」
「そうですか……。今晩の見張りは、バッカスさんとイーディスですね。バッカスさん、イーディスをよろしくお願いします」
 内心の思惑をひた隠しながら、キャシーが笑顔でバッカスに告げた。

「ああ。イーディス、よろしく頼む」
 キャシーの言葉に頷くと、バッカスがイーディスの方を振り向いて告げた。
「は、はい……。こちらこそ……」
 キャシーと違い、腹芸などできないイーディスは、緊張しながらバッカスに頭を下げた。ドキンドキンと早鐘を打つ鼓動がバッカスに聞こえないかと、イーディスはそれだけを気にしていた。

「じゃあ、あたしたちはこれで……。イーディス、よろしくね」
「がんばってね、イーディス」
 ニヤリと微笑んだマーサの顔を見て、イーディスの緊張は更に高まった。
「私もそろそろ行くわ。バッカス、頼んだわよ」
「ああ、任せろ」
 席を立ったアトロポスに、バッカスは笑顔で力強く頷いた。バッカスに笑顔で頷き返すと、アトロポスはキャシーたちとともにその場から立ち去っていった。
 燃えさかる焚き火の前には、バッカスとイーディスの二人だけが残された。


 焚き火に枯れ枝をべていると、イーディスが突然声を掛けてきた。
「バ、バッカスさん、喉渇きませんか?」
「いや、別に……。食事の時にエールを飲んだし、大丈夫だ」
「あ、あたし、お茶を持ってきたんです! 今、入れますね!」
 明らかに挙動不審な様子で、イーディスは自分の鞄から水筒とカップを取り出した。

「は、はい、どうぞ……」
「ああ、ありがとう」
 無碍に断るのもどうかと思い、バッカスは差し出されたカップを受け取った。中には緑黄茶らしき山吹色の液体が入っていた。一口飲んでみると、普通の緑黄茶とは違い、妙な甘みが口に残った。

「の、喉が渇いているなら、一気に飲んじゃっていいですよ! まだ、たくさんありますから……」
 そう言うと、イーディスは水筒を持ち上げてバッカスの目の前で振った。ポチャポチャと中身の緑黄茶が揺れる音がした。
「いや、大丈夫だ。お前も飲んだらどうだ?」
「あ、あたしは別に……喉が渇いてないので……」
 緊張のあまりカラカラに乾ききった声で、イーディスが答えた。イーディスの碧眼がバッカスの様子を観察するように見つめていた。

 イーディスはマーサの言葉を聞き逃していた。マーサはこの媚薬をお酒かお茶に一滴・・垂らすように言ったのだった。だが、イーディスは小さな水筒に入れた緑黄茶に、小瓶に入った媚薬すべてを注ぎ込んだのだ。その効果は劇的だった。そして、イーディスは身をもって媚薬の恐ろしさを知ることになった。

 ドクンッ……!

 激しい鼓動を感じ、バッカスが濃茶色の瞳を見開いた。

 ドクンッ、ドクンッ……!!

 心臓が早鐘を打ち始め、全身が熱を発したように急激に熱くなってきた。
(な、何だ、これは……?)
 苦しいほどの動悸がして、バッカスは思わず右手で胸を押さえた。同時に息苦しさを感じ、ハッ、ハッと喘ぐように空気を求めた。
(どうしたってんだ、いったい……!?)
 腰から下が熱くなり、下半身が熱を持ってきた。自分が勃起していることに気づくと、バッカスは愕然とした。

(十六、七のガキじゃあるまいし、何なんだ、いったい……?)
 バッカスは目の前にいるイーディスから、発情した女・・・・・の匂いを嗅ぎ取った。
(いや、発情しているのは、この俺だ!? イーディスに手なんか出したら、アトロポスに顔向けできねえッ!)
 バッカスは歯を食いしばって、燃え上がる欲望を抑え込んだ。だが、その目は血走り、その視線はイーディスの豊かな胸やくびれた腰つき、女らしい丸みを帯びた尻や太ももに釘付けになった。

「バッカスさん? 大丈夫ですか? 顔が真っ赤ですけど……?」
 心配そうに覗き込むイーディスの整った顔の中で、紅い唇がバッカスの理性を消し飛ばした。
「アトロポス!」
 バッカスは愛する女の名を叫ぶと、左腕をイーディスの背中に回して力尽くで抱き寄せた。そして、右手でイーディスの後頭部を押さえつけ、強引に唇を奪った。

「バッカスさ……んっ、いやッ……んっ、んくっ……」
 無理矢理入ってきたバッカスの舌が、イーディスの口腔を暴れ回り、濃厚に舌を絡め取った。
(そんな……! 初めての口づけなのに、こんなの……イヤッ!)
 貪るように唾液を吸われ、激しく舌を絡められながらイーディスは全力でバッカスの体を押し返そうとした。だが、その強靱な筋肉に覆われた体は、イーディスの抵抗などものともしなかった。

 バッカスがイーディスを地面に押し倒し、覆い被さるようにのし掛かってきた。その間も、唇は塞がれ舌を絡まされたままだった。
(イヤ、こんなの……! キャシー、マーサ、助けてッ!)
 声も出せずにイーディスは心の中で叫んだ。だが、バッカスは左手でイーディスの両腕を背中に拘束すると、右手で革鎧の紐を解き始めた。四箇所ある紐をすべて解くと、バッカスは革鎧の前を大きく広げた。そして、白い胸当てをずり上げると、形良く盛り上がった左の乳房を右手で揉みしだき始めた。

(犯されるッ! いやあぁあ……!)
 快感など一欠片ひとかけらも感じずに、イーディスの心は恐怖で染まり上がった。きつく閉じた両目から涙が溢れ出て頬を伝って流れ落ちた。

「あれ、やばいんじゃない?」
「早く、アトロポスを呼びに行こうッ! 急がないと本当にイーディス、やられちゃうよ!」
 荷馬車の影から二人の様子を見ていたキャシーとマーサが、蒼白な表情で頷きあった。そして、全力でアトロポスのいる最前列の荷馬車に向かって走り出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

処理中です...