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第9章 獅子王と氷姫
8 街道の盗賊団
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「イーディス、聞いてるの? イーディス!」
「え……? あ、うん……何……?」
アトロポスの声に、イーディスはハッと我に返った。
「何、じゃないでしょ? 今晩の見張りをお願いしてるのよ。大丈夫なの?」
怪訝そうな表情で、アトロポスがイーディスを見つめた。さっきから、ボウッとして心ここにあらずという感じだった。
「わ、分かった。見張りね……うん、大丈夫よ」
(必ずお前を俺のものにしてやる)
ルーカスが告げた言葉が、何度も頭の中で反芻していた。その言葉が響く度に、イーディスの心臓はドキドキと早鐘を打ち、その美貌は赤く染まった。
「どうしたんだ、イーディス? 顔が真っ赤だぞ? 体調が悪いなら、今日は俺が見張りを変わってやろうか?」
心配そうな表情で、バッカスがイーディスを見つめた。
その時、荷馬車の扉がノックされた。バッカスは素早く左腰に差した火焔黒剣の柄を握ると、扉を睨みながら誰何した。
「誰だ……!?」
「ルーカスだ。入ってもいいか?」
その声を耳にした瞬間、イーディスの体がビクンッと震えた。その様子を怪訝に思いながらも、バッカスが告げた。
「ああ。鍵はないから入ってくれ」
「悪いな、見張りの確認をしたくてな。<獅子王>の見張りは、俺だ。あんたらは誰が見張りに立つ?」
ルーカスがアトロポス、バッカス、イーディスの順で顔を見渡した。その視線を受けた瞬間、イーディスがさっと顔を背けたのを見て、ルーカスはニヤリと笑みを浮かべた。
「今夜は俺が見張りに……」
「あたしです! <闇姫>の今夜の見張りは、あたしです!」
バッカスの言葉を遮るように、イーディスが叫んだ。その様子を、アトロポスとバッカスは目を見開きながら見つめた。
「そうか。よろしくな、イーディス」
「は、はい……。よ、よろしくお願いします!」
真っ赤に顔を染めながら、イーディスがルーカスに頭を下げた。
「では、イーディスを借りるぞ。行くぞ、イーディス」
「は、はい……!」
ルーカスに促されて、イーディスが慌てて立ち上がった。そして、バッカスたちに片手を上げて荷馬車から出て行ったルーカスの後を急いで追いかけていった。その様子を呆然と見つめていたアトロポスが、バッカスに訊ねた。
「何なの、あれ……?」
しばらくの間、イーディスが出て行った荷馬車の扉を見つめていたバッカスが、逆にアトロポスに訊いた。
「アトロポス、イーディスってもしかしたら処女か?」
「し、知らないわよ。まさか、もしそうなら、イーディスのことを……!」
バッカスがイーディスに手を出すつもりかと思って、アトロポスが声を荒げた。
「あれって、初めて男に口説かれた女の反応だぞ。いつの間にか、ルーカスに言い寄られたんじゃないのか?」
「え……? まさか……?」
自分の勘違いだと分かってホッとするとともに、アトロポスはバッカスの言葉に驚いた。
「そう考えれば、色々と辻褄が合うな。イーディスの態度がおかしくなったのは、ブルックとの対戦の後だ。あの時、ルーカスはイーディスと少しの間、立ち話をしていたな」
「その時に、イーディスを口説いたとでも言うの? あり得ないわよ」
アトロポスがバッカスの意見を否定した。常識的に考えて、仲間の腕を斬り落とした直後に、その相手を口説くとは思えなかった。
「だが、初対面でルーカスはイーディスを食事に誘ったぞ。その時に、『俺好みのいい女』だと、イーディスのことを言ったのを忘れたのか?」
「……! たしかに、そうだけど……。でも、バッカスが『俺の女を口説くな』って釘を刺したじゃない?」
バッカスがイーディスのことをそう告げた時、嫉妬を覚えたのをアトロポスは思い出した。
「ルーカスは想像以上に切れ者だぞ。俺たちの正体をあっという間に見破ったしな。俺とお前の関係は、ギルドでも噂になっている」
「え……? そ、そうなの……?」
バッカスの言葉に、アトロポスはカアッと赤くなった。その様子を笑って見ながら、バッカスが続けた。
「それは本当のことだから、別に構わないさ。だが、イーディスが<闇姫>に加わったのは、一昨日だ。さすがに、イーディスが俺の女だと言うのは、嘘だと見破られただろうな?」
「と言うことは……?」
バッカスが言いたいことを、アトロポスも察した。
「イーディスが俺の女じゃないと分かれば、彼女に一目惚れしたルーカスが放っておくと思うか?」
バッカスの考えが正しいことを、アトロポスも認めた。
「つまり、イーディスの様子がおかしかったのは、ルーカスのせいって訳ね。じゃあ、今晩二人で見張りって、不味いんじゃないの? 下手をしたら、イーディスがルーカスに……」
「それはないだろう? <鳳蝶>からも一人見張りが出るはずだ。他の女が見ている前では、いくらなんでもルーカスも手は出さないさ」
アトロポスの心配を、バッカスは笑って流した。
「それならいいけど……」
ホッと胸を撫で下ろしながら、アトロポスが呟いた。
「それよりも今後のことだ。もし、本当にルーカスがイーディスを口説いたとして、二人がそういう関係になる可能性もある。あの感じだと、イーディスは間違いなく処女だぞ。初めての男について行こうとする可能性も十分にあるってことだ」
「それは……」
アトロポス自身にも身に覚えがあった。自分の処女を奪ったシルヴァレートを愛し、彼とともにどこまでも生きていこうと考えていたのだ。
「その時のことを、今から考えておいた方がいい。対応は二つだけだぞ、アトロポス」
「二つ……?」
アトロポスには、一つしか思いつかなかった。どうしてもイーディスがルーカスについて行きたいというのなら、祝福して送り出すしかないと思った。
「イーディスを送り出すか、ルーカスを<闇姫>に迎えるかだ」
「ルーカスを<闇姫>に……?」
予想もしなかった言葉を聞いて、アトロポスは思わずバッカスの顔を見つめた。
「ルーカスは一見乱暴そうに見えるが、きちんと筋を通す男だ。もう少し見極める必要はあるが、俺は悪い奴じゃないと思う。剣士クラスAだから、技量もそれなりにある。少し鍛えれば、即戦力として有効だ」
自分よりもずっと先を見ているバッカスの意見に、アトロポスは驚きと同時に頼りがいを感じた。出逢った頃と比べると、バッカスは信じられないほどに成長していた。
「でも、ルーカスは<獅子王>のリーダーよ。リーダーの移籍なんて、簡単じゃないわ」
<守護天使>のリーダーであったイーディスを引き抜いた時のことを思い出して、アトロポスが告げた。
「たしかにな……。だが、<獅子王>も一枚岩じゃなさそうだぞ」
バッカスがニヤリと笑いながら、アトロポスに言った。
「え……? どういうこと?」
「もう少し様子を見ないとはっきりとは分からないが、たぶん、ブルックとラメールの二人は<獅子王>へ入ってそれほど間もないんじゃないかと思う。つまり、ルーカス、パイロンの二人と、ブルック、ラメールの二人の間で溝があるんじゃないかな?」
会ったばかりのパーティのことを、想像以上にバッカスは観察していたようだった。アトロポスはバッカスの洞察力に驚いた。
「凄いわね、バッカス……。見直したわ……」
自分が愛した男の成長に、アトロポスは嬉しさを隠しきれなかった。バッカスの隣りに移ると、アトロポスは彼の首に両手を廻して左頬に口づけをした。
「どちらにしても、イーディスの様子を見てから決めることだ。今はもっと大事なことがある……」
「大事なこと……?」
「そう……。大事なことだ……」
そう告げると、バッカスがアトロポスの唇を塞いだ。そして、濃厚に舌を絡めながら、天龍の革鎧を脱がし始めた。
「んぁ……まって、バッカス……こんなところで……だめよ……」
細い唾液の糸を繋げながら唇を離すと、トロンと蕩けた黒瞳でアトロポスがバッカスを見つめた。
「声を出すと、外に聞こえるぞ……」
アトロポスを長椅子に押し倒すと、バッカスは右手を胸当ての中に挿し入れて白い膨らみを揉みしだき始めた。そして、硬く屹立し始めた頂きを口に咥えると、転がすように舌を這わせた。
「だめ、バッカス……やめッ……ん、あッ……」
月明かりに照らされた狭い荷馬車の中に、アトロポスの押し殺した喘ぎ声が響き始めた。
「初日はリーダーが見張りに立つんじゃないの? あのバッカスって男はどうしたの?」
クリスティーンは待ち合わせ場所にやって来るなり、イーディスを見据えながら文句を言った。
「まあ、色々あるんだろうさ。突っ立ってないで座ったらどうだ?」
焚き火に枯れ枝を焼べながら、ルーカスがクリスティーンを見上げた。クリスティーンは並んで座っているルーカスとイーディスから少し距離を置いて腰を下ろした。
「クリスティーンさん、勘違いしているみたいですけど、うちのリーダーはローズです。バッカスさんじゃありません」
「ローズ? あの子、一番年下じゃないの? いくつなのよ?」
「あたしより三歳下だから、今十六歳です」
イーディスの答えにニヤッと笑いを浮かべて、ルーカスが言った。
「と言うことは、イーディスは十九か? 俺は二十五だから、ちょうどいいな」
「な、何を言ってるんです、ルーカスさん!? あなたの歳なんて聞いてません!」
カアッと顔を赤く染めながら、イーディスが叫んだ。その様子を冷たい視線で見つめながら、クリスティーンがルーカスに告げた。
「女を口説くなら、時と場所くらい選びなさい。今は見張りの最中よ」
「そりゃそうだ。悪かったな、イーディス。今度ゆっくりと口説いてやるよ」
「な……ッ!」
イーディスは真っ赤に染まった顔を、慌ててルーカスから背けた。
「ところで、クリスティーンだったな? あんた、何でそんなに刺々しいんだ? 女は可愛げがないとモテないぞ」
「必要もないのに愛想を振りまくのが嫌いなだけよ。男にちょっと甘い言葉を掛けられただけでのぼせ上がる馬鹿な女が、世の中には多いからね」
そう告げると、クリスティーンの碧い瞳がイーディスの顔を見つめた。その視線は、イーディスがいかにもその馬鹿な女の一人だと告げていた。
「あたしは別にのぼせ上がってなんていません! ルーカスさんも、人を揶揄うのはいい加減にしてください!」
美しい貌を真っ赤に染めながら、イーディスがルーカスに向かって叫んだ。今まで男に口説かれたことなど一度もないイーディスは、ルーカスの言葉を信じるどころか、どう対応していいのかさえ分からなかった。
「悪かった、イーディス。だが、揶揄ってるつもりはない。本気でお前を口説きたいだけだ。まあ、今はクリスティーンもいるから、口説くのはまた今度にするさ」
「……!」
自分を見つめている赤茶色の瞳に映る真剣な光に気づき、イーディスは更に顔を赤らめて動揺した。ドクンッドクンッと脈打つ心臓の音が、やけにうるさく感じた。
「それはそうと、最近この街道沿いに出没する盗賊団について、俺なりに調べてみた。明日にでも、パーティのメンバーに情報を共有してくれ」
イーディスはルーカスの言葉に驚いた。独自で盗賊団について調査したこともそうだが、その情報を全員に共有する姿勢は、評価に値するものだった。
「盗賊団が最初に商団を襲ったのは、およそ一月前だ。その時の人数は不明だ。何故なら、商団は護衛も含めて全員殺されたからな。襲われた商団の積み荷は、貴金属類だった。それから週に一回から二回の割合で、商団が盗賊団に襲われている。直近で襲われたのは三日前だ。今まで襲われた商団の数は十二、俺たちも襲われる可能性が十分にある」
「襲われた商団に共通点はあるんですか?」
イーディスが美しい碧眼に真剣な光を浮かべながら訊ねた。
「襲われた商団が運んでいた積み荷はバラバラだ。貴金属だったり、食料だったり、工芸品や絵画だったり……。今回の盗賊団は、手当たり次第に商団を襲撃している可能性が高い」
「盗賊団の人数は……?」
今度はクリスティーンが質問した。彼女の碧い瞳も真剣な光を放っていた。
「生き残りの証言では、少ない時で十五、六人。多い時は三十人以上だそうだ。それとその中の数人が、恐ろしく腕の立つ奴らしい。覇気による攻撃を見たという情報もあることから、冒険者で言うクラスA以上がいる可能性もある」
「クラスA……? そのレベルがいたら、あたしたちじゃ歯が立たないわ」
ルーカスの情報に、クリスティーンが驚愕の表情を浮かべた。
「一口にクラスAと言っても、なりたての奴からクラスSに近い力を持つ奴まで様々だ。まあ、今回のメンバーならそれほど心配することじゃないがな」
そう告げると、ルーカスはイーディスの顔を見て微笑んだ。その視線を受けて、イーディスは頷いた。たとえクラスSがいたとしても、アトロポスがその気になれば瞬殺できることをイーディスは知っていた。
「まあ、今回はこっちにもクラスAが四人いるからね。その時は頼むわよ、ルーカス」
イーディスたちが剣士クラスSであることを知らないクリスティーンは、クラスAの盗賊団が襲ってきた場合、<獅子王>が対応するものだと思ったようだった。
「そうだな。もし俺たちを襲ってきたら、その盗賊団はよほど運が悪いんだろうな」
イーディスの顔を見つめながら、ルーカスが笑い声を上げた。
「へえ、ずいぶんと自信ありそうね。期待させてもらうわ」
ルーカスが告げた言葉の意味を誤解して、クリスティーンが微笑んだ。
(どうやら、クリスティーンさんには私たちの正体をばらす気はなさそうね)
「仮に盗賊団が三十人いたとして、全員を捕らえたらどうするんですか?」
「場所にもよるが、普通は縛ってその場に置いて行くだろうな。そして、誰か一人がダスガールかセレンティアに馬を駆けさせて、自衛団に報告するのが一般的だ。三十人もセレンティアに連れて行くほど、食料の余裕はないだろうからな」
イーディスの質問に、ルーカスが的確な答えを述べた。
(口は悪くて女に手が早そうだけど、能力や判断力は一流みたいね。情報の重要性も知っているし、あたしたちの正体もペラペラと話そうとしない。意外と信頼できる男性かも知れないわね)
イーディスは美しい碧眼でルーカスを見つめると、彼の評価を上方修正した。その信頼が自分の身にどう降りかかってくるのか、イーディスには予想もできなかった。
「え……? あ、うん……何……?」
アトロポスの声に、イーディスはハッと我に返った。
「何、じゃないでしょ? 今晩の見張りをお願いしてるのよ。大丈夫なの?」
怪訝そうな表情で、アトロポスがイーディスを見つめた。さっきから、ボウッとして心ここにあらずという感じだった。
「わ、分かった。見張りね……うん、大丈夫よ」
(必ずお前を俺のものにしてやる)
ルーカスが告げた言葉が、何度も頭の中で反芻していた。その言葉が響く度に、イーディスの心臓はドキドキと早鐘を打ち、その美貌は赤く染まった。
「どうしたんだ、イーディス? 顔が真っ赤だぞ? 体調が悪いなら、今日は俺が見張りを変わってやろうか?」
心配そうな表情で、バッカスがイーディスを見つめた。
その時、荷馬車の扉がノックされた。バッカスは素早く左腰に差した火焔黒剣の柄を握ると、扉を睨みながら誰何した。
「誰だ……!?」
「ルーカスだ。入ってもいいか?」
その声を耳にした瞬間、イーディスの体がビクンッと震えた。その様子を怪訝に思いながらも、バッカスが告げた。
「ああ。鍵はないから入ってくれ」
「悪いな、見張りの確認をしたくてな。<獅子王>の見張りは、俺だ。あんたらは誰が見張りに立つ?」
ルーカスがアトロポス、バッカス、イーディスの順で顔を見渡した。その視線を受けた瞬間、イーディスがさっと顔を背けたのを見て、ルーカスはニヤリと笑みを浮かべた。
「今夜は俺が見張りに……」
「あたしです! <闇姫>の今夜の見張りは、あたしです!」
バッカスの言葉を遮るように、イーディスが叫んだ。その様子を、アトロポスとバッカスは目を見開きながら見つめた。
「そうか。よろしくな、イーディス」
「は、はい……。よ、よろしくお願いします!」
真っ赤に顔を染めながら、イーディスがルーカスに頭を下げた。
「では、イーディスを借りるぞ。行くぞ、イーディス」
「は、はい……!」
ルーカスに促されて、イーディスが慌てて立ち上がった。そして、バッカスたちに片手を上げて荷馬車から出て行ったルーカスの後を急いで追いかけていった。その様子を呆然と見つめていたアトロポスが、バッカスに訊ねた。
「何なの、あれ……?」
しばらくの間、イーディスが出て行った荷馬車の扉を見つめていたバッカスが、逆にアトロポスに訊いた。
「アトロポス、イーディスってもしかしたら処女か?」
「し、知らないわよ。まさか、もしそうなら、イーディスのことを……!」
バッカスがイーディスに手を出すつもりかと思って、アトロポスが声を荒げた。
「あれって、初めて男に口説かれた女の反応だぞ。いつの間にか、ルーカスに言い寄られたんじゃないのか?」
「え……? まさか……?」
自分の勘違いだと分かってホッとするとともに、アトロポスはバッカスの言葉に驚いた。
「そう考えれば、色々と辻褄が合うな。イーディスの態度がおかしくなったのは、ブルックとの対戦の後だ。あの時、ルーカスはイーディスと少しの間、立ち話をしていたな」
「その時に、イーディスを口説いたとでも言うの? あり得ないわよ」
アトロポスがバッカスの意見を否定した。常識的に考えて、仲間の腕を斬り落とした直後に、その相手を口説くとは思えなかった。
「だが、初対面でルーカスはイーディスを食事に誘ったぞ。その時に、『俺好みのいい女』だと、イーディスのことを言ったのを忘れたのか?」
「……! たしかに、そうだけど……。でも、バッカスが『俺の女を口説くな』って釘を刺したじゃない?」
バッカスがイーディスのことをそう告げた時、嫉妬を覚えたのをアトロポスは思い出した。
「ルーカスは想像以上に切れ者だぞ。俺たちの正体をあっという間に見破ったしな。俺とお前の関係は、ギルドでも噂になっている」
「え……? そ、そうなの……?」
バッカスの言葉に、アトロポスはカアッと赤くなった。その様子を笑って見ながら、バッカスが続けた。
「それは本当のことだから、別に構わないさ。だが、イーディスが<闇姫>に加わったのは、一昨日だ。さすがに、イーディスが俺の女だと言うのは、嘘だと見破られただろうな?」
「と言うことは……?」
バッカスが言いたいことを、アトロポスも察した。
「イーディスが俺の女じゃないと分かれば、彼女に一目惚れしたルーカスが放っておくと思うか?」
バッカスの考えが正しいことを、アトロポスも認めた。
「つまり、イーディスの様子がおかしかったのは、ルーカスのせいって訳ね。じゃあ、今晩二人で見張りって、不味いんじゃないの? 下手をしたら、イーディスがルーカスに……」
「それはないだろう? <鳳蝶>からも一人見張りが出るはずだ。他の女が見ている前では、いくらなんでもルーカスも手は出さないさ」
アトロポスの心配を、バッカスは笑って流した。
「それならいいけど……」
ホッと胸を撫で下ろしながら、アトロポスが呟いた。
「それよりも今後のことだ。もし、本当にルーカスがイーディスを口説いたとして、二人がそういう関係になる可能性もある。あの感じだと、イーディスは間違いなく処女だぞ。初めての男について行こうとする可能性も十分にあるってことだ」
「それは……」
アトロポス自身にも身に覚えがあった。自分の処女を奪ったシルヴァレートを愛し、彼とともにどこまでも生きていこうと考えていたのだ。
「その時のことを、今から考えておいた方がいい。対応は二つだけだぞ、アトロポス」
「二つ……?」
アトロポスには、一つしか思いつかなかった。どうしてもイーディスがルーカスについて行きたいというのなら、祝福して送り出すしかないと思った。
「イーディスを送り出すか、ルーカスを<闇姫>に迎えるかだ」
「ルーカスを<闇姫>に……?」
予想もしなかった言葉を聞いて、アトロポスは思わずバッカスの顔を見つめた。
「ルーカスは一見乱暴そうに見えるが、きちんと筋を通す男だ。もう少し見極める必要はあるが、俺は悪い奴じゃないと思う。剣士クラスAだから、技量もそれなりにある。少し鍛えれば、即戦力として有効だ」
自分よりもずっと先を見ているバッカスの意見に、アトロポスは驚きと同時に頼りがいを感じた。出逢った頃と比べると、バッカスは信じられないほどに成長していた。
「でも、ルーカスは<獅子王>のリーダーよ。リーダーの移籍なんて、簡単じゃないわ」
<守護天使>のリーダーであったイーディスを引き抜いた時のことを思い出して、アトロポスが告げた。
「たしかにな……。だが、<獅子王>も一枚岩じゃなさそうだぞ」
バッカスがニヤリと笑いながら、アトロポスに言った。
「え……? どういうこと?」
「もう少し様子を見ないとはっきりとは分からないが、たぶん、ブルックとラメールの二人は<獅子王>へ入ってそれほど間もないんじゃないかと思う。つまり、ルーカス、パイロンの二人と、ブルック、ラメールの二人の間で溝があるんじゃないかな?」
会ったばかりのパーティのことを、想像以上にバッカスは観察していたようだった。アトロポスはバッカスの洞察力に驚いた。
「凄いわね、バッカス……。見直したわ……」
自分が愛した男の成長に、アトロポスは嬉しさを隠しきれなかった。バッカスの隣りに移ると、アトロポスは彼の首に両手を廻して左頬に口づけをした。
「どちらにしても、イーディスの様子を見てから決めることだ。今はもっと大事なことがある……」
「大事なこと……?」
「そう……。大事なことだ……」
そう告げると、バッカスがアトロポスの唇を塞いだ。そして、濃厚に舌を絡めながら、天龍の革鎧を脱がし始めた。
「んぁ……まって、バッカス……こんなところで……だめよ……」
細い唾液の糸を繋げながら唇を離すと、トロンと蕩けた黒瞳でアトロポスがバッカスを見つめた。
「声を出すと、外に聞こえるぞ……」
アトロポスを長椅子に押し倒すと、バッカスは右手を胸当ての中に挿し入れて白い膨らみを揉みしだき始めた。そして、硬く屹立し始めた頂きを口に咥えると、転がすように舌を這わせた。
「だめ、バッカス……やめッ……ん、あッ……」
月明かりに照らされた狭い荷馬車の中に、アトロポスの押し殺した喘ぎ声が響き始めた。
「初日はリーダーが見張りに立つんじゃないの? あのバッカスって男はどうしたの?」
クリスティーンは待ち合わせ場所にやって来るなり、イーディスを見据えながら文句を言った。
「まあ、色々あるんだろうさ。突っ立ってないで座ったらどうだ?」
焚き火に枯れ枝を焼べながら、ルーカスがクリスティーンを見上げた。クリスティーンは並んで座っているルーカスとイーディスから少し距離を置いて腰を下ろした。
「クリスティーンさん、勘違いしているみたいですけど、うちのリーダーはローズです。バッカスさんじゃありません」
「ローズ? あの子、一番年下じゃないの? いくつなのよ?」
「あたしより三歳下だから、今十六歳です」
イーディスの答えにニヤッと笑いを浮かべて、ルーカスが言った。
「と言うことは、イーディスは十九か? 俺は二十五だから、ちょうどいいな」
「な、何を言ってるんです、ルーカスさん!? あなたの歳なんて聞いてません!」
カアッと顔を赤く染めながら、イーディスが叫んだ。その様子を冷たい視線で見つめながら、クリスティーンがルーカスに告げた。
「女を口説くなら、時と場所くらい選びなさい。今は見張りの最中よ」
「そりゃそうだ。悪かったな、イーディス。今度ゆっくりと口説いてやるよ」
「な……ッ!」
イーディスは真っ赤に染まった顔を、慌ててルーカスから背けた。
「ところで、クリスティーンだったな? あんた、何でそんなに刺々しいんだ? 女は可愛げがないとモテないぞ」
「必要もないのに愛想を振りまくのが嫌いなだけよ。男にちょっと甘い言葉を掛けられただけでのぼせ上がる馬鹿な女が、世の中には多いからね」
そう告げると、クリスティーンの碧い瞳がイーディスの顔を見つめた。その視線は、イーディスがいかにもその馬鹿な女の一人だと告げていた。
「あたしは別にのぼせ上がってなんていません! ルーカスさんも、人を揶揄うのはいい加減にしてください!」
美しい貌を真っ赤に染めながら、イーディスがルーカスに向かって叫んだ。今まで男に口説かれたことなど一度もないイーディスは、ルーカスの言葉を信じるどころか、どう対応していいのかさえ分からなかった。
「悪かった、イーディス。だが、揶揄ってるつもりはない。本気でお前を口説きたいだけだ。まあ、今はクリスティーンもいるから、口説くのはまた今度にするさ」
「……!」
自分を見つめている赤茶色の瞳に映る真剣な光に気づき、イーディスは更に顔を赤らめて動揺した。ドクンッドクンッと脈打つ心臓の音が、やけにうるさく感じた。
「それはそうと、最近この街道沿いに出没する盗賊団について、俺なりに調べてみた。明日にでも、パーティのメンバーに情報を共有してくれ」
イーディスはルーカスの言葉に驚いた。独自で盗賊団について調査したこともそうだが、その情報を全員に共有する姿勢は、評価に値するものだった。
「盗賊団が最初に商団を襲ったのは、およそ一月前だ。その時の人数は不明だ。何故なら、商団は護衛も含めて全員殺されたからな。襲われた商団の積み荷は、貴金属類だった。それから週に一回から二回の割合で、商団が盗賊団に襲われている。直近で襲われたのは三日前だ。今まで襲われた商団の数は十二、俺たちも襲われる可能性が十分にある」
「襲われた商団に共通点はあるんですか?」
イーディスが美しい碧眼に真剣な光を浮かべながら訊ねた。
「襲われた商団が運んでいた積み荷はバラバラだ。貴金属だったり、食料だったり、工芸品や絵画だったり……。今回の盗賊団は、手当たり次第に商団を襲撃している可能性が高い」
「盗賊団の人数は……?」
今度はクリスティーンが質問した。彼女の碧い瞳も真剣な光を放っていた。
「生き残りの証言では、少ない時で十五、六人。多い時は三十人以上だそうだ。それとその中の数人が、恐ろしく腕の立つ奴らしい。覇気による攻撃を見たという情報もあることから、冒険者で言うクラスA以上がいる可能性もある」
「クラスA……? そのレベルがいたら、あたしたちじゃ歯が立たないわ」
ルーカスの情報に、クリスティーンが驚愕の表情を浮かべた。
「一口にクラスAと言っても、なりたての奴からクラスSに近い力を持つ奴まで様々だ。まあ、今回のメンバーならそれほど心配することじゃないがな」
そう告げると、ルーカスはイーディスの顔を見て微笑んだ。その視線を受けて、イーディスは頷いた。たとえクラスSがいたとしても、アトロポスがその気になれば瞬殺できることをイーディスは知っていた。
「まあ、今回はこっちにもクラスAが四人いるからね。その時は頼むわよ、ルーカス」
イーディスたちが剣士クラスSであることを知らないクリスティーンは、クラスAの盗賊団が襲ってきた場合、<獅子王>が対応するものだと思ったようだった。
「そうだな。もし俺たちを襲ってきたら、その盗賊団はよほど運が悪いんだろうな」
イーディスの顔を見つめながら、ルーカスが笑い声を上げた。
「へえ、ずいぶんと自信ありそうね。期待させてもらうわ」
ルーカスが告げた言葉の意味を誤解して、クリスティーンが微笑んだ。
(どうやら、クリスティーンさんには私たちの正体をばらす気はなさそうね)
「仮に盗賊団が三十人いたとして、全員を捕らえたらどうするんですか?」
「場所にもよるが、普通は縛ってその場に置いて行くだろうな。そして、誰か一人がダスガールかセレンティアに馬を駆けさせて、自衛団に報告するのが一般的だ。三十人もセレンティアに連れて行くほど、食料の余裕はないだろうからな」
イーディスの質問に、ルーカスが的確な答えを述べた。
(口は悪くて女に手が早そうだけど、能力や判断力は一流みたいね。情報の重要性も知っているし、あたしたちの正体もペラペラと話そうとしない。意外と信頼できる男性かも知れないわね)
イーディスは美しい碧眼でルーカスを見つめると、彼の評価を上方修正した。その信頼が自分の身にどう降りかかってくるのか、イーディスには予想もできなかった。
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クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
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皆さん勘違いしてません?
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本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
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【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
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主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
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突然ですが質問です。
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しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
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