【ブルー・ウィッチ・シリーズ】 復讐の魔女

椎名 将也

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第29章 ガダルカナルの攻防

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 惑星イリス第二衛星ガダルカナル。
 SD九七八年(イリス世紀四三四年)に、聖王アルバナード三世が命じて建造させた人工的な軍事衛星である。赤道半径千二百キロメートル、総質量二千七百PMTペタメガトン(一PMT=千兆メガトン)。もう一つの衛星プロメテウスより、約二万五千キロメートル外側の軌道を巡行している。

 SD一二九五年に、勃発した<惑星イリス内乱>の時、ハミルトン公爵派が占拠し、アラン王子率いるイシュタール隊との激戦を繰り広げた場所でもあった。ガダルカナルには、三つの軍事基地が存在していたが、その内乱の時に全て破壊され、現在は破棄されている。
 その中の一つ、メディア軍事基地をテアは決戦の場に選んだ。そこは唯一バイオ・コンピューター・システムが生きている場所であり、ガダルカナルの中で最も大きな基地であったからだ。

 テアはそのメディア軍事基地にテレポートすると、アラン王子から借りたESPジャマー・タイプΣを五基セットした。
 現在、GPSには三種類のESPジャマーがある。その中で最も新しいタイプがこのESPジャマー・タイプΣであった。この新型は、この新型は、従来のジャマーをさらに強化し、ΣナンバーのESPにも対応出来るようにしたものであった。例え、ΣナンバーのESPでも、この有効レンジ内ではESPを使用することは不可能である。もちろん、テアのESPも封じ込まれることは、言うまでもない。

 テアはロザンナと闘うつもりはなかったのだ。彼女と話し合い、出来ればサイコ・ブロックから解放するつもりだったのである。
『ロザンナ王女、聞こえる?』
 ESPジャマー・タイプΣを全て設置し終えると、テアは惑星イリスに向けてテレパシーを発した。テアの全身が、Σナンバー特有の青い光彩に包まれる。

『私は、テア=スクルト。私の声が聞こえたならば、今すぐ衛星ガダルカナルのメディア軍事基地に来て! ここには、私一人しかいない。あなたと会って、話したいことがあるの!』
 強力なテレパシーを、ロザンナ王女のESPパターンに合わせて発する。彼女以外のESPには、このテレパシーを感知出来ないはずだ。

 待つこと、五分間……。
 ロザンナ王女が現れる様子はなかった。
『ロザンナ王女、聞こえたら……』
 テアが再び、テレパシーを発した瞬間……。
「あなたと話す事なんて、ないわ……」
 テアの背後から、美しい声が響きわたった。

「ロザンナ……!」
 テアが驚いて振り返る。淡青色のロング・ヘアーが美しく靡いた。
(私が感知できないなんて……)
 テアは、ロザンナ王女がテレポート・アウトしてくるのを、全身を研ぎ澄まさせて待っていたのである。しかし、ロザンナは彼女に悟られることなく、テアの背後をとったのだ。これは、彼女の能力がテアのそれを凌駕している証拠であった。

「ここを死に場所に選んだの? 成る程、ここならば誰も犠牲にすることなく、思う存分闘えるわ」
 ロザンナが周囲を見渡しながら言った。
「聞いて、ロザンナ。私はあなたと闘うつもりはないわ。あなたは、ハワード伯爵、いえ、銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>に操られているのよ」
「それがどうしたの?」
 ロザンナの美しいブロンズが、風もないのに舞い上がった。彼女の体から、ESP波特有の光彩が立ち上り始める。

「それがどうしたって……? 私はあなたと闘う理由がないのよ。あなたのご両親、聖王オーディン三世とグレース皇后を殺したのは、私じゃないわ! <テュポーン>のファースト・ファミリーよ!」
 テアはESPジャマー・タイプΣの発信スイッチを握り締めた。
「そんな事、分かってるわ!」
「分かってる……?」
 驚いてテアが訊ねた。

(ロザンナ王女は、既にサイコ・コントロールから解放されている? もし、そうなら、どうして……?)
「私の体は、あの薬なしでは生きられないのよ!」
 不意に、ロザンナの碧眼から涙が溢れた。
(アフロディジカル……!)
 テアは全てを悟った。ロザンナは、アフロディジカルの中毒者ジャンキーとなっていたのだ。

 アフロディジカル。
 銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>が誇る強力な精神改造薬である。
 銀河系に数多くある麻薬の中でも、最も恐れられている<キングス・オブ・ドラッグ>。あらゆる麻薬を凌駕する薬物依存性の強烈さと、凄まじいまでの禁断症状を引き起こす<悪魔の薬>である。末端販売価格は、一グラムで数百万クレジットと言われる。

 アフロディジカルは、二つの作用をもたらす。
 その一つは、強力な催淫効果を有する神経活性薬である。それは老若男女を問わず、急激に性欲を増大させ、また、性感を数倍に増加させるものであった。惑星イリスの最高危険区域MDZでは、ほとんどの売春組織ドリーム・セラーで常備している高級麻薬である。
 そして、もう一つは、潜在ESPを覚醒させ、サイコ・コントロールの強力な触媒として作用する。それを利用して、そのESPを完全にその手中に収めることが出来るのである。

「あの薬を射たれ、男の人に抱かれるときの快感。全てを忘れさせる官能と恍惚……。そして、あれが切れた時に襲ってくる凄まじい恐怖の幻覚……。あなたに想像がつくかしら?」
「ロザンナ……」
 テアは言葉を失った。アフロディジカルの完全な中毒者を元に戻す方法は、現在の医学ではない。

 テア自身も、ハワード伯爵にアフロディジカルを射たれ、凄まじい凌辱を経験させられた。あの薬がもたらす強烈な官能と、壮絶な幻覚……。彼女がそれに耐えることが出来たのは、彼女自身の比類ない精神力と、ジェイ=マキシアンへの愛があったからだ。もしかしたら、DNAアンドロイド二世であることも影響したのかも知れない。
 だが、ロザンナはそれらを一つとして持っていない。そんな彼女が、あの「悪魔の薬」と闘えるはずがなかったのである。

(どうすればいい?)
 テアは自問した。このままでは、ロザンナは確実に廃人になってしまう。
(ESPでは、彼女を治療することは出来ない……)
 体の怪我であれば、ESP治療は可能だ。しかし、崩壊した精神を治療することは不可能である。
(許せない、ハワード伯爵! そして、テュポーン!)
 激烈な怒りが、テアを襲った。まだ二十歳にもならないロザンナに、このような悲劇をもたらした相手を心の底から憎んだ。

「私はハワードを愛してるわ! 彼の片腕を奪ったあなたを、私は許さない!」
 ロザンナの碧眼が、憎悪を映し出した。彼女の全身が、ESP波特有の光彩に包まれた。
「待って、ロザンナ! ハワード伯爵を愛してるですって? そんなもの、愛じゃないわ! あの薬が与えた幻覚よ!」
「うるさいッ! お前を殺すわ!」
 ロザンナの両腕が、高々と掲げられた。その手から、強烈な閃光が発せられる。

(ESPソード?)
 彼女の頭上に、超烈な破壊力を秘めたESPの奔流が形成された。
(ごめんなさい、ロザンナ……)
 テアは手に持っていたESPジャマー・タイプΣのスイッチをオンにした。
 その瞬間、五つのESPジャマー・タイプΣから、凄まじいエネルギーが迸った。不可視の反ESP粒子が、瞬時に衛星ガダルカナルを覆い尽くした。

「ギャアアアァ……!」
 凄まじい絶叫とともに、ロザンナが床に沈み込んだ。彼女が発したESPエネルギーが、マイナスESPに変換され、彼女自身を襲ったのである。
 ロザンナは両手で頭を抑え、のたうち廻った。激しい苦痛のあまり、その美しい顔が苦悶に歪む。

「大丈夫、ロザンナ?」
 テアが彼女に駆け寄り、抱き起こそうとした瞬間……!
「さわらないで、化け物ッ!」
 強い力で、ロザンナがテアの腕を振り払った。
「ロザンナ……?」

「いやああッ! 何かが、私の体を……! やめてぇ……!」
 ロザンナが自分の顔や手足を引っ掻き始めた。金髪を振り乱し、錯乱状態に入る。
「ロザンナッ!」
 テアが驚いて、彼女を抑えようとした。しかし、理性を完全に失ったロザンナは、信じ難い力でテアを殴りつけた。
「ぐッ!」
 左頬を思い切り殴られ、テアが吹っ飛ぶ。

(禁断症状……?)
 ESPジャマーが触媒として作用し、アフロディジカルの効力を消失させたのだろうか。
 ロザンナは着ている物を引き裂くと、全身に爪を立て始めた。美しい姿態が、あっという間に鮮血を噴出する。
(何ていうことを……)
 テアは為す術もなく立ち竦んだ。この禁断症状からロザンナを救う方法は、アフロディジカルを与えることだけであった。

 その時……!
「ハワードの愚か者め! アフロディジカルを射ち過ぎたな……」
 テアの背後から、若い女性の声が響いた。驚いて振り返る。
「……!」
 テアのプルシアン・ブルーの瞳に、五人の男女が映った。
 燃えるような紅い髪を、肩の位置で切りそろえた女性が、黒いスペース・ジャケットに身を包んだ男たちを、左右に二人づつ随えて立っていた。

「ソルジャー=スコーピオン!」
 テアはその女性を見て叫んだ。
 <赤いサソリ>と呼ばれる<テュポーン>のファースト・ファミリーである。そして彼女は、ΣナンバーのESPでさえ無力化する新型ジャマーの影響を受けることなく、テレポートしてきたのだった。
(ESPジャマーが破壊された?)
 テアは一瞬、そう考えた。だが、彼女自身がESPを使えないことから、その考えが誤りであることに気づく。

「そんな、バカな……」
 五基のESPジャマー・タイプΣに覆われるこのガダルカナルに、テレポートしてくる。
(そんな事は、不可能だわ……)
 しかし、現実に彼女の目の前に、ソルジャー=スコーピオンは部下を連れて立っている。
(彼女のESPは、Σナンバー以上ってこと……?)
 凄まじい戦慄が、テアの背筋を舐め上げた。

(せめて、ESPを使えないと話にならないわ……)
 テアはESPジャマーの作動スイッチをオフにしようとした。
 その瞬間、ソルジャー=スコーピオンの瞳が赤光を帯びる。
「……!」
(体が……? 動かない……!)
 テアの全身が、金縛りにあったように拘束された。

「せっかく、ESPを封じていたいのなら、そのままにしてあげるわ」
 ソルジャー=スコーピオンが笑った。彼女は部下の一人に眼で命じると、身動きできないテアの手から、ESPジャマー発信スイッチを奪い取らせた。
「何でジャマーの影響を受けないの?」
 棒立ちの状態で、テアが訊ねる。

「私の能力は、Σナンバー・ランクβ。そして、彼ら四人は何れもAクラス・ランクαのESPよ。この五人が同調シンクロすれば、新型ジャマー五基程度では効果はないわ」
 勝ち誇ったように、ソルジャー=スコーピオンが笑った。
(<テュポーン>には、Aクラス以上のESPがいったい、何人いるの?)
 テアが愕然とした。

 Aクラス・ESPは、GPSに登録されている人数で現在七名である。数万人いる登録ESPのうち、七名しかいないのだ。そのうち、エレナたち二名は、既に殺されていたが……。そして、Σナンバーの能力を持つESPは、テア一人だけである。
 それに対して<テュポーン>には、総統ジュピターを始め、ファースト・ファミリーの全てがΣナンバーだ。その他に、Aクラス・ランクαのESPがここに四人もいる。

「それと、もう一つ教えてあげるわ。私たち<テュポーン>の大幹部は、全てDNAアンドロイドよ。そして、彼らのような戦闘型ESPは、バイオ・ソルジャー・タイプⅣだわ。これは従来のバイオ・ソルジャーに、AクラスのESP能力を与えた人間よ」
「何ですって……!」
 思わず、テアは声を高めた。
(<テュポーン>のファースト・ファミリーが、DNAアンドロイド……?)

 DNAアンドロイドとは、人間の持つDNA遺伝子を特殊操作したクローンの総称であり、その反射速度、運動能力、治癒能力は、成人男性の平均値の十倍以上あった。その上、DNAアンドロイドすべてが、個体差はあるにせよBクラス以上のESPを有している。
 いわば、従来の人類を凌駕する能力を持った新人類であった。テアはそのDNAアンドロイド二世である。

 それに対して、人体強化戦士バイオ・ソルジャーとは、第二次DNA戦争中にDNAアンドロイドに対抗すべく、銀河連邦(GPSの前身)が開発した人間兵器である。簡単に言えば、脳と中枢神経の一部以外を全て人工組織に置き換えた戦闘マシーンだ。
 バイオ・ソルジャーが、従来のサイボーグと決定的に違う点は、人工的に培養された強化細胞を使用し、機械化されていない事だ。それによって、従来のサイボーグにはない圧倒的なスピードとパワー、そして驚異的な治癒能力を有している。

 バイオ・ソルジャーの戦闘能力は、訓練された兵士の数百人分に当たると言われている。彼らは、運動能力、反射速度、筋力の何れをとっても、普通人の数十倍に達する戦闘マシーンであった。今、<テュポーン>は、そのバイオ・ソルジャーにAクラスのESP能力を与えたと言う。
(勝てない……)
 衝撃とも言える戦慄の真っ直中で、テアは思った。

 Aクラス・ESP四人と同調することで、ΣナンバーのESPを数十倍に増幅させている相手に、どうやって勝機を見出せと言うのか。Σナンバーは一人でも、惑星ひとつ丸ごと破壊する能力を持っている。その能力が数十倍に増幅されていれば、太陽系をも消滅させることが可能かも知れない。その上、テアはESPを封じられており、強力なESPで拘束され、身動き一つ出来ないでいる。

「<銀河系最強の魔女>も、為す術がないようね」
 ソルジャー=スコーピオンが、テアに近づきながら言った。
「……」
(絶対に無様なさまは見せない! 敵わないにしろ、最期まで諦めない! 私はジェイの意志を継ぐのよ! 私が諦めたら、<テュポーン>を敵とした彼の意志を否定することになる!)
 テアのプルシアン・ブルーの瞳が、凄まじい光を秘めて、赤いサソリを睨み付けた。

「……! 生意気な眼ね。いいわ。いつまでそんな眼をしていられるか、思い知るがいい!」
 そう言うと、ソルジャー=スコーピオンは両手の平を上に向けた。
「……?」
 彼女の手から、小さな竜巻のようなものが幾つも舞い上がる。
(何……?)

「初めて見るようね。これは大気を高速回転させて、真空を創り出しているの。使い方は……」
 そう告げると、彼女はその竜巻をテアに向けて投げつけた。
「キャアアァ……!」
 無数の真空の刃が、テアの全身を一斉に切り刻んだ。銀色のスペース・スーツが引き裂かれ、鮮血が噴出した。

「あははは……! この通り、ひとつひとつの威力は大したことないけれど、生意気な女を苦しめるには最適なのよ!」
「くッ……」
 美しい全身を血で染めながら、テアがソルジャー=スコーピオンを睨んだ。
(遊んでるわ、この女……!)

「さすが、<銀河系最強の魔女>ね。これだけ、痛めつけられても助けを求めないなんて……。でも、あの時の恨みはこんなもんじゃないわよ!」
「……」
「言いなさい! グローバル大統領を何処に隠したのか!」
 ソルジャー=スコーピオンの瞳に、怒りの炎が燃え上がった。
「私が言うと思って? 彼はこの戦争を止める切り札よ」
 赤いサソリの視線を正面から受け止めながら、テアがニヤリと笑った。
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