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第六章 別離の宴

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 ギルドの一階で昼食をとった後、三人はイーサンが紹介してくれた「黒騎士」に向かった。「黒騎士」は南ロデオ大通りの第三貴族街を抜けて、五タルほど歩くと左手にあった。白地の看板に黒い騎士の上半身が描かれていたため、すぐに分かった。

「イーサンが紹介してくれたわりには、小さい店ね」
 店内に入ると、アルフィが率直な感想を述べた。それを聞きつけた店主が、ジロリとアルフィを睨んだ。
 頭髪を全て刈り上げた坊主頭に、細い眉と釣り上がった目をした狐顔の男だった。その銀色の瞳がダグラスを見て、驚きに見開かれた。

「ダグラス? ダグラスだよな。久しぶりだな」
「アーヴィンか? 何年ぶりだ?」
 アーヴィンと呼ばれた男はカウンターを飛び越してダグラスの元に来ると、両手でダグラスの右手を握りしめた。背はダグラスの肩くらいまでしかなく、ティアとそれほど変わらなかった。痩せて見えるが、かなり鍛えていることはその俊敏な動作からも窺えた。

「知り合い?」
「ああ。俺が冒険者になる前によくつるんでたダチ公だ。アーヴィン、紹介するよ。黒髪がアルフィ、淡紫色の髪がティアだ。今、一緒にパーティを組んでいる」
 昔なじみと会えてうれしそうに、ダグラスがティアたちを紹介した。

「こんな美人を二人も連れ回しやがって。羨ましいぞ。あ、俺はアーヴィン。ダグラスとは昔の悪友だ」
「アルフィです。ダグラスと同じパーティのリーダーよ」
「ティアです。よろしくお願いします」
 アーヴィンが差し出した右手を、アルフィとティアが交互に握り返した。

「今日はイーサンの紹介で来た。剣か刀を見せて欲しい」
「イーサンの? 分かった。使うのはお前か?」
 ダグラスがイーサンの名前を出すと、アーヴィンの表情が引き締まった。イーサンの言うとおり、特別な武器を扱っているようだった。

「いや、このティアだ。普段は刀を使っているから、できればその方がありがたい」
「その腰に差してある刀か? ティアさん、ちょっと見せてもらってもいいかい?」
「ええ、いいですけど重いですよ」
 そう言いながら、ティアは<イルシオン>を鞘ごとアーヴィンに手渡した。両手で<イルシオン>を受け取った瞬間、アーヴィンが驚いたように<イルシオン>とティアを見比べた。

「あんた、見た目と違ってずいぶんと力があるんだな。男でもこんな刀、なかなか扱えないぞ」
「いえ、ちょっと重すぎるんで、軽い刀を探しに来たんです。何か、お勧めはありませんか?」
 ティアが微笑みながら、アーヴィンに言った。まさか、<イルシオン>が持ち主を選ぶ神刀で、選ばれた者は<イルシオン>の重さを感じなくなるなどとは言えるはずもなかった。

「分かった。ちょっと待っててくれ。何本か見繕ってくる」
 そう告げると<イルシオン>をティアに返して、マーヴィンは店の奥に入っていった。
「どんな知り合いなの?」
 アーヴィンがいなくなると、アルフィがダグラスに訊ねた。ティアも興味津々の表情でダグラスの答えを待った。

「俺がスラム街の出身だって言ったことはあったよな? その頃の悪友だ。ガキの頃から、盗みやかっぱらい、恐喝など、殺し以外は何でも一緒にやったよ」
「スラム街……?」
 ダグラスがスラム出身だということは、ティアには初耳だった。皇都と言っても、全ての地域で治安が安定している訳ではないことを、皇族であるティアも聞いたことはあった。だが、子供が犯罪に手を出さなくては生活できないとまでは思ってもみなかった。

「スラムでは、五歳で盗みを覚える。十歳にもなれば、いっぱしの悪党だ。女は売春さえ始める。マーヴィンや俺だけじゃなく、イーサンもスラムの出身だ」
「イーサンも?」
 ヘテロクロミアの瞳が驚きに見開かれた。まさか、グランド・ギルドマスターのイーサンがスラム出身だとは考えもしなかった。
「まあ、機会があったら、そのうちに詳しい話をするよ。そろそろアーヴィンが戻ってきそうだからな」
 ダグラスがそう告げると、ちょうどアーヴィンが三本の刀を抱えながら店の奥から戻ってきた。

「今ある中では、この三本がお勧めだ。ティアさん、試し切りしてみるかい?」
「はい、ぜひ……」
 買う前に試し切りをさせてくれる武器屋など、ティアは聞いたことがなかった。もし、客の腕が悪ければ、すぐに刃こぼれしてしまうからだ。その考えを読んだように、アーヴィンが笑いながら告げた。

「あのイーサンが、試し切りも出来ないような剣士を俺に紹介するわけがないだろう? 気にせずに思う存分やってくれ」
「はい、ありがとうございます」
「地下に試し切り台がある。ついてきてくれ」
 そう告げると、アーヴィンは刀を持ったまま店の左奥にある階段を降りていった。ティアたちは顔を見合わせると、アーヴィンの後に続いて階段を降り始めた。

 地下室は意外と広かった。一階の店舗の倍以上の広さがあり、中央の試し切り台にはイグサが立っていた。
「好きな刀から試していいぞ」
 そう告げると、アーヴィンは簡易机の上に三本の刀を並べた。ティアは一本ずつ手に取って、重さと感触を確かめた。

 一本目は、ティアには重すぎた。<イルシオン>を持つ前に皇室で愛用していた剣と比べても、遥かに重かった。握った感触もどことなく違和感があった。持ち手と刀身との兼ね合いが気になるのだ。

 ティアは二本目の刀を持った。持った感じも手に馴染み、鞘も白地で美しかった。抜刀すると、<イルシオン>に似た形の白銀の刀身をしていた。長さも重さもちょうどよかった。

 三本目は論外だった。ティアはその刀を握った瞬間、手を離した。
(これ、魔刀だわ。何らかの魔法がかけられている。ラインハルト様にも神剣や魔剣は使うなと言われていたし、やめておこう)

「この二本目の刀を試させてください」
 そう告げると、ティアは抜刀し、鞘を簡易机の上に置いた。右手で刀を持ち、試し切り台に向かって歩いた。試し切り台の横まで来ると、ティアは何度か刀を振ってみた。上段から振り下ろし、左下から逆袈裟、右上から袈裟懸け、左からの水平斬りと流れるような動作で刀を振った。
(<イルシオン>ほどではないけど、問題なく手に馴染むわ)

 ティアは試し切り台の前に立ち、両手で刀を右上段に構えると袈裟懸けを放った。だが、試し切り台の上のイグサは、微動だにしなかった。そして、ティアが残心の血振りをした瞬間、イグサが斜めに斬り落ちた。
「凄い腕だな……」
 一連のティアの動きを見ていたアーヴィンが、驚いたように目を瞠りながら告げた。

「さすがに、イーサンが紹介するだけある。あんた、冒険者クラスは?」
「一応、剣士クラスSです」
 ついさっき昇格したばかりのクラスを告げることに、ティアは気恥ずかしさを覚えた。
「すげぇな、その若さでクラスSか?」
「なったばかりですが……」
 照れ笑いを浮かべながら、ティアがアルフィたちの顔を見た。二人ともニヤリと笑いを浮かべていた。

「この刀について、教えてください」
 簡易机に戻り、納刀した刀を机の上に置くとティアがアーヴィンに訊ねた。
「その刀の銘は<紫苑>。三百年前の名刀匠アーヴルの作だ。当時のユピテル皇国銀龍騎士団の団長オーディン=フォン=ロイエンタール大公が愛用していたと伝えられている」
「ロイエンタール大公家ゆかりの名刀なんですか! そんなものが何で市場に?」
 驚きのあまり、ティアが思わず叫んだ。アーヴィンの言葉が本当であれば、ロイエンタール大公家にとって家宝にも等しいものだ。簡単に市場に出てよいものでは決してなかった。

「詳しい経緯は俺も知らない。三百年も前のことだからな。だが、現実としてそれは俺の店にある。由緒書きもきちんとあるから、本物であることは間違いない」
 由緒書きまで存在すると言うことは、アーヴィンの言うとおり間違いなく本物であることの証明だった。そうであるのなら、いつかスカーレットに見せて判断を仰ごうと思い、ティアはこの刀を購入することに決めた。名前も自分に付けられた『紫音』と同じ音の<紫苑>だということも気に入った理由の一つだった。

「この刀を買います。おいくらですか?」
「本来なら白金貨三千枚だが、イーサンの紹介だ。白金貨二千八百枚にまけておこう」
「に、二千八百枚……」
 アーヴィンが告げた金額に、ティアは言葉を失った。それは、庶民の生涯収入よりも遥かに高額だった。たぶん、大貴族の屋敷が建つほどの金額だ。

「アーヴィン、冗談だよな? そんな金額払えると思ってるのか?」
 ダグラスが思わずアーヴィンに詰め寄った。
「冗談なものか? ちなみに他の二本も同じくらいだ。最初の刀は白金貨二千枚、最後の刀は白金貨四千枚だ。謂れからすれば、相応の金額だぞ」
「白金貨四千枚って……あの魔刀がですか?」
 ティアの言葉を聞いて、アーヴィンがニヤリと笑った。

「やっぱり気づいていたか。あの魔刀は<滅魔>という銘で、刀身に破邪の炎を纏うことができると言われている。もっとも、持ち手の能力がなければ単なる普通の刀だがな」
「うさんくさいわね」
 黙って話を聞いていたアルフィが、文字通り一刀両断した。

「なんだと!」
「イーサンの紹介する武器屋だからわざわざ足を運んだけど、刀一本が貴族の屋敷より高いなんて、常識外れもいいとこだわ。ティア、帰りましょう」
「え、でも……」
 簡易机の上にある<紫苑>を見ながら、ティアは言葉を濁した。白金貨二千八百枚というのは納得できないが、<紫苑>はかなり気に入っていた。できれば、自分の愛刀にしたかった。

「まあまあ、アルフィ、実際に金を払うのは俺たちじゃないぞ。老師が払ってくれるって言ったんだ。二千八百枚でも俺たちの懐は痛まないさ」
「そう言えば、そうね。後で老師に文句を言われるのはあたしじゃないし……。ティア、どうせ文句言われるなら、好きなの買ったら?」
 ダグラスの言葉に納得すると、アルフィがニヤリと笑いながらティアに告げた。

「アルフィ、ラインハルト様って怒ったらすごく怖そうなんだけど……」
「大丈夫よ。あのご老人、若い女には甘いから。怒られるのは、イーサンよ」
「確かに……。心配するな、ティア。アルフィの言うとおりだ。好きなのを買っておけ」
 ダグラスもアルフィの意見に頷いて、笑いながらティアに告げた。その横で、アーヴィンが血相を変えて訊ねた。

「お、おい、ダグラス。この代金って、あの剣聖ラインハルトが払うのか?」
「ああ。そこのティアが剣聖の弟子なんだ」
 その言葉に、アーヴィンが顔を引き攣らせた。
「そ、それなら話が違う。あの剣聖を怒らせたら命がいくつあっても足りねえ。分かった、半額でいい。三千の半額の千五百でどうだ?」

「老師って若い女には甘いけど、男にはすごく厳しいのよね。さっきもイーサンがビビりまくってたっけ?」
「わ、分かった。千だ。千でいい。これ以上は勘弁してくれ」
 今にも泣きそうなアーヴィンの声を聞き、アルフィは満足そうに微笑んだ。

「よかったわね、ティア。<紫苑>を安く手に入れられたわよ。白金貨千枚なら、たぶん老師も文句言わないわ」
「アルフィ……」
 最初から値切るつもりだったことに気づき、ティアは呆れたようにアルフィを見つめた。だが、実際に<紫苑>を手に入れられたことは、アルフィのおかげでもあった。

「ありがと、アルフィ。やっぱり、頼りになるわ」
「うふふ、可愛いティアのためだものね。じゃあ、アーヴィンさん、支払は老師に廻してね。<紫苑>はこのままもらっていくわ。由緒書きはイーサンに送っておいて」
 してやられたと悟り、アーヴィンは大きなため息をつくと、ダグラスを見上げて言った。

「美人二人に囲まれて羨ましいって言葉、取り消すよ。がんばってくれ……」
 力なく告げられたアーヴィンの言葉に、ダグラスも大きなため息をついた。
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