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第一章 理想は遙か遠くにありて
第2話 北部軍着任
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かつて、全土が戦火に見舞われたアルシリア大陸。その内陸にヴェレリア王国はある。
戦火は後に「幻遊戦争」と名付けられた。そして、その戦いで活躍した聖戦士の一人である「光の剣聖」の末裔が治める国、それがヴェレリア王国である。
ここはその中でも北部地域と呼ばれる土地だ。王都ヴァレオが存在する中央まで続く道を険しい山脈に阻まれている、陸の孤島である。
「新人諸君、ようこそ我が北部軍へ。私の名はオットマー、この軍の司令官である」
北部地域を軍事的に治める拠点、ダーボン城の主であるオットマーは厳しい口調で新兵を鼓舞する。
「君達も知っての通り、この北部は最も争いが絶えない地だ。軍人冥利に尽きるな、もう明日にでも戦いが待っているぞ」
直立不動の新兵達を前に、オットマーは自らの武勇を語る。野盗、山賊、敵対民族の蜂起、隣接国家からの武力介入。まるで自分が吟遊詩人にでもなったかのように、きらびやかに歌い上げた。一切の淀みなく、高らかに。
(……さすがにそれは一人では無理だろうね。しかも、直接指揮もしていない。下手すると、命令すらしていないんじゃないかな)
だが、その武勇伝の中に明らかな嘘が混じっていることを紫の瞳は見抜いていた。
いや、彼の中では嘘ではないのだろう。オットマーは自分が築き上げたものなのだと本気で信じている。ああ、この人は部下の手柄を本当に自分のものと考えてしまう人なのだ、と。新兵達の中で一際目立つ銀髪の少年は、そう初対面の上官を値踏みした。
「この中に中央の士官学校を出たものがいるらしいが」
オットマーの口調が明らかに変化する。自分に向けられていた視線の意味には気づいていないだろうが、明らかに苛立っていた。
何をそんなに気になることがあるのか。紫の瞳が一瞬鋭い眼光を見せると、その光とオットマーの視線が交錯した。
(もしかして、僕か。まぁ、そうだろうね)
中央の士官学校出、という条件を持つ新兵は数少ない。自分と目があったのは、そういうことなのだろうなと少年は思う。
「中央にいながら、こんな辺境にまでわざわざご苦労なことだ。その真意は私には分からないし、知りたくもない。だがな」
オットマーは口元を歪めた。正直に言ってしまえば、相対する相手はその評定を見て、決して良い思いにはならないだろう。そんな、下衆な表情だ。
「ここなら楽ができる、なんて思っていたら大間違いだ。そんな甘えん坊は、すぐ母親のもとへ帰ったほうがいいだろう。暖かい家で、ママのミルクが待ってるぞ」
ジョークと受け取ったのか、一部の兵から乾いた笑いが起こる。その様子をオットマーがじろりと一瞥すると、一気に空気が冷えた。
「以上だ。さきほど割り当てられた部屋に向かえ。上官が今後のことを説明するだろう。分かったな」
新兵は、オットマーの問いに乱れのない敬礼で応える。その様子に、彼は満足げに頷くのであった。
「ずいぶん、初っ端から嫌われたものだな」
部屋の片隅で黒髪の剣士、アゼルは壁に背中を預けていた。
その両手は頭の後ろに行ったり、ただぶらぶらさせてみたり、落ち着きがない。元来、待つということを苦手にしている彼にとっては退屈な時間なのだろう。
それでも、いざとなったら剣が抜けるように周囲に気を配っているのは流石だと感じる。
「誰が、誰に、だい? アゼル」
「おまえが、ここの大将に、だよ。シルク」
シルクと呼ばれた少年は、その紫の瞳にいたずらな輝きを宿した。こういった表情はとても年相応で好ましいものだが、彼は普段あまり見せようとしない。
シルクが緩んだ表情を見せてくれること、それがアゼルには嬉しく感じた。
「中央の士官学校出身、だったら君もじゃないか」
「いやー、俺は結局卒業諦めた人間ですからね」
アゼルは自嘲気味に笑っている。
(君はいつもそんな態度をとる)
それでもシルクは解っていた。彼が士官学校を止めたのは、自分に要因があることを。
シルクの挑むかのような視線に気づき、目をそらしつつアゼルは続ける。
「これ以上、座学は辛かったし。早く実戦に出たかったしな。ほら、俺って戦場で輝く人種だし」
アゼルはもう一度笑ったが、明らかに照れ隠しだった。そんな彼に諦め顔でシルクは続ける。
「君が言いたくないんなら、それはそれで良いんだけどね」
シルクはわざと視線をそらした。お言葉に甘えて、この話は終わりにしようとアゼルは一息つく。
聡明なシルクのことだ、ほぼ確定的な答えを得ていることが想像できる。だが、面と向かって話せば恥ずかしさが勝るので勘弁してほしいとアゼルは思う。
(まぁ、裏切ったりはしないから安心しなよ。俺の大将さん)
アゼルは己を蝕む劣等感という感情と戦っていた時期にシルクと出会った。
生まれの良さを語らずも感じさせる銀糸のような髪。何でも見透かしてくるかのような深い色をした紫の眼。本人は今も気にしているが決して太くならない華奢な体躯に、女性と見間違うかのような顔立ち。
そんな彼が、アゼルと同じように先の見えない泥の中を藻掻いていた。
何でそこまで、と他人ながらに思う間にシルクは駆け抜けていく。ただ一本、自分の中に真っ直ぐ通った芯を信じて。
(出世するよりも、こいつと一緒の道をいった方が面白いかも。とか、思っちゃったんだよなー)
そんなアゼルの思考は、ドアをノックする音で遮られた。
「いやー、すまんすまん。遅れてしまった」
扉から現れたのは豊かな髭を蓄えたご老人だ。年齢の割に茶目っ気のある言い回しで登場した彼に、二人は立ち上がった状態で固まっている。
状況から考えて答えは一つしかないのだが、我慢できなかったアゼルが口に出した。
「え、まさか、この爺さんが俺たちの上官なのか」
「こら、アゼル」
シルクが諌めるがすでに遅い。老人はアゼルの目前までやってくると、何度か頷いたのちに口を開いた。
「お前がアゼルか。なるほど、見た目の通り単純な奴っぽいな」
「あん? 」
老人の辛辣な言葉に、アゼルは眉根を寄せた。
アゼルにだって上下関係は身についている。身についているのだが、この老人はそういった壁を感じさせないためにアゼルの心情が素直に外に出てしまうのだ。
間に挟まれたシルクは冷や汗をかきながらも、老人の振る舞いに感心していた。
「だが、その目は良い。己だけでなく、味方も含めて生き残ろうとする。良い遊撃隊の長となるだろうさ」
「お、おう」
寄せた眉を戻す余裕もなく、褒められたアゼルは微妙な表情をみせた。
「私の名はラドーア。見ての通りの老兵だが、老いたからこそ伝えられるものがある。しばしの間だが、お前たちの教育係だ。よろしくな」
にかっ、と笑った彼が差し出した手をシルクは握った。その手が、老人とは思えないほどに強く握られる。
予想してなかった痛みに顔をしかめたシルクを、ラドーアは真剣な眼差しで見つめていた。
「なるほど。身分を捨て、家を飛び出て、軍人になる。そんな、大それたことをする奴も初めての任官は不安か」
「!? 」
ラドーアの言葉にぐっと息を飲む。次の瞬間、また笑顔に戻った彼はシルクの手を上下にぶんぶんと振り回す。そして、思い切り上に振り上げたところで離された。バランスを崩して転倒しそうになる。
「気負うな。気負うな。結局、人生なるようにしかならんものさ。後々、自分の選択は正しかったのか悩むことはあろうが、それも一種のスパイスじゃな」
そんなシルクの姿を笑いつつ、ラドーアは椅子のところへと歩いていく。その姿を呆然と見送るシルクとアゼル。
離された手が、赤く染まっている。じんじんとした痛みが広がってくるが、不快なものではなかった。
戦火は後に「幻遊戦争」と名付けられた。そして、その戦いで活躍した聖戦士の一人である「光の剣聖」の末裔が治める国、それがヴェレリア王国である。
ここはその中でも北部地域と呼ばれる土地だ。王都ヴァレオが存在する中央まで続く道を険しい山脈に阻まれている、陸の孤島である。
「新人諸君、ようこそ我が北部軍へ。私の名はオットマー、この軍の司令官である」
北部地域を軍事的に治める拠点、ダーボン城の主であるオットマーは厳しい口調で新兵を鼓舞する。
「君達も知っての通り、この北部は最も争いが絶えない地だ。軍人冥利に尽きるな、もう明日にでも戦いが待っているぞ」
直立不動の新兵達を前に、オットマーは自らの武勇を語る。野盗、山賊、敵対民族の蜂起、隣接国家からの武力介入。まるで自分が吟遊詩人にでもなったかのように、きらびやかに歌い上げた。一切の淀みなく、高らかに。
(……さすがにそれは一人では無理だろうね。しかも、直接指揮もしていない。下手すると、命令すらしていないんじゃないかな)
だが、その武勇伝の中に明らかな嘘が混じっていることを紫の瞳は見抜いていた。
いや、彼の中では嘘ではないのだろう。オットマーは自分が築き上げたものなのだと本気で信じている。ああ、この人は部下の手柄を本当に自分のものと考えてしまう人なのだ、と。新兵達の中で一際目立つ銀髪の少年は、そう初対面の上官を値踏みした。
「この中に中央の士官学校を出たものがいるらしいが」
オットマーの口調が明らかに変化する。自分に向けられていた視線の意味には気づいていないだろうが、明らかに苛立っていた。
何をそんなに気になることがあるのか。紫の瞳が一瞬鋭い眼光を見せると、その光とオットマーの視線が交錯した。
(もしかして、僕か。まぁ、そうだろうね)
中央の士官学校出、という条件を持つ新兵は数少ない。自分と目があったのは、そういうことなのだろうなと少年は思う。
「中央にいながら、こんな辺境にまでわざわざご苦労なことだ。その真意は私には分からないし、知りたくもない。だがな」
オットマーは口元を歪めた。正直に言ってしまえば、相対する相手はその評定を見て、決して良い思いにはならないだろう。そんな、下衆な表情だ。
「ここなら楽ができる、なんて思っていたら大間違いだ。そんな甘えん坊は、すぐ母親のもとへ帰ったほうがいいだろう。暖かい家で、ママのミルクが待ってるぞ」
ジョークと受け取ったのか、一部の兵から乾いた笑いが起こる。その様子をオットマーがじろりと一瞥すると、一気に空気が冷えた。
「以上だ。さきほど割り当てられた部屋に向かえ。上官が今後のことを説明するだろう。分かったな」
新兵は、オットマーの問いに乱れのない敬礼で応える。その様子に、彼は満足げに頷くのであった。
「ずいぶん、初っ端から嫌われたものだな」
部屋の片隅で黒髪の剣士、アゼルは壁に背中を預けていた。
その両手は頭の後ろに行ったり、ただぶらぶらさせてみたり、落ち着きがない。元来、待つということを苦手にしている彼にとっては退屈な時間なのだろう。
それでも、いざとなったら剣が抜けるように周囲に気を配っているのは流石だと感じる。
「誰が、誰に、だい? アゼル」
「おまえが、ここの大将に、だよ。シルク」
シルクと呼ばれた少年は、その紫の瞳にいたずらな輝きを宿した。こういった表情はとても年相応で好ましいものだが、彼は普段あまり見せようとしない。
シルクが緩んだ表情を見せてくれること、それがアゼルには嬉しく感じた。
「中央の士官学校出身、だったら君もじゃないか」
「いやー、俺は結局卒業諦めた人間ですからね」
アゼルは自嘲気味に笑っている。
(君はいつもそんな態度をとる)
それでもシルクは解っていた。彼が士官学校を止めたのは、自分に要因があることを。
シルクの挑むかのような視線に気づき、目をそらしつつアゼルは続ける。
「これ以上、座学は辛かったし。早く実戦に出たかったしな。ほら、俺って戦場で輝く人種だし」
アゼルはもう一度笑ったが、明らかに照れ隠しだった。そんな彼に諦め顔でシルクは続ける。
「君が言いたくないんなら、それはそれで良いんだけどね」
シルクはわざと視線をそらした。お言葉に甘えて、この話は終わりにしようとアゼルは一息つく。
聡明なシルクのことだ、ほぼ確定的な答えを得ていることが想像できる。だが、面と向かって話せば恥ずかしさが勝るので勘弁してほしいとアゼルは思う。
(まぁ、裏切ったりはしないから安心しなよ。俺の大将さん)
アゼルは己を蝕む劣等感という感情と戦っていた時期にシルクと出会った。
生まれの良さを語らずも感じさせる銀糸のような髪。何でも見透かしてくるかのような深い色をした紫の眼。本人は今も気にしているが決して太くならない華奢な体躯に、女性と見間違うかのような顔立ち。
そんな彼が、アゼルと同じように先の見えない泥の中を藻掻いていた。
何でそこまで、と他人ながらに思う間にシルクは駆け抜けていく。ただ一本、自分の中に真っ直ぐ通った芯を信じて。
(出世するよりも、こいつと一緒の道をいった方が面白いかも。とか、思っちゃったんだよなー)
そんなアゼルの思考は、ドアをノックする音で遮られた。
「いやー、すまんすまん。遅れてしまった」
扉から現れたのは豊かな髭を蓄えたご老人だ。年齢の割に茶目っ気のある言い回しで登場した彼に、二人は立ち上がった状態で固まっている。
状況から考えて答えは一つしかないのだが、我慢できなかったアゼルが口に出した。
「え、まさか、この爺さんが俺たちの上官なのか」
「こら、アゼル」
シルクが諌めるがすでに遅い。老人はアゼルの目前までやってくると、何度か頷いたのちに口を開いた。
「お前がアゼルか。なるほど、見た目の通り単純な奴っぽいな」
「あん? 」
老人の辛辣な言葉に、アゼルは眉根を寄せた。
アゼルにだって上下関係は身についている。身についているのだが、この老人はそういった壁を感じさせないためにアゼルの心情が素直に外に出てしまうのだ。
間に挟まれたシルクは冷や汗をかきながらも、老人の振る舞いに感心していた。
「だが、その目は良い。己だけでなく、味方も含めて生き残ろうとする。良い遊撃隊の長となるだろうさ」
「お、おう」
寄せた眉を戻す余裕もなく、褒められたアゼルは微妙な表情をみせた。
「私の名はラドーア。見ての通りの老兵だが、老いたからこそ伝えられるものがある。しばしの間だが、お前たちの教育係だ。よろしくな」
にかっ、と笑った彼が差し出した手をシルクは握った。その手が、老人とは思えないほどに強く握られる。
予想してなかった痛みに顔をしかめたシルクを、ラドーアは真剣な眼差しで見つめていた。
「なるほど。身分を捨て、家を飛び出て、軍人になる。そんな、大それたことをする奴も初めての任官は不安か」
「!? 」
ラドーアの言葉にぐっと息を飲む。次の瞬間、また笑顔に戻った彼はシルクの手を上下にぶんぶんと振り回す。そして、思い切り上に振り上げたところで離された。バランスを崩して転倒しそうになる。
「気負うな。気負うな。結局、人生なるようにしかならんものさ。後々、自分の選択は正しかったのか悩むことはあろうが、それも一種のスパイスじゃな」
そんなシルクの姿を笑いつつ、ラドーアは椅子のところへと歩いていく。その姿を呆然と見送るシルクとアゼル。
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