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第一章 理想は遙か遠くにありて
第5話 星空の下
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(飢えると人って、ほんと単純になるんだなー。夏の虫ですら、こうもたやすく火に飛び込んでこねーぞ)
視界の片隅で木に縛り付けられている「虫」に、多少の哀れみを感じつつ、アゼルは視線を落とす。
「村の全景がこうだとすれば……ジャック、君はどうすればいいと思う? 僕は、まずここをおさえるべきだと……」
眼下ではシルクが熱弁を奮っている。すっかり日が落ちた中、ランプの揺らぐ炎が彼の銀糸のような髪を照らし出していた。
地面に置いた布を簡易的な地図代わりに、石ころを駒代わりにして、シルクは俯瞰で見下ろすように戦場を描いていく。彼の手と口が動くたびに、世界が広がっていった。担当者が持ち寄った情報の端切れが一枚の絵になっていくのは見事としか言いようがない。
それは、シルクの指揮官として有能である特性の一つだ。数少ない情報を、確実なものへと繋げ、他のものに分かりやすく伝達する。
彼を取り囲んだ仲間がシルクの一言一言に頷いている。皆、腹を括ったのか道中に見せていた緊張は薄まっていた。
いきなり命を獲ることにためらいのない連中を相手にするのだ。生き死にのやりとりの緊張感だけは、並の訓練では体験することができない。
各々の事情はあれ、軍人を志した者達だから時間をかければ適応していったのだろう。ただ、急遽つくられた部隊、初陣ばかりの人選でここまで落ち着かせられるのは、シルクの力量あってのことだ。
頭が切れて、人柄が良いだけではない。外から見ているだけでは分からない部分がある、内部の人間の話が聞きたい、だったら「じゃあ、僕が囮になろう」と自ら矢面に出ていく指揮官だ。士気は否が応でも上がっていく。
だからこそ、だ。
「武功は焦らなくていい。君の役割は『逃がす』ことだ。敵を倒すだけが、手柄じゃない。名声は、後からついてくるよ」
「……は、はい」
先程から相手の返事が一拍遅れていることを、聡明なシルクがなぜ気づかないのかとアゼルは首を傾げる。
「初撃は焦らず、ぎりぎりまで引きつけて。外して会敵すれば、相手も死に物狂い。そうなったら、まずは生き残ることを第一に。逃げ道なく突っ込むのは勇敢ではなく、無謀だからね」
「……おう」
ここまであからさまに、シルクに対して変な応答をしているというのに、やはりシルクは気づかずに次の者へと視線を変える。そして、シルクと目が合った者が微妙な顔をしては、引き締めようと表情筋に力を込める。その繰り返しだ。
おそらく、シルク自身も気づいていないだろうが彼も緊張しているのだろう。
この場にいる誰よりもシルクとの時間が長い友人は、そう結論づけて一人口端を歪めた。シルクには失礼だが、嬉しいのだから仕方ないとアゼルは思う。
アゼルはシルクを認めているからこそ、自分が彼より勝っているところを見つけると気分がよくなるのだ。
話が一段落しそうなところで、アゼルはシルクの肩を突っついた。
「アゼル、君には申し訳ないけど」
シルクが振り返った時、アゼルは思わず吹き出しそうになった。せっかく皆が我慢しているところを決壊させては申し訳ない。アゼルは咄嗟にごまかしも兼ねて、シルクの言葉を遮る。
「見張りへの楔だろ。派手にやってくるさ。目立てば目立つだけ、よさそうだ」
「その通り、さすがだね」
「伊達にシルクと机上戦を重ねたわけじゃないからな。おまえの考えてることは理解してる」
アゼルはシルクの策で一番危険度の高い配置を指差した。自惚れではなく、客観的な視点を持って、そこを突破できるのは自分しかいないとアゼルは思っていた。
「そのまま中央の広場まで押し込んでほしいんだけど、いけるかい?」
「村人気にしなくていいんだろ? いける、いける。相手に容赦がいらないなら、油断もないしな」
話によると、村人達は村の外れに位置する教会に集められているらしい。アゼルの突入で敵を引きつけることができれば、比較的容易に確保することができるだろう。
シルクは自身に満ちたアゼルの表情に満面の笑みで頷いた。
「よし、じゃあ合図は決めたとおりに」
「シルク、一ついいか」
気合を入れて初陣に向かおうとしたシルクをアゼルは呼び止める。アゼルの顔がにやけているのに、シルクは眉根を寄せた。
彼が、こういう表情をしている時は自分にとってよくない時だということをシルクはよく知っている。
(ようやく気付いたか)
アゼルはずっと笑っていたのだが、シルクは初めてそこで気になったのだ。アゼルはニヤケ顔を隠すことなく、シルクに告げる。
「ずいぶんと艶っぽい顔してるが、いいのか? 紅落とさなくても」
「……よくない」
シルクは囮になる時に使った化粧そのままで軍議を開いていた。結局、シルクは指摘されるまで気づかなかった。周りの人間はどう反応していいか分からず、明らかに戸惑っていたと言うのに。
「いや、でも有効だから女装を戦略に取り入れたんだろ。相手が油断するかもしれないし、いいんじゃないか? 」
「……だから、よくないって」
アゼルのからかいに、むすっとした表情を返すシルク。そんな彼に、内心アゼルは安堵を覚えていた。
やはり、シルクは平常ではなかった。それが確信できたのと同時に、異常ではなくなったことを感じ取り、アゼルは安心した。
願わくば、彼と自分達の第一歩が明るいものになるように。
アゼルは天の星に想いを託し、腰の剣を一度強く握りしめたのであった。
視界の片隅で木に縛り付けられている「虫」に、多少の哀れみを感じつつ、アゼルは視線を落とす。
「村の全景がこうだとすれば……ジャック、君はどうすればいいと思う? 僕は、まずここをおさえるべきだと……」
眼下ではシルクが熱弁を奮っている。すっかり日が落ちた中、ランプの揺らぐ炎が彼の銀糸のような髪を照らし出していた。
地面に置いた布を簡易的な地図代わりに、石ころを駒代わりにして、シルクは俯瞰で見下ろすように戦場を描いていく。彼の手と口が動くたびに、世界が広がっていった。担当者が持ち寄った情報の端切れが一枚の絵になっていくのは見事としか言いようがない。
それは、シルクの指揮官として有能である特性の一つだ。数少ない情報を、確実なものへと繋げ、他のものに分かりやすく伝達する。
彼を取り囲んだ仲間がシルクの一言一言に頷いている。皆、腹を括ったのか道中に見せていた緊張は薄まっていた。
いきなり命を獲ることにためらいのない連中を相手にするのだ。生き死にのやりとりの緊張感だけは、並の訓練では体験することができない。
各々の事情はあれ、軍人を志した者達だから時間をかければ適応していったのだろう。ただ、急遽つくられた部隊、初陣ばかりの人選でここまで落ち着かせられるのは、シルクの力量あってのことだ。
頭が切れて、人柄が良いだけではない。外から見ているだけでは分からない部分がある、内部の人間の話が聞きたい、だったら「じゃあ、僕が囮になろう」と自ら矢面に出ていく指揮官だ。士気は否が応でも上がっていく。
だからこそ、だ。
「武功は焦らなくていい。君の役割は『逃がす』ことだ。敵を倒すだけが、手柄じゃない。名声は、後からついてくるよ」
「……は、はい」
先程から相手の返事が一拍遅れていることを、聡明なシルクがなぜ気づかないのかとアゼルは首を傾げる。
「初撃は焦らず、ぎりぎりまで引きつけて。外して会敵すれば、相手も死に物狂い。そうなったら、まずは生き残ることを第一に。逃げ道なく突っ込むのは勇敢ではなく、無謀だからね」
「……おう」
ここまであからさまに、シルクに対して変な応答をしているというのに、やはりシルクは気づかずに次の者へと視線を変える。そして、シルクと目が合った者が微妙な顔をしては、引き締めようと表情筋に力を込める。その繰り返しだ。
おそらく、シルク自身も気づいていないだろうが彼も緊張しているのだろう。
この場にいる誰よりもシルクとの時間が長い友人は、そう結論づけて一人口端を歪めた。シルクには失礼だが、嬉しいのだから仕方ないとアゼルは思う。
アゼルはシルクを認めているからこそ、自分が彼より勝っているところを見つけると気分がよくなるのだ。
話が一段落しそうなところで、アゼルはシルクの肩を突っついた。
「アゼル、君には申し訳ないけど」
シルクが振り返った時、アゼルは思わず吹き出しそうになった。せっかく皆が我慢しているところを決壊させては申し訳ない。アゼルは咄嗟にごまかしも兼ねて、シルクの言葉を遮る。
「見張りへの楔だろ。派手にやってくるさ。目立てば目立つだけ、よさそうだ」
「その通り、さすがだね」
「伊達にシルクと机上戦を重ねたわけじゃないからな。おまえの考えてることは理解してる」
アゼルはシルクの策で一番危険度の高い配置を指差した。自惚れではなく、客観的な視点を持って、そこを突破できるのは自分しかいないとアゼルは思っていた。
「そのまま中央の広場まで押し込んでほしいんだけど、いけるかい?」
「村人気にしなくていいんだろ? いける、いける。相手に容赦がいらないなら、油断もないしな」
話によると、村人達は村の外れに位置する教会に集められているらしい。アゼルの突入で敵を引きつけることができれば、比較的容易に確保することができるだろう。
シルクは自身に満ちたアゼルの表情に満面の笑みで頷いた。
「よし、じゃあ合図は決めたとおりに」
「シルク、一ついいか」
気合を入れて初陣に向かおうとしたシルクをアゼルは呼び止める。アゼルの顔がにやけているのに、シルクは眉根を寄せた。
彼が、こういう表情をしている時は自分にとってよくない時だということをシルクはよく知っている。
(ようやく気付いたか)
アゼルはずっと笑っていたのだが、シルクは初めてそこで気になったのだ。アゼルはニヤケ顔を隠すことなく、シルクに告げる。
「ずいぶんと艶っぽい顔してるが、いいのか? 紅落とさなくても」
「……よくない」
シルクは囮になる時に使った化粧そのままで軍議を開いていた。結局、シルクは指摘されるまで気づかなかった。周りの人間はどう反応していいか分からず、明らかに戸惑っていたと言うのに。
「いや、でも有効だから女装を戦略に取り入れたんだろ。相手が油断するかもしれないし、いいんじゃないか? 」
「……だから、よくないって」
アゼルのからかいに、むすっとした表情を返すシルク。そんな彼に、内心アゼルは安堵を覚えていた。
やはり、シルクは平常ではなかった。それが確信できたのと同時に、異常ではなくなったことを感じ取り、アゼルは安心した。
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