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第二章 己が信じる道の果てには
第18話 戦乙女の槍
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炎の如き輝きを放つ瞳。その視線が、遥か彼方にまで突き刺さっている。
「親父に言われて来てみたけど……なんだ、そんな慌てるような数じゃないよ」
この言葉は虚勢だ。彼女にだって分かっている。
父の策では、本来あり得なかった敵の進軍だ。たとえ、数は少なくとも油断できる事態でない。
「ふぅ。とにかく、落ち着いてっと」
慌てて登った高台は不安定だ。一度、足下を確かめて息を吐く。肩まで入ってしまっている力を抜くためだ。思いのほか、緊張しているようで槍を握る手が汗ばんでいる。
「情けない。今からこれじゃあ、本番が思いやられる」
そう言い放った後、再び少女は目をこらした。
「……なんか、相手の年齢層低くない?」
彼女の目はまるで鷹のように遠くを見通すことができる。豆粒みたいな影であっても、少女にとっては目と鼻の先だ。敵の表情まで読み取ることができる。
その顔に浮かぶのは自信の色だ。相手は相手で、やる気は十分の様子。
(いいじゃん、そっちがその気なら容赦はしないよ)
恐らく父の拠点に向かっているのだろうと彼女は判断する。そうはさせない、と少女の意気は上がる。ここまでやってこれたのだ、最後の最後でヘマをしたくない。
握った槍に力をこめる。すると、その一団に気になる者の姿を少女は見つけた。
「あいつ」
思わず、奥歯を噛みしめる。その、ヴェレリア王国には珍しい黒髪に、彼女は覚えがあった。
それはエンブル砦を攻めている時だ。一人、敵側に異質な動きを見せる男がいた。それはヴェレリア王国の軍人らしからぬ、どちらかと言えばアルテの戦士に近い立ち回り。混乱する戦場を、軽やかに駆け抜けていった。
狩りをする獣の如く縦横無尽に走り回る、そんな姿。偵察で一度、二度見ただけであるが彼女の心に焼き付いていた。
叔父の命令で戦闘への参加ができなかったのが彼女には心残りだった。そして、その心残りの中には彼と対峙できなかったことも含まれている。
彼女の周囲にはいない、同年代の才ある戦士。そんな彼が、少女の護る場所へと近づいていく。
彼女の体は震えた。不安からではない。強敵に相対するための準備を、体が整えてくれているのだ。
「へぇ、面白いじゃん。逃した獲物が、向こうからやってきたよ」
王国軍の襲撃。味方にとっては、この上なく危ない場面だと言うのに、彼女は高揚が抑えきれない。槍を握る力は更に強くなる。
もう、その手に汗はない。あるのは、心に燃え上がる戦士の意志。
「まずは報告しないとね。そのあとは」
にやりと笑って、少女は高台を降りた。
ごつごつとした岩場を重力を感じさせない走りで軽やかに降りていく。野生動物のようにしなやかな足は、ふわりふわりと体を跳ねさせる。
「ははっ、ようやくだ。ようやく!」
ようやく、この槍を振るうことができる。少女の顔は、明らかに笑っていた。
アルテ族長リチィオの娘、ミィナレア・アルテ・ロンドル。通称、ミィナ。
一族の期待を一身に受け育った力は、武神に愛された乙女と称されている。しかし、時代が許さず、未だにその槍を血で濡らしたことはない。先の戦闘でも切り札として温存された。
そんな彼女が初めて迎える実戦。それが、これから始まろうとしていた。
ミィナが自陣に戻って数刻の後。アゼル率いる一団は、道が拓けた平地で敵勢力とぶつかることになった。
「相手は寡兵だ。このまま押し切るぞ!」
アゼルの号令と共に味方の兵が一気に流れ込む。
シルクよりも先に先行したアゼルは敵の斥候と接触した。そして、すぐに戦闘状態に入る。
アゼルは自ら斬り込みながら、冷静に周囲の状況を見渡している。
(予想よりも接敵は遅い。相手兵力も想定より少ない。これなら、いける!)
アゼルは相手の戦力を値踏みした後に、にやりと笑った。シルクは正面突破と脅してきたが、十分に相手の虚をつけている。
もともと、本当に窮地に飛び込むことになってもアゼルは何とかする気だった。そもそも、何とかできると考えたシルクから策を託されているのだ。
ここで、失敗するようなら最初から引き受けていない。
(動きも鈍い。準備運動が足りてないぜ)
向かってきた敵を一人、斬り伏せて一つ息を吐く。これなら、問題なく進軍できる。そう思った矢先。
「……なんだ、ありゃ」
アゼルの思考をぶっ飛ばす出来事が起きた。
アゼルは思わず絶句した。
(増援? いや、数は増えちゃいない)
視界の片隅に信じられない光景が映り込む。最初は見間違いかと思ったが、明らかに味方の動きが鈍っている。それぐらい、衝撃的な出来事だった。
このままでは、流れを全て持って行かれる。まずは、状況を把握しないといけない。
周囲の敵からくる圧力が少なくなったのを確認して距離をとる。一呼吸置いて、もう一度、その敵影を視認する。
「はあぁぁぁっ」
戦場に響く高い声。一人の敵兵が、大暴れしている。文字通り、味方は蹴散らされている。見ている間にも一人、彼女の槍に打ちのめされて昏倒した。
(ちょっと待て。槍は、そう使うものじゃないだろ)
アゼルは、自分の立ち位置を他の者に託して件の現場へ駆け出した。
そこではミィナが今までの鬱憤を晴らすかのように大暴れしていた。まるで、舞踏会で踊る貴族のように軽やかな足取りで、重い一撃を打ち込んでいく。
近寄ってくるものは突き、進路を妨害するものは薙ぎ払う。柄が金属でできたそれは、刃先に触れずとも鎧を着た相手を殴り倒すことができる。
その重量を感じさせぬ速さで振るわれる槍に、徐々に兵士の足が止まっていく。
そうして、いつしか彼女を中心に輪が出来上がっていた。囲まれても怯むことなく、ミィナは突撃してくる。
そんな人間離れした怪力を振るっている彼女が女性だと気付いたと同時に、アゼルは立ち止まった。
(どっから出してんだ、あの力)
アルテ族の民族衣装を翻しながら、彼女は舞う。
仮面をつけているから、表情は見えない。それでも、楽しそうだと思ってしまうのは気のせいだろうか。
彼女の存在は異質だった。戦い方は力任せなのに、どこか芸術的な美しさを感じる。洗練された動きというのは、こういうものなのだろうかと、アゼルは敵であるはずのミィナに感銘を覚えている。
ミィナに向けて、振り下ろされた三つの刃。しかし、彼女は腰を下ろして横にした槍でそれを易々と受け止める。柄まで金属でできたそれは相当な重量があるだろう。それでも、彼女は立ち上がる足の力を腕に加えて、難なく剣閃を弾き返す。そして、そのまま回転の力で三人を薙ぎ倒してしまった。
「なんて馬鹿力」
アゼルは、その様に呆れながらも感嘆する。彼女の力は筋量で生み出されているものではない。女性としては鍛えられていても、筋骨隆々というわけではないのだ。
彼女は体を巧みに使って、速さを力に変えているのだ。ミィナが速ければ速いほど、打ち込まれる一撃は重くなる。
それは、正にミィナが積み重ねてきた鍛錬の賜物であった。
(でも、あいつ、なんであんな焦ってんだ?)
ただ、その戦い方にアゼルはどこか引っかかりを覚える。
「ああ」
そして、一つ思いついた考えを口に出した。
「あいつ、処女か」
「ふへぇ!?」
神経を研ぎすませて弓を構えていたリデロは隣から聞こえてきた信じられない一言まで聞き取ってしまった。危うく矢を落としそうになる。
「アゼルさん、いきなり何言ってんすか。こんなとこで!」
「そういう意味じゃない。ほら、やってくるぞ。前を見ろ」
あまりにも切羽詰まった様子だったリデロの緊張を解しつつも、アゼルの顔は変わらず真剣だ。
(人を殺すのが怖いか。そりゃあ、そうだろ)
アゼルは感じ取っていた。
ミィナが登場したことで押し返されたが、未だに相手にとっては劣勢な状況。それでも、ミィナの技量であれば、少しは気持ちに余裕が持てるはず。それなのに、ミィナにその余裕が一切感じられない。そして、味方側の犠牲はアゼルが覚悟したものより小さかった。
そうなれば、結論はこうだ。
「初陣で、そんな張り切ると大怪我するぞ。まぁ、それでも、うちの大将はやってのけたけどな」
戦場のど真ん中でにやにやとしているアゼル。
(あいつ……何を笑って!)
そんなアゼルに、ミィナも気づいた。
彼が気付いた彼女の欠点は、ミィナ自身がよく分かっている。思っているよりは体がついてこない。
(叔父貴に会わす顔がないよ、ほんと)
これでは楽園で待っている、叔父のボルドーに馬鹿にされてしまう。ミィナは心中で嘆いた。これは仕切り直しが必要だろう。
自分を恐れて、なかなか近寄ってこない男共を一瞥すると、ミィナは後ろに跳ねて距離を取った。
そこで仮面の位置を直し、槍で自身の周囲をなぞる。地面に描くのは、ここからは退くつもりはないという鋼の意志。アルテ族に伝わる武闘の儀式を、思い出しながら一つ一つこなす。
(ふぅ。ようやく落ち着いた)
そうして、ミィナは冷静さを取り戻していった。
「なにしてんだ、あいつ」
いつのまにか、彼女との距離を詰めて王国兵の中でも最も近い距離にアゼルは来ていた。アゼルとミィナの視線が交錯する。アゼルはぐっ、と剣を握る力を強めた。
(さぁ、いらっしゃい)
そんな彼に優しく手招きをするミィナ。
その、あまりにも周囲の状況に似つかわしくない優雅な態度に、アゼルは思わず吹き出した。
彼女が言いたいことは分かる。昔、母を相手にそれを仕掛けてきた戦士をアゼルは知っている。しかし、ここ最近、そんなことをしてくる人間を見たことはない。話にも聞かない。
一騎打ち。大将同士の決戦を、ミィナは誘っている。
「見た目と一緒で、古風なやつ」
アゼルは近くの味方と視線を交わす。アゼルが何を言いたいのか、その視線の意味を感じ取った後に反転して駆けていった。
その背中を見送ったアゼルは真剣な眼差しをミィナに向ける。
「いいぜ。のってやる」
アゼルは真っ直ぐに剣を突き返して、ミィナの誘いに応えるのだった。
「親父に言われて来てみたけど……なんだ、そんな慌てるような数じゃないよ」
この言葉は虚勢だ。彼女にだって分かっている。
父の策では、本来あり得なかった敵の進軍だ。たとえ、数は少なくとも油断できる事態でない。
「ふぅ。とにかく、落ち着いてっと」
慌てて登った高台は不安定だ。一度、足下を確かめて息を吐く。肩まで入ってしまっている力を抜くためだ。思いのほか、緊張しているようで槍を握る手が汗ばんでいる。
「情けない。今からこれじゃあ、本番が思いやられる」
そう言い放った後、再び少女は目をこらした。
「……なんか、相手の年齢層低くない?」
彼女の目はまるで鷹のように遠くを見通すことができる。豆粒みたいな影であっても、少女にとっては目と鼻の先だ。敵の表情まで読み取ることができる。
その顔に浮かぶのは自信の色だ。相手は相手で、やる気は十分の様子。
(いいじゃん、そっちがその気なら容赦はしないよ)
恐らく父の拠点に向かっているのだろうと彼女は判断する。そうはさせない、と少女の意気は上がる。ここまでやってこれたのだ、最後の最後でヘマをしたくない。
握った槍に力をこめる。すると、その一団に気になる者の姿を少女は見つけた。
「あいつ」
思わず、奥歯を噛みしめる。その、ヴェレリア王国には珍しい黒髪に、彼女は覚えがあった。
それはエンブル砦を攻めている時だ。一人、敵側に異質な動きを見せる男がいた。それはヴェレリア王国の軍人らしからぬ、どちらかと言えばアルテの戦士に近い立ち回り。混乱する戦場を、軽やかに駆け抜けていった。
狩りをする獣の如く縦横無尽に走り回る、そんな姿。偵察で一度、二度見ただけであるが彼女の心に焼き付いていた。
叔父の命令で戦闘への参加ができなかったのが彼女には心残りだった。そして、その心残りの中には彼と対峙できなかったことも含まれている。
彼女の周囲にはいない、同年代の才ある戦士。そんな彼が、少女の護る場所へと近づいていく。
彼女の体は震えた。不安からではない。強敵に相対するための準備を、体が整えてくれているのだ。
「へぇ、面白いじゃん。逃した獲物が、向こうからやってきたよ」
王国軍の襲撃。味方にとっては、この上なく危ない場面だと言うのに、彼女は高揚が抑えきれない。槍を握る力は更に強くなる。
もう、その手に汗はない。あるのは、心に燃え上がる戦士の意志。
「まずは報告しないとね。そのあとは」
にやりと笑って、少女は高台を降りた。
ごつごつとした岩場を重力を感じさせない走りで軽やかに降りていく。野生動物のようにしなやかな足は、ふわりふわりと体を跳ねさせる。
「ははっ、ようやくだ。ようやく!」
ようやく、この槍を振るうことができる。少女の顔は、明らかに笑っていた。
アルテ族長リチィオの娘、ミィナレア・アルテ・ロンドル。通称、ミィナ。
一族の期待を一身に受け育った力は、武神に愛された乙女と称されている。しかし、時代が許さず、未だにその槍を血で濡らしたことはない。先の戦闘でも切り札として温存された。
そんな彼女が初めて迎える実戦。それが、これから始まろうとしていた。
ミィナが自陣に戻って数刻の後。アゼル率いる一団は、道が拓けた平地で敵勢力とぶつかることになった。
「相手は寡兵だ。このまま押し切るぞ!」
アゼルの号令と共に味方の兵が一気に流れ込む。
シルクよりも先に先行したアゼルは敵の斥候と接触した。そして、すぐに戦闘状態に入る。
アゼルは自ら斬り込みながら、冷静に周囲の状況を見渡している。
(予想よりも接敵は遅い。相手兵力も想定より少ない。これなら、いける!)
アゼルは相手の戦力を値踏みした後に、にやりと笑った。シルクは正面突破と脅してきたが、十分に相手の虚をつけている。
もともと、本当に窮地に飛び込むことになってもアゼルは何とかする気だった。そもそも、何とかできると考えたシルクから策を託されているのだ。
ここで、失敗するようなら最初から引き受けていない。
(動きも鈍い。準備運動が足りてないぜ)
向かってきた敵を一人、斬り伏せて一つ息を吐く。これなら、問題なく進軍できる。そう思った矢先。
「……なんだ、ありゃ」
アゼルの思考をぶっ飛ばす出来事が起きた。
アゼルは思わず絶句した。
(増援? いや、数は増えちゃいない)
視界の片隅に信じられない光景が映り込む。最初は見間違いかと思ったが、明らかに味方の動きが鈍っている。それぐらい、衝撃的な出来事だった。
このままでは、流れを全て持って行かれる。まずは、状況を把握しないといけない。
周囲の敵からくる圧力が少なくなったのを確認して距離をとる。一呼吸置いて、もう一度、その敵影を視認する。
「はあぁぁぁっ」
戦場に響く高い声。一人の敵兵が、大暴れしている。文字通り、味方は蹴散らされている。見ている間にも一人、彼女の槍に打ちのめされて昏倒した。
(ちょっと待て。槍は、そう使うものじゃないだろ)
アゼルは、自分の立ち位置を他の者に託して件の現場へ駆け出した。
そこではミィナが今までの鬱憤を晴らすかのように大暴れしていた。まるで、舞踏会で踊る貴族のように軽やかな足取りで、重い一撃を打ち込んでいく。
近寄ってくるものは突き、進路を妨害するものは薙ぎ払う。柄が金属でできたそれは、刃先に触れずとも鎧を着た相手を殴り倒すことができる。
その重量を感じさせぬ速さで振るわれる槍に、徐々に兵士の足が止まっていく。
そうして、いつしか彼女を中心に輪が出来上がっていた。囲まれても怯むことなく、ミィナは突撃してくる。
そんな人間離れした怪力を振るっている彼女が女性だと気付いたと同時に、アゼルは立ち止まった。
(どっから出してんだ、あの力)
アルテ族の民族衣装を翻しながら、彼女は舞う。
仮面をつけているから、表情は見えない。それでも、楽しそうだと思ってしまうのは気のせいだろうか。
彼女の存在は異質だった。戦い方は力任せなのに、どこか芸術的な美しさを感じる。洗練された動きというのは、こういうものなのだろうかと、アゼルは敵であるはずのミィナに感銘を覚えている。
ミィナに向けて、振り下ろされた三つの刃。しかし、彼女は腰を下ろして横にした槍でそれを易々と受け止める。柄まで金属でできたそれは相当な重量があるだろう。それでも、彼女は立ち上がる足の力を腕に加えて、難なく剣閃を弾き返す。そして、そのまま回転の力で三人を薙ぎ倒してしまった。
「なんて馬鹿力」
アゼルは、その様に呆れながらも感嘆する。彼女の力は筋量で生み出されているものではない。女性としては鍛えられていても、筋骨隆々というわけではないのだ。
彼女は体を巧みに使って、速さを力に変えているのだ。ミィナが速ければ速いほど、打ち込まれる一撃は重くなる。
それは、正にミィナが積み重ねてきた鍛錬の賜物であった。
(でも、あいつ、なんであんな焦ってんだ?)
ただ、その戦い方にアゼルはどこか引っかかりを覚える。
「ああ」
そして、一つ思いついた考えを口に出した。
「あいつ、処女か」
「ふへぇ!?」
神経を研ぎすませて弓を構えていたリデロは隣から聞こえてきた信じられない一言まで聞き取ってしまった。危うく矢を落としそうになる。
「アゼルさん、いきなり何言ってんすか。こんなとこで!」
「そういう意味じゃない。ほら、やってくるぞ。前を見ろ」
あまりにも切羽詰まった様子だったリデロの緊張を解しつつも、アゼルの顔は変わらず真剣だ。
(人を殺すのが怖いか。そりゃあ、そうだろ)
アゼルは感じ取っていた。
ミィナが登場したことで押し返されたが、未だに相手にとっては劣勢な状況。それでも、ミィナの技量であれば、少しは気持ちに余裕が持てるはず。それなのに、ミィナにその余裕が一切感じられない。そして、味方側の犠牲はアゼルが覚悟したものより小さかった。
そうなれば、結論はこうだ。
「初陣で、そんな張り切ると大怪我するぞ。まぁ、それでも、うちの大将はやってのけたけどな」
戦場のど真ん中でにやにやとしているアゼル。
(あいつ……何を笑って!)
そんなアゼルに、ミィナも気づいた。
彼が気付いた彼女の欠点は、ミィナ自身がよく分かっている。思っているよりは体がついてこない。
(叔父貴に会わす顔がないよ、ほんと)
これでは楽園で待っている、叔父のボルドーに馬鹿にされてしまう。ミィナは心中で嘆いた。これは仕切り直しが必要だろう。
自分を恐れて、なかなか近寄ってこない男共を一瞥すると、ミィナは後ろに跳ねて距離を取った。
そこで仮面の位置を直し、槍で自身の周囲をなぞる。地面に描くのは、ここからは退くつもりはないという鋼の意志。アルテ族に伝わる武闘の儀式を、思い出しながら一つ一つこなす。
(ふぅ。ようやく落ち着いた)
そうして、ミィナは冷静さを取り戻していった。
「なにしてんだ、あいつ」
いつのまにか、彼女との距離を詰めて王国兵の中でも最も近い距離にアゼルは来ていた。アゼルとミィナの視線が交錯する。アゼルはぐっ、と剣を握る力を強めた。
(さぁ、いらっしゃい)
そんな彼に優しく手招きをするミィナ。
その、あまりにも周囲の状況に似つかわしくない優雅な態度に、アゼルは思わず吹き出した。
彼女が言いたいことは分かる。昔、母を相手にそれを仕掛けてきた戦士をアゼルは知っている。しかし、ここ最近、そんなことをしてくる人間を見たことはない。話にも聞かない。
一騎打ち。大将同士の決戦を、ミィナは誘っている。
「見た目と一緒で、古風なやつ」
アゼルは近くの味方と視線を交わす。アゼルが何を言いたいのか、その視線の意味を感じ取った後に反転して駆けていった。
その背中を見送ったアゼルは真剣な眼差しをミィナに向ける。
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