幻遊剣士 ~理想と現実の狭間に~

想兼 ヒロ

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第二章 己が信じる道の果てには

第21話 地下牢問答

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 地下特有の、ひんやりとした空気が頬を撫でる。同時に、何とも言えないカビ臭さも漂ってきた。換気をしていないからか、どこか湿っぽい。
 
「はっ」
 ゆっくりと近づいてきたシルクに気がついた衛兵が、律儀に礼をする。見れば、シルクよりは年上のようだった。松明たいまつの炎に照らし出された顔は青白い。
 無理もない。ここ最近、心安まる時など無かっただろう。

「失礼します」
 返礼をしたシルクは、そのまま立ち止まることなく、さらに歩を進めた。

 石造りの階段を下りれば、かなりしっかりとした地下牢がある。質素ではあるが、堅牢なつくりのそれは、地上に作られた建物からは想像もできない大規模なものだ。
(これまで、どれだけの人が捕らえられたのだろう)
 シルクは過去に思いをせる。この地下牢にいると、おのずと北部軍がこれまで統治の為に何を重要視していたのか察することができる。
 兵士達が休む場所よりも、敵対した者を閉じ込める場所を作ることに力を注ぐ。戦闘よりも鎮圧、弱き者達の牙を折ることに熱心だったのだ。

「おや、お客さんかな」

 そんな中にいるものの気分まで鬱々うつうつとさせる空気の中で、明るい声が響く。リチィオはまるで我が家のようにシルクを迎えるのであった。

 シルクの顔を見た途端、リチィオは大げさに溜め息をついた。

「なんだ、君か。私から話せることはないと、先日も伝えたはずだがね」

 奥の暗がりから前に出てきた彼の頬には、大きなあざが残っている。彼から何とか反乱兵の情報を引き出そうと、担当者が拷問ごうもんでもしかけたのだろうとシルクは予想する。
「そうそう。先日の彼には君から謝っておいておくれ。どうも、あの落ち込み様を見ているとかわいそうになってきてね。どうやら、私から何も聞き出せなかったことをとがめられたようだ」
 それなのに、鉄格子の向こうにいるリチィオは涼やかな表情を崩していない。おそらく、どれだけ殴りつけても全く意に介さなかったのだろう。そればかりか、今のように世間話でもするかのように話題をすり替えてきたことは想像できる。

(これは心労を察するよ)
 本来は、力で屈服させようとする相手を嫌悪するシルクも、リチィオを相手にしていた者に同情すら覚える。これでは、攻めていたはずの人間の方が先に心折れてしまったに違いない。

「ここは静かでいいんだが、どうも暗いね。それでも、本を読むには十分か。今度来る時は、君好みの戦術書でも差し入れてくれよ」
 こうしている間にも、リチィオは口を閉じようとしない。シルクが話を切り出す機会を消失させてくる。
 同時に、シルクの精神を少しでも荒らげようとしてきているのだ。そうすれば、本心が読めると思って。
 そうはさせるか、とシルクは無表情のままで気合いを入れ直す。

 これがリチィオの戦い方。
 勇敢に戦って、戦場に散った者は楽園に行ける。それがアルテ族の宗教観であるが、リチィオも他のアルテ族と同様に信じている。今が苦しくとも、苦しんだ分だけ戦ったことになる。つまりは楽園に近づくのと同意なのだ。

 腕っぷしで敵わなくとも、心は鍛えられた鋼のように壊れない。精神力のぶつかり合いでは決して負けないという自負。
 その姿は腕っ節で物事を決める屈強なアルテ族の長というよりも、己の信念を貫く宗教家のようだとシルクは感じた。
(光神教会の上級司祭に、似たような人を知ってるよ)
 しかし、シルクも負けるわけにはいかない。自身の経験も生かして、心穏やかにリチィオの言葉を聞き流す。動かそう、動揺させよう、そう揺さぶってくるリチィオの話を受け止めることなく心中で叩き落とす。
 そうやって、機会が訪れることをシルクはじっと待っていた。

「まぁ、そうなると私も退屈しないのだがね」
(……ここかな?)
 ようやく話の切れ目を見つけたシルクは、とっさに問いをリチィオに切り出す。

「それなら、退屈しのぎにまた僕と話をしましょうか。貴方あなたから話せることはなくとも、僕から聞きたいことはまだありますから」
「う~ん、できれば遠慮したいなぁ」

(おっ?)
 シルクが思ってもいなかった反応であった。どう聞いても飄々と返してくると踏んでいたのだが、どうやらリチィオは本気で嫌がっている。
「どうしてですか?」
 好機チャンスなのか、トラップなのか。計りかねたシルクは、素直に問い返すことにする。

「いや、なに。君は、私の表情や反応、細やかな所作からすら情報を引き出そうとするからね。窮屈きゅうくつで仕方ない。無い腹も、探られれば痛いというものだ」

(むっ)
 図星だった。シルクは今も、リチィオの反応を逐一ちくいち確認している。どこかに突破口がないかと。
 リチィオから釘を刺された格好だが、シルクは気に留めずに話を続ける。

「これは僕の昔からの癖で、無くすことのできないものです。貴方のおしゃべりもそうでしょう?」
 リチィオの表情は変わらない。しかし、暗に「貴方も似たようなものだ」と反撃をしたシルクの言葉はリチィオに少なからず効いている。
「答えたくなければ答えなければいいんです。それでも、僕は一方的に話しますが」
 シルクは反応から読み取ろうとしてくる、と言ったのはリチィオの方だ。リチィオが答えずとも、シルクは顔色を読み取ってくる。
「それなら、どうぞ。私も答えたいことには答えよう。なに、君とはもう少し話をしたかったところだ」
 だから、リチィオはシルクの誘いに乗ることにした。こちらが譲歩した、という形を取って。

 あくまでも表面的にはにこやかに。しかし、二人の間にはお互いにしか分からない緊張感が満ちていた。

「それなら、お言葉に甘えて。貴方は本気で王国を追い出せると思って、この反乱を?」
「そうでなければ動かないさ。それは君も同じだと思うがね。私に勝てると思ったから、本拠地に乗り込んできたんだろう?」

 前の時から、そうだ。リチィオは何も喋らないというわけではない。すでに終わったこと、対策を相手が取れないことは驚くほどにスラスラと話してくる。
 意気揚々と情報を手に入れて戻ってきた担当官が、上官から「そんなのは分かっている」と一蹴されていたとシルクは聞く。無理もない。何が重要な情報か、ただでさえ混沌とした局面で分かりづらくなってくる。
 
 そして、絶対に仲間の居場所や今後の展望については語らない。それを予測できる情報は表に出さないし、明らかな嘘ばかりだ。
 リチィオが明かした内容を読んだシルクは、これまで彼が明かした事実に価値がないと判断している。

「なるほど、こうして貴方が捕まったとしても、それは変わらないわけだ。きっと、貴方の代わりに動いている者がいる」
「さぁ、それはどうだろうか。私を救い出そうと動いてくれているかもしれないな。そんなことせずに、一気にダーボン城を攻め落としてくれればいいのに。攻め手が止まれば、きっと君らに蹂躙じゅうりんされる。そうなる前に、ここで白旗を振るのも手だろうな。私の命で救われるのなら、喜んで差し出すのだが」
 やれやれ、と心底仲間を心配している態度をとるリチィオ。その様は、敗北を悟ったいさぎよい将の姿だ。
 
(ほら、はぐらかしてきた)
 しかし、シルクはそれにごまかされない。リチィオの態度から、彼が何を話して、何を話していないのか確信が持てた。

 やはり、リチィオは自分が指揮をとれなくなった後のことも考えて軍を動かしている。そして、それはかなりの確率で成功するということも。少なくとも、リチィオにその自信があることも。
 それに気づいたシルクは、多少の絶望を覚えた。
(いや、まだ早い)
 本当に、どうしようもない事態であればリチィオは動揺させる為に詳細を明かしてくる。それがリチィオの手だ。
 だから、だ。彼が何も語らないとすれば、自分達に穴を開ける余地は残されているということ。そう、シルクは考えていた。

「そんなことはないでしょう。ここまで裏をかいてきた貴方のことだ。きっと、自分を救出する作戦でも与えているのではないですか」
「そんな面倒なことをさせないよ。するなら、私なんかに構わず城を落とすべきだと思うがね。血気盛んな者も多い。私がいなくとも、戦闘は継続するだろう。君も、早く戻らないと手遅れになるよ」
「それこそ余計なお世話ですよ。ダーボン城にも、籠城することで中央軍がフェルデンを突破するまでの時間は稼げる戦力は残っている。戦力差を、分かっていないわけではないでしょう?」
「おっと、それは困った話だ。そうなると挟み撃ちになってしまうな。やはり、ここらが潮時か」

 このまま話を続けていても、彼は眉も動かさずに会話を続けるだろう。そこまで悠長にしていられる時間は、シルクにはなかった。
 シルクは、小さく息を吐く。緊張を、リチィオに悟られないように。
「ええ、このまま時が経てば僕達の勝ちです。ですが、僕にも懸念がありまして」
 リチィオがあくまでも受け流すつもりならば、少しばかり核心を突いてやろう。シルクは覚悟を込めて、リチィオを睨む。
「もし、そちらに援軍のあてがあるなら話は変わります。そうなると、僕達が挟み撃ちになる。さすがに、それは厳しいですよね。例えば、地理的に考えると……」
 用意しておいた言葉を、シルクは言い放った。

「もし、反乱軍がティエール諸王連合のトルテと手を結んでいたとしたら。僕らには大変なことです」

「……ほぉ」
 今まで、流れるように言葉を返してきたリチィオが少しだけ言葉に詰まった。それを見逃すシルクではない。
「ははは、それは面白い。そうなると、君達が思っているよりも大きな戦争になるな」
 すぐに、表情を緩めるリチィオだったが、シルクはもうその顔を見ていない。自身の疑念を確信に変えたシルクには、もうリチィオと話す余裕がない。
 これ以上、話していると動揺を悟られそうだ。シルクはわざと目をそらす。

「そうならないように気をつけますよ。それでは」
 シルクは軽くリチィオに礼をすると、何事もなかったように背中を向けた。

 シルクの足跡が遠ざかっていく。徐々にリチィオの心音が大きくなっていく。

 残されたリチィオは、その音が聞こえなくなったのを確認してから、大きく息を吐いた。
「末恐ろしいな、彼は」

 シルクが現れることは予想していたし、すでに自分の策がいくつか見破られていることだって想定内だ。
 それでも、彼がいまさら対策をとったところで動き出した流れを止めることはできない。あとは海まで流れていくだけ。

 しかし、シルクはあらゆる木片をかき集めて、流れをせき止めようとしているのだ。

「まさか、とっておきまで見破られていたとはな。それでも、最悪、引き分けには持ち込めるが」
 リチィオは全てを見通そうとしてくるシルクの紫眼を思い出しながら、自身が仲間に託した策を思い描く。
 その中でも肝となるのが、ティエール諸王連合トルテの存在だ。

 ティエール諸王連合。ヴェレリア王国と国境を接している連合国家。トルテは、その中でもヴェレリア北部に近い国家である。そして、ヴェレリア王国にあまり良い感情を持っていない事実も加えておく。

 シルクの予想通り、リチィオはトルテとある密約を交わしている。
 北部軍への反抗が始まったら、ヴェレリア北部とトルテの国境付近に軍を配備してくれ、と。

 ティエール諸王連合は先の大王の暗殺から端を発した内戦が続いていた。近頃、ようやく落ち着いたばかりである。
 そんな状況で、トルテはヴェレリアと積極的に交戦する意思はない。国内は疲弊し、新たな戦争は望んでいない。しかし、もし北部軍をリチィオ達が本当に追い出すことができればトルテにも利は大きい。

 かつて、北部を平定するためにヴェレリア王国はかなりの犠牲を出した。それはこの北部が山脈に囲まれた陸の孤島であり、非常に攻めにくい土地だったからだ。
 それでも、この土地を手に入れなければならなかった理由がティエール諸王連合である。その中でもトルテは北部を挟んでヴェレリア王国を睨みつけている。政治体制が変わる度に、トルテは分かりやすい挑発を繰り返してきた歴史もある。

 仮に、北部をトルテに占領されたとしよう。天然の要塞が、ヴェレリア王国の国境に出現することになる。それを避けたいがために、ヴェレリア王国は無理にでも北部を手に入れたのだ。

 そんな背景もあって、トルテもヴェレリア王国が北部から撤退してくれるのであれば、こんなに喜ばしいことはないと考えている。だから、リチィオの申し出に賛成してくれた。

(できれば、使いたくはない手だけど)

 それだけではない。もし、現在ほとんどの勢力を割いているフェルデンの防衛が難しくなればトルテ側の国境を開放する算段だ。トルテ軍を迎え入れ、反乱軍は彼らに従う。勇猛さでは定評のあるトルテ軍は、草原での戦いを得意とする。ヴェレリア北部は苦手な地形になるが、それはヴェレリア中央軍も変わりが無い。
 結局、誰かに支配される現状は変わらないものの、遊牧民出身のトルテの方が同じ戦士であるだけ、ヴェレリア王国に支配されるよりましだと皆が思っている。事実、ティエール諸王連合の中では、トルテは内政がうまくいっている国家である。現状より、良くはなるだろう。

 それでも、支配される結末ではあまり意味が無い。開放とは言えない。できれば、このままダーボン城を落としてもらいたいものだが。

「さて、彼はどうでるのかな」

 不安要素はシルクの動向。リチィオにも、次に彼がどう出てくるのか予想がつかない。

「私が処刑される、だけなら何とかなるんだがなぁ」
 今更、自分の命は惜しくない。

「ミィナはどうしてるやら」
 しかし、自分がここまで我慢をして積み上げてきた策の行く末と愛娘まなむすめの現状は気がかりであった。
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