あやし事務所

わたちょ

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埋まらぬ距離に怒りの天罰

第二話

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 一年四組。そう扉の上にかかれた学校の一番はしに位置する教室はざわついていた。そのざわつきに蓮は僅かに不快感で眉を寄せる。見渡す教室は当たり前の事ながらたくさんの人に溢れていて蓮は自然とため息を吐いた。

 「自己紹介を」
 手渡されるチョークに何をすべきなのか分かった。書き慣れた文字を黒板に書いていく。縦に書くことや、チョークのペンや鉛筆と違う感触から、黒板に書くことを苦手とする者は多いが、蓮は酷くなれた様子でそれを書いていく。それこそいつも黒板に文字を書く先生のようになめらかに。
 『尾神蓮』
  ノートに書かれているのと変わらぬ丁寧な文字で書いた名前。ふり返った蓮はそれと同じことしか口にしない。よろしくも、はじめましても。彼は口にしない。
  しばらく他に何か言わないかと待っていた先生も言わないことが分かると、席をさして座るように促した。 
 席に着いた蓮は興味津々な周りの視線に気付かぬフリをし、鞄の中から一冊の本を取り出した。朝の報告をしている先生を見ながらその指は本の表紙に触れている。
  終わると同時に周りに集まってこようとするクラスメイト達を気にせず、手にしていた本の表紙を開く。話し掛けてくる声に一度だけ顔を上げて蓮はまた本を読み出した。 
 しつこく話し掛ける声は全て蓮の中ではカットされた。壁のように集まる人の後ろ。三つの驚いた顔があった。  

               2

  放課後蓮は呼び出された。誰にかというと、倉田亜梨吹に江渕鈴果、下井真里阿の三人にである。 
 この三人と蓮は知り合いなのであった。
  つい三日前まで蓮は文芸部の交遊会としてこの学校、私立葉水学園に放課後毎日きていた。そこで出会ったのがこの三人。文芸部ではなく図書部という部活に所属している。 
「尾神君、なんでここに」
 「どういうことや」 
 朝からもう何時間もたっているのに興奮冷め切らずと言う感じの二人にもみくちゃにされかけながら、蓮は冷めた目で距離を取る。
 「何でって、転校してきたから」
  事実だけを端的に告げる蓮にそうではなくてと言う声が入る。 
「そうじゃなくて、何でまた急に。こないだ来たときにはもう決まってたとかそんなんじゃないでしょ」 
「色々と」 
 短い言葉で返した蓮にふっと二人、亜梨吹と鈴果の動きが止まった。 
 理由が思いつかないでもなかったのだ。今の今で衝撃の方が強すぎて忘れていたが、思いつかないでもなかったのだ。固まった二人をじっと見る瞳にはどことなく咎めるような雰囲気が溢れていて咄嗟に二人は目を反らした。 
 倉田亜梨吹は実は人間ではなく吸血鬼であり、ほんのこの前まで暴走しかけていた。その亜梨吹を助けたのが何を隠そう蓮なのだが、その際に蓮は亜梨吹に体の中の血を全部のませるという離れ業をしており、人間として一線を越えた姿を見せた。
  今回の転校はそのせいであろうと二人は感じた。 
 申し訳ないと思う気持ちはあるが起こってしまったことはもうどうしようもない。ごめんなさいと心の中で謝るだけに止めた。口に出さないのは出したら恐ろしい目に遭いそうな予感がしたからだ。冷たい目で見てくる蓮からのオーラが凄まじい。
 「大変やったね」
 「これから宜しく」
   無難な挨拶で終わらそうとした二人に厄災が降りかかってきたのはこの後すぐ。
 「あ、そうだ。部活は図書部に入ったらどう? 特にしたい部活とかなさそうだし」 
 もう一人の傍に控えていた少女、下井真里阿のこの一言であった。

 「え?」 
「いや、それは!」 
「嫌」 
 焦った二人の声に被さりながら蓮の短い声が入る。その事にホッとする二人。嫌いなわけではないが、蓮の無表情な様子が少し二人は苦手だった。なにせ、蓮は空気を読まないから。付き合った時間は僅か四日ほどだが痛いほど二人はそれを知ってしまっている。周りが馬鹿話をしても彼だけはずっと本を読んで、話の中には絶対入ってこない。空気のように扱うことも可能なのだが、何故かその存在に目がいく。いってしまう。故に二人は苦手だった。
  助けてもらったことは感謝しているし、いい人だと思っているが、その件については承諾できなかった。 
 だが同じ部活のその事を知っているはずの仲間は何故かこの時二人に優しくなかった。
 「でも、ウチのクラスは部活にはいることは絶対だよ。蓮君、特にやりたい部活ないでしょ。だったら知っている図書部に来た方が早くないか」 
 蓮が考え込むように口を閉ざした。 
 二人が首を横にふる。とんでも発言をしてくれた真里阿に言いよっていた。
 「ちょ、真里阿、何考えてんの!」 
「まあ、人助け」 
「どこが!? 亜梨吹、死ぬで!」
 「大丈夫だ。そんな事はない」 
「いやいや」 
「で、尾神君はどうする」 
 言い募ろうとする二人をきりすて、真里亜は蓮に問う。 
「……」 
「考えるようなら一度部活くるか」  

               3   

「は?」

 「……」

 「え……」 

「わーーい」
  図書室そこでは蓮を見た人が固まっていた。一人だけ喜んでいるものもいるが。 
「いや、さーその反応おかしいやろ。何か他に言うことないが」 
「取り敢えず、部員が増えれば嬉しくない?」 
「人にもよるかな」 
「何ですか。尾神君いいじゃないですか。いい人ですよ。部員になるならこれからは蓮君って呼びます! 蓮君よろしくね!」 
 朗らかに言った彼女は無視された。 
「蓮君?」 
「……」 
 無視。そして彼は本を読み出す。

 「何処がいい人なの」  
「この前総スカンくらいよったろう」
「いい人なんです!」 
 その姿を指さしてとうても頬を膨らませてみんなの意見を反対するのは、山岡沙魔敷猫。その態度に他のみんながため息を吐いた。
 「さーがよくわからん」 
「いつものことだけどね……」 
「何であんなやつがいいんさ。喧嘩もよわちそうなのに」 
「お前の基準もようわからんわ」  

               4 

   おもしろかった?  

  男はそう問うてきた。それになにも返さず連は本を読みふける。男はそれでも嬉しそうにくすくすと笑う。読み終わり本を閉じると蓮は男を見た。
 「で、あんたは俺に何を問いたいわけ」 
「特には何も」 
「嘘を付くな。俺が分からないとでも思ってるの」
 「いいや」
  男が唇で笑う。とても魅惑的な見る物全てを虜にするそんな笑み。いいや。もう一度男が呟いて、蓮の首に手を回した。 
 ここは公園だった。 
 いくら人の気配がしないからといえ、蓮は眉を寄せる。皮膚に食い込んだ指が冷たい。 
「ねえ、蓮。何があってもこれだけは決して忘れてはいけないよ。君は、僕のものだ」
  男が笑みを浮かべて囁く。
 「それを忘れたらどうなるか、分かってるよね」
  蓮の眼からゆっくりと光が失われていくのを、男は楽しそうに見た。 
「ああ」  
 蓮の口から漏れる音に歓喜に背筋を振るわせる。
 「好きだよ」
 男は囁く。甘くて何よりも美しいそんな音を。全てのものが聞き惚れてしまいそうなそんな声で囁く。だけどそれを聞く蓮は何も感じさせない顔をしていた 
「……壊すのがか」
 単調な声が聞く。
 「壊すのが」 
 甘い声が返す。
「喋るなと」 
「そう。駄目だよ。契約を破ったら」 
「破る気はない」 
「どうだか」 
「疑っているのか」 
「ああ。いつも疑っているよ。だって君は、」
 滑らかに続いていた会話が突如止まった。男の顔が苦しげに歪む。男は声にせず口の先だけを動かした。もごもごと僅かに動くそれだけでは、蓮が理解することは出来ない。 
「言いたいことは声に出せ」 
 冷たい声が男を刺す。
「出せないことだってあるんだよ」 
「お前がか」 
 悲しげに答えた男に蓮は鼻で笑うようにして返した。横目で見上げてくる目はなにも怖いものなどないだろうととうてきている。そんなことないと誰より彼が知っているはずなのに。
「僕だってね。それにきっとあの子に怒られちゃうもん」 
「あの人に……」 
 眉を寄せる蓮に男は頷く。 
「一体何が起きるって言うんだ」 
「さあ? 何も起きないかもしれないよ」
 「そうだとは思わない。どいつもこいつも怪しい動きをするから」 
「僕も?」
 「お前が一番分かり易い」
 「そっか」 
 男が小さく笑い絞めていた指を放していく。
 「君に言うことは禁止されている」
 「だろうね」 
「でも、君は知りたい」 
「ああ……」 
「教えない」
 「知ってる」 
 言葉遊びを楽しむふりをするように男は笑み浮かべる。それは誰が見ても嘘だとわかる歪な笑みだった 
「それでもいつか君は知る日が来るよ。それも近い未来必ず。だけど、僕はそんな日が来なければいいと願うんだ。君は僕のものだから」  
 蓮は声を出さなかった。  

               5   

 その翌日、教室では本を読む蓮に話し掛けるクラスメイト達の姿があった。だが蓮はそれに言葉を返すようなことはせず、本からも目をあげない。静かにそこに存在しているだけだった。 
 声を掛ける人びとは次第に顔を不安そうに、機嫌悪く歪ませていく。 
 落ちた目元。尖った唇……。 
 ぶつからない視線に不満はたまり掛けていた。 
 そして、そんな空気を読み静かに焦っている者達がいた。それは蓮と知りあいだったあの三人、亜梨吹と鈴果と真里阿。  三人は隅で蓮達の様子を見ていた。
 「どうする。あれ。止めた方が良いのかな」
 「さあ? どうなんだろう」 
「止めない方が、……でも」 
 三人は迷う。視線はちらちらと蓮とその回り、さらにもう片方に集まった集団を見ている。彼女たち3人は敏感に感じ取っていた。いつも騒がしく明るいクラスに亀裂が入りかけているのを。 
「ねぇ、亜梨吹ちゃん達」
  呼ばれた声に三人はふり返った。その頬が引きつっているのは感じている。 
「うん? どうした」 
「何や……」  
 そこにいた彼女たちの友達を前に普段通りの振りをする。
 「なあなあ、三人に聞きたいんだけどさ」
 「なに」
 「どうした」 
「お早めに頼むぞ」 
   早口でまくし立てる三人に、その人は一歩下がりながら、それでも口に出す。 
「転校生と知り合いなの」 
 口に出された言葉に三人は動きを止めた。何処から知り合いと思われたのかは分からないが、これから聞かれることは何となく分かる。もし知っているはいると答えたら、彼に対して色々な質問をされるだろう。後、彼の態度のに対してもたくさん言われることだろう。蓮に関しての厄介な質問に彼女たちは頬を引きつらせる。

  嘘を付くべきか、付かざるべきか。 

 考え込む。 
 本当のことをいったところで言えるところなど、結局殆どないに等しいのだけど、それでも……。 
「三人とも?」  
 考え込む三人を覗き込む一対の瞳。
 「まあ、ちょっとね……。ほんと、ちょっとだけ」
 「一週間程度?」
 「悪い子やなかったんやけどね。……ただ、ちょっと」 
 どもりながら声に出した言葉をふーんとその人はいった。
 「そっか」
  三人から目を離し、蓮を見る。その目の色はとてもきつい色をしていた。 
 嵐が来る。
  三人はその事を感じ取った。   

              6   

「尾神君さ、もう少し愛想良くできない」 
 そう言ったのは放課後の図書室、嵐を感じ取った三人のうち一人だった。その少女、真里阿の後ろでは他二名がぶんぶんと縦に頭を振っている。 
 言われた蓮は読んでいた本から顔を上げ不思議そうに三人を見ている。その瞳さえも睨み付けてくるように見えるのは気のせいではない。 
「何で」 
 問いかけられる疑問。不機嫌そのものの声音は、自分が何でそんなことを言われなくてはいけないのかと、不満をあらわにしていた。愛想良いとは思っていないが、そんな事をする理由がないとは思っているのだ。
 「何でって、みんな困ってるじゃん」 
「みんなって?」 
「みんなはみんな。クラスの子とか」 
 そう言いながら三人はああ、これは無理だなと確信した。蓮の表情は先ほどもいった通り、不機嫌そのもので言うことを聞くとは思えなかった。ため息を吐く彼女たちを冷たい目が見下ろす。
 「ねぇ」 
 蓮が言葉を漏らす。その声は暗くて、だけど何かを嘲笑っていた。 
「喋っても良いけど、俺と話したら全部終わっちゃうよ」 
 何がとは彼は言わなかった。ただ弧を描いた口元が、嗤っているようで嗤っていない瞳が、ぞくりと彼女たちに恐怖をもたらした。 

「何を……」

  言い掛けた言葉を飲み込む。意味を聞くことなぞ、できなかった。
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