優しいあなたは、残酷な嘘をつく。

新実 キノ

文字の大きさ
9 / 19

9話 お祝い②

しおりを挟む
「さて、それじゃあ……のどかさんの高校生活の新たな門出を祝して……乾杯!」
「かんぱ~い!」

 新たな門出って、それはちょっと仰々しいというか大袈裟なんじゃない? と思う人はまるで分かってない。殺してやりたいと幾度も呪い続けた相手が死んだ。これこそ第二の誕生日として毎年神に感謝する記念すべき吉日であり、新しい人生の始まりに相応しい。その点、平時の三割増しのテンションでニッコニコな先生はさすが、よく理解してくれている。
 もちろん、不運を逃れたクズがまだ一人しぶとく残っているので、完全には安心できない。だが……
 
「相手が一人なら……戦える。うん……大丈夫、絶対勝てる……!」

 半ば願望を自分に言い聞かせているようだが、断じて違う。士気を上げ、己を鼓舞しているのだ。
 実際、気持ちさえしっかりしていればまず負けない。死んだ二人は髪を染めてタバコも吸う根っからの不良で、高圧的かつ暴力的な性格をしていてすごく怖かった。しかし、残った一人は主に陰湿で地味ないじめを担当する陰キャで、性根こそ同じく腐りきっているが細身で力は大したことない。
 私自身も人のことを言えたものではないが……それでも、あいつならなんとかなる。

「そうだね……のどかさんは、ずっと辛いことに耐えることができた強い子だ。きっと負けないって、俺も信じてるよ」
「先生……ありがとう」

 先生にそう言われて、肩の力がすっと抜けると同時に、無意識に気負っていた心も大分軽くなった。
 幸い、他の同級生は煽られたり強制されたりしない限り、積極的にいじめに関わることはない。自分がターゲットにされたくないという恐怖心は分かるから、それ自体を非難するつもりはないが……この先、いじめがなくなっても、私に友達ができることはもうないだろう。
 だけど、それは別にいい。たとえ誰とも話さない孤独な学校生活になったって、今よりはずっといい。私には家族がいるし、先生がいる。それだけで十分だ。

「うわあ……こんなにいっぱいコンビニスイーツが……。なんていうか、こう……すっごい贅沢な気分!」

 ベンチに所狭しと並べられた魅惑的な甘味の数々は高級スイーツバイキングさながらで、まさに圧巻の一言だった。SNSなんてやめたから映えなんてどうでもいいけど、あまりに素晴らしい光景に思わずスマホでパシャパシャと何枚も写真を撮ってしまう。

「あはははは。まあ、なかなか経験することはないよね。食べ過ぎたら太りそうだけど」
「う゛ぅ~、このタイミングでそれ言うかなぁ……。先生、カウンセラーなのに空気読めないね」

 いつの間にか、お互いにちょっとした軽口も利けるようになっていることを密かに嬉しく感じながら、私は迷いに迷って生クリームがたっぷり入った定番のロールケーキに手を伸ばした。

「っていうか、今さらだけど先生、こんな明るい時間に私とおやつなんて食べてていいの? ちゃんと仕事してるの?」

 ふと、今まで疑問だった不躾な質問を率直にぶつけると、先生は抹茶のシフォンケーキを一口頬張って「うん、おいしいな」と呟いてから何気なく答えた。

「俺は非常勤講師だから、割と時間に余裕があるんだよ。まあ、のどかさんのお祝いなら仮に仕事があってもなんとかして休むけどね」
「……ふ~~~~ん、そ、そう……」

 さらりとそんなことを言ってのける先生の神経を疑いながら、気恥ずかしさを誤魔化すために濃厚でなめらかなクリームを豪快に口へ放り込む。

「あーあ、先生がうちの学校のスクールカウンセラーならよかったのになあ……」

 私の高校にはカウンセリング用の相談室なる部屋があるものの、現在はただの埃っぽい物置と化している。昔はカウンセラーがいたのかもしれないが、経済的な理由かあるいは制度上の理由か、今は保健の先生がその役割も担っている。いつも億劫そうに嫌々仕事をしているおばさんで、いまだかつて悩みを相談する生徒を見たことはないが……。

「そしたら、休み時間も放課後も退屈しないのになあ……。いっつもあんな森まで行くのも面倒だし」
「そうだね、それは楽しそうだ……。といっても、さすがに勤務中は今みたいにゆっくりできないだろうけど」
「ええ~~? そんなに忙しいかなぁ。私とおしゃべりするのが唯一の仕事になるって、絶対。あっはははは!」

 自分で言っていて悲しくなるが、うちの学校でカウンセリングなんて大層なものをわざわざ受けそうなのは、いじめられている私くらいなものだ。先生は若いし整った顔立ちをしていて清潔感もあるので、そういう意味で訪れる女生徒はいるかもしれないが……少なくとも、いじめの罪悪感に苛まれて懺悔をするような殊勝な人間は確実にいない。

「はははっ、それが平穏で一番なんだけどね。実際には、生徒から直接話を聞くだけがスクールカウンセラーの仕事じゃないから、意外と大変なんだよ。例えば……――」

 こんな調子で、私と先生は日が暮れるまで食べて、飲んで、話した。
 ……本当は、少しだけ怖かった。私をいじめていた奴が、なぜか相次いで不審な死を遂げていることが。そして何より……人の死を心から喜んでいる自分が。
 私は、あいつらのことを一生許さないし、一生恨み続けるし、一生軽蔑する。その気持ちは間違っていないと思うし、変わらなくていいと思う。だけど、そんなクズのせいで私の心まで歪んでしまったことは悲しくて、悔しくて、怖かった。

 でも……先生と話している間だけは、そんな恐怖と後ろ暗さを忘れることができた。
 多分、私は夢を見つけたのだ。自分はこうありたい。いつかこうなりたい。憧れて、尊敬して、誰よりも私自身が胸を張って堂々と前向きに生きていける、そんな夢を――――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

【完結】私が愛されるのを見ていなさい

芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定) 公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。 絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。 ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。 完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。  立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
【3月中――完結!】 積み上がった伏線の回収目前!! 夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。 長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。 待っていたのは、凍てつく絶望。 けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。 「夫は愛人と生きればいい。  今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」 それでも私は誓う―― 「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」 歪で、完全な幸福――それとも、破滅。 “石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

処理中です...