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十一歳

一難去って、また一難

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 突然の来訪者にその場にいた全員が唖然としている。

 そりゃそうだろう。
 まさか公の場で『王家から王太子と婚約はさせない』と宣言された令嬢と隣国の王太子が夜会のパートナーであるというのはアリアでも考えにくい事だった。もちろん、身分的にどうこう、と言う話ではない。タイミング的なものだ。

「みんな、僕たちが一緒にいることに驚いているみたいだね」

 仕掛けた張本人がよく言うよ。

 そう内心思ってしまったが、おくびにも出さない。

「もし、君が良ければ、今から婚約でもするか。うん、自分で言っておいてなんだけど、それがいいね」

 あとから、ディートリヒ陛下に申し出ようか。

 クロード王子の本気マジっぽい言葉にアリアは頭を抱えたくなった。もし、本当にそんなことをしたら、セリチアアンタの国での政争に巻き込まれるじゃないの!? 多分、この人は婉曲的に何を言っても無駄だろうから、直接的に言うしかないと思っていたが、ちょっとだけ悪ノリしてみることにした。

「ええ、そうですわね。ところで、もし、私みたいに冷たく見える人よりもお姫様っぽい、可愛い人が現れたらどうされます?」

 アリアは『ラブデ』のヒロイン、ベアトリーチェを思い浮かべながら尋ねる。その言葉に少し浮足立つ令嬢たち。あんたたちの事じゃないわよ、と冷めた思いで周りを見るが、誰も気付く様子がない。

「それでも君を選ぶね」

 しかし、即座に自分を選ぶと言いきるクロード王子。おもわずはぁとため息をついてしまったアリア。

「私よりも可愛いのよ。なんでそちらを選ばないの?」

 普通だったら冷たくみえる女よりも、愛想のいい可愛らしい女の子のほうが需要あるでしょう?と聞くと、意外とバカなの、と呆れたように返答したクロード王子。

「もちろん、可愛らしくて頭が周り、腹芸もできる。そして何より、君以上にマナーができて、ある程度の武術もできる、という人間がこの世の中にいれば話は変わってくるけど、そんな人間なんているのかい?」

 君も十分、可愛いんだけどね、と付け加えた彼はにっこりと笑う。整えられた金髪も相まって、それはまるで太陽だった。

「でも、君が望まないならば、婚約の話は聞かなかったことにしてほしい。でも、僕はいつも君を応援してるし、もし望まない結婚をさせられそうだったら、僕は君を守る」

 アリアにとってそれは嬉しいことでもあり、申し訳ないことだった。もし、自分がこの先、好きな人を見つけてしまった場合、彼はいったいどのような行動をとるのだろうか。

 やがて、大広間が静かになった。

 王族たちの入場だ。
 今年はディートリヒ王、シシィ王妃以外にクリスティアン王太子が出てくる。そのパートナーは誰なのだろうか。

「始まるね」
 小声でささやかれたことに頷くアリア。

 ディートリヒ王とシシィ王妃が並んで入場される。今回は前回と違って大きな騒動はなく、通常の警護だ。それに続けてクリスティアン王太子の入場となった。彼もゲームどおりに黒髪であり、サファイアよりも少し濃い瞳をしていた。彼は伝統にならって王立騎士団の正装で現れたが、彼のとなりに誰もパートナーはいなく、そのことで令嬢たちの視線がギラつくのが分かった。

 しかし、アリアは気付いてしまった。クリスティアン王太子の視線がどこか一点へ向いていることに。けれど、その視線の先にいる人物は人混みで分からない。
「あの王子の心を射止めた女性は誰なんだろうね」
 クロード王子も彼の視線の先に気づいたようだった。
「ええ、誰でしょうか」
 彼の言葉に静かに答えた。しかし、どうやらアリアが不満を抱いているように感じたのか、何か不満なのかい、と問いかけられた。

「いいえ、逆です」

 それにはっきり返答するアリア。

「むしろ、そのほうがいらぬ詮索を受けずにすみますし、私自身のプレッシャーもなくなりますので」

 彼女の言い分に苦笑するクロード王子。どうやらその返答を気にいってくれたようだ。王族たちの入場を済ませた中央では初夜会組の挨拶が始まっている。公爵家のマーガレットは先頭に、ベアトリーチェも後ろのほうで並んでいるのがみえた。

 彼女だったら大丈夫。

 一年以上、彼女のそばにはいなかったアリアだけども、なぜかそれは確信を持って言えた。決してひいき目ではない。何ごとにも動じなさそうなどっしりとした構え、そして、アリアや他の令嬢たちに負けないくらいの動きの洗練さ。

 そして、彼女に挨拶の順番が回ってきたときには、誰のことをクリスティアン王太子が見ていたのか理解できてしまった。そして、彼が今にも動きだそうとしていること。彼が声をかけるだけで、すぐさまベアトリーチェが王太子妃候補として周囲から見られるだろう。それ自体はなんら問題ない。でも、まだ成人の席、しかも事前に聞いたところでは、彼女はあれから茶会に参加してないという。そんな彼女に悪意を向けさせるわけにはいかないし、王太子の行動も手早すぎる。

 まずい。

 そう思ったアリアはすぐさま動いた。クロード王子は彼女を止めようとしたが、無理だと悟った。アリアの歩く速度が尋常じゃないくらい速かったのだ。

「セレネ伯爵令嬢。ちょっとお伺いしたいことがあるのです」

 ここは悪者になってもいい。だけども、ベアトリーチェの安全を保っておきたいのと、クリスティアン王太子の『王太子』としての品格は保っていただきたい。アリアが声をかけると、国王夫妻は軽く驚き、クリスティアン王太子は不満そうな視線を向けたし、周囲からは奇特な視線を向けられていた。もちろん、こちらが無礼を働いているわけだから謝罪は忘れない。

「陛下夫妻ならびにクリスティアン殿下、この度はクリスティアン殿下の成人おめでとうございます。そして、このような場でセレネ伯爵令嬢に声をかけてしまって失礼いたしました」

 知り合いに会えて、気持ちがはやってしまったんです、と申し訳なさそうな表情をすると、いや大丈夫だ、とディートリヒ王から言葉をもらい、ベアトリーチェを連れてその場から下がった。

「ごめんなさい、ベアトリーチェ」
 クロード王子のもとへ戻り、開口一番、ベアトリーチェにも謝罪した。すると彼女は首を横に振ってアリアの言葉を否定した。

「ううん。こちらこそ助かったわ、アリア」
 どうやら彼女も緊張していたようで、あの場からさっさと退出したかったようだ。

「はじめまして、セレネ伯爵令嬢」
 二人のやりとりを見ていたクロード王子がスマートに声をかけてきた。ベアトリーチェはいきなり声をかけられたのに驚いて、うっかり挨拶をするのを忘れて彼に見惚れていた。

「いやぁ、しかし、さすがはスフォルツァ公爵令嬢だね」

 それはどちらの意味だろうか。

 ぎこちなくクロード王子のほうを見ると、彼はかなりの笑顔。
 これは判断がつかない。

「褒めてるんだよ。あそこで王太子殿下が動けば、彼の王太子としての評判だけじゃなく、お嬢さんの評判まで落とすことになる。それを防ぐためにあえて君が悪役となったんじゃないのかな?」

 クロード王子の推察にため息をつくアリア。
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