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2.黄金の夜鳴鶯
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裁判は粛々と進んでいった。
裁判官の長であるエルスオング大公から罪状である横領についてのあらましが述べられ、被告人たちにそれを確認すると否定した。否定するのを最初から分かっていたような顔つきでポローシェ侯爵とドミトリーが次々とその証拠となる書類や押収物などが裁判官たちに示されていった。かなり確実な証拠を集めていたらしく、二人は息の合った方法で相手を追いつめていっていたように見えた。
「だが、貴様は我が娘、ゲーシャと婚約しておったのを忘れたのか、この恥知らず!」
どうやらエンコリヤ公爵はゲーシャという娘を盾にして、無罪を主張したいようだった。縄で繋がれた二人のうち、片方の白髪の男がそう叫んだ。ええ、恥は知ってますよ、イヴァンさん、と笑顔で答えるドミトリーにはなにか含んだような口ぶりだった。
「あなたの娘と婚約したのはあくまでもこの事件を解決するために潜入させてもらった、もうちょっと正確にいえば、協力をしてもらったんです」
飄々としたドミトリーの言葉にざわめく法廷内。ドーラもこの目で直接は知らないが、クララが心に傷を負ったのは、確かドミトリーとゲーシャがいるところにクララが出くわして、いつも通りダンスの相手を申し込もうとしたら、ゲーシャに『泥棒猫』と罵られたとかなんとかと聞いているが、彼の発言の真意はどこにあるのだろうか。
それはドーラだけではなく会場全体、協力者であるはずのポローシェ侯爵でさえ、驚きに口を開けっぱなしだった。
「私がエルスオング家に登用されて以来、あなた方の不正の噂は聞こえていました。納められたはずの税よりも少ない額をエルスオング家に納めていると。ですが、どうやってもその証拠となるものにたどり着けない。だから、協力してもらったんです――――あなたの娘、ゲーシャ嬢に」
そう彼が言った瞬間、エンコリヤ公爵や傍聴席にいたらしいクララの両親、コレンルファ伯爵夫妻もドミトリーにつかみかかろうとし、ポローシェ侯爵をはじめ、エルスオング大公やほかの裁判官たちも唖然としている。当然ながら傍聴人たちもざわめいた。
そりゃそうだろう。
一人の少女が犠牲になった事件は彼らにとって演技だと言われたのだから。
ドーラが今後、結婚し、子供を産んだとして、もし、彼らのように誰かのために犠牲になったら、その相手を許せるはずがないだろう。そして、その反対、誰かに娘や息子を利用されたと知ったとしても、許せるはずがない。
「なので、ゲーシャ嬢には一切、なんの感情も抱いてませんし、彼女も私と同じです」
衝撃の告白に愕然としている一同だが、そこで思わぬことを尋ねた人がいた。
「ではどうして、元婚約者のクララ嬢にあのような言葉を浴びせる必要性があったのですか?」
その声はドーラもよく知る人物、ミールのものだった。彼はどうやらドーラが参加していなかった夜会で、その瞬間を見ていたようだった。それに対して、真面目な顔で答えるドミトリー。
「本来ならば、そのようなことをする必要はありませんでしたが、それをしなければならない理由ができてしまったからです」
彼はアレクサンドルとは違って、繊細さを感じる眼差しだった。それには先ほどまでドミトリーにつかみかかろうとしていたコレンルファ伯爵夫妻も黙りこんだ。
「その理由については後から述べるとして、まずはこの証拠品についての是非を問わせていただきます。エンコリヤ公爵、ここに書かれている字はあなたのものですよね?」
そうドミトリーが尋ねると同時に、ポローシェ侯爵が別の紙を一葉、エンコリヤ公爵の前に持っていった。それをそのまま細工せずにエルスオング大公にも見せた。
「一応、結構な癖字だったので、他の人と間違うことはほとんどありませんでしたが、裁判というところに持ち込む以上は正式な鑑定人に依頼いたしました。鑑定人はミハイル・ヴォルグデ――大公家付き鑑定人です」
そう言いながらエンコリヤ公爵のほうを見たドミトリー。被告人の様子は見えないが、さっきと違って大人しくしていることからも、彼の字だと否定できなかったのだろう。少し間が開いたのち、エルスオング大公は頷いて、それを証拠として認めた。
「そして、こちら、彼から隣国、カンベルタ大公国のさる貴族へ出した手紙も押収させていただきました。あちらの帳簿同様、正式な鑑定結果済です」
再び証拠を提出するドミトリー。先ほどの衝撃の告白はすでに過去のもので、今ではもう、彼の独断場だった。それにもエンコリヤ公爵はなにも言うことはできず、黙り込むしかできなったようだ。
「さて、ここまで何か反論などはありませんでしょうか?」
にこやかに尋ねるドミトリー。アレクサンドルと同じ顔立ちだが、彼とは違って、なにかこう裏のある笑顔だった。
「いや、一切ない」
エンコリヤ公爵はしてやられた、という口調で答える。格下の娘を振って、娘の婚約者となった男にまんまと騙された形であるのだから、そう思っても仕方ないことだろう。
「そうですか。では、もうひとつお尋ねしたいのですが、あなたは最近、なにか変わったことなどは起きませんでしたか?」
ドミトリーの質問にどういう意味だ、ゴラァ、喧嘩売ってんのか、と唸るエンコリヤ公爵。彼にとってみれば、今の状況こそ『変わった』ことだろう。ほかの人たちも、その質問の意図が読めなかったようで、互いに顔を見合わせている。
「気になったことというか、怪文書は届いたなぁ。ま、そんときにはすでにお前さんもいたから、うちには用はねぇって思って、そのまま捨ておいたが」
エンコリヤ公爵はそういえば、と頬をかきながら証言した。
「あんま詳しくは覚えてねぇが、確かポローシェ侯爵を一緒に追い落とさねぇかかっつうお誘いだったなぁ」
彼の証言に全員の視線がポローシェ侯爵に向く。
「けど、あんまり現実的じゃねぇって思ったし、そっち落とすよりもあんたの父親を追い出して、あんたを侯爵にしたほうが何倍も有益だ」
身もふたもない言葉だったが、誰も何も言わなかった。ドーラはエンコリヤ公爵が横領などに手を染めるだけで、ポローシェ侯爵にまで手を出す余裕がなくてよかったと、心から思ってしまった。
「では、なにか特徴のある文字とか紋様、意匠とかありませんでしたでしょうか?」
ドミトリーは先ほどのように余裕をかましてはおらず、どちらかといえば少し焦ったような様子でエンコリヤ公爵に質問を重ねていく。
「うーん、どうだったかねぇ? 気味悪ぃから使用人に言って、すぐ焼却処分させちまったからなぁ」
エンコリヤ公爵はすまねぇと言って、最終的には考えることを放棄していた。そうですか、とだけ答えたドミトリーは残念そうな表情だったが、まあ、なんとかなりますでしょうとすぐに気持ちを切り替えたようだった。
「そうでしたか。では、ご協力ありがとうございました」
裁判官の長であるエルスオング大公から罪状である横領についてのあらましが述べられ、被告人たちにそれを確認すると否定した。否定するのを最初から分かっていたような顔つきでポローシェ侯爵とドミトリーが次々とその証拠となる書類や押収物などが裁判官たちに示されていった。かなり確実な証拠を集めていたらしく、二人は息の合った方法で相手を追いつめていっていたように見えた。
「だが、貴様は我が娘、ゲーシャと婚約しておったのを忘れたのか、この恥知らず!」
どうやらエンコリヤ公爵はゲーシャという娘を盾にして、無罪を主張したいようだった。縄で繋がれた二人のうち、片方の白髪の男がそう叫んだ。ええ、恥は知ってますよ、イヴァンさん、と笑顔で答えるドミトリーにはなにか含んだような口ぶりだった。
「あなたの娘と婚約したのはあくまでもこの事件を解決するために潜入させてもらった、もうちょっと正確にいえば、協力をしてもらったんです」
飄々としたドミトリーの言葉にざわめく法廷内。ドーラもこの目で直接は知らないが、クララが心に傷を負ったのは、確かドミトリーとゲーシャがいるところにクララが出くわして、いつも通りダンスの相手を申し込もうとしたら、ゲーシャに『泥棒猫』と罵られたとかなんとかと聞いているが、彼の発言の真意はどこにあるのだろうか。
それはドーラだけではなく会場全体、協力者であるはずのポローシェ侯爵でさえ、驚きに口を開けっぱなしだった。
「私がエルスオング家に登用されて以来、あなた方の不正の噂は聞こえていました。納められたはずの税よりも少ない額をエルスオング家に納めていると。ですが、どうやってもその証拠となるものにたどり着けない。だから、協力してもらったんです――――あなたの娘、ゲーシャ嬢に」
そう彼が言った瞬間、エンコリヤ公爵や傍聴席にいたらしいクララの両親、コレンルファ伯爵夫妻もドミトリーにつかみかかろうとし、ポローシェ侯爵をはじめ、エルスオング大公やほかの裁判官たちも唖然としている。当然ながら傍聴人たちもざわめいた。
そりゃそうだろう。
一人の少女が犠牲になった事件は彼らにとって演技だと言われたのだから。
ドーラが今後、結婚し、子供を産んだとして、もし、彼らのように誰かのために犠牲になったら、その相手を許せるはずがないだろう。そして、その反対、誰かに娘や息子を利用されたと知ったとしても、許せるはずがない。
「なので、ゲーシャ嬢には一切、なんの感情も抱いてませんし、彼女も私と同じです」
衝撃の告白に愕然としている一同だが、そこで思わぬことを尋ねた人がいた。
「ではどうして、元婚約者のクララ嬢にあのような言葉を浴びせる必要性があったのですか?」
その声はドーラもよく知る人物、ミールのものだった。彼はどうやらドーラが参加していなかった夜会で、その瞬間を見ていたようだった。それに対して、真面目な顔で答えるドミトリー。
「本来ならば、そのようなことをする必要はありませんでしたが、それをしなければならない理由ができてしまったからです」
彼はアレクサンドルとは違って、繊細さを感じる眼差しだった。それには先ほどまでドミトリーにつかみかかろうとしていたコレンルファ伯爵夫妻も黙りこんだ。
「その理由については後から述べるとして、まずはこの証拠品についての是非を問わせていただきます。エンコリヤ公爵、ここに書かれている字はあなたのものですよね?」
そうドミトリーが尋ねると同時に、ポローシェ侯爵が別の紙を一葉、エンコリヤ公爵の前に持っていった。それをそのまま細工せずにエルスオング大公にも見せた。
「一応、結構な癖字だったので、他の人と間違うことはほとんどありませんでしたが、裁判というところに持ち込む以上は正式な鑑定人に依頼いたしました。鑑定人はミハイル・ヴォルグデ――大公家付き鑑定人です」
そう言いながらエンコリヤ公爵のほうを見たドミトリー。被告人の様子は見えないが、さっきと違って大人しくしていることからも、彼の字だと否定できなかったのだろう。少し間が開いたのち、エルスオング大公は頷いて、それを証拠として認めた。
「そして、こちら、彼から隣国、カンベルタ大公国のさる貴族へ出した手紙も押収させていただきました。あちらの帳簿同様、正式な鑑定結果済です」
再び証拠を提出するドミトリー。先ほどの衝撃の告白はすでに過去のもので、今ではもう、彼の独断場だった。それにもエンコリヤ公爵はなにも言うことはできず、黙り込むしかできなったようだ。
「さて、ここまで何か反論などはありませんでしょうか?」
にこやかに尋ねるドミトリー。アレクサンドルと同じ顔立ちだが、彼とは違って、なにかこう裏のある笑顔だった。
「いや、一切ない」
エンコリヤ公爵はしてやられた、という口調で答える。格下の娘を振って、娘の婚約者となった男にまんまと騙された形であるのだから、そう思っても仕方ないことだろう。
「そうですか。では、もうひとつお尋ねしたいのですが、あなたは最近、なにか変わったことなどは起きませんでしたか?」
ドミトリーの質問にどういう意味だ、ゴラァ、喧嘩売ってんのか、と唸るエンコリヤ公爵。彼にとってみれば、今の状況こそ『変わった』ことだろう。ほかの人たちも、その質問の意図が読めなかったようで、互いに顔を見合わせている。
「気になったことというか、怪文書は届いたなぁ。ま、そんときにはすでにお前さんもいたから、うちには用はねぇって思って、そのまま捨ておいたが」
エンコリヤ公爵はそういえば、と頬をかきながら証言した。
「あんま詳しくは覚えてねぇが、確かポローシェ侯爵を一緒に追い落とさねぇかかっつうお誘いだったなぁ」
彼の証言に全員の視線がポローシェ侯爵に向く。
「けど、あんまり現実的じゃねぇって思ったし、そっち落とすよりもあんたの父親を追い出して、あんたを侯爵にしたほうが何倍も有益だ」
身もふたもない言葉だったが、誰も何も言わなかった。ドーラはエンコリヤ公爵が横領などに手を染めるだけで、ポローシェ侯爵にまで手を出す余裕がなくてよかったと、心から思ってしまった。
「では、なにか特徴のある文字とか紋様、意匠とかありませんでしたでしょうか?」
ドミトリーは先ほどのように余裕をかましてはおらず、どちらかといえば少し焦ったような様子でエンコリヤ公爵に質問を重ねていく。
「うーん、どうだったかねぇ? 気味悪ぃから使用人に言って、すぐ焼却処分させちまったからなぁ」
エンコリヤ公爵はすまねぇと言って、最終的には考えることを放棄していた。そうですか、とだけ答えたドミトリーは残念そうな表情だったが、まあ、なんとかなりますでしょうとすぐに気持ちを切り替えたようだった。
「そうでしたか。では、ご協力ありがとうございました」
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