水鏡に照らされた嘘

鶯埜 餡

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凍雲の章

悪夢の続き

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 なんだか憂鬱だった。

 もうこの街には未練もなく、この先も来るつもりもなかったが、さすがに自分をかわいがってくれた祖母の死だ。葬儀のために戻ってきたは良かったが、なんだか自分だけ浮いているような気がした。

 ああ、そうか。自分は幽霊みたいなんだから問題ないのか。

 そう思うと、少し楽になった。






 十二月の気温も下がった日の夜、生まれ故郷、千代見市にある葬儀会館の受付で仁科優華はひっきりなしに来る弔問客の相手をしていた。
 地元に帰って来たのは十四年ぶりだが、あまり懐かしい思い出はない。むしろこの儀式が終わったら一刻も早く今の家に戻りたい、そう思っていた。
 祖母の葬式、ということもあってここにきている人の半分くらいは祖母が懇意にしていた地元のお年寄りが多かった。訪れる皆は優華のことを覚えていた。彼らは優華がなぜこの街から去ったのか聞かされていなかったらしく、口々に『近頃、顔を見せてないけれど、大丈夫かい?』とか『遠くの親戚の家に行ってるって楓さんに聞いたけど、元気かね?』などと聞くものだから、どう答えればよいのか困り、曖昧にほほ笑み返すことしかできなかった。

 時刻は午後八時過ぎ。
 通夜の最中、この十四年で何か自分の中で変わったことがあるか、自問してみたが、答えは出なかった。
 そんな来客の顔を思い出せないくらいぼんやりとしていた通夜が終わり、弔問客が三々五々に去っていった後だった。
 母親と叔母たちは式場のスタッフと明日の葬儀について話し合っている最中、最期に立ち会うことができなかった祖母の遺影をただ一人、座って眺めていた時だった。

「―――――――お前、優華だったのか。あのころと全然変わってねぇな。てっきりもっと明るくなっていると思っていたよ」

 部外者は誰もいない式場の中で、突然背後から男の声がした。その声の主を確かめるべく振り返ると、フォーマルスーツを着た男がそこにはいた。最初は突然のことに驚き、誰かが分からなかったが、一呼吸おいて誰なのか考え、正体に気付いた時、優華は目の前が真っ暗になるような感覚に襲われた。男は昔とほとんど変わらないそのいでたちをしていて、その姿は優華にとって災い以外の何物でもなかった。

(そうか、康太も『寺子屋』の生徒だったからね)
 彼がここにいる理由が、ただの地域に住んでいるから、という理由だけでないことも思い出してしまった。
「相変わらずの無表情か」
 強張った表情の優華に構う事無く聞こえてくる男の優しい声音は、気持ち良いくらいだった。
(もう、騙されない)
 あの時もそうだった。だが、昔と今は違う。もうこの男に騙されることはない。この男を信じることもない。そう思いながら、優華は無意識に右手を握りしめた。それに気づいたのか、彼は一瞬優華の手をつかもうとしたが、その手を宙で止めて苦い表情になった。
(なんで、何で今更そんな表情するの?あの時にその表情をしてくれたら、あの時に手を差し伸べてくれたらよかったのに―――――――)
 そんな感情が優華から溢れ出そうだった。だが、男はまたな、と言って踵を返し、式場から出て行った。
(私はもう二度と康太の顔を見たくないんだけれど)
 ここがお通夜という儀式の場でなければ確実に、彼を罵っていただろう。それくらい、優華には彼に対する憎しみしか残っていなかった。

 それほどまでに優華にとって、男――佐々木康太は王子様の皮をかぶった悪魔のような存在だった。
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