水鏡に照らされた嘘

鶯埜 餡

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凍雲の章

実家への一歩

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 その後、しばらくしてから式場の人たちと打ち合わせが終わった母親たちが戻ってきた。一瞬、落ち込んでいるような優華の様子に驚いた母親だったが、優華に何があったのかも聞くこともしなかった。葬儀会館の隣にあるレストランで母親と母親の妹である叔母の一家とともに食事をとった後、叔母に寝ずの番を頼んだ母親と二人で実家へ戻ってきた。その晩の空には厚い雲が覆いかぶさっており、月は薄っすらとその存在を確認できるだけで、まるで優華の心の中を表しているようだった。
 優華は十四年ぶりに実家に足を踏み入れようとしたが、やはり立ちすくんでしまった。
「怖いの?」
 母親の百合は立ち止った優華に問いかけた。優華の姿そっくりな母親は、誰よりも優華の苦悩を理解してくれている。ここに戻ってくる時だって、何回も優華に本当に無理しなくていい、と念を押された。それくらい心配してくれていた。
 優華は微かに頷き、家を見上げた。二階の北側の部屋。そこが自分の部屋だ。それは理解しているのに、足が動かない。母親に手を握ってもらい、深呼吸をしてもう一度足を動かすと、今度はきちんと踏み出すことができた。

「おかえり、優華」

 母親は心底、ほっとした表情でそう言った。優華もそのほっとしたような表情に思わず、ごめんと謝ってしまった。だが、何も言わず母親は優華の頭を撫でると、さあ入りましょ、と言って、家の中へ入るよう優華を促した。

 実家は十四年前の面影を残しており、母親一人が住むのには広すぎる、どこか寂し気な印象を持っていた。
「ただいま、お父さん」
 和洋折衷な造りの家の中心にある仏間には大きな仏壇が置かれており、十四年ぶりに手を合わせた。そこに飾られた写真、それは、優華が物心つく前に死んだ父親のものだった。顔を知ることなく死んでしまった父親だが、自分の命と引き換えに死んでしまったという話を知っているだけに、あの日までは毎日、絶対に欠かすことがなかった儀式だ。
「優華、早くお風呂に入ってきなさい」
 手を合わせていた時間が長かったのだろう。母親に急かされた優華は持ってきた鞄から着替えを出して、浴室へ向かった。入浴後、元の自室へ向かった優華は、そこが今の自分をつくった最初の場所なんだと改めて思い出した。忘れもしないこのベッド。この家の間取りじゃなかったら、たぶん自分は確実に死んでいた。そう思いながら、昔と同じように寝ころび、目を閉じると、良いことなんて一つもない過去を思い出した。
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