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五章 イライラと血ノ盟約と ④

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 母様は、出産の際に亡くなるかとも比喩されていたが、なんとか持ちこたえ、生き延びた。
 しかし、完全な状態ではなかった。出産以来、体調が良くなる事はなく、常に寝たきりでいる。
 私はと言うと、母様からは、フランスの名前であるマルグリット、父様からはこの生まれた土地である日本名、亜子の名をもらい、公には「亜子」の名のみを周りに伝える事となった。

 母様たちの会話を見るに、事情があったようだった。
 私は相変わらず、母様たちの過去の夢らしきものは見られても、私自身は、周りに気づかれておらず、誰かの記憶を覗いているようなものだった。
 そのおかげで、母様たちの事情ははっきりと解ることができた。

 まず、父様の、正妻にあたる奥様には本当の事を伝えられないから、名前は隠し名として用意する必要があるという事。
 さらにもう一つ。隠し名があれば、夕顔達にも対抗手段として持ち入れられるかもしれない、という事。万が一、真名でもあるマルグリットの名が知られでもしたら、何がおこるか解らない、という事だった。
 
 名前も決まり、私と母様の穏やかな時間がこれからようやく紡がれていくのかと思われた。
 ・・・しかし、長くは持たなかった。

 数ヶ月して、母様は、体を砂に変え、この世を去った。
 

 最初は、寝床が砂だらけになって、母様が居ない状態に、家の者も、父様も、ただ純粋に誰かの悪戯だと思っていた。しかし、置き手紙も何もない。
 だが、怪奇現象に詳しい知り合いらしい怪しげな男が、父様に言う。

「それは!吸血鬼が、闇へと還った・・・死んだ証だよ!」

 察しもせずに、興奮しながら言う。
 彼の姿に、もちろん、疑いも残さなかった訳ではない。
 しかし、母様は日頃から父様に本来の姿の事を話していたのだろう。
 父様は、見るからに顔を青くしていた。

「ま、まさか・・・そんな・・・、だが、彼女が吸血鬼なのは確かで・・・」

 

 それからというもの、父様は暫くの間、呆然として、使い物にならなくなっていた。





 父様は、正妻である芽衣様とはあまりそりが合わない。もともと政略的な見合い結婚だあったのだから、当然と言えば当然であるが。
 だから普段から、母様のところへと通って来ることが多かった。
 しかし、その母様もいなくなった。妾という立場であった以上、表立った葬式もできず、それだけで父様はどんどん壊れていった。
 かろうじて、助かったのは、壊れる前。あの怪しげな、男。
 吸血鬼など怪奇現象ごとに詳しかった男が、父様に娘を守りたいのなら、護符を家に貼れと、普段から真名はできるだけ言わないようにしておけと言って、実行させておいてくれた事。
 おかげで、私はこれまで生きていられたようだった。

 心が壊れていきながらも、父様は私が十四になるまでは、愛してくれていたようだった。
 すっかり私も忘れていたが、一年に一度、表立った墓参りはできないが、こっそり庭の隅に、母様の砂を入れた壺を埋め、ここはお前の母様の墓なんだよ、と教えてくれ、共に二人だけの墓参りをしてくれていたようだった。

 事件が起きたのは、私が十四の時。
 再び、あの夕顔達がやってきた。


 私自身は全く気づかずにいたが、父様は震えていた。

 《おお、あの時の娘か》

 《ずいぶんとちんちくりんではないか?》

 『少しは何かしら力がでてきてもいいものだが、まるで気配がないではないか!まさか・・・?お前ら、何か、したな?!』

 《まさか!》

 《まさか!》

 ざわざわと、木の化け物は幹を、枝を、反らしたり動いたりして葉が揺れ音が鳴る。
 どうやら、幻のようなどこかに連れて行かれた訳でもなく、いつ誰かが来るとも限らない状態・・・芽衣様に限っっては、なにかの力によって、結晶のようなもので固められているのだから、恐れを抱いてしまうのは当然である。
 
 「娘を守らない親がどこにいる?!巫山戯るな!妻にもこんな事を・・・。酷い・・・。」

 震える体をなんとか立たせてそう言うと、また木々はバアン!と父様を叩く。

 「ぎゃああああ!!」

 「父様?!どうしたの?!」

 「亜子!亜子は逃げなさい!!」

 「なんで?父様!」

この頃の記憶。なぜ、おぼえていないのか。」

 「きゃあああああああ!!父様!!」

 今度は父様は、夕顔自身によって背中に傷を負わせられた。

 
 そこから、私は意識を手放したようだ。
 目に見える過去の出来事も、途切れ途切れになっている。
 父様自身の記憶も、混乱しているか、蓋をしたかったかのように明らかに、目に映るものからは時々、体に空洞があるように見えたりしていて、なんだか恐ろしかった。


 傷は、右肩から背中にかけて、長く伸びた鋭い爪でやられたに過ぎなかったが、この事件の後から父様は、さらに変わっていった。
 いつか、娘である私を殺してしまうかもしれないと、恐れたのには違いがなかった。一人きりでいる父様の姿を見ると、とても苦しそうに見えたからそう思えたのかもしれないが。
 私はというと、何故か例の怪しい男の傍に数ヶ月いたようだ。
 彼は一体何者なのだろう・・・とも思ったが、何故だか知っている誰かのような気がして、考えるのをやめてしまった。


 そして、十六歳になって、あの実家へ戻ると。芽衣様は私に対して恐れがあるのか遠くの部屋へやり、父様はこれ以上の事を考えるのをやめてしまったのか、私を見ても、見ぬふりをし。
 結果的に、その頃から奉仕してくれていたメイド達は誤解をして、私を虐めていたようだった。
 そう。だから今こうして、草月様の所でやっかいになる事になったのね。


 
 ふわり、ふわりと数枚の桜の花びらが私に近づく。
 手にとってみると、誰かの記憶が脳裏に映る。

 あれは誰だ。私・・・?
 庭の池に映る私の瞳の色。
 うずくまりながら、池を覗く私。
 その私の瞳の色は、金色に光り、口元は何故か、血で酷く汚れていた。


 金色。
 血。

 もしかして、私はすでにこの頃から吸血はしていた?


_______


 今月中にこの作品は投下しきりたい為、当面連日投稿となります。投稿時間はまばらですが、だいたい夕方~夜にかけての投稿予定。
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