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第三章 雄飛

7-18 進路(前)

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「アンリよ、あのマイヤという娘じゃが、どこかおかしいぞ」

 ある放課後、ジルの小屋を訪ねてお茶をごちそうになっているとき、彼がさりげなく切り出した。今日もベアトリーチェは来ているが、いまはセバスチャンと剣術の鍛錬中だ。魔法もだが、剣術もかなりスジはいいらしい。さすがパーフェクトガール。

「なんとなくおかしいのはぼくも感じてたし、だからお願いしたんだけど、ジルが感じたのはどんなところ?」

「同調は魔法ではない、と前に言ったじゃろ? その能力を獲得したものは、自身の魔力のうち必要な部分を、同調専用に作り替えるんじゃが、この部分はもう魔法には使えんようになる。同調に必要な魔力は多いでな、相当の魔力を持っとるものでも、同調能力を獲得してしまえば、魔法に使う魔力はあまり残らんのじゃ」

 なかなか不便な能力だな。それを使えるようになると、魔法使いとして大成できなくなるってことか。

「じゃが、あの娘は魔法の実技で大魔法使い級の魔力量を見せおった。ありえないとまではいわんが、滅多にお目にはかかれんくらいのな。そのうえでほんとうに同調を使えるなら、もともと持っとる魔力量は、それこそありえない水準じゃ」

「それひょっとして大変なことじゃない? ほんとうに使えるならって、使うところは見てないの?」

「とんでもないことじゃよ。同調を使わせようと思ったんじゃが、ジジイに同調する趣味はないとか言いおった。ほんとうに失礼な娘じゃ」

 だめだこりゃ。これ以上はジルには頼れそうもない。この様子では、マイヤはけっしてジルとの距離を縮めないだろう。慕って頼ってくるなど、夢のまた夢だ。マイヤの異常性が確認できただけでよしとしよう。あ、別の異常性は確認済みだけどね。

「同調を使われた時って、わかるのかな?」

 知らないうちに勝手に同調を使われて考えを読まれるのはおもしろくない。しかもあいつは間違いなくそれをしている。

「慣れれば、ほんのちょっとした違和感を感じるんじゃがな。説明は難しいのぉ」

「知りあいに誰か、使える人はいない? 何度か使ってみてもらえば、感じ取れるかも」

「おらんことはないが、今どこにいるかは知らん。いつもフラフラしておるでの。ドルニエにおるかどうかもわからんよ」

「その人がつかまれば、頼めるかな?」

「気まぐれなやつじゃて、言ってみんとわからんな。見かけたら紹介だけはしてやるわい」

「助かるよ、ありがとう!」



「リシャールはいいよな。ほっといても就職先が向こうから寄ってくるもんな」

 その夜、寮の食堂でいつもの四人で夕食を取っていると、マルコが突然天を仰ぎながらうめくように言った。

 なんでも、騎士課程では今日、卒業後の進路希望について調査が行われたそうだ。まだ卒業まで三年近くあるというのに、気の早いことだと思うのだが、自分の力と就職先の折り合いをつけるためには、けっこう時間をかけた調整が必要なんだそうだ。

「関係ないよ。ぼくは近衛以外考えてない」

 最近のリシャールは、ヘンに謙遜したりせずに自分の実力を正当に評価した発言をする。ぼくはそこに非常に好感を持っているのだ。リシャールは、同じ学年の時のフェリペ兄様と比べてもけっして見劣りしない。ということは、むこうからスカウトが来るレベルだということだ。

「ぼくは魔法局かなぁ。アンリのお兄さんも魔法局に行ったよね? 今度話を聞かせてくれるよう、お願いしてもらえるかな?」

「いいよ。ジョルジュ兄様だけでいいの? 誰か上の人を紹介してもらうように頼んでもいいよ?」

「い、いいよ。いきなりそんなえらい人に話を聞いても、地に足をつけて考えられないし」

「マルコはどうするんだ? 今日のの調査では未定になってたと思うけど?」

 リシャールが咀嚼していた肉を飲み込んで言った。うん、シルドラよりも食事中の話し方が上品だ。

「うーん、家は兄貴が継ぐし、自由にしていいって言われてるんだよな。普通に考えればどっかの騎士団にもぐり込むんだろうけどさ、それもおもしろくないじゃん? いろいろ迷ってんだよ」

「いろいろって? 騎士団以外を志望してるやつなんて見ないぞ?」

 まあ、騎士課程にいる以上、騎士になるための鍛錬をしているわけだし、騎士になりたいから騎士課程に行くんだろうしな。

「情報局なんかどうかな?」

 マルコ、おまえにはムリだ。鉄砲玉にされるのがオチだぞ、ヨーゼフみたいに。

「な、なんかマルコのイメージと少し違うかな? ほかにも考えは?」

 ルカがいっしょうけんめい違う方向にマルコを導こうとしている。友人おもいなやつだ。マルコ、この言葉を重く受け止めろ。

「あとは、そうだな……傭兵団?」

「マルコ、傭兵を甘く見てるだろ? もうちょっと考えた方がいいぞ?」

 たまらず口を挟んでしまった。当然バックファイヤが来る。

「そういうアンリはどうなんだよ? おまえの将来の話なんて、聞いたことないぞ?」

「そういえばそうだな。ぼくも聞いたことがない」

 リシャールもこちらに関心を向けてきた。

「聞いたことあるわけないじゃん。話したことないもの」

「じゃあここで話してみろ。しっかりきいてやる」

「考えてない」

「「おまえがいちばんダメじゃないか!」」

 ハモられてしまった。

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