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第三章 雄飛
7-19 進路(後)
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将来の話なんかしたので、ちょっと自分でも考えてみた。正直、卒業後どう動き回ろうか、ということばかり考えていたので、進路とかまったく考えていなかった。
ロベールやマリエールはぼくがどういう道を選んでも応援してくれるだろうが、ニートだけは別だろう。厳しく真意を問い詰められるに違いない。カトリーヌ姉様も嫁ぎ先から飛んできてぼくを詰問するだろうし、イネスには問答無用でぶん殴られそうだ。フェリペ兄様は「父様に恥をかかせるな」とひとことだけ言うだろう。
ロベールは近く侯爵に任ぜられそうだといううわさを聞いた。現在は王の直轄軍全体の軍政を司っている。三男という気楽な身分とはいえ、その身内がニートというのは確かに聞こえがよくない。おそらく、実家に連れ戻されて領軍騎士団に放り込まれる。そこにはイネスがいる。ダメだ。それにカルターノは離れたくないのだ。日常に入ってくる情報量が違う。
そんなことを考えながらシルドラといっしょに拠点の応接間に入ると、ローリエが幸せそうにドルニエ風の饅頭もどきをほおばっていた。ちなみにこれは、餡子とは微妙に違うがいい感じの甘いあんが入っていて、確かにうまい。
「ローラ」
反応がない。饅頭をもう一個手に取った。
「ローラ!」
やはり反応がない。手に取った次の一個にかかろうとして口を大きく開けた。
「ローラッ!!」
「はい!」
ローリエは饅頭を口もとに持ったままこっちに顔を向けた。どうやら、自分の名前がローラだという自覚がまだあまりできていないようだ。
精悍な雰囲気を持つボーイッシュ美少女のそういう間抜けな様子は、ゲームなどでみる限りはたしかに萌える。だが、自分がその場面の当事者になってみると、困惑するだけだということを知った。
「聞いたよ。ローリエの病気は大丈夫なの?」
「え? ぼく病気なんか……」
そこでローリエが固まる。うっすら想像していたとおりの反応だった。気まずい沈黙が流れる。
「えーと、ローリエだよね、うん。な、なんとなく落ちついてるみたいだよ?」
ローリエ、偽名を使うなら、自分自身でもっと覚悟を決めような?
「ローラ、この一週間とくに何ごともなかったけど、お試し期間を終わりにして正式採用にしようと思うんだ」
三人の気まずい場の雰囲気をなんとか処理して、みんながそろったところで言った。
「え、ほんとかい? やった!!」
みんなにもとくに異論はないようだ。もともとお試しの必要すらない人材だし、ああいう形で切れたと思っていたローリエとの縁が、ローリエ自身の意思で戻ってしまった以上、もう逃げるわけにはいかないからね。
「だから、いままで一日銀貨二枚渡していたけど、明日からは、それはなしね」
「え、どういうこと!?」
「だって、ほかのみんなもそうだよ? 稼ぎは一括してリュミエラが管理してる。食費や、皆で行動する上で必要なものはそこから出す。宿代はかからない。そのほかは、必要に応じてひとりひとりが稼いでいるんだ。ローラだけ特別あつかいはできないよ」
シルドラ、リュミエラ、ローザはそれぞれに頷いてみせる。ローリエの顔ははっきりとこわばっている。
「え、でも、それは困る……もう全部使っちゃったし……」
七日だから銀貨十四枚をか!? ローリエ、お金の使い方は、先を見て計画的にね?
「でも、アンリ……さんは? 稼ぐ時間ないだろ?」
「ぼくはまだ学生だもの。家からお小遣いもらってるよ」
「ずるいよ! つ、都合のいいときだけ学生にならないでよ!」
「そういう条件でダメなら、残念だけど」
「あ、わ、わかったよ! いいから、それでいいから!」
ローリエは泣きそうだ。ちょっといじめすぎたかな。
「卒業後でありますか。たしかにちょっと迷うところでありますな」
「時間の制約の多い仕事はアンリ様にとっては難しいですからね。普通に思いつく職業は難しいかもしれません」
シルドラとリュミエラはそれなりに真面目に考えてくれているようだ。
「わたしが近衛に任官されたときには、親はほんとうに喜んでくれました。だというのにわたしは……」
ローザは自分の身の上に思いをはせて落ち込んでいる。ちなみに、ローリエはふくれてそっぽを向いている。
「近衛はもうぼくらの代はリシャールに決まったようなものだし、ほかの数字つき騎士団も騎士課程で実績のあるやつを取るだろうから、騎士のメはそもそもないよね。行政官だと、ぼくの成績だと財務局、国土局はない。外務局や情報局ならなんとか、というところだね」
どれにしても、時間の融通はまったく利かない。若手のうちは朝から晩まで右に左にこき使われる。
「研究者の助手、というあたりがもっとも時間の融通が利くとは思います。ザカリアス先生にお願いするのが一番簡単でしょうが、魔法課程でもないアンリ様が、というのは周囲も不思議に思うでしょうね」
しまったな、そこまで考えて進路を選択すべきだったか。
「同じような形ですと、バルデのところ、というのも可能性のひとつだと思うであります。ですが、あまり借りを作るのもどうかと感じるでありますよ」
だよね。よほどのことがない限り、裏の商売とはほどよい距離を保つべきだし。
「あとは、誰か高位貴族のお抱え、というのがありますね。伯爵家以上になれば、自前でいろいろ人材を求める方もおられます。ですが、よほどアンリ様の事情をよくわかってくださる方でないと、いろいろ問題が起きるでしょう」
結局はバルデと同じだ。一方的に世話になるわけにはいかない。持ちつ持たれつがうまい形で成立する相手でないといけない。
「自分で店をつくる、とかは? それか、ギルドと被るけど、人材派遣とか」
気持ちが落ちついたらしいローリエが新しいアイデアを出してくれた。まったく頭になかったが、ぼくの目的のためにはいちばん便利な考え方だ。
「そっか、それもひとつの手だね。すごいよ、ありがとうローラ!」
「え、そう? えへへ……」
ただ、うまいアイデアではあるのだが、それにしても重要な点が実は抜けている。なにを商売のネタにするかとか、自分で店を切り回す能力も経験もないぼくを誰が支えてくれるか、ということだ。人材派遣にしても、表だってそれをやればデメリットも出てくるだろう。
学舎の残りの三年弱、人材集めを加速することだけを考えていたけど、どうやらそういうわけにはいかないようだ。仕事は自分のカバーに過ぎないけど、それだけに難しいということを認識してしまった。ああ、頭が痛い。
ロベールやマリエールはぼくがどういう道を選んでも応援してくれるだろうが、ニートだけは別だろう。厳しく真意を問い詰められるに違いない。カトリーヌ姉様も嫁ぎ先から飛んできてぼくを詰問するだろうし、イネスには問答無用でぶん殴られそうだ。フェリペ兄様は「父様に恥をかかせるな」とひとことだけ言うだろう。
ロベールは近く侯爵に任ぜられそうだといううわさを聞いた。現在は王の直轄軍全体の軍政を司っている。三男という気楽な身分とはいえ、その身内がニートというのは確かに聞こえがよくない。おそらく、実家に連れ戻されて領軍騎士団に放り込まれる。そこにはイネスがいる。ダメだ。それにカルターノは離れたくないのだ。日常に入ってくる情報量が違う。
そんなことを考えながらシルドラといっしょに拠点の応接間に入ると、ローリエが幸せそうにドルニエ風の饅頭もどきをほおばっていた。ちなみにこれは、餡子とは微妙に違うがいい感じの甘いあんが入っていて、確かにうまい。
「ローラ」
反応がない。饅頭をもう一個手に取った。
「ローラ!」
やはり反応がない。手に取った次の一個にかかろうとして口を大きく開けた。
「ローラッ!!」
「はい!」
ローリエは饅頭を口もとに持ったままこっちに顔を向けた。どうやら、自分の名前がローラだという自覚がまだあまりできていないようだ。
精悍な雰囲気を持つボーイッシュ美少女のそういう間抜けな様子は、ゲームなどでみる限りはたしかに萌える。だが、自分がその場面の当事者になってみると、困惑するだけだということを知った。
「聞いたよ。ローリエの病気は大丈夫なの?」
「え? ぼく病気なんか……」
そこでローリエが固まる。うっすら想像していたとおりの反応だった。気まずい沈黙が流れる。
「えーと、ローリエだよね、うん。な、なんとなく落ちついてるみたいだよ?」
ローリエ、偽名を使うなら、自分自身でもっと覚悟を決めような?
「ローラ、この一週間とくに何ごともなかったけど、お試し期間を終わりにして正式採用にしようと思うんだ」
三人の気まずい場の雰囲気をなんとか処理して、みんながそろったところで言った。
「え、ほんとかい? やった!!」
みんなにもとくに異論はないようだ。もともとお試しの必要すらない人材だし、ああいう形で切れたと思っていたローリエとの縁が、ローリエ自身の意思で戻ってしまった以上、もう逃げるわけにはいかないからね。
「だから、いままで一日銀貨二枚渡していたけど、明日からは、それはなしね」
「え、どういうこと!?」
「だって、ほかのみんなもそうだよ? 稼ぎは一括してリュミエラが管理してる。食費や、皆で行動する上で必要なものはそこから出す。宿代はかからない。そのほかは、必要に応じてひとりひとりが稼いでいるんだ。ローラだけ特別あつかいはできないよ」
シルドラ、リュミエラ、ローザはそれぞれに頷いてみせる。ローリエの顔ははっきりとこわばっている。
「え、でも、それは困る……もう全部使っちゃったし……」
七日だから銀貨十四枚をか!? ローリエ、お金の使い方は、先を見て計画的にね?
「でも、アンリ……さんは? 稼ぐ時間ないだろ?」
「ぼくはまだ学生だもの。家からお小遣いもらってるよ」
「ずるいよ! つ、都合のいいときだけ学生にならないでよ!」
「そういう条件でダメなら、残念だけど」
「あ、わ、わかったよ! いいから、それでいいから!」
ローリエは泣きそうだ。ちょっといじめすぎたかな。
「卒業後でありますか。たしかにちょっと迷うところでありますな」
「時間の制約の多い仕事はアンリ様にとっては難しいですからね。普通に思いつく職業は難しいかもしれません」
シルドラとリュミエラはそれなりに真面目に考えてくれているようだ。
「わたしが近衛に任官されたときには、親はほんとうに喜んでくれました。だというのにわたしは……」
ローザは自分の身の上に思いをはせて落ち込んでいる。ちなみに、ローリエはふくれてそっぽを向いている。
「近衛はもうぼくらの代はリシャールに決まったようなものだし、ほかの数字つき騎士団も騎士課程で実績のあるやつを取るだろうから、騎士のメはそもそもないよね。行政官だと、ぼくの成績だと財務局、国土局はない。外務局や情報局ならなんとか、というところだね」
どれにしても、時間の融通はまったく利かない。若手のうちは朝から晩まで右に左にこき使われる。
「研究者の助手、というあたりがもっとも時間の融通が利くとは思います。ザカリアス先生にお願いするのが一番簡単でしょうが、魔法課程でもないアンリ様が、というのは周囲も不思議に思うでしょうね」
しまったな、そこまで考えて進路を選択すべきだったか。
「同じような形ですと、バルデのところ、というのも可能性のひとつだと思うであります。ですが、あまり借りを作るのもどうかと感じるでありますよ」
だよね。よほどのことがない限り、裏の商売とはほどよい距離を保つべきだし。
「あとは、誰か高位貴族のお抱え、というのがありますね。伯爵家以上になれば、自前でいろいろ人材を求める方もおられます。ですが、よほどアンリ様の事情をよくわかってくださる方でないと、いろいろ問題が起きるでしょう」
結局はバルデと同じだ。一方的に世話になるわけにはいかない。持ちつ持たれつがうまい形で成立する相手でないといけない。
「自分で店をつくる、とかは? それか、ギルドと被るけど、人材派遣とか」
気持ちが落ちついたらしいローリエが新しいアイデアを出してくれた。まったく頭になかったが、ぼくの目的のためにはいちばん便利な考え方だ。
「そっか、それもひとつの手だね。すごいよ、ありがとうローラ!」
「え、そう? えへへ……」
ただ、うまいアイデアではあるのだが、それにしても重要な点が実は抜けている。なにを商売のネタにするかとか、自分で店を切り回す能力も経験もないぼくを誰が支えてくれるか、ということだ。人材派遣にしても、表だってそれをやればデメリットも出てくるだろう。
学舎の残りの三年弱、人材集めを加速することだけを考えていたけど、どうやらそういうわけにはいかないようだ。仕事は自分のカバーに過ぎないけど、それだけに難しいということを認識してしまった。ああ、頭が痛い。
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