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第三章 雄飛

7-20 微震(前)

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「ちょっとギルドが妙なことになっているでありますよ」

「あそこはいつも妙といえば妙だけど、どうしたの?」

 ランク的に誰がみても腕利きの集まりとなってきているぼくたちにとって、ギルドは昔と違って居心地の悪い場所ではなくなっている。だが、ムリに仕事を受けてランクを上げようとする段階ではないので、学舎の生徒としての生活のあるぼくは、最近はあまり顔を出していない。

「カルターノから女王国に向かう街道でありますが、少し前から盗賊が出没するそうであります。それでギルドから調査を出したらしいのでありますが、二隊出した調査がどちらも戻ってこなかったそうであります」

「それだけだと、気の毒ですがよくある話ではありませんか?」

 リュミエラが意外と冷淡な反応をした。

「そのとおりであります。それでディノさんが乗り出そうとしていたんでありますが、邪魔が入ったのでありますよ」

 ディノさんはBクラスに上がっていたはずだ。彼が出ようとしているところで、それを邪魔できる冒険者なんて、カルターナにいただろうか?

「ディノさんに誰が横やりを入れられるのでしょう?」

 リュミエラも同じことを考えたらしい。

「女王国からAクラスの冒険者がたまたま流れてきていたそうであります。そいつらがどうしても自分たちが行くと言ってきかなかったらしいであります」

 おいしそうな仕事をランクが上の冒険者がさらっていく、というのはべつに珍しい話でもないんだけど、女王国との間をつなぐ街道のゴタゴタに、たまたま来ていた女王国のAランク冒険者がしゃしゃり出てきたってか。何かがありそうな気はするね。

「ローザ、女王国でもAランク冒険者はそう多くないと思うけど、心当たりはある?」

「国境を越えて活動しているAランク冒険者は二人ほど思い浮かびますが、シルドラさん、名前はわかりませんか?」

「ギルドの話では、ジュゼッペとかいったでありますよ」

「五年前にはまだBクラスだった冒険者ですね。当時は、若いが急に力をつけてきた、と言われていました。それ以上のことはちょっと。ヨーゼフならもう少し裏の事情も知ってるかもしれません」

 ビットーリオたちがアッピアに行ってそろそろ三十日ほどだ。けっこうたつが、情報収集をして帰ってくるとなると、もう少しかかるかもしれない。

「その盗賊、ホントに盗賊なのかな?」

 ローリエが疑問を口にした。それはぼくも気になったところだ。ランクは並とはいえ、調査のチームを二隊、連絡役を逃がすまもなく全滅させたってことだからね。

「ドルニエにはAランクって何人くらいいるの?」

「たしか三人だったと思うであります。だいたいは高位の貴族か大商店が高額で雇って特命の仕事をさせているでありますよ。ギルドに顔を出すことはあまりないであります」

「女王国も五人は超えていなかったと思います」

「そのAランクがちょうどこんな問題が起きたときに、たまたまよその国のギルドに顔を出したというのも、よくできたお話ですね」

 いちおう探れるところだけ探っておくか。

「シルドラ、その盗賊がどこを拠点として、どんな行動をとってるのか、ムリのない範囲で探ってみて。ローザを助手に使っていいよ」

「了解であります」

 シルドラからはいつもどおりの気持ちいい返事が返ってきたが、ローザは不安そうだ。

「アンリ様、調査隊が二隊全滅しているところに、二人で乗りこむのは危険ではないですか?」

「できる範囲でいいよ。どこまでやるかの見きわめはシルドラに任せればいいから」

「ローザも早くこの手の仕事に慣れてほしいであります」

「わ、わかりました。全力で頑張ります」

「そんなに肩に力入れなくてもいいよ。それからリュミエラは、カルターナに来てからのジュゼッペとやらの行動について調べてくれる?」

「おまかせください」

 とりあえず明後日くらいには、何かあるのか、ないのか、くらいはわかるだろう。



「あのさっ、アンリ……さん? ぼくはどうしたらいいのかなっ?」

 ローリエが役目を振ってほしそうにこちらをみている。しかし彼女も自分がローリエだと認めれば、ぼくの呼び方を迷う必要もないのに、大変だな。

「そうだな……ローラがなにができるのかぼくは全然知らないし、それを確かめないことには、なにを任せたらいいかわからないよね」

「なに言ってるのさ、よく知ってるじゃ……」

 固まった。ホントおもしろいヤツだな。狙ったとおりの反応を返してくる。

「だから、明日は夕方ぼくの授業が終わったら、一緒に街に出ようよ」

「明日は平日でありますよ? アンリ様は外出できるでありますか?」

 シルドラが確認してきた。ここは転移だけのためにシルドラの時間を拘束するよりも、情報収集に専念してもらったほうがいいだろう。

「だいじょうぶ。アウグスト殿下に呼ばれていることにすれば、目こぼししてもらえるよ。アウグスト殿下のところに行くのは週一か二だけど、週三回くらいはこの手で外出しようと思うんだ」

「人助けすらも自分のために利用するとは、さすがであります」

「ね、ねえ、街に出てどうするの?」

 会話に乗りそこねたローリエがようやく口をはさんできた。

「ぼくらがよく使う店とかに顔出し、とかね。ブラブラしようと思うけどダメ?」

「そ、そんなことないけど、ぼく、あまりお金ないよ?」

 この街にローラとして現れたときからそうだが、なぜ彼女は一貫して懐がさびしいのだろうか? 浪費癖でもあるのか?

「明日は食事はぼくがおごるよ。必要な買い物はこっちで出すから。いいよね、リュミエラ?」

「むだ遣いはなしにしていただきますが、必要なものでしたらどうぞ」

 現金にも,この瞬間にローリエの表情はパッと明るくなった。


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