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チャプター1:ガトリンガールとサー・チェーンソード

二話:貧窮不屈

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『サメドバッグ』。そう荒々しく筆で書かれた看板が掲げられている。
 ここはヤーバンストリートの一角にある酒場だ。
 同時に『サメハンターギルド』もしているため、死にたてホヤホヤのサメ肉を食べられるとサメハンターたちに人気の店。
 普段は(比較的)治安も良く、荒事など起きない場所なのだが……、
 

 「やっすぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?!?!?!?」


 店内に悲鳴が響いた。
 筋骨隆々のサメハンターたちは、一斉に声の方に振り向く。
 

 「どう考えたって群れ討伐の値段じゃありませんことよ!? 」


 声の主はジョセフィーヌ。周りの視線など気にすることなく、マスターにギャンギャンわめく。カウンターの向こうのマスターは帳簿を置き、
 

 「受注もしないで気まぐれにぶっ殺したのはジョー、お前だろうが。勝手にタスクだけこなしたら、足元見られても仕方ないだろ」
  

 そうジョセフィーヌに言って、皿洗いを始めた。
 

 「ぐぬぅぅ……その通りですわ……」
 

 ジョセフィーヌはカウンターテーブルに突っ伏す。


 「ところでジョー。 今日は食わず嫌いせずにサメステーキでも食ったらどうだ? うちのコックのステーキは絶品だぞ?」


 マスターは出来たてのサメステーキをジョーに見せた。
 鮫人を大胆にも輪切りにした厚切りのそれは、三日月状のまま焼かれている。金網で焼かれ余分な脂を落とし、シェフ謹製のソースをひとまわし。フルコースの肉料理のような出で立ちだ。
 しかしジョーはそれを突っぱねた。


 「嫌なものは嫌なんですの!! こんなもん食うやつの気がしれませんわ!!」

 「だって原価ゼロだし、高タンパクだし 」

 「わたくしはそこらの健康意識高いやつじゃありませんの!!ハイカロリーなのが食べたいんですの!! 
 だからいつもの下さいまし。 今日は『ロック』の気分ですの!」

 「すまねえなジョー。今日は石油アブラ石炭イシも切らしてんだ」 


 その一言に驚いて、思わず立ち上がる。


 「……切れた?  ええぇぇぇぇ!? もうねえんですの!?」

 「ああ。 ここまで運んでた運搬車がゾンビサメに襲撃されたみてぇでな」

  
 近くにいたサメハンターたちは戦慄した。

 
 「ぞ、ゾンビサメ……! タダでさえ強い鮫人さめんちゅが不死になったってのかよ!!」

 「腐って肉が柔らかくなるとはいえ、束でかかってくるからなぁ……命がいくつあっても足りねえよ」

 「それに肉も売れねぇし、やってらんねえよ……」
 

 マスターは立派な口ひげをいじりつつ、ジョセフィーヌに目を向ける。


 「と、まあこんなところで並のサメハンターには狩れんからな。最低でも黒い美人たちの救出は、二週間かかるだろう」

 「にににに、二週間ンンンン!?  それまでかすみも食わせるして!?」

 「サメの肝でも食ってりゃどうだ? あいつら良質な脂を蓄えてるじゃねえか。金も使わなくていいし一石二鳥だろ」

 「何てもの食わせる気ですの!?そんなんでは私の高貴な燃焼炉が汚れてしまいますわ!!」

「だが……ジョー。お前燃焼出来なかったら動けなくなるだろ?」

「それでも! それだけはっ! 私の最後のプライドが許せないんですのよ!!」


 涙目で絶叫するジョセフィーヌ。


 「力には屈するもんだぜ、ジョー。人間は勝てねえもんには勝てねぇのさ」


 次の瞬間には、その目は据わっていた。動向が開ききった目で、マスターを睨む。


 「……行きますわッ!この運搬車までッッ!!マスター、場所を教えてくださる!?」

 「殺る気か? 相手は不死になったサメ共だぞ?  流石のあんたも手を焼くだろう」

 「死にませんわよ。わたくしは『ジョー』ですのよ? 」

 「だがしかしだ、アンタは今ガス欠寸前だろ? 冗談きついぜ。 大人しくサメを食ったらどうだ?」

 「いいえ。わたくしのプライドに傷をつけるくらいなら、この先で野垂れ死にしてやりますわ」


 マスターは歓声替わりの口笛をひとつ。ジョーの目に確かな闘志が宿っていたからだ。そして背面の棚から小袋と写真を取りだした。


 「それでこそアンタだぜ、ジョー。お代はいいからコイツを探してみろ」


  マスターが指さす写真には、甲冑で全身を包んだ騎士が写っていた。四肢は不自然に細長く、不気味さをかもし出している。
 さらに手には、異形のチェーンソーが握られている。
形は大剣のそれだ。持ち手の延長線上にチェーンソーの刃がまっすぐ伸びている。言うなればチェーンであった。
  ジョセフィーヌはその写真を凝視する。


 「なんですの? こいつマジでふざけた格好してやがりますわね」

 「おう、お前鏡みてから言えや。こいつは『サー・チェーンソード』。さすらいの剣士だ」

  「サー? こいつが騎士? 死神かなにかの間違いではなくって?」

 「そう見えるかもしれねえが、こいつは救いの神さ」


 マスターは訳知り顔でジョセフィーヌの顔を覗き込む。


 「最近ここらで起きたサメ共の集団強盗を全て未遂に終わらせた、クレイジーな野郎だ」

 「未遂って……襲撃前に皆殺しにしたんですの?」

 「ああ、そうさ。 ヤーバンストリートにサメハンターは数いれどジョーに並ぶのはこいつくらいしかいない。 
 こいつとコンビでも組めば、ゾンビサメを殺しきれるかもしれねえぜ?」

 「……コンビ……いい響きですわね」

 
 ジョセフィーヌはニマニマと笑みを浮かべて、サメの屍の山の前でハイタッチする自分を想像した。
 一方マスターは、苦笑する。


 「いくら食事代がかからねぇから貯蓄しやすいとはいえだ。ハリボテお嬢様のお前が、終身雇用できるとは思えねぇからな。雇うなら一回きりにしておけよ?」

「その扱いはあんまりではございませんこと!?」

 「お前の腕だけは評価するぜ、ジョー。なんだがお前の出自に疑問しかねえんだよ。言葉遣いもなってねえし銃を構えりゃ卑猥になるし、オマケに一文無しと来た。本当に貴族の出か?」

 「そうだって言ってますでしょう!? 文句垂れてないで、さっさとそいつの目撃情報をくださいまし!!」

 「ったく頑なだなあ……」
  

 マスターは眉を細め、口ひげを何度か擦ってから写真の裏に地図を走り書いた。そして小包を指さした。
 

「小包の中は……まあわかるな?」

「えぇ。ゾンビを侮ってはなりせんものね!それと燃料もありがとうございますわ!!」

「ああ、ならいい。 ジョーが湿気ってるなんて、天が許してもこの俺が許せねえからな」


 不敵に笑い合い、ジョーは袋を背負って立ち上がる。


 「ご馳走様ですわ。じゃあ、行ってまいりますわね~!!」

 「狩猟成功祈願に、鮫肌の女神様にお祈りは?」

 「んなもんに合わせる手なんて、ガキの頃に無くしましたわ~!!」

 「ちゃんと帰ってこいよ~!!」


 マスターは、小さくなる背中を手を振って見送った。


 「……変わんねぇなあいつも」


 マスターは古ぼけた写真を懐から取り出した。そこにはまだ若いマスターと小さなシェフ。そして今とジョーの姿。表の看板には『サンドバッグ』と書かれている。


 「うわぁ懐かしい!マスターも歳とったよね~。生クリームみたいに甘く、白くなっちゃって」


 写真をのぞきこんでコックは言う。その両手にはサメステーキが乗っていた。


 「うるせぇ。さっさと厨房に戻りやがれ。給料へらすぞ」

 「はいはい。 最近会えてないけどジョーによろしく言っといてね! 」


 コック帽の下、ポニーテールと尻を左右に振りながら彼は厨房に戻った。


  「まったく……二人ともどこで育てかたを間違えたんだろうな──待たせてすまんね。いらっしゃい、ご注文は何かな?」


  マスターは、ニヒルに笑ってそう言った。
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