ナナイの青春生存戦略

しぼりたて柑橘類

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46.暗闇からの誘い

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 真っ暗で静かな家庭科室。俺は丸椅子に座って考える。手がかりにしていた鏡にはメモ用紙が隙間なく貼られ、そういう御神体のようだ。黒板は赤黒い手の跡で彩られ、石碑のようになっている。

 極めつけに、


 「……あばばばば……空飛ぶスパゲッティ・モンスター像を祀っているだなんて……なんて冒涜的な……」


 コズハはとうとう泡を吹いて気絶してしまっている。なんの夢を見てるのかは知らないが、きっと悪夢に違いない。度重なる恐怖に、耐えられなくなったようだ。
 
 地面に直置きするのも気が引けたため、コズハを教卓の上で横にした。


 「まずいよな……いや、まずいな……」

 
 噛み締めるように呟く。

 つまりこの状況、俺はよく分からないものどもに一人で立ち向かわねばならない訳だ。

 ……嫌すぎる。ホラーだけならまだ許せるが、コズハレベルの謎解きを俺一人でこなすのは無理難題にも程がある。

 
 しかし、立ち止まっている訳にもいかないだろう。壁にかかった時計を見ると、11時を指している。人払いをしているとはいえ、日の出が5時ごろと考えるとそれまでには出なければならないはずだ。

 入口も入口で1時間経過している俺らが、このペースで3階まで上がるのは絶望的だろう。

 ならば俺は、コズハが起きた時に備えて少しでも情報を仕入れるべきだ。

 
 「よし、動くか……」


 立ち上がった俺は、早速鏡に向き合った。

 
 鏡は前述の通り本来像が映るはずの面にびっしりとメモ用紙が貼られ、まるでぼんぼりのような丸みを帯びている。それも貼られている紙が古いようで、色褪せてシミが着いているのでいわく付きの代物にしか見えない。


 「あ?どうなってんだこりゃ」


 近付けばどうかと思い用紙に記された殴り書きをまじまじと見てみるが、まるで読めない。インクを染み込ませたミミズを紙の上に這わせたような、意志を持たない線にしか見えない。

 だが一枚一枚見比べてみると、捻れたり折れたりしていて何処と無く行書体に見えなくもない。何が書かれているのかは皆目見当もつかないが。


 次に俺が手を伸ばしたのは生徒用のテーブル。シンクが備え付けになっており、大きめの木の板
で蓋がされている。この蓋かシンクが怪しいと踏んだのだ。

 少しずらして、一気に持ち上げる。途端に白い手が俺の腕を掴んだ。


 「うわっ!?」


 慌てて下を向くと、シンクの中にいた長い髪の塊みたいなのと目が合った。髪と髪の間から病的な四白眼を覗かせ、こちらを見ている。


 「……」
 
 
 しかしやはり見てくるだけでそれ以上のことはしない。キャストとして真っ当に仕事をしているようだ。

 白い肌の女はしばらくすると、手を離してスルスルとシンクの中へと収まった。出番が終わったからか、その表情は満足気だ。


 「閉めるぞ……」


 言ったところで仕方が無いが、一声かけて蓋を閉めた。裏面には何も付いていなかったのだ。


 しかし、次のやつには何か付いているかもしれない。目に付いた以上、調べなくては気が済まない。


 「……」

 「うわっ」

 
 シンクの中には、またしても髪長女がいた。
 
 気を取り直してその次のものを……。


 「……」

 「う、うわっ」


 さすがに最後のやつまで同じとかないよな……。


 「……」

 「……お、おう……」

 「……チッ」


 最後のテーブルの奴は、明確に舌打ちして俺を背にしてシンクに横たわった。


 「あ?何見てんのよ、見せもんじゃ無いんだけど。さっさと閉めなさいよ」

 「お前は肝試しのお化けとしてここに来たんじゃねえのかよ」


 俺がそう言うと、女は飛び上がって俺の胸ぐらを掴んできた。


 「視線がね、不躾なのよ、アンタは。そのジロジロと品定めするような目。不快よ不快」


 確かそんなことを、この前コズハにも言われた気がする。俺ってそんなに目つきが悪いのだろうか。というか初対面で言うことじゃねえだろ、失礼な奴だ。

 俺が怯んでいると、髪長は顔を覗き込んできた。鋭くとがった牙と瞳孔がこちらに向けられる。まるで猫のようだ。


 「ふーん、怯えてる訳じゃないのね。面白くないガキ。
 それはそうと、アンタには気配りってもんが無いワケ?わざわざ、この私が驚かしてやったのよ?ちょっとくらい驚きなさいよ」

 「デリカシーがねぇのはお互い様だろ。っていうか同じ展開が四連続で来たら予想できちまうだろ」

 「はーあ、私がわざわざ四人に分身して隠れてやったのに。そんな気遣いひとつ感じられないのね。これだからオスってのはつまらない!」

 
 なんてでかい主語だ。

 髪長は途端に身を引っ込めると、シンクの縁に肘ついて不貞腐れた。


 「化生のことを何も知らない人間のオスとメスが来るから驚かし放題だと思ったのに。トリナの話を少しでも信じた私が馬鹿みたいじゃない」
 
 「……トリナ、って誰のことだ?」

 「誰って、聞いてないの?化け狸の大幣よ。アイツの本名トリナなのよ?知らない?」

 「知らねえ知らねえ」

 「ええっ?アイツの教え子なのよねアナタ!覚えてないの!?」


 髪長は口を覆って、大袈裟に驚いているフリをした。


 「うるせえな、覚えてねえもんは覚えてねえよ。……そもそも自己紹介でも喋ってた気がしねえんだよな」

 「なに?アイツのこと嫌いなの?もしかして」

 「嫌いってわけじゃねえけど信用はできねえと思ってるぞ。性格の悪さが滲み出てるし怪しいし」

 「化生とか人外を手助けしてるっていう話は?聞いたのよね?聞いてそれ?」

 「ああ。その程度じゃ拭えない得体の知れなさがあるし、何より胡散臭い」

 「……」

 
 髪長はしばしキョトンとした顔でこちらを見つめると、口を押さえて吹き出した。

 
 「ブフォッ……!アハハハハッ!傑作、傑作!最高よトリナ!前々からいけ好かない奴だと思ってたけど正体明かしたオスにこんなに気に入られていないなんて、有史始まって以来じゃないかしら!ほんと無様で最高ねアイツったら!アッハハハハッ!!!」


 笑いながら腹を抑えてのたうち回り、テーブルの上から落ち、床の上を転げ回った。

 何がツボにハマったのか分からないが、めちゃくちゃに面白かったらしい。足を振り回して、目には涙を浮かべている。


 「……」


 ただ一つ分かったことがある。この女は死ぬほど性格が悪い。俺はそのさまを見てただ怯えることしか出来なかった。
 
 しばらく笑ったあと、肩を震わせながら髪長は起き上がった。


 「イヒッ、イヒヒッ!イヒヒヒっ……!あー笑った笑った。人間の話でこんなに笑ったのなんて数百年ぶりかしらね。同じ細目だけどアンタのが馬鹿で底が知れてる分、トリナの千倍イケてるわ!」

 「……そりゃどうも」


 とても褒め言葉とは思えない褒め言葉を受け取った。あんな性悪女が居るところにコズハを置いておいたら悪影響にしかならない。
 
 俺は奴から離れて戸棚を物色し始めた。


 「何してんのよ。賊にでもなる気?」


 髪長は俺の髪を掴んで無理やり振り向かせてきた。


 「抱っこ紐になるようなもん探してんだよ。ここ家庭科室だからそういうのもあるだろ。あと髪引っ張んなクソ痛え」

 「抱っこ紐?あんた最近じゃ珍しいわね、女に出てかれたの?」

 「違ぇよ、あっちに要介護生物が見えねえのか。あいつを連れてとっととここから立ち去りてぇんだよ」


 俺がそう言っても、髪長は手を離さない。


 「ふぅーんそうなのね。あんな子供だましで失神するだなんてノミより心臓ちっちゃいんじゃないの?」

 「たまたま耐性がなかっただけだ。その気になれば大幣先生を丸め込める頭と腕力がある」

 「へぇ、ハッタリにしては大きく出るガキ共ね。……ふふふっ、ますます気に入ったわ……!」


 髪長はいきなり俺の両肩を引っ掴み、戸棚に押し付けてきた。


 「……いっ……!」


 ガツンとした衝撃が背中に伝わる。なんて力だ、コズハと同等くらいだろうか。


 髪長は黒々とした髪の下、鋭い牙を覗かせ口を吊り上げた。


 「ねえ、人間。私と取引して、トリナに一泡吹かせたくないかしら?」
 
 「……はぁ?」
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