ナナイの青春生存戦略

しぼりたて柑橘類

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47.とことん容赦がない

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 シンクから湧いて出た黒い化け物は、尊大な態度でこちらを詰めてきた。どうやら大幣先生に嫌がらせするため、俺を利用したいらしい。

 片目だけ出して、食器棚に追い詰めた俺を見上げて笑っている。まさにその姿、力共に化生。ユーと出会った時の非日常感が再びやってきた。


 「ぐっ……割れたらお前が弁償しろよ!」


 俺の言葉に聞く耳も持たず、歯をむき出してこちらに囁いた。


 「ねえねえ、いいでしょ?トリナが気に食わないのはアンタも私も同じよ?二人で一緒にとっちめましょ?」


 なんて自由なやつ、無敵かこいつは。


 「とっちめるってなぁ……」


 今一度振り返っても、俺は別に大幣先生を恨んでなどいないユーの件はコズハが私刑を下したし、今の肝試しに関してもコズハが望んでやってきたものに俺は着いてきただけ。激しい不信感があるだけだ。


 しばらく目を逸らして悩んでいると、髪長は目を細めて睨んできた。


 「煮え切らないわね、さっさと手を組むって言いなさいよ。いけ好かないあいつの鼻を明かせるのよ?最高よ?」

 「いや、別にそこまでやりたくはねえって」

 「は?何言ってんの根性無し、それでも男?」

 「今どきそういうこと言うとろくな目に遭わねえぞ。それに、肝試しを台無しにしてまででやりてぇことじゃねえよ」

 「……は?」


 眉間に深く皺を寄せて、白目の比率が多い目を見開く。まさに般若の形相。髪で顔のほとんどが隠れていたが、不機嫌なオーラが迸っているようだ。


 「何、その言い方。楽しんでんの?この状況で?」

 「いや、全然。俺はあいつがやりてえって言うから来ただけだし」

 「は?ちょっと待ってワケ分からないんだけど。あのチビ助のワガママ聞く為だけに来たの!?」

 「違ぇよ。肝試しを走破出来たら大幣先生が友達の制服代を払ってくれることになってんだ」

 「……何よそれ。この私を差し置いてあのチビにそこまで肩入れするなんて」


 髪長は歯を食いしばった。


 「あと、その呼び方やめろ。あいつは自分の体格気にしてんだ」

 「見る目がまるでないのね。ここまで底抜けに馬鹿だと、苦しんでてもなんにも面白くないわ」


 髪長は俺から距離を取ると、シンクの中に入っていった。


 「トリナの考えに乗るなら好きにすればいいわ。せいぜい私の見えないところで、沈んで溺れてちょうだい」

 「は?どういう意味だ」
 
 「……玉ねぎに当たって死ね」


 俺の問いかけには答えず、スルスルと排水溝に吸い込まれて消えていった。


 「玉ねぎに当たって死ぬってなんだよ……」


 何が気に障ったのかまるで分からないが、こいつが気分屋なのは分かった。俺から興味が失せたならそれでいい。


 気を取り直して戸棚を漁り、端材らしき布と太めのロープを見つけた。どうやら家庭科の課題でやるバック制作の余りらしい。

 布にロープを通して結びつけ、簡易的な抱っこ紐を作った。我ながら会心の出来映えのそれは、コズハの体を簡単に支えた。まさかコズハも自分が教えたロープの結び方が、自分の介護用品に使われるなどとは思うまい。


 「あ、忘れてた」

 
 俺はスマホで黒板と鏡を撮影し、コズハを背負って忌々しい家庭科室を出た。廊下は相変わらずの暗さだが、あの髪長女に詰められたせいで暗いところに目が慣れてしまったらしい。本当に何がしたかったのだろうか、大幣先生が嫌いなことしか俺には分からなかった。あんなに嫌われるだなんて、やっぱりろくでもない人なんじゃ……。

 
 「はぁ……。せめてまともに話ができるか、全然出来ねえやつだけかの方が良かったんだがな……」


 階段を登りながらそんなことをボヤいていた。

 ちなみに俺がどこへ向かっているのかと言うと、何を隠そう屋上である。今の所探せるところなどそれくらいしかないからだ。


 「……」


 断じて何も分からないから本丸の屋上に向かってしまえば良いのだ、なんて脳筋な思考の元動いている訳では無い。

 
 「……」


 いい加減触れねばなるまい。しんと静まり返った階段と廊下、ポルターガイストどころか人影すらも見当たらない暗闇に。

 さっきから着々と屋上に近付いているのに、何も出てきやしないのだ。せっかくコズハを運びながら両手の自由をきかせようと抱っこ紐まで作ったのに、これでは意味が無い。

 2、3分も歩いていると、すぐ近くに差し掛かってしまった。あと一階分、階段を上がればもう屋上だ。


 「はぁ、なんなんだよ。化け物も人材不足なの……か……?」


 屋上前の階段、最後の踊り場。


 「許サヌ……許サヌ……」

 「あぁぁあああ……」

 「オノレェ……オノレェ……!」


 ひな壇のごとく、落ち武者たちが列を成して階段に座っていた。一人は頭に矢が貫通し、一人は首が無く、また一人は額から血が滴っている。割とガチな見た目をした落ち武者たちがそこにいた。まるで物騒な仮装大会だ。
 
 グロテスクな見た目をした奴らがずらりとひしめき合い、通れる隙間はない。かと言って、ここを通らねば屋上には行けない。

 あくまでこれは肝試しだし、いくら怖い見た目をしているからといって話せば通してくれるはずだ。


 「どうもー……皆さん凄い格好ですねーここちょっと通してくれませんかねー?」


 なるべくにこやかに声をかける。落ち武者達は首を傾げつつ、お互いの顔を見合う。


 「あ……?」

 「タブンアイツ、ヒト」

 「コロス?」

 「コロス」

 「コロシタホウガ、イイ」
 

 口々にそういうと、奴らは立ち上がり刀を抜いた。


 「はぁ?」


 俺が状況を呑み込めないでいると、一番後ろの偉そうなやつが声荒げた。


 「カカレイ!!」

 「「「「「ウォォオオオオ!!!」」」」」



 咆哮を皮切りに、階段の上層の奴らは飛び上がる。下のやつらは俺目掛けてまっすぐ突っ込んできた。


 「うわっ危な──」


 俺は目を疑った。奴ら持つの刀が、廊下や壁に突き刺さったのだ。何となく空気読んでおくか、と避けていたことが功を奏した。
 
 が、喜んではいられない。落ち武者はまだまだ後ろに控えているのだ。


 「ぎゃあああああああっ!!なんでもありかよあの男!!」


 叫びながら、全力で走る。階段から逸れ、廊下に出て、廊下を通り抜ける。


 「「「「「ウォォオオオオ!!!」」」」」
 

 その間も耐えず、獣めいた勝どきと甲冑のぶつかり合う轟音、草鞋越しに廊下を揺らす地響きがすぐ後ろから聞こえる。俺の背後は擬似的な本能寺だ。

 腹の底から揺さぶられるような恐怖。一歩でも足を止めれば俺は滅多刺しにされるに違いない。


 「来るなああああっ!!」


 恐れから懸命に走り回った俺は、いつしか懐中電灯を落としていたことにすら気が付かなかった。

 さらに、なぜか廊下のど真ん中に広がる水溜まりに一切気が付かなかった。

 そして、一歩踏み入れた時にはもう遅い。


 「──えっ」


 一瞬見えた水溜まり、その下に床がないと気付けたのは両足の先が沈んだ瞬間だった。
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