ナナイの青春生存戦略

しぼりたて柑橘類

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48.一筋縄ではいかない

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 「……はぁ……死ぬとこだった……」


 足がつかないほどの水たまりに落ちた俺たちはは、どうにか溺れずに岸から上がった。いつの間にか辺りに落ち武者の姿はなく、暗い廊下が続いている。一定の距離以上は追えないようにしているのだろうか。

 だとしても反骨心バリバリで自由すぎる猫みたいなやつ、屋上の階段前の殺意マシマシ落ち武者グループ、不意に現れる底なし水溜まりとかどれも配置した奴の性格の悪さが滲み出ている。肝試しに用意していいものじゃねえよ。しばらく落ち武者がトラウマになりそうだ。

 水溜まりから這い出た俺は、空き教室に身を隠した。


 扉に鍵をかけ、背負っていたコズハを下ろす。


 「はっ、ここは……あと一歩だった教祖の座は……」


 まだあの夢続いてたのかよ。それでいて、なんて強かな奴だ。コズハは当たりを見回しつつ、身を震わせた。


 「目、覚めたか?」
 
 「……え、ええ。しかし、なぜ私とナナイ君はずぶ濡れなのでしょうか……」

 「……これには深い訳があってだな」


 俺はコズハが気を失っていた数分間のことを詳らかに説明した。


 「……という訳だ」

 「なるほど、大体は理解しました」

 
 コズハは大きく息を吐くと、


 「降参しましょう、ナナイ君」


 呆気なくそう言った。


 「降参!?あれほど嫌がってたのにか?」

 「はい。ですが、私たちが低体温症で倒れるよりはずっといいです」

 「そうか……そうだよな」

 「負い目を感じないでください。恐らくこれもトラップの一環です。謎ときと恐怖で消耗させつつも、私たちが最後まで諦めなかった時の策も用意していたのでしょう。まったく、なんて底意地の悪さでしょうか」


 コズハはぷりぷりと怒り出した。その姿が妙に気を張っているようにも見える。


 「……本当に、良かったのか?」

 「誤解なきように言いますが、我々の水没は最後のひと押しにすぎません。元々私は限界でしたから……そこはナナイ君もお分かりでしょう」


 確かにコズハは1人で立つこともままならなくなるほど、怖がっていた。別に俺は気にしなかったが、限界かと問われればそうだったかもしれない。


 「つくづく私の小心っぷりが嫌になります。ユーちゃんの件で最大の壁を乗り越え、気が大きくなっていたようですね」


 コズハは吐き捨てた。表情こそ変えはしなかったが震える拳を体の後ろに隠していた。いつもの俺なら深く考えもせず、『そうか、降参か。帰ったらなにか食いに行くか』などとすんなり応じていたはずだ。死にたくない、めんどくさくなりたくないが先に来ていたから。

 だが、俺は決めたはずだ、自分が何をしたいのか探そうと。能動的に己の虚を埋めようと。そのために二人の力になろうと。


 「……なあ」


 気がつけば、俺はコズハの手を引っ張り出して掴んでいた。


 「な、何ですか。何事ですかナナイ君」

 「教えてくれ。お前はどうしてそうも怖いものに立ち向かえるんだ」

 「えっ、えっと」

 「ユーを警戒していた時だって、ユーがよく分からないから警戒しているだけだと思っていた。まさかエイリアンが怖かっただなんて、俺は全然知らなかった。勝手にお前を知った気になっていたんだ」

 「そ、その」

 「だから教えてくれ!お前がどうしてあの時俺の安全に固執したのかを、どうして肝試しに参加したいだなんて言ったのかを!」

 「ちょっと待ってくださいナナイ君。急にどうされたのですか?ナナイ君らしくありません」
 

 コズハは少し早口にそう言った。瞬きの回数が多い、少し動揺しているようにも見える。


 「悪いか?単なる好奇心なんだが」

 「……っ!」

 
 目を見開いたかと思えば、コズハは顔を背けて後ずさりした。掴んでいる手だけはそのままに、俺ら体の距離が開いた。


 「ナナイ君、少々いつもより熱が入っていて近いです。離れてください」


 コズハはそのまま俺の方を向かずに、俺に伝えて来た。


 「……あ、あぁ」 


 言われるがままに一歩下がった。流石に踏み込みすぎらしい。人について知りたいと思ったこと自体初めてだ。今思えば俺からコズハの手を掴んだのも、初めてだ。今更ながら恥ずかしさと気まずさが込み上げてきたな。

 
 「す、すまん。らしくないよな」
 

 離した手をコズハが掴み返してきた。


 「……話さないとは、言っていないでは無いですか」

 「本当か!?」

 「ええい、うるさいですね。その代わり一回しか言いません。肝心なところしか伝えません。アーカイブも無しです。せいぜい鼓膜を震わせ、側頭葉に刻み込み、ニューロン全てに焼き付けてください」


 コズハは目を瞑り、息を大きく吸った。そして俺の目を見据えた。


 「二度と忘れられないためです」


 言い終わるや否や、コズハは腕をブンブン振り回して俺の手を引き剥がした。


 「はい終わりです。解散、終了、閉店です。とっとと風邪をひく前にお家に帰りましょう」

 「ちょっと待て、本当に何が何だか分からねえんだが!俺、やっぱり何か忘れてるのか!?」

 「その質問をすること自体忘れていると同義です、忘れん坊のナナイ君。私だけが悩んでいるだなんて不公平ですからあなたも同様に悩んでください」


 コズハは膨れっ面で立ち上がると、窓の外に腕を出して靴下を絞った。


 「大体、あまりに間が悪すぎるのです。私としてはもっとロマンチックに伝えたかったと言うのに、二人してずぶ濡れ、これから敗北宣言では無いですか」

 「ロマンチックにって言うとどういうふうにだよ」

 「それは……その……とにかくロマンチックにですよ。腰を据えて歓談しつつです、とにかく今のような状況以外でですよ」

 「まあ、確かに聞くタイミング間違えたよな」

 「そうです。まあ今日の肝試しに限って言えば、大幣先生に負けを認めるのが何より悔しいところですね。言っていた内容的に謎解きを求めていたのでしょうが、この状況では仕方がありません」

 「……うん?」


 俺の脳内にふと疑問がよぎった。大幣先生が最初に俺らにしたルール説明だ。あれが肝試しを定義……つまり大幣先生の求めていることならば……。
 
 
 「仕方がありませんので、ユーちゃんには責任をもって我々持ちで体育着と夏服を……」

 「……なあ、コズハ」


 コズハは履きにくそうに靴下を引っ張り上げつつ、身構えた。


 「こ、今度はなんですか?またビックリさせるようなことを言わないでくださいよ?」

 「……もし俺がここからでも、大幣先生に勝てるかもしれねえって言ったらどうする?」

 「……ビックリ、するでしょうね」


 コズハは息を呑んだ。
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