ナナイの青春生存戦略

しぼりたて柑橘類

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49.ばかしあい

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 「日付、変わったで。えらい難儀してるみたいやなぁ。リタイアも時間の問題……ククク」

 「あんまりじゃないかゆー?露骨に誘導しておいて正規っぽいルートを全部潰すとか、いくらなんでも大人気ないゆー」

 「別にええやんか。僕の一ヶ月分の手取り、黙って見とったら飛んでいくんやで?ちょいくらい本気で化かしたってええやん」

 「卑劣だゆー……それでも教育者かゆー?」

 「物事が一筋縄で行かへんこともあるちゅーことを教えるんも教育者の仕事やろ。教育料や教育料……」


 大幣先生の声が尻すぼみに響く。気がついたのだ、フェンスの上に仁王立ちする小さな影に。


 「失礼、過払い金の請求に参りました。西上という者です」

 「「っ!?」」


 コズハはフェンスから飛び降りると、片膝ついて華麗に着地した。


 「首のお清めはお済みですか?大幣トリナ先生」

 「なんで僕の本名知ってるん?」

 「親切な方が教えてくれましたよ。
 ……っ、大幣先生……」


 あまりにコズハが軽々と着地したので見くびっていたが、フェンスの高さは実に3メートル。思ったより高さがあり、膝に響いた。逆にこいつの頑丈さは何なんだ、全身ダイヤモンドなのか?
 

 「待ってたゆー!コズハ、ナナイ!」

 「お待たせしました。ユーちゃん」


 俺が人知れず悶えている横で、コズハとユーは再会を喜んでいた。


 「……そうか、どうせニアやろ。人様の個人情報をなんやと思うとるんやアイツは」


 大幣先生はパイプ椅子から立ち上がると、いつも通りの笑顔を俺に向けた。目を細め、口元を釣り上げる、相も変わらず胡散臭い顔だ。


 「想像以上に悪い子たちやなぁ。肝試しを抜ける時、経路を外れてええなんて思うたん?」

 「ダメとは仰っていませんでしたから」

 「そらそうと、物事には順序ってもんがあるやろ。ルールは守って貰わな、払うものも払えへんなぁ」


 大幣先生はしたり顔でこちらを見てきた。表情こそ変わっていないが、俺らを追い詰めようとしているのは確かだ。
 
 わざとらしく伸び上がり、一歩一歩近寄って来るその瞬間すら、笑顔の下の細めた目を俺らから離さない。 どこまで緻密に擬態しようと、目を離した瞬間食べてきそうな……動物的な恐ろしさがある。

 一瞬たりとも、油断をしてはならない。

 
 そう自分に言い聞かせて、大幣先生に向き合った。


 「守ってますよ、ちゃんと。
 『あんたらには、玄関から入って屋上を目指して校舎を歩いてもらう。そやけど、屋上の扉には鍵がかかってる。そやさかい校舎を歩き回って鍵を探してもらうで』と、先生は言ってましたよね?」

 「そやったかなあ、確か」
 
 「言ってました」

 「……おう」

 「それで、この話で先生が指定しているのは二点。屋上を目指すこと、校舎を歩き回り鍵を探すこと。俺らはそれを守りました」

 「せやけど、鍵はどうしたんや?流石に見つけてへんねやろ」

 「ありますよ、ここに」

 「……なんやと」


 コズハが誇らしげに掲げた鍵を前に、大幣先生は頭をかいた。


 「普通探さへんやろ……探したところで詰まるように考えとったのに」


 下がった口元から、白い八重歯が覗く。小刻みに動く歯列からは、歯ぎしりが聞こえるようだ。

 大幣先生は長い髪たくしあげつつ、きちんと開かれた目で俺を見てきた。


 「ほんまに、なんでわかったんや」

 「鍵はローラー作戦で、そのほかのクイズっぽいのは全部スルーしました」

 「スルーすなや、肝試しやぞ。それにニア……あの化け猫とは会わんかったんか?あいつに会うたはずやのに、なんで無事やねん」

 「……興味を無くしたようです」

 「はぁ?どういうこっちゃ」

 「俺のことを面白みがないから好きに死ねばいいと。その時言われたんですよ、大幣先生の話に乗るのも勝手にしろと。その時思ったんですよ、肝試しを無視してクリアするのが何より先なんじゃないかって」

 「……してやられたわ」


 大幣先生は額に手を置いて空を仰いだ。肩を落としたその背中は、一回り小さく見えた。


 「まさか僕の十分の一も生きてへん人間に知恵比べて負けるとは思わへんかったわ」

 「私が気を失っていたタイミングも噛み合っていましたからね。探すべきところは探し、スルーすべきところをスルーできたのです」

 「ここまで来たんやったら、運も実力の内や。認めるしかあらへんなあ」


 大幣先生は、俺とコズハの濡れた肩に手を置いた。


 「おめでとう。ちゃんと買うたるわ、ユーの服」

 「……」

 「……」


 その返事があまりに呆気なさすぎて、大幣先生とは思えないほど顔を朗らかに綻ばせたもので、信じられなかった俺らは顔を突き合わせた。

 そんな俺らに、ユーが駆け寄った勢いそのまま飛び込んできた。


 「ありがとうだゆー!!!」


 涙ながらに叫んで俺らに抱きついてきたのだ。


 「お前くっ付くな!汚れるぞ制服!」

 「ちょっとユーちゃん、ナナイ君とユーちゃんの高さに合わせないでください。私浮いてます。首でギリギリつっかえてるだけで宙ぶらりんです。あの、ユーちゃん」


 抱き合う俺ら3人を遠巻きに眺めつつ、
 

 「どないしよ、明日から。久しぶりにネズミでも取ろか……」


 哀愁漂う大幣先生の独り言が聞こえた。
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