友人に裏切られて勇者にならざるを得なくなったけど、まだ交渉の余地はあるよね?

しぼりたて柑橘類

文字の大きさ
20 / 90
二章L:その道は聖女との取り引き

三話:旅の始まり

しおりを挟む
 あくる朝、俺は王国の門前に立っていた。青鹿毛の馬一頭、そして大量の荷物の入った袋を背負って。なんというか夜逃げでもするかのような出で立ちだ。
 
 往々にして旅する騎士には荷物持ちがいるものだが……今は鐚銭ひとつすら惜しい。そんなのを雇っている余裕などないのだ。
 
  なにせ……。

 「ヒーン!!」
 「うわっ!落ち着いてください!」


  馬代を少しでも節約しようと、安値の馬を買ったのだ。値段の割に肌ツヤも良かったのでかなり健康そうだと思ったが、いささか元気すぎた。

 手綱を強く引き、無理やりなだめる。馬は少し落ち着いたものの鼻息を荒らげ、えらく興奮している。こんな状況では付き人を雇う金銭的余裕はおろか、精神的余裕すらない。

  本当にこんなじゃじゃ馬で大丈夫か?まともに走れる気がしない。

 
 「なんなのアンタ。もしかして馬と歩くの初めて?プププ……お姉ちゃんがおしえてあげまちょうかぁ?」


 そう言っていやらしく横目で煽ってくるじゃじゃ馬その二。
 口に手を当てたぐらいにして、本当に人を煽るためだけにあるような表情をしている。ここまでくると芸術品だ。『美丈夫を煽る女』。そう名付けて美術館にでも飾ってやりたいくらい、彫像にしてやりたいぐらい完璧な出で立ちだ。ゼラの煽りスキルには脱帽だ。これだけで国が取れる。

 
 「なんなのよあんた……人の顔ジロジロ見て……なんなの?気でも狂った?」

 「少しでもあなたを脳内で褒めてないと気が狂いそうなんですよ」

 「しっぽ出したわね。失楽園の蛇」


 そんな悪態から俺らの旅は始まった。
 歩き始めるとすぐに、ゼラは馬の前に出る。

 「危ないですよ。私としてはそこに寝転がっていただいても構いませんが」 

 「そんなことやるくらいなら、あんたを母なる大地とキスさせてやるわ。それはそうと、コイツ名前あんの?」

 「え? ありませんけど」

 「アンタ正気? これから苦難を共にする相棒なのよコイツは! 名前くらい決めてやるのが礼儀じゃないの!?」

 「それならゼラはどうです?いい名前でしょう?」

 「いいセンスしてるじゃないの。ご褒美に私の右アッパーと左フック、お好きな方をプレゼントしてあげる」


 「両方とも私にはもったいない代物ですよ、遠慮しておきます」


 そう言ったところで、岩の割れ目から生えた紫の花を見つけた。まん丸で、可愛らしいフォルムだ。


 「……スカビオサ」

 「うーん長い」

 「ビオサ」

 「それよ!」


  ゼラはそう言うなり、こちらを指さした。

 「ビオサ! いい名前ね!あんなやつのことなんか放っておいて、さっさとリンさん見つけるわよ!」

 「そんなことをしてみなさい。今ビオサの所有証書は私の手にあります。私としては貴女を馬泥棒として訴えるのもやぶさかではありませんよ」

  「痛いところをついてくるじゃないの……」


  そう言いつつ、ゼラはビオサの顔に触れた。

 「ふふん♪ ビオサ、これからよろしくね!」

 「ブルルルッッ!!」

 ビオサは頭でゼラを思いっきり小突いた。面長の顔は器用にゼラの横っ腹に命中する。

 「うげっ……」

 
 ステラは脇腹を押さえたままばたりと倒れる。

 「これは痛いところを突かれましたね、ゼラ。よくやりましたビオサ。貴女ならやってくれると信じていましたよ」

 「ヒヒンッッ!!」

 
 ビオサには男女平等の概念があるらしい。俺の脇腹もぶっ叩いた。

「ぐうっ……しかし俺は鎧を着込んでいる! お前の攻撃は無意味よっ!」

 「ヒンッ」


 倒れた俺の腹を、前足で蹴りあげた。


 「ぐあああっ!!」

 
 少し離れたところで落ち、地面の上でゼラと並んだ。


 「へ、へへっ……土の味はどうかしら」

 「貴女と食べているせいで死ぬほど不味く感じますよ……」

 
 二人仲良く腹を押えて前のめりに突っ伏している。傍から見ればサバトかなにかだろう。あるいはもっと不気味な何かかもしれない。

 
 そんな俺らの間を駆け抜けるビオサ。

 「プルルルッ♪」


 上機嫌に鼻息混じりに魔女の森へひた走る。


 「ビオサ……元気ですね…… 」

 「そうね……って、私たち置いていかれてない?」



 数秒の沈黙の後、俺らは起き上がった。

 「私の金貨二枚!!!」
 「アタシの荷物!!!」

 「ちょっと待ってください。貴女いつの間に荷物なんか掛けたんですか!!」

 「急に走り出すだなんて思わないじゃない!! っていうかあの子のこと金貨たったの二枚で買ったわけ!?信じらんない!!」
 
 「怒るところそこですか!?」


 向かい合って怒鳴り合うも、ビオサは真っ直ぐ魔女の森に直行。そのまま茂みに突っ込んで枝を撒き散らす。森には立派なトンネルが出来上がった。

 「追うわよ」

 「ええ。遅れないでくださいね」


  私たちは真っ直ぐ森に走り出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...