友人に裏切られて勇者にならざるを得なくなったけど、まだ交渉の余地はあるよね?

しぼりたて柑橘類

文字の大きさ
25 / 90
三章R:汝、剣を振るえ

二話:その手で何を掴むのか

しおりを挟む
「わたしの……魔術に任せてください! 」

 ステラは自信満々でそう言った。

 魔術って出発前に見せてくれた、本棚を凹ませた念力みたいなのだろうか。確か『鉄拳』とかって名前なはずだ。 
 見てくれはかなり地味だった。しかし木の板を凹ませられるくらいの『打撃』なのだ。
 これならいいかも知れない!
 
 
 「うん、わかった。もしもの時は援護するから思いっきり撃って」

 「は、はい! さっき取ってもらった本に書かれてたこと、早速やってみますね!」


 そう言うなり、ステラは立膝をついて両手を突き出す。

 「ふうぅ……」

 目を閉じて一息……。





 「──ッッ!!」



 力むと共に目を見開いた!そして、震える声で呟き始める。



 「『おお、我が神よ……どっ、どうかその力を……!』」

 ステラは息を上げながら呪文を唱える。苦しそうに悶えるような声で。呪文が切れ切れに読み進められるたび、冷や汗が流れ落ちる。歯を食いしばって、倒れないよう必死に耐えていた。


 「──っ……!『どうか……その拳をっ……』」

 


 それは私もだった。全身から滴る汗が、ステラの言葉を聞く度に、内臓が絞られるような重圧を感じる。座ると潰されそうで、何とか立ち上がったが、膝立ちになって踏ん張ることしか出来ない。   

 「ぐっ!?  な、何だこれっ……体が……重すぎるっ!」


 ふとゴブリンたちに目を向ける。彼らもその威圧感を感じ取ったのだろう。みなこぞってステラの方を、怯えた目で見ている。神父も含めてだ。



 「『そして………』……くっ……!」


  そして、無理やり文を断ち切るように詠唱を止めた。おそらくもう限界なのだろう。ステラはまっすぐゴブリンたちを見つめた。



 「て、『鉄拳 』っ……!」


 そう、ステラが叫んだ。その時だ。
 ステラの突き出した腕の少しだけ前方。見えたのだ。手が。透明な手が、不可視の手がそこにあった。なんだあの手は。とても大きく、巨人の手のようだ。手であることはわかったが、それ以上はよく分からない。

 私の目で捉えられたのはその一瞬だけ。
 手はものすごい速度で、ゴブリンたちをまとめて上に突き飛ばした。
 


 私が手のことを気にしていたのは、ほんのちょっとの間だけだった。なぜなら、


 「ギャアアアア!」
 「ナニガ、オコッタァァァ!?」
 「なんで私までぇぇぇっ!?」



 あの手、修道士さんまで吹き飛ばしてしまったのだ。まずい。丈夫なゴブリンならまだしも、ただの人があんな高さから落ちて無事なはずがない。
    



      



 落ち着け……どうすればいいのか考えろ!
 
 まず、落下地点まで行って抱きとめる方法。……現実的では無い。このまま落ちてきたとして、勢いを考えるに修道士さんが怪我をするだろう。


 次に布などで着地を支える方法。
 先程の方法の問題を整理しよう。私の腕に当たってしまうことで、衝撃がピンポイントに伝わってしまうこと。そして、その衝撃を逃がせないこと。
 それらが解消されたのが、この方法だ。
 ……これはいけるのでは?
 
 私は早速マントを外し……。マントが無い。なんで!?マントが無くなっている! 最後に外したのは……えっと確かステラの体にかけたときで……。
 その時に置き忘れたんだ!なんで間が悪い!
 つまりこの方法もボツだ。




 最後に、ステラに何とかしてもらう方法だ。他にも抱きとめる用の魔法とかがあるかも知れない。
 私は期待を持ってステラの方を見た。

 「ああああぁ!! どうしましょう!? どうしましょうぅぅ!? こんなに強くなるだなんて思いませんでしたぁぁぁ!!!」
 
 頭を抱えて走り回っている。無理だ。これもダメだ。
 

   
 そこまで考えたところで、修道士さんの浮上が止まった。つまり……。
   


  「落ちるぅぅぅぅ! お助けぇぇぇぇ!!」
 





 修道士さんは、手足をじたばたさせながら地面に真っ逆さまだ。
 もう考えている余裕などない。


 「くっ……一か八かだ!」
 
 
 
 

 私は一番近くに生えている木に飛びつく。そして、枝へ、枝へ、と飛び乗って急いで登る。
 そして、平屋の屋根くらいまで登ったところで……。


 「よっ……!」


 
 私は落ちてくる修道士さんに飛びついた。程なくして手が触れ、そのままの勢いで引き寄せる。

 「捕まえたっ!」


 あとは、いかに衝撃を逃がすかだ。いや、修道士さんに衝撃が加わらなければ良いのだ。正しくは、止まりさえすればいい。考えている暇などない。今ここで、やるしかない!私は膝を抱え込み、足先に力を加える。


  「はあああああっ!!」


 
 そして着地と同時に両足を伸ばし、地面を思いっきり蹴る!!




 [ズドン!!]



 
 杭でも打ち込むような音がして、私は止まった。何とかなったようだ。 修道士さんも無事だ。


 「あば……あばばばば……」


 泡を吹いて気絶しているが……。


 
  [ドサササササッ!]


 「ギャアアッ!」
 「グウゥゥ……」
 「グエッ……!」


  遅れて落ちてきたゴブリンたちは、着地すると共に、みんな伸びてしまった。この子たちも一応無事なようだ。

  まもなくステラが手を振りながら走ってくる。やっぱりどこか不格好な走り方だ。でも……今回はなんだか手に持っている?

 「リンさぁぁぁぁん!!」

 「ステラ! こっちだよ!」


 私は修道士さんを肩に担いで、手を振り返した。


  「援護ありがとうございますっ!危うくこの方を殺めてしまうところでしたぁぁぁ!!」

 「いいんだよ。 ステラの魔術の凄さも、もっとよくわかったし。 それと……それは何?」


 私はステラの持っているカバンを指さした。


 「これ、ゴブリンさんの一人が落とされたんです! もしかしたらこれが……!」

 「修道士さんのものかも! ステラ、すごい! お手柄だね!」

 「い、いや!そんなっ! ……と、と、と、とにかくここを離れましょうっ!」



 私たちはベイの荷車に修道士さんを乗せて、足早にその場を去った。また、川を遡上する。

 しばらく歩くと、ゴツゴツした岩場までやってきた。ここからはこの人にも自力で歩いてもらうしかない。起きるまで待とう。
 その間にゴブリンが来たら……戦うしかあるまい。



 「う~ん……どうしましょう……も、もしこのまま起きなかったら……!」

 「大丈夫。どこも怪我はしてないから安心して」

 「そ、そうなんですかぁ……?」



 ステラがそう言ったその時だ、



 「ぎゃあああああっ!!! 」


 絶叫しながら修道士さんは飛び起きた。


 「ひゃあああっ!?」

 ステラはその声に驚いて、私の後ろに隠れてしまった。



 修道士さんは肩で息をしながら、こちらの方を見てきた。


 「ハァ……ハァ……た、助かりました……あなたには、なんとお礼を申し上げれば良いか!」

 「いえいえ。 私は着地を支えただけ。ゴブリンを追い払い、貴方の物を取り返してくれたのは彼女です」


 「な、なんと!?  なんと素晴らしい! ぜひお顔を見せていただきたい! 出てきてはくださいませんか?」


 「……え!? は、はい!」


 
 言われたステラは、おずおずと私の後ろから顔を出した。その姿を見た修道士さんの顔は、みるみる青ざめ……。


 「ぼ、冒涜的ぃ……」

 
 そう言い残して倒れてしまった。



 「しゅ、修道士さああああん!? 」   



 私たちは、しばらくそこで足止めを食らうのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

他人の寿命が視える俺は理を捻じ曲げる。学園一の美令嬢を助けたら凄く優遇されることに

千石
ファンタジー
【第17回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞】 魔法学園4年生のグレイ・ズーは平凡な平民であるが、『他人の寿命が視える』という他の人にはない特殊な能力を持っていた。 ある日、学園一の美令嬢とすれ違った時、グレイは彼女の余命が本日までということを知ってしまう。 グレイは自分の特殊能力によって過去に周りから気味悪がられ、迫害されるということを経験していたためひたすら隠してきたのだが、 「・・・知ったからには黙っていられないよな」 と何とかしようと行動を開始する。 そのことが切っ掛けでグレイの生活が一変していくのであった。 他の投稿サイトでも掲載してます。 ※表紙の絵はAIが生成したものであり、著作権に関する最終的な責任は負いかねます。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...