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三章R:汝、剣を振るえ

二話:その手で何を掴むのか

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「わたしの……魔術に任せてください! 」

 ステラは自信満々でそう言った。

 魔術って出発前に見せてくれた、本棚を凹ませた念力みたいなのだろうか。確か『鉄拳』とかって名前なはずだ。 
 見てくれはかなり地味だった。しかし木の板を凹ませられるくらいの『打撃』なのだ。
 これならいいかも知れない!
 
 
 「うん、わかった。もしもの時は援護するから思いっきり撃って」

 「は、はい! さっき取ってもらった本に書かれてたこと、早速やってみますね!」


 そう言うなり、ステラは立膝をついて両手を突き出す。

 「ふうぅ……」

 目を閉じて一息……。





 「──ッッ!!」



 力むと共に目を見開いた!そして、震える声で呟き始める。



 「『おお、我が神よ……どっ、どうかその力を……!』」

 ステラは息を上げながら呪文を唱える。苦しそうに悶えるような声で。呪文が切れ切れに読み進められるたび、冷や汗が流れ落ちる。歯を食いしばって、倒れないよう必死に耐えていた。


 「──っ……!『どうか……その拳をっ……』」

 


 それは私もだった。全身から滴る汗が、ステラの言葉を聞く度に、内臓が絞られるような重圧を感じる。座ると潰されそうで、何とか立ち上がったが、膝立ちになって踏ん張ることしか出来ない。   

 「ぐっ!?  な、何だこれっ……体が……重すぎるっ!」


 ふとゴブリンたちに目を向ける。彼らもその威圧感を感じ取ったのだろう。みなこぞってステラの方を、怯えた目で見ている。神父も含めてだ。



 「『そして………』……くっ……!」


  そして、無理やり文を断ち切るように詠唱を止めた。おそらくもう限界なのだろう。ステラはまっすぐゴブリンたちを見つめた。



 「て、『鉄拳 』っ……!」


 そう、ステラが叫んだ。その時だ。
 ステラの突き出した腕の少しだけ前方。見えたのだ。手が。透明な手が、不可視の手がそこにあった。なんだあの手は。とても大きく、巨人の手のようだ。手であることはわかったが、それ以上はよく分からない。

 私の目で捉えられたのはその一瞬だけ。
 手はものすごい速度で、ゴブリンたちをまとめて上に突き飛ばした。
 


 私が手のことを気にしていたのは、ほんのちょっとの間だけだった。なぜなら、


 「ギャアアアア!」
 「ナニガ、オコッタァァァ!?」
 「なんで私までぇぇぇっ!?」



 あの手、修道士さんまで吹き飛ばしてしまったのだ。まずい。丈夫なゴブリンならまだしも、ただの人があんな高さから落ちて無事なはずがない。
    



      



 落ち着け……どうすればいいのか考えろ!
 
 まず、落下地点まで行って抱きとめる方法。……現実的では無い。このまま落ちてきたとして、勢いを考えるに修道士さんが怪我をするだろう。


 次に布などで着地を支える方法。
 先程の方法の問題を整理しよう。私の腕に当たってしまうことで、衝撃がピンポイントに伝わってしまうこと。そして、その衝撃を逃がせないこと。
 それらが解消されたのが、この方法だ。
 ……これはいけるのでは?
 
 私は早速マントを外し……。マントが無い。なんで!?マントが無くなっている! 最後に外したのは……えっと確かステラの体にかけたときで……。
 その時に置き忘れたんだ!なんで間が悪い!
 つまりこの方法もボツだ。




 最後に、ステラに何とかしてもらう方法だ。他にも抱きとめる用の魔法とかがあるかも知れない。
 私は期待を持ってステラの方を見た。

 「ああああぁ!! どうしましょう!? どうしましょうぅぅ!? こんなに強くなるだなんて思いませんでしたぁぁぁ!!!」
 
 頭を抱えて走り回っている。無理だ。これもダメだ。
 

   
 そこまで考えたところで、修道士さんの浮上が止まった。つまり……。
   


  「落ちるぅぅぅぅ! お助けぇぇぇぇ!!」
 





 修道士さんは、手足をじたばたさせながら地面に真っ逆さまだ。
 もう考えている余裕などない。


 「くっ……一か八かだ!」
 
 
 
 

 私は一番近くに生えている木に飛びつく。そして、枝へ、枝へ、と飛び乗って急いで登る。
 そして、平屋の屋根くらいまで登ったところで……。


 「よっ……!」


 
 私は落ちてくる修道士さんに飛びついた。程なくして手が触れ、そのままの勢いで引き寄せる。

 「捕まえたっ!」


 あとは、いかに衝撃を逃がすかだ。いや、修道士さんに衝撃が加わらなければ良いのだ。正しくは、止まりさえすればいい。考えている暇などない。今ここで、やるしかない!私は膝を抱え込み、足先に力を加える。


  「はあああああっ!!」


 
 そして着地と同時に両足を伸ばし、地面を思いっきり蹴る!!




 [ズドン!!]



 
 杭でも打ち込むような音がして、私は止まった。何とかなったようだ。 修道士さんも無事だ。


 「あば……あばばばば……」


 泡を吹いて気絶しているが……。


 
  [ドサササササッ!]


 「ギャアアッ!」
 「グウゥゥ……」
 「グエッ……!」


  遅れて落ちてきたゴブリンたちは、着地すると共に、みんな伸びてしまった。この子たちも一応無事なようだ。

  まもなくステラが手を振りながら走ってくる。やっぱりどこか不格好な走り方だ。でも……今回はなんだか手に持っている?

 「リンさぁぁぁぁん!!」

 「ステラ! こっちだよ!」


 私は修道士さんを肩に担いで、手を振り返した。


  「援護ありがとうございますっ!危うくこの方を殺めてしまうところでしたぁぁぁ!!」

 「いいんだよ。 ステラの魔術の凄さも、もっとよくわかったし。 それと……それは何?」


 私はステラの持っているカバンを指さした。


 「これ、ゴブリンさんの一人が落とされたんです! もしかしたらこれが……!」

 「修道士さんのものかも! ステラ、すごい! お手柄だね!」

 「い、いや!そんなっ! ……と、と、と、とにかくここを離れましょうっ!」



 私たちはベイの荷車に修道士さんを乗せて、足早にその場を去った。また、川を遡上する。

 しばらく歩くと、ゴツゴツした岩場までやってきた。ここからはこの人にも自力で歩いてもらうしかない。起きるまで待とう。
 その間にゴブリンが来たら……戦うしかあるまい。



 「う~ん……どうしましょう……も、もしこのまま起きなかったら……!」

 「大丈夫。どこも怪我はしてないから安心して」

 「そ、そうなんですかぁ……?」



 ステラがそう言ったその時だ、



 「ぎゃあああああっ!!! 」


 絶叫しながら修道士さんは飛び起きた。


 「ひゃあああっ!?」

 ステラはその声に驚いて、私の後ろに隠れてしまった。



 修道士さんは肩で息をしながら、こちらの方を見てきた。


 「ハァ……ハァ……た、助かりました……あなたには、なんとお礼を申し上げれば良いか!」

 「いえいえ。 私は着地を支えただけ。ゴブリンを追い払い、貴方の物を取り返してくれたのは彼女です」


 「な、なんと!?  なんと素晴らしい! ぜひお顔を見せていただきたい! 出てきてはくださいませんか?」


 「……え!? は、はい!」


 
 言われたステラは、おずおずと私の後ろから顔を出した。その姿を見た修道士さんの顔は、みるみる青ざめ……。


 「ぼ、冒涜的ぃ……」

 
 そう言い残して倒れてしまった。



 「しゅ、修道士さああああん!? 」   



 私たちは、しばらくそこで足止めを食らうのだった。
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