友人に裏切られて勇者にならざるを得なくなったけど、まだ交渉の余地はあるよね?

しぼりたて柑橘類

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三・五章R:惨事、現に狂え

十一話:悪い夢なら覚めてくれ

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 薄暗く、かび臭い部屋の中。リンは肉に剣を突き立ててていた。その顔には表情がない……それどころか、目すら開いていない。 安らかな顔で単調に、作業的に、執拗しつように。リンは剣を刺しては抜いて刺しては抜いてを繰り返している。
目の前の肉はまだ息があり、定期的に空気が漏れて霧吹きのように血を撒いた。その隣には少々大柄な死体が。無数の切り傷と、使用していたのだろうショートソードが眉間に刺さっている。


 「これが……私……? 」


 その様子を傍観しているのは、リンと老婆の二人。リンは自分が自分の母親を刺し続ける様から、目を離せないままそう言った。顔からは血の気が失せ、過呼吸気味になっていた。
 老婆はその様子を見てほくそ笑む。


 「そう……あなた様にございます。 覚えて……いらっしゃらないのでしょう?」

 「知らない……私はそんなこと知らない……!」


 リンはその場に膝から崩れた。耳を塞ぎ、足元をじっと見る。老婆は合わせるようにしゃがみ、その顔をしたから覗き込んだ。


 「無理もありません。その時はまだ、殺している時にあなたは寝ていたのですから」  
 
 「……は、はぁ?」
 
 「あなた様は無意識のうちに、殺し回っていたのです」

 「待ってよ……」 


 リンは透明な膜の前に手をついて、老婆にできるだけ近づいた。そして恐怖にひきつる顔で、リンは問いかける。


 「殺しって何……?」

 「……まさか、たったこれだけだとお思いで?」

 
 老婆が指を鳴らす。辺りは夜の村に変わっていた。ただ、その村は昼のように明るい。


 「あ……ああ……そんな……嘘だ……!」


 打ちひしがれたリンが目を向ける先。そこにはごうごうと燃える魔女の森の村があった。
 体に着いた火を消そうと悶える人々、横たわる死体、地獄のような場所が目の前にはあった。立ち上る炎を前に、騎士が一人。子供の首を片手で掴んで掲げ、もう片方の手に剣を携えている。どうにか振りほどこうともがく子供の下には、麦わら帽子が落ちていた。


 「やっぱり……やっぱり騎士にろくな奴なんて居ないんじゃねえか!! 俺らを殺さねぇって嘘だったんじゃねえか!」

 「……」

 「村のみんなが寝たのを確認してから全部の家に火をつけて! 逃げ出たやつは女子供見境なく、動けなくなるまで殴ってから火の中に投げ入れてっっ! ……よくもよくもみんなを殺したなぁぁ!!!」

 
 涙を流しながら両手両足をふりまわし、リンを睨んでいた。対するリンは動かない。


 「何か言えよ……俺の家族を……母ちゃんも父ちゃんも俺目の前で殺しやがってぇぇ!! 」


 かろうじて、伸ばした手がリンの顔に触れた。


 「このままお前をぶん殴って──え……う、うわぁぁぁぁ!!」


 子供の体は火の光の中に、投げ込まれて消えていった。
 その様を見て唖然とするリン。まるで身に覚えのない、恐ろしい事件の犯人の容貌は間違いなく自分本人だったからだ。


 「私が……私が……?」


 丸くなり、頭を抱えるリン。そのリンの前髪をつかみ、微笑む老婆。
 後ろから覗き込んでくるその顔は老婆どころか、まだ若い女性の顔だった。ただ青みがかった白のその肌は顔も同じ。ニタリと裂けた口の上には、白黒が反転した目が二つ浮かんでいた。
 老婆?はその白い瞳孔をリンに向ける。


 「顔を伏せるな。まだ終わらんぞ……!」


 そして歓喜に震えているような声を上げた。


  [──パチン]


 老婆が再び指を鳴らすと孤児院の中。
 体に包帯を巻かれたリンは修道士に剣を突き立てていた。修道士は血まじりのあぶくを口から垂らし、既に事切れてきた。
 ちょうどそこに、ランタンを手にしたカノコがやってきた。


 「そこのあなた~。 盗み食いしにわざわざ倉庫に来るなんていい度胸ですねぇ……?」

  
 そう言って部屋に入ると、地下室の下で修道士を殺していたリンと目が合った。


 「ひっ……!」


 カノコは逃げ戻る。リンは剣や鎧の返り血を拭って、ステラの待つベッドに戻って行ったのだった。
 そこで目の前の空間は消え、角尾村の街に戻された。
 リンは手を地面につき、呼吸するのでやっとだった。


 「だから……見送りの時に……来なかったんだ……」


 切れ切れにそう言うリンに、老婆は問う。


 「さて……あなた様に問題にございます。あなた様がこの方々を殺した理由……分かりますかな?」

 「知らない……やってない! 知らないっ! あれは私じゃない……! 」

 「ならば、ヒントを差し上げましょう……」


 ガタガタ震えるリンの目の前に、何かが転がってきた。布に巻かれた一抱えほどの何かだ。
  

 「ひ、ヒント……?」


 リンは恐る恐る布を取り払っていく。


 「……ひっ……!」


  リンはそれを落とした。地面の上に、小さなリザードマンの生首が三つ転がる。とりわけ小さいのが二つ、少し大きめなのがひとつ。おそらくは……家族。


 「あ……あぁ……家族──あの、リザードマンの……家族……! 」

 「そうでございます。つい先程殺していらっしゃいましたが、殺したことに違和感を感じなかったようでございますね?」


 老婆がそう言うも、リンの耳には届かない。うわ言のように口走る。


 「そうだ……私は……この村を……この村の住人全てをッ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 「いやあ……薬にかけた呪いが表層化するまで、随分かかりましたが……今日の殺しぶり、見事なものでしたぞ? ひゅっひゅっひゅっ!」


 老婆は一人高笑いして、続ける。


 「ちなみに正解は、『怒りを覚えた対象を見境なく殺している』にございます。心当たりは?」

  
 リンは何も言わず、首を何度も振る。しかし何かに気がついたか、だんだんその力は弱くなっていった。そしてかすかに口を開いた。
 

 「やってない……けど……怒っていたのは確かだ……」

 
 うなだれるリンに、老婆は諭すように言った。


 「ええ。 あなた様は怒りを覚えたものには見境なく切りかかる発作を起こすのです。魔力と薬のせいで。今のところ怒る対象は……その辺の一般人だけかもしれませぬ。しかし……?」


 リンは二人の顔を頭に思い浮かべ、ハッとした。


 「ローレルと……ステラ……!」

 「えぇ。その二人も知らぬ間に殺してしまうやも知れませんぞ?ローレル殿は現にあなた様を捕まえようと、すぐそこの孤児院まで迫ってきております……」


顔面蒼白のリンは老婆にすがりつく。


 「教えてくれ! どうすれば……どうすればもう人を殺さなくて済む……! どうすればローレルとステラを守れる……!? 」


 満面の笑みを浮かべた。そして、


 「ならば……魔王になるのです。勇者リンよ」


 青白い手はリンに差し伸べられた。
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