友人に裏切られて勇者にならざるを得なくなったけど、まだ交渉の余地はあるよね?

しぼりたて柑橘類

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三・五章R:惨事、現に狂え

十二話:魔王になるのです

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 「魔王になるのです。 勇者リンよ」


 真面目な顔でそう言った。突拍子も無い提案に、リンは目を丸くする。


 「魔王に……? なんで?」

 「あなた様に必要なのは魔力のコントロール。常に一定以上の魔力を保ち続けることで、感情の高ぶりで増幅した際の発作を抑える必要があるのです。そのためにも魔王たる体を得た方が良い」

 「魔力を……コントロール……」

 「そして先ほどお見せしたもので信じていただけたでしょう?あなた様は国を追われている身。あんな国にはとても居られますまい……」
 

 見つめられたリンは、肩を落とした。


 「そうだ……私にはもう居場所がないんだ……」


 悟ったようにそう言い、リンは力なく横になる。仰向けになり、虚ろな目で空を見た。


 「勢いだけで王国をぬけて、助けたステラの進めるままにここまで来たけど……家族も……ローレルもいない私に帰るところなんてないもんね……」

 「ええ。ですから……コレで耐えうる体になるのです。魔力に……そして王の器に……」


 そう言って、老婆は懐から小瓶を差し出した。リンは起き上がり、老婆の手の中のそれをまじまじと見つめた。


 「……本当に……コレで……私は魔王に?」

 「いいえ。 あなた様はこれからこれを飲んだ上で、魔王を倒す必要がありまする。しかし、体は魔王のそれに格段に近づくでしょうなぁ……ひゅっひゅっひゅっ」


 リンは生唾を飲み込んだ。


 「……それを飲む前に、いくつか聞いておきたいことがある」


 そして老婆に向き直る。

 
 「お前の名前は何? そして何が目的なの?」


 老婆はそう言うリンに、不敵に笑って見せた。


 「妾の名はサースにございます。 かつては魔王の側近、今はあなた様の王道を導く巫女にございます……」

 「……じゃあサース。 なんでローレルに毒薬を売ってたの?」


  サースはゆっくりと首を振る。


 「いいえ。 あなた様は妾に大きな勘違いをしておりますね。……あの時ローレル殿に渡したのは、ただの色のついた水にございます」


 そして平然とそう言った。リンは唖然としながらサースに問いかける。


 「なんのために……そんなことを……?」

 「ひゅっひゅっひゅっ……!」


 サースは笑いながら、答える。


 「ローレル殿は王に操られておるのです。あなた様を殺すようにと」

 「……!」


 リンは息を飲む。あの優しかったローレルが、急に自分を殺すだなんて余程のことがあったのだろうと。急になぜ自分が勇者に任命されたのだろうかと。その謎が全て解かれた気がした。
 

 「……許せない」


 同時に湧き上がるは殺意。自分を騙すためにローレルを利用した王への怒りはふつふつと込み上げ、リンの体の周りをどす黒い沼となって侵食し始めた。
 そしてサースの手から小瓶を乱暴に奪う。


 「──!」


 そして一気に飲み干した。最後の数滴に至るまで口に落とし込む。それとほぼ同時だった。


 「うっ……ぐっ……うわあああああっ!!」


 突如おそいかかる身を焼くような激痛。サースはリンが苦しむ様をただ眺めていた。


「それでは……指を鳴らしてくだされば、また参りますので……」

 「待て……これは! この痛みはなんだ!ぐあぁぁぁぁ!! ──ぐうっ……」


 リンは地面の上で悶え苦しみ、意識を手放した。



 「ご安心を死ぬことはございません。……あなた様の体はとっくに人のそれではございませんので」


 サースはそう言い残しリンの元から消えた。
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