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第1章

14 面会

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 あれから三日。眼鏡は牢屋には訪れない。死刑を早めるだの言っていたが、未だ日程が決まらないのだろうか。遅くなればなるほど、俺にとっては都合が良いのだが……にしても遅すぎないか?

 何度も言う。遅くなってくれる方が望ましいものは望ましい……。
 しかし、こちらにも心の準備というものは必要だ。事前に言っておいて欲しい。突然アイツがやって来て、今日です、は勘弁して貰いたい。


「あの~俺らの処刑っていつなんすか?」
「まだ決まってねぇよ」
「前は一か月後とか言ってたじゃないっすか。それもズレたんすか?」

「……聞いた話だが、お前らの処刑に待ったをかけた人が居るんだと」

「待ったを、って……え? も、もしかして、ダルマンが回復したんすか?」
「……あの人はまだ昏睡状態だ。それに、噂になってる人はダルマン様よりももっと偉い、相当な権力持ちさ」

「もっと偉い……? ど、どんな人なんすか?」
「……島長(しまおさ)のルドルギー様だ」
「しまおさ?」
「そうそう。まぁそうは言っても全部噂話だ。俺も聞きかじっただけで詳しくは知らねぇよ」

 島長……そういえばこの町は海に面していたが……島国だったのか。にしても島の長(トップ)とは……これはとんでもねぇ奴が肩入れしてくれてんだな。ルドルギー……誰だか知らんが、おかげさまで猶予ができた。これで幾分か冷静になれる。


 それからまた次の日。やはり眼鏡は訪れない。これも”ルドルギー様”のお陰なのだろう。日々感謝しながら冤罪証明の策を練り続ける。
 そんな昼下がりだった。

「面会の時間だ。サエネ、出ろ」

 唐突に看守がやって来てそんな事を言った。こんな俺に誰が会いたいと言うのだろうか。すっかり瘦せこけた体を起こし、おずおずと看守の後ろに付いて行った。


「ここだ。入れ」
「は、はい……」

 案内された部屋の扉はかなり大きく、とても厳重な鍵が付けられている。大方、死刑囚用の面会室なのだろう。逃げ出さない様にと細心の注意がなされている。今のガリガリな俺には不必要な警備だと思うが……一応、二人の看守が俺の脇を固めている。ふらつくと、両脇からどつかれて無理やり姿勢を正される。
 俺は逃げ込む様に面会室に入った。

「し、失礼します……」

「冴根」

「……あぁ、翠蓮か」

 久しぶりに見た気がする。と言っても一週間程しか経っていないが……。

「……随分痩せたな」
「そりゃあ、まぁ俺ら死刑囚だし」

「……メアや、あの金髪は元気か?」
「……いや、結構鬱っぽくなってんよ」

 翠蓮は途端に暗い顔になる。まぁそりゃあこんだけ変わり果てた姿見たらビビるし、他人だとしても居た堪れなくなるのは分かる。
 さて、そんな近況報告を聞きたくて、わざわざ顔を出すような奴でもないだろう。何か、土産話の一つや二つ持ってきた、という感じだ。それこそ、俺たちの無実を証明してくれるような話を。

「なぁ翠蓮。んな事はどうでもいいんだよ。なんかあんだろ? ダルマンが復活したか? それとも別の情報が?」
「そう急くな。この一週間、色々あった」

 急くなと言われても……俺らは一刻も早く脱獄したいのだ。このままじゃ処刑の前に死んでしまう。
 しかし翠蓮はやはり焦るなと言わんばかりに一枚の紙を差し出した。ずらずらと長ったらしい文章が書かれた紙だ。

「お、おいおい。こんなの読んでる場合じゃねぇって……面会時間も限られてるし……」
「わかっている。要約して話す故、少し耳を貸せ」

「この壁越しじゃ、ほとんど聞こえないぞ?」
「早くしろ」

 相変わらず可愛げのない女だ。しかし、あの翠蓮がこれだけ書き留めて何かを伝えようとしているのだから、聞いて損とはならんだろう。囚われの俺に何か話されたところで、どうこう出来る事はないけども。

「まず初めに、ダルマン氏襲撃事件の真犯人が分かった」
「おぉ」
「お前もあの夜に遭遇したと思うが、”コベチ”という鬼の一種だ」
「確かに鬼っぽい見た目だったな。ていうか、この世界に鬼とかいんの?」
「本来は居ない。まぁその話はまた今度だ」

 今度か……まぁ本筋には関係ないんだろうけど、気になるよな~……う~んそうでもないか。

「で? 真犯人はもう死んだってオチだろ?」
「あぁ。何者かに殺された……おかげで居合わせたお前たちに白羽の矢が立ち、この現状というわけだ」
「アイツを殺したのって、実はネロなんだよ。身内の金髪少年」
「なに? まったく……やはり奴はろくな事をしなかったか……」

「で、でもまぁアイツのお陰で俺らがまだ生きてるんだしさ…………あ、そうだ。なぁ翠蓮、ルドルギーって奴知ってるか? すげぇ偉い奴」

「……あぁ当然だ。彼がどうかしたか?」
「実はよぉ、ソイツが死刑に待ったをかけてくれてるらしくてさ。今こうして生き延びて、お前と話せてるのも、そのおっさんのお陰なんだよ」

「そうか……それは、妙だな」
「……おいおい、妙とか言うなって。俺らの命の恩人だぜ? まだ助かりきってないけどさ」

「恩人ではない。ダルマン氏を襲撃した真犯人(コベチ)の主は、そのルドルギーだ」

「ほぉ、あるじ…………ん?」

「……要は、その恩人だと言っているルドルギーが、かのダルマン氏暗殺を謀って、あの屋敷にコベチを仕向けたのだ。そんな奴が、お前らの死刑に待ったをかけた……? 何か狙いが……」

「確かに変だな。真犯人の親玉なんだったら、俺らなんか助けるどころか、バレる前に罪被ったまま死んで欲しがりそうなもんだけど……」

「面識は無いのだろ?」
「あぁ……」

「となれば……もしや、勧誘狙いか?」
「ほぉ」

「かのルドルギーは、またの名を”武力王”としている。そう呼ばれた起因は、島の北半分に侵略戦争を仕掛けた際に、総指揮を執った事にある。無論戦争には勝利。この島の長にまで成り上がれたのも、そういった暴力的な一面があった故。一種の皮肉だ」

「鬼(コベチ)とかいうのも、武力の一角か?」
「そうだな。そしてあの夜、そのコベチが何者かに殺された。現場には、身元不明の三人の若者。武力(コベチ)を失った分、お前たちで補完しようと目論んでるやもしれん」

 まぁ確かにネロは役に立つだろうな。となると、実力不足がバレたら俺ら見捨てられる? ど、どんくらいの実力が要るんだろうか……体育成績3とかだけど大丈夫かな?

「そういえばさ、なんでルドルギーは、わざわざダルマンを襲ったんだよ。ワンチャンバレたら不味いんじゃねぇの? 島長の部下が人殺しとか……」
「ある程度は黙認される。それは暴君故だが……確かに、ダルマン氏を狙ったのは、少々やり過ぎだな」
「黙認か……」
「大体そんなものだ。問題はそこじゃない。ダルマン氏はこの島の”二人目の長”とも言われている程の人物なんだ……」
「二人目の、長……」

「ダルマン……彼もまた別称がある。”財の王”」
「財……羨ましいな」

「港湾管理者筆頭でもある彼は、ルドルギーが広げた領土から採れる資源を貿易に活用した。他国との関係性を取り持ち続けたおかげで、彼の財産は膨れ上がり、二人目の長と呼ばれるまでに勢力が成長……暴君(ルドルギー)と違い、民からの支持も厚い男になった……しかし、その功績が祟ってしまった」

「あぁ……別の権力者が台頭してきて鬱陶しかったのか」
「そんなところだ。おまけにダルマンは他国とも仲が良い。ルドルギーを武力で上回るのも時間の問題だった。故に、早くに手を打ったのだろう」

「俺たち、権力争いの生贄にされたのか? 堪ったもんじゃねぇな……」
「……ともかくだ冴根。早くそこから出て来い」
「出れるならとっくに……」

「ルドルギーは、ダルマン氏生存に勘づいている」

「え」

「奴がダルマン氏へ、次いつ何時刺客を仕向けて来るかは分からない。現在は、小さな下宿で匿(かくま)っているが……それも時間の稼ぎ程度の話だ。奴は必ず行動してくる」
「そう、か……」

「不幸中の幸い、真意は分からぬが、そんなルドルギーがお前たちに加担している。しかしそれは裏返しでもある。恐らく監獄(ココ)にも何らかの追い打ちが来る筈だ」

「は、ははは……ただでさえ絶体絶命なのにさぁ……」

「お前は機転が利く。もしもの時は、メアとネロを頼むぞ」

「あぁ……元からそのつもりだ……」

 なんていう事を言ったが、特段何か策がある訳でもない。そもそも俺の頼みの綱はダルマンだった。
 しかしそんな状況の中でも、彼女の”頼む”という言葉が俺を奮い立たせる。面会に呼ばれ、おずおずと看守の後を歩いていた時よりも、圧倒的に奮起の度合いが跳ね上がっていたのだ。

 俺なら出来ると、そう思えていた。
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