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Ⅰ:殺戮少女の狂気的な日常 - 黒の青年と共に -

殺戮の開演

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     ◇

「結果から言うと。――間違いなく。ヤツはクロだった」
「そうね。間違いなく」

 カンテ伯爵の裏の顔、それは、想像以上に黒い色を発するものだった。
 ユキトは極めて平静を保っていたが、その調査の過程で、絶対的に人が目を背けたくなるような光景を目の当たりにしている。
 人の命が、絶対的な権力の前に、紙切れ以下のモノとなって扱われる。
 瞬間。
 正気の沙汰ではない。

 ……――そういう、xxxx年じだい、だが、それを受け入れられるほどユキトは大人ではない。

 瞳の色を失った、少年少女、彼らはこの先どのような〝末路〟を歩くだろうか。
 売られたその先で、どのように、その命を散らすだろうか。
 戦場で、先駆けとして、扱われる。
 そういう形もあるだろう。
 もう一つ。
 下衆どもの遊び物――慰み物――として、壊れるまで、使われる。
 そういう運命だ。

 人の形をした悪魔の所業。
 殺すべき、生かしておく必要は、何処にもない。

 そういう人間たちを、幾度となく、アリスと共に殺してきた。
 故に。
 迷う必要は、コレで、なくなった。

「十分。殺して構わない。容赦なく散らしてやろう」
「だから言ったでしょう。初めからそうすれば良かったのに。無駄な手順だったわ」
「無駄かどうかは違うと思うよ。これで後腐れなく。失敗なく。キッチリ確実に殺すことができるから」
「正面から突っ込めば。楽なのだけれど。ね?」
「キミは神がかり的に頑丈だから死なないかも知れない。だが。ボクはか弱い人間なんだ。普通に死ぬんだよ?」
「ふふっ。確かに――。それは困るわね」
「そうだろう?」

 困る。
 アリスは当然のように、ユキトのコトを〝必要〟な存在だと、解釈している。
 ユキトは、その事実を、〝嬉しい〟と解釈するのだ。
 彼女は、唯一、ユキトにとっての大切な存在。
 愛しき者。

 ただ――。
 今は目の前のコトに集中をするべきだろう。
 意識を現実へと引き戻す。

 ザリザリッ、と、闇が支配する時刻の中、道を二人は進んでいく。
 つまり。
 真夜中の時刻である。

「アレが。カンテ伯爵の住む建物。今回の標的となる場所でもある」
「何度見返しても。大きな建物ね。馬鹿みたいに」
「馬鹿にはお似合いな建物だろう。本当に」

 歩く街道、その遠くに見えるのは、この街で一番の大きさを誇る、カンテ伯爵の豪邸だった。
 顕示欲。
 それらを満たすために作られたであろう、その建物は、今のユキトにしてみれば〝愚か〟としか言いようがない物であった。
 売られた命の上に成り立つ、犠牲の上に成り立つ、仮初めの優雅さ。
 現実だ。

「明日には。あの家もなくなっているさ。存在をボクらは許さない」
「あら。ユキト。壊しても良いのかしら?」
「ん……?」
「あれほど穏便に。と。確か言っていたハズなのだけれど」
「穏便に。かつ、跡形もなく消し去る」
「できるの?」
「アリスの力があれば可能だろう。ねえ。アリス?」

 くすり、と、ユキトは小さく微笑んだ。
 同調。
 アリスも、同じように、優雅に微笑んだ。

「ああ。私頼みなのね?」
「当然だろう。キミの怪物じみた腕力がなきゃ。できないんだから」
「非力ねぇ。人間って」
「そう思うよ。ボクも」

 力で遠く及ばない、その事実は、アリスに言われるまでもなく分かっている。
 故に。
 ユキトは知恵を身につけた。
 神々の恩恵を受ける、アリス、その彼女に連れ添うだけの〝技能〟を有する。
 そう。
 今まで二人が一緒に過ごしてきた八年という歳月の中で。
 彼らが殺害を失敗したことは、一度たりとも、存在はしない。
 〝殺戮少女アンノウン〟の噂は、そうやって、今日まで作り続けられているのだから。
 明日も、きっと、変わらないだろう。

「さて。一応。今日の作戦だけれど――……」
「皆殺し」
「それはもう決定しているさ。そうじゃなくて。手筈の話」

 やる気満々の彼女を前に、ユキトは、冷静に話を進めていく。
 ただ。
 アリスはその話に乗り気の様子はない。

「今さらになって。策を弄しても。無意味だとは思わない?」
「そうかい?」
「だって。最後は建物ごと〝どっかーん〟でしょう?」
「まあ。そうなんだけどね。逃げ出す人間とかがいると面倒になるだろう?」

 目撃者も確実にゼロにしなくてはならない。
 見られた場合は容赦なく殺す。
 スマートに。
 残酷に。

「それはユキトの役目でしょうに。私はコレで。ぜんぶの人間を殺すだけ」

 アリスは背中の服の中に手を伸ばした。
 そして――。
 ジャキンッ、と、銃剣の付いた黒鉄のアサルトライフルを取り出したのだ。
 身なりに似合わない。
 丈にも合わない。
 少女と機関銃の構図、それは、何度見ても違和感としか言い様のない構図であった。

「毎度のコトながら。キミには似合わないよね、その武器は」
「そうかしら。私はこの銃器。結構気に入っているのだけれど?」
「そんな物騒な物を持っている。ソレが似合わないってコトだよ。その容姿でね」
「私。こんな見た目だけれど。貴方よりは年上よ?」
「知ってるさ。そんなコトは」
「その割には。子ども扱いされている気がするのだけれど。ね」
「気のせいじゃないか?」
「そうかしら?」

 と、こんな世間話をしている場合ではない。
 いい加減にしないと失敗してしまう。
 気をしっかり保つのだ。

「そろそろ。集中して行こう」
「言われなくても。私は油断をしないから。心配はないわ」
「流石だね」

 ユキトは、安堵の表情を浮かべると共に、コートの下の腰に据えていた鞘から、一本の剣をすらりと抜き出した。
 白銀の刀身。
 それはかつて、アリスと出会った頃に、流浪の刀匠から買い取った剣であった。
 驚くほどに良く斬れる。
 命の狭間を、この相棒と共に、ユキトは何度もくぐり抜けてきた。
 今日も今日とて変わらない。
 ベストパートナーと、ベストウェポンと、ベストプランニング。
 失敗は許されない。

「今回は。作戦的な正面突破だ。要点は一つ。一人残らず確実にね」
「ええ。言われずとも」

 にこり、と、殺戮少女は笑みを浮かべる。
 どうやら、アリスとしての、役回りに入り込んだらしい。
 心配はない。
 が。
 牽制はしておく。

「テンションを上げすぎて。殺しに夢中にならないこと。いいね?」
「ええ。善処はするわ」
「とても。そうには見えないけど。ね」

 アリスの横顔は完全に殺しを構えている。
 つまり。
 暴れる気満々なのだ。

「まあ。今回はボクがしっかりすれば。良いか」
「ええ。後処理は貴方に任せるから。よろしくね?」
「いや。よろしくされたくはないな。正直に」
「貴方がしっかりしないと。私が。神様に怒られるじゃない」
「やれやれ……」

 呆れ顔と共に、一歩、一歩、夜の街の道を進んでいく。
 建物。
 やがて、遠目に映っていたソレは、もうユキトとアリスの目前まで迫っていた。
 屋敷。
 扉の前には衛兵が立っている。
 門番的な役目を果たす、屈強そうな男が、二人だ。
 関係ない。

「なんだ。貴様ら――」
「うるさいよ」
「なっ――……、ッ!?」

 ひゅん、と、月光を反射した白銀の剣が、二度、駆け巡る。
 風が吹き抜ける。
 瞬間、男たちの首が、真横一つに斬れて落ちる。
 声を上げる間も与えない。
 ソレが、ユキト、彼の剣技である。
 最大限、取り柄、特技とも言える。

「ふふっ。それでは――……。行きましょうか♪」

 ふわり、と、アリスが深い笑みを浮かべると共に、彼女は小さな拳を、ぎゅっと握りしめた。
 左手には機関銃。
 右手には拳。
 そして。

 ドガン――ッ!!!

 突き抜ける衝撃、吹き飛ぶ屋敷の扉、そう、アリスはそのすべてを吹き飛ばしたのだ。
 同時に。
 ユキトとアリスは屋敷の中へと突入する。

「こんばんは。そして――。さようなら♪」

 狼狽える屋敷の中の人間に向けて。
 轟音と発砲。
 さあ、地獄絵図の始まりだ。
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