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Ⅵ:躊躇いと失敗 - doomsday -

失敗 / END

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     ◇

「ユキト。おはよう」

 転じて、目の前に広がるのは、雲が広がる夜の空だった。
 そして。
 ユキトはアリスの膝の上である。
 あれから、いったいどれほどの時間が経ったのか、定かではないが、身体の痛み具合から察するに、あまり時間は経過していないと思えた。

「馬鹿アリス。本当に。キミはどうしてくれるんだ――……」
「…………」

 いつの間にか、あの邸宅からは、二人揃って脱出していたらしい。
 否、アリスがユキトを背負って運んだのだろう、その姿が目に浮かんだ。
 とにかく、不格好、無様である。
 そうとして――。
 今、二人がいる場所は、深く暗い、どこかの森の中のようだった。
 森の奥地だろうか。
 人の気配はなく、そういう意味では、追っ手の心配はなさそうだ。
 ただ。
 ユキトの心は、一つとして、晴れの様相を呈さない。

「キミがそこまで――……。ボクのコトを気に病んでいたなんて。思わなかったんだ」
「違う。ユキト。それは違うのよ」
「?」
「私が気に病んでいたのは。貴方のコトではなく。ただ。私自身のコトについてだもの」

 様子がおかしい。
 その兆候は確かにあったものの、ユキトはそれを『時間が解決する』と軽く考えて、その結果がコレである。
 言葉にできない、ただ、最悪の状況であった。

 すり切れそうなくらい、少女アリスはずっと、悩んでいたのだろう。

「ああ――。馬鹿はどっちだって。ね」
「え?」
「キミを一番側で支えるハズのボクが。この様じゃ。当然の結末だよ」
「違う。ぜんぶ。私が悪いの」

 懺悔。
 アリスの瞳が微かに揺れ動いているのを、目の当たりにした上で、ああ、と、ユキトは自らの過ちを確信した。

 〝失敗〟。

 明確なまでの答えが、ただ、そこには置いてあるだけである。
 今頃は恐らく、ローナの街は騒然としている頃だろう、なにせ〝殺戮少女アンノウン〟が本当に幼い少女であり、供に一人の青年を連れており、本当に殺戮を実行して見せたのだから。
 ただでは済むまい。
 生き残ったあの青少年は、それはもう、酷い憎悪の色を見せていた。
 仇を取るためには手段を選ばない。
 あらかたの情報は、既に抜けている、と考えた方が良いだろう。
 ユキトが、フローレスの跡取りが、殺戮少女さつりくしょうじょの一味であるコトも、きっと、すぐに知られるに違いない。

「どうするかね――……。いや、もう何処へ逃げるコトも、叶わないか。西方全域には手配がすぐに行き渡るだろう」
「…………」

 俯き加減でアリスはかがむ、ただ、俯けばユキトとアリスの顔は相対する訳である。
 アリスは今、ユキトを膝枕しているのだから、当然だ。
 笑う。

「別に。ボクはもう怒っていないさ。非はボクにもある訳だし」
「そんなコトは――……」
「キミがどう思おうと。ボクはそう考える。だからソレで良いのさ」

 さて、と、ユキトは重い身体を起こす。
 鈍く痛む身体だが、動かす程度には、問題はなさそうだ。

「どうしようかな。私たち」
「逃げられるだけ。逃げてみるしかないんじゃないか。さて、何処まで行けるかねえ?」
「でも。私。〝神の遣い〟のお仕事は続けないと」
「その辺に関しては。まあ。神様の意見も仰がないと。もしかしたら解決案を出してくれるかも。そうだろう?」
「……――ええ。そうね。そうかも知れないわ」

 そんな訳がない、と、有り体に言えば気休めである。
 神々とはとにかく〝独善的〟であり、不要な存在は残酷なまでに切り捨てる、そういう存在であった。
 今までの殺人生活で、ソレはもう、嫌と言うほどに分かっている。
 アリスは失敗をした。
 失敗した人形アリスは不要の扱いを受ける。
 確信した。

 如何に、アリスを守ってやれるか、ソレだけがユキトに残された使命だ。

 苦しまないように、安らかに、笑っていられるように。
 そう、最期を、安らかに。

 ……――残酷なまでの、未来のない、お伽噺じゃないか。

 そんな錯覚さえ見えるようだった。
 だとしても。
 ユキトは。

「大丈夫――。ボクはキミを支え続けるよ。ちゃんとね」

 最期まで。
 そう言ったユキトの顔を見て、アリスはくしゃくしゃになって崩れながら、静かに声を殺して泣くのだった。
 命の終わりを告げる。
 その日まで。

「一緒に逃げよう。何処までも」
「……――うん。わかった」

 不遜な態度も、狂気も、美しさも、そのすべてが影を潜めている。
 ただ。
 泣いているだけの女の子。

 〝守ってやるさ――。〟

 元より心に決めていたコト。
 運命が尽きる。
 その日まで。
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