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Ⅸ:自覚と覚悟 - 決意 -

〝真理〟 / 死後の先へ

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 命が途切れ、そして、終わりを迎えたハズだった。
 気付けば、そう、ユキトは世界を俯瞰していた。
 彼女が、死を駆け、戦いを終える。
 そのすべてを、彼は、見ていた。
 アリスが、死に、天に帰る。
 その、すべてを、彼は見ていた。

「大丈夫だよ――。アリス」

 根拠はない、が、そんな確信があった。
 冷静に、ただ、状況を受け入れる。
 神がいるのだから、死後の世界があったって、不思議ではない。

 この世界が、きっと、そうなのだろう。

「いや。そうとも限らないようだぞ。ユキト=フローレスよ」
「……?」

 独りごちる、ハズだった、その空間には先客が居た。
 規格外に大きい、巨躯、その豪胆な雰囲気。
 すべてをユキトは知っている。

「フリード=ヴェンルク……?」
「うむ。また会えて嬉しいぞ。――あのような形で別れるのは。少々。気まずいのでな」
「……――なぜ。貴方が?」
「アリスという少女に殺された。その直後に。気がついたらこの場所にいたよ」
「その点は。ボクと同じ。ですね」
「ああ」

 ずっしりとした身体を前へ向け、彼は、ユキトの隣にまで足を進めた。
 警戒、いつでも動けるように、ユキトは身体を緊張させる。
 が、無用なようで、彼に敵意はないらしい。

「君との決着は。キチンとした場所で付けたかった。私としてはそれだけが残念だ」
「ボクとの勝負に未練がある。と?」
「いや。決着については遺恨なし。私の完敗さ。それが分からぬほど愚かではないさ」
「……――そうですか」

 満足そうに、彼は、豪快に笑っている。
 この雰囲気が、本来、剣王と呼ばれる人間の本質的な性格だ。
 誰からも一目置かれ、且つ、人間性にも優れている。
 剣を交える、そう、よほどのコトがない限りは。
 そういう状況になり得ない。

「私も。君も。あの場において互いの正義をぶつけ合った。どちらが正義だとか言うつもりはないよ。だがね――」
「はい……?」
「そもそもの話。私たちは。根本的な部分から勘違いをしていたらしい」
「勘違い、とは?」

 目を伏せ、彼は、申し訳なさそうに言葉を口にする。

「あの襲撃は最初から仕組まれていたのだよ。そう。ヴィル皇帝が、夢枕、神々を名乗る存在から、神託を受けた、と。そう語っていたのだ。思えば――」
「『神託通りに。あの娘を始末すれば――』など。そう。誑かされたのでしょうね」

 今さら、ユキト自身、驚くような内容でもなかった。
 薄々は勘づいていた。
 そして、ソレでもなお、皇帝という存在をユキトは赦そうとは思わない。
 殺す。
 その意思は未だに根強く残っている。

「と、言いますか、その皇帝は何処へ?」
「さあてね。今はまだこの場にいないようだ。幸いと言えよう」
「どうして?」
「君が彼を赦すとは思えない。想い人を追い詰めた存在だからな。気持ちはよく分かる」
「〝剣王〟として。その発言は如何なものかと。ボクはそう思いますが」
「〝剣王〟は死んだ。故に。もうあの役目は終えている」

 付け加えるなら、と、彼はユキトに言葉を加える。

「私も。君の想い人を殺したようなものだが。それは構わないのか?」
「良いか悪いかで言えば悪いと思いますが。まあ。貴方は特別です」
「くっくっく。まぁ。今はそれで良しとしよう」

 死闘を繰り広げたとは思えない、そんな、清々しいほど爽やかな会話であった。
 そして――。
 彼は、フリードは、真剣は表情で意思を告げる。

「人の世は。神の意志によって振り回される。――そんな世界を。私は。望まない」

 世界を、取り戻す、その必要がある。
 その役目は、そう、たった一人の人間にしかできない。
 人の身でありながら、神の所業に従事し、人の身を越える存在となり得る。
 ユキト=フローレス。
 彼にしかできない、と、フリードは語った。

「なぜ。貴方はそう思うのです?」
「君が。この世界でもっとも神々を憎んでいる。そんな君だからこそ。できることがある。私はそう思うのだ」
「買いかぶりすぎ。では?」
「仮にも。私を圧倒して見せた君だぞ。十二分に資格はあろう」
「…………」

 言われずとも、ユキトは、神々を殺す覚悟を持っている。
 ただ。
 その意思は、ユキトの個人的感情であり、世界を救うなどという大義めいた物ではない。

 アリスのために、ボクは、神々を殺す。

 大事な人を弄んだ、そんな、連中の存在を赦さない。
 絶対に。
 殺す。

「そので構わないのさ――。世界を。救ってくれないか?」

 笑う。
 彼は、真っ直ぐな、綺麗な瞳でユキトを見つめる。
 ああ、と、思う。

 淀んでしまった、ユキトの目には、あまりにもソレは眩しすぎる。

 ユキトが適任、ソレは、恐らく完全なる〝悪魔〟に堕ちた者。
 故に。

「ボクは自分が殺してきた。そんな者たちを。弔うつもりはありませんよ?」
「ああ。それで良い。君が良いようにすれば良いのだ」
「ボクは――。神々を殺す。それだけの意思を持って死を受け入れた。絶対に殺します。その果てに。世界が勝手に助かるんです」
「元来。人助けなど。そういうものだと私は思うよ」

 ふわっ、と、人の影が一気に姿を現わした。

 知っている。
 今までに殺してきた、覚えている、すべての者の顔だった。
 彼らは、喋らない、静かにユキトを見つめている。

「彼らは。きっと。ボクを赦さないでしょうね」
「その上で。皆が望むのは。そう。神のない世界だろう」

 死の果てに、未だ、彼らは解放をされていない。
 神がいる。
 その世界では、人間は、ゴミのように扱われるだけ。

 〝解放〟。

 世界を、元の形へ、戻す。
 アリスを、元の、普通の少女に戻してあげたい。
 生きる道を、もう、穢れた世界にしたくない。

 汚れるのは、そう、ボクだけで良いんだ。

「きっと。君なら。できるだろう」
「その時は。貴方にも。協力して貰いますからね?」
「はっはっは。……――ああ。私も喜んで力を貸そうじゃないか」

 その時が来たら、私も、喜んで力を貸そう。
 だから――。
 お別れだ。

 霧散して、消える、フリードの姿。
 同時に。
 ユキトの身体も、霞み始める、身体の形を維持できなくなっていく。

『〝は。自らのついを願う。そういう存在らしいぞ?〟』

 最期、フリードの、そんな言葉が聞こえてきた。

 終わりない永遠を在り続ける。
 運命。
 知ったコトか。

『〝ボクは。ボクのために。神々を滅ぼすよ〟』

 ユキトの決意は固かった。
 鋼のように。
 強く。

 その意思に導かれるように、彼らは、ユキトという一人の中に溶け込んだ。

 多くの曖昧が、一人、狂気の青年という人間に集約していく。
 そして――。
 彼は、一つ、真理を得るのである。

 死後、彼らの魂は、還るコトなく。

 留まり続けていた。
 なお。
 神を殺す、その、意思の元に。

 〝神々の黄昏ラグナロク〟。

 その瞬間は、今、この瞬間なのだ。
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