上 下
56 / 56
0/:荒廃セシ天地 - origin -

〝神という名の呪い〟 / 摂理 - providence - (完)

しおりを挟む
 風が吹く。
 吹き抜けるように、ただ、清々しく吹き付ける。
 その場には、もう、誰もいなかった。

 神々が座していた、空間、もはや影も形も残っていない。

 ただ、廃墟と化した、宮殿の形骸が置いてある。
 〝神殿〟。
 かつては、神々が、終わりのない永遠を過ごしていた場所である。
 質素で真っ白な部屋。
 真っ白な壁。
 真っ白。

 右も左も上も下もない。そんな。曖昧な世界が彼らの住処であった。

 なにもない。
 虚空。
 虚しい、そんな、言葉通りの世界である。

 遺されていたのは、ただ、年季の入った茶色の薄い紙。

 その上に、神々の言葉が、記されている。
 今となっては、ユキトだけが、解読できる言葉である。
 なぜなら、神々を喰らって、その身体の中にすべてを呑み込んでいるから。

 屠り、喰らい、噛み殺す。

 そういう、血なまぐさい戦いを、ずっと繰り返して続けてきた。
 神々の黄昏ラグナロク
 その最後に辿り着いたのが、そう、この小さな部屋である。

 神は殺した、後は、アリスを――想い人を――救い出せば、すべてが終わる。

 だと言うのに。
 その一枚の紙切れが、ユキトを、大きく困惑させていた。
 記されていたのは、そう、〝感情〟である。


『〝神々われわれとて。存在する理由は分からぬまま。ただ。在り続けたに過ぎない。〟』
 続く。
『〝生きることも許されず。死ぬことも叶わない。ただ。使命を全うするだけの存在に。どれほどの価値があるのだろう?〟』
 苦悩。
『〝我らは。摂理が産み出した。意味もなきただの産物だ。〟』
 謀反。
『〝我らに特別な感情はない。ただ。死を願う感情は尽きない。〟』
 期待。
『〝彼の。冥府へ発った人の子であれば。あるいは。可能であるかも知れない。〟』
 喜び。
『〝神殺し。つまり――。彼奴は必ずその業に身を染める。〟』
 笑う。
『〝彼の少女と――。在りたいと願えば。彼奴はきっと我らを滅ぼす。〟』
 ××。
『〝すべては。そう。我らの計画通りに動いている。〟』


 最初から、彼らは、ユキトに――のみならず、誰でも良い――殺される、そういう未来を願っていたのだ。
 誰がどう考えたかも知らない、を、神々自身が放棄したいとずっと願っていたのだろう。
 終わりなき永遠を生きる、ソレは、比肩するコトが不可能なほどに過酷な運命だ。
 神としての務め、世界を正す、ソレは棄てられない。
 一方で。
 生きとし生ける者として、死を望む、そういう願いも持っていた。

 ……――彼らも、また、ユキトやアリスとは違うなにかと、闘っていた。

 残酷な摂理、運命、現実である。
 そして――。
 神を喰らった、つまり、呑み込んだユキトという存在は。
 〝継承〟。
 その役目を、半ば強引に、背負う義務を負わされた。
 確信犯だった。

 運命は、いつの日か、ユキトが〝神〟になるコトを強要する。

 それは、きっと、ユキトが避けられない宿命として。
 〝神殺し〟。
 その功罪は、今度、ユキト自身が背負う。

 神殿は、今日も、あるじの帰りを待っている。
 均衡を取る。
 その存在を心待ちにしている。

 魔の王は、呪われ、神の後継者として――。

 言われるまでもない。
 すべてを覚悟の上で、ユキトは、この世界のすべてを壊したのだから。
 神々の黄昏ラグナロク

 たった一人の少女のために、すべてを背負って生きていく、傷だらけの青年の物語。

 そういう彼が、歩く、未来はどういう道なのか。
 分からないながらも。
 きっと、光は、差すのだろう。

 その隣には、いつだって、一人の女の子がいる。

 彼が求めた、最初で最後の、想い人。
 そのは――。
 最憐いとおしの、アリス、彼女であるのだから。

〈了〉
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...