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調味料と株式市場

29 開店

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 ブリュンヒルデはアンネリーゼの取り巻きに攻撃を仕掛けるチャンスをうかがっているが、中々そのような機会はおとずれない。
 アンネリーゼの背後を探ってもいるようだが、そちらも決定的な証拠は掴めずにいた。
 カール王子の妨害もあって、中々進まないようだ。

 僕の方はといえば、学園生活のせいで相場はしばらくお預けになっている。
 リアルタイムで参加出来ないとなると、大金を賭けるわけにもいかないので仕方ないが、相場に参加できない相場師の人生なんて気の抜けたビールみたいなもので、全く刺激がない。
 正直これが2年も続くかと思うと地獄だ。

「最近のマクシミリアン様は目が死んでる」

 とは以前かけられたマルガレータの言葉だが、全くもってそのとおりだ。
 24時間365日トレードができる仮想通貨は良かった。
 あれさえあればいつでも相場を張ることができた。
 この世界にも仮想通貨を導入したい。
 通貨発行権は厳しく管理されているから、仮想通貨を発行した途端にお縄になるか。

「はあ、相場が恋しい」

 ベッドの上でため息をついた。

「エルマーのレストランの株があるじゃない。そういえば今週末にオープンするからって、招待状が届いてましたわね」

 ブリュンヒルデから言われてエルマーの店のオープンを知る。
 発行済株式総数は100万株あり、現在の株価は50マルクとなっている。
 前評判はそんなに高くないということだ。
 レアな調味料を使うというのも、そんなに知れ渡っているわけではないから仕方ないか。
 徐々に株価が上がってくれたらそれでいい。

「私たちと子作りしている時も相場のことを考えていたの?妬けちゃいます」

 エリーゼが僕の左胸を軽く噛む。

「あふっ。違うよ、賢者タイムになって相場を思い出しただけだから」

 それを聞いてマルガレータがクスクスと笑う。

「せめてベッドの上だけでは、自分のことだけを考えていてもらいたいんですよ。貴方の頭の中の好きっていう気持ちを独占したいのです」

「そう言われても、これは好きな食べ物と好きな色を比べるようなもので、好きの種類が別物で比べる様なものじゃないんだけどなあ」

 家庭をかえりみずに相場を張ってるわけじゃないし、正直嫉妬する気持ちがわからない。

「あら、それでは私たちのこと以外を考えられなくなるくらい、もう一度愛して差し上げますわ」

「あの、もうちょっと休ませて」

「駄目です。ほら、もう元気じゃないですか」

「あふん」

 結局そこから腰が抜けるくらい虐められて、涙で枕を濡らすことになった。
 妻が肉食すぎて困る。

 そんな状況で学園に通っているので、目の下にはクマが出来ていてかなり目立つ。
 髪の毛は朝メイドたちがセットしてくれるので整っているが、クマだけはどうにも隠せなかった。
 ドミニク殿下が目ざとくそれを発見する。

「どうしたマクシミリアン、寝不足か?」

「夜調べ物をしてまして……」

「そうか、大変そうだな。一緒に調べてやろうか?」

 殿下の意味ありげな笑みは、絶対にわかっているな。
 僕の答えを期待している目だ。

「婚約者たちに手伝ってもらってるので大丈夫ですよ」

「そうか。でも、たまには他の人にも手伝ってもらったらどうだ?」

「絶対にわかって言ってますよね?」

「さあな」

 うん、絶対にわかってて面白がっているな。
 いつか仕返ししてやろう。

 そんな生活をしていたら直ぐに週末になった。
 エルマーからの招待もあり、オープン初日にブリュンヒルデたちと四人で店を訪れることにした。
 なお、開店祝いの花も贈ってある。

 店は王都の貴族街のメイン通りから一本奥に入ったところにある。
 それでも治安が良い地域なので、雰囲気は悪くない。
 設定している価格は庶民では手が出しにくいので、立地としては問題ないか。
 その分店舗にお金がかかってしまったようだが。
 とてもお洒落なカフェみたいなデザインの店舗で、前世だったら入るのを躊躇していたな。
 前世はファーストフード店がメインだった。
 時間が勿体無いというのが理由だけど、一人でお洒落な店に入るのには度胸がいるからな。
 今日だって自分の出資している店でなければ、とても敷居が高く跨ぐことが出来なかっただろう。

 時刻はディナータイムとなっており、ここに来るまでの店は何処も混雑しているのが見えた。
 しかし、エルマーの店は外から見えるような賑わいが無い。
 一抹の不安を感じる。

「さあ、入りますわよ」

 ブリュンヒルデに腕を取られて店の中に入る。
 店員が出迎えてくれ、席に案内された。
 オープン初日だが、店の中は空いていた。
 店の外には中を伺う人もいなかったので、心配はしていたがやはりか。

「出足は不安になりますね」

 マルガレータも眉をひそめる。
 味はいいんだけど、新規のお店だとなんの料理が出てくるのかわかりにくいか。
 出てきた料理も美味しくて、シェフの腕には問題がない。
 初めての調味料に戸惑う客はいても、食べるほどにあとを引くとは思う。

 食事が終わった時にエルマーが席までやってきた。

「いかがでしたでしょうか」

「美味しかったよ」

 妻たちもみんなエルマーの料理を褒めた。
 しかし、エルマーの表情は晴れない。

「どうしたの、エルマー。何か不満でも?」

「実は客の入が芳しく無くて。もう少し賑わうと自惚れていました」

「昼の時間もこんな感じだったの?」

「はい」

 うーん、いきなり経営が暗雲に乗り上げてしまったか。

「何が足りないのかなあ?」

「アピールですわね」

 ブリュンヒルデの目が輝いている。
 なにか試してみたいことがあるんだろうな。
 ここは彼女に任せてみるか。

「先ずはなんの料理が出てくるのかわからないのを改善しましょう。私達はエルマーのことを知っているから入るのになんの躊躇もありませんが、他の人たちからしてみたらなんの料理が出てきて、どんな値段なのかがわかりません」

「言われてみればそうだね」

 ぼったくりバーとまではいかないが、入ったら高額を請求されたのではたまったもんじゃないだろうな。
 特に、今まで見たことも味わったこともない調味料を使っている店ともなれば、どんな金額になるか身構えるよなあ。
 黒コショウがとんでもなく高級品なのだから。

「だから、表に料理の説明と金額を表示するのです」

 ブリュンヒルデの案にエルマーが難色を示す。

「その日の素材によって料理を変えてますから、看板業者に依頼するにしても間に合いません。それに、お金もかかりますし」

「それなら黒板かな」

 僕が助け船を出す。
 黒板なら簡単に消すことができる。
 フィエルテ王国にも黒板はあるから、入手するのも問題ない。

「早速明日黒板の手配をします」

 エルマーは明日黒板を手配すると約束してくれた。
 しかし、ブリュンヒルデの案はそれだけでは無かった。

「あとは宣伝ですわね」

「宣伝ですか」

「相手にするのは貴族や商人などの富裕層ですから、こちらは任せていただきましょう。庶民にアピールしたところで、この価格では手が出ないでしょうから」

「はい」

 ブリュンヒルデの宣伝方法が気になったので聞いてみる。

「お茶会などでそれとなくこのお店を薦めます。それと、商人たちにはヨーナス商会を使います」

「ヨーナスを?」

 ヨーナスは塩相場で儲けた金で王都に進出してきた。
 王都で支店を構えて取引の規模を拡大するつもりらしい。
 支店とはいいながら、商売が軌道に乗るまでは自分で指揮を執るといって、今は王都に住んでいる。
 それで、屋敷の方にちょくちょく顔を出すのだが、どうも僕とまた相場を仕掛けたいというのが本音のようだ。
 本当に商売をするなら、ローエンシュタイン家の方に行くだろう。
 僕もヨーナスと組んでもう一度でかい相場をやってみたいのだが、やはり学生という身分では学業が優先になってしまう。

「ヨーナスには商人たちにこの店の素晴らしさを宣伝してもらいます。彼らの家族や愛人とこの店を使って貰えたら、店も一気に賑わうことでしょう」

 こうして初日は躓いたエルマーの店にテコ入れをすることになった。
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