30 / 71
調味料と株式市場
30 賑わい
しおりを挟む
ブリュンヒルデの案に従って、エルマーの店は店外に黒板を設置し、その日の料理と金額を表示するようになった。
従業員に黒板アートの才能があるものがいたので、毎日日替わりで綺麗な絵が描かれているのも見る者を楽しませた。
そして、ブリュンヒルデによる宣伝も功を奏していた。
シェーレンベルク公爵家の調味料の話は貴族社会でも話題になっていたこともあり、その料理を食べることができるお店ということで、ブリュンヒルデに紹介された人たちが押し寄せたのだ。
今日もディナーはエルマーの店に妻たちと来たが、最近では席が埋まっていることも多い。
なので、事前に予約をしておくのだが、それは調味料の引き渡しのときに行っている。
調味料の仕入れで、エルマーには頻繁に会っているからね。
ただ、お店が忙しいので最近では学園の帰りに僕が店に顔を出す形になっている。
最初はエルマーも恐縮していたのだが、現実的に店をあけるわけにもいかないので、そういう形で落ち着いたのだ。
料理が運ばれてきた。
今日はトマトソースを使ったパスタである。
それを食べたあと次の料理が運ばれてくるまでの間、エルマーの料理の感想を話し合う。
「最初はこの真っ赤な色が血を連想させて、食べるのに勇気がいりましたが、慣れてしまうと今では何も感じなくなりましたわね」
エリーゼが初めてトマトソースを見たときの事を思い出す。
トマトはフィエルテでは普及していない食材だ。
地球でもトマトは悪魔の食べ物と信じられていた時代もあり、それはここでも一緒だった。
やはり、あの真っ赤な色が血を連想させてしまうのだ。
「本当に、慣れは怖いわね。今ではこの真っ赤なソースがなんともないのですから」
マルガレータも今ではすっかりトマトソースの虜だ。
トマトソースにニンニクとバジルで味付けしたパスタはエルマーの店の大人気メニューとなっており、食わず嫌いを克服した人も多い。
「ブルーノにもよくトマトソースの料理をお願いしているよね」
「ええ。ブルーノもエルマーに負けていられないと、新しい料理の創作に余念がないですわ。欠点は夜マクシミリアンがニンニク臭いことかしら」
ブリュンヒルデが婀娜な笑みを浮かべる。
その表情に昨夜のことを思い出して、恥ずかしくなってしまった。
「やあ、マクシミリアン」
「殿下」
食事中に話しかけてきたのはドミニク殿下だった。
慌てて席を立って頭を下げる。
妻たちも同じように殿下に挨拶をした。
「お久しぶりです、ドミニク殿下」
「ブリュンヒルデ嬢、息災か?」
「はい」
ブリュンヒルデは殿下とは顔見知りだったので、僕はエリーゼとマルガレータを紹介した。
「こちらが第二夫人のエリーゼと、第三夫人のマルガレータです」
「お初にお目にかかります」
「はじめまして」
「聞いていたけど、みんな美人でマクシミリアンが羨ましいよ」
意味ありげなニヤリという笑いが痛い。
そういう殿下の隣に可憐な少女がいた。
紫の髪の毛に華奢な体。
触れば折れてしまいそうなくらいに細い。
爽やかイケメンで褐色の肌をしたドミニク殿下とは対称的だ。
「殿下そちらのお嬢さんは?」
「フロイライン・モニカ、クンツェンドルフ侯爵のご令嬢で、私の婚約者だよ」
モニカ嬢がお辞儀をする。
婚約者がいるとは聞いていたが、もっと殿下みたいな活発な相手を勝手にイメージしていた。
いや、お忍びでこんなところに来るくらいだから、やはりお似合いなのかもしれない。
そうだよね、お忍びだよね。
王族が街のレストランに来るなんてありえないと思うんだけど。
「殿下、よくここをご存知でしたね」
「最近噂になっていたからな。学園でも王宮でも有名だぞ」
「そんなにですか」
それを聞いたブリュンヒルデが得意気な顔を見せた。
間違いなく彼女の手柄だな。
彼女の人脈でエルマーの店の認知度が上がり、一度訪れたらこの味の虜になる。
そんな虜になった貴族たちがまた誰かに話すことで、次から次へと客が増えたのだ。
何かと話題のシェーレンベルク公爵家の料理が食べられる店として、噂はどんどん広まっていった。
エルマーの腕が良かったのもあるが、今ではリピーターと新規の客でこの賑わいだ。
何人かの貴族はエルマーを雇おうとしてきたそうだが、この店の株主として僕がいることを伝えて断ったそうだ。
流石に公爵家の令嬢の婚約者と揉める度胸は無いらしい。
それに、エルマーも僕から離れたら調味料が調達出来なくなるのを知っているから、どんなに金を積まれても雇われる事は無いだろう。
まあ、その事は秘密になっているけど。
僕の魔法が調味料を作るだけというのは家族と一部の料理人、それからヨーナスしか知らない。
市場のバランスを崩しかねないし、僕が狙われる可能性が高くなるからだ。
「まったく、毎日こんな美味しいものが食べられるシェーレンベルク公爵が羨ましいよ。調味料の製法は秘匿されていて、今では公の調味料を求めて貴族たちが頭を下げる始末だ。王宮の料理人たちも再現せよと国王から命令されて可哀想だよ」
「そこまでですか」
ドミニク殿下の話では、公爵家の料理を食べた王妃があの料理を毎日食べたいと国王にねだり、国王も料理人たちに再現の指示を出したそうだ。
一部は再現されたようだけど、ガランマサラなんかは再現できないようだ。
元の世界の調味料だからなあ。
それにしても、自分の能力がこんなにも人に望まれるのは悪い気がしないな。
自分で料理はできないけど、料理人たちが調味料を使って美味しい料理を作ってくれる。
それがブームとなっているのは嬉しい限りだ。
これは多分マクシミリアン少年が、実家のローエンシュタイン家であまり大切にされていなかったことも影響しているのかもしれないな。
自分の考えにも彼の性格が影響していると思う。
前世ではあまり人付き合いが無かったし、関わろうともしなかったので、誰かの期待が嬉しいという感覚はなかったはずだ。
「それじゃあ、俺たちも近衛騎士に見つかる前に食事をしたいので、これで失礼するよ」
やっぱりお忍びか。
ドミニク殿下はモニカ嬢と一緒に別の席に行ってしまった。
「それにしても大人気になったねえ。ブリュンヒルデの案がうまく行ったおかげだよ」
「それ程でもありませんわ」
褒められたブリュンヒルデは満更でもない様子だ。
右手で髪をかきあげるが、これは彼女が嬉しいときに出る癖だ。
彼女も自分の考えた案で、エルマーの店がこれ程賑わったのが嬉しいのだろう。
しかし、人気が出たことで新たな問題が発生することになった。
従業員に黒板アートの才能があるものがいたので、毎日日替わりで綺麗な絵が描かれているのも見る者を楽しませた。
そして、ブリュンヒルデによる宣伝も功を奏していた。
シェーレンベルク公爵家の調味料の話は貴族社会でも話題になっていたこともあり、その料理を食べることができるお店ということで、ブリュンヒルデに紹介された人たちが押し寄せたのだ。
今日もディナーはエルマーの店に妻たちと来たが、最近では席が埋まっていることも多い。
なので、事前に予約をしておくのだが、それは調味料の引き渡しのときに行っている。
調味料の仕入れで、エルマーには頻繁に会っているからね。
ただ、お店が忙しいので最近では学園の帰りに僕が店に顔を出す形になっている。
最初はエルマーも恐縮していたのだが、現実的に店をあけるわけにもいかないので、そういう形で落ち着いたのだ。
料理が運ばれてきた。
今日はトマトソースを使ったパスタである。
それを食べたあと次の料理が運ばれてくるまでの間、エルマーの料理の感想を話し合う。
「最初はこの真っ赤な色が血を連想させて、食べるのに勇気がいりましたが、慣れてしまうと今では何も感じなくなりましたわね」
エリーゼが初めてトマトソースを見たときの事を思い出す。
トマトはフィエルテでは普及していない食材だ。
地球でもトマトは悪魔の食べ物と信じられていた時代もあり、それはここでも一緒だった。
やはり、あの真っ赤な色が血を連想させてしまうのだ。
「本当に、慣れは怖いわね。今ではこの真っ赤なソースがなんともないのですから」
マルガレータも今ではすっかりトマトソースの虜だ。
トマトソースにニンニクとバジルで味付けしたパスタはエルマーの店の大人気メニューとなっており、食わず嫌いを克服した人も多い。
「ブルーノにもよくトマトソースの料理をお願いしているよね」
「ええ。ブルーノもエルマーに負けていられないと、新しい料理の創作に余念がないですわ。欠点は夜マクシミリアンがニンニク臭いことかしら」
ブリュンヒルデが婀娜な笑みを浮かべる。
その表情に昨夜のことを思い出して、恥ずかしくなってしまった。
「やあ、マクシミリアン」
「殿下」
食事中に話しかけてきたのはドミニク殿下だった。
慌てて席を立って頭を下げる。
妻たちも同じように殿下に挨拶をした。
「お久しぶりです、ドミニク殿下」
「ブリュンヒルデ嬢、息災か?」
「はい」
ブリュンヒルデは殿下とは顔見知りだったので、僕はエリーゼとマルガレータを紹介した。
「こちらが第二夫人のエリーゼと、第三夫人のマルガレータです」
「お初にお目にかかります」
「はじめまして」
「聞いていたけど、みんな美人でマクシミリアンが羨ましいよ」
意味ありげなニヤリという笑いが痛い。
そういう殿下の隣に可憐な少女がいた。
紫の髪の毛に華奢な体。
触れば折れてしまいそうなくらいに細い。
爽やかイケメンで褐色の肌をしたドミニク殿下とは対称的だ。
「殿下そちらのお嬢さんは?」
「フロイライン・モニカ、クンツェンドルフ侯爵のご令嬢で、私の婚約者だよ」
モニカ嬢がお辞儀をする。
婚約者がいるとは聞いていたが、もっと殿下みたいな活発な相手を勝手にイメージしていた。
いや、お忍びでこんなところに来るくらいだから、やはりお似合いなのかもしれない。
そうだよね、お忍びだよね。
王族が街のレストランに来るなんてありえないと思うんだけど。
「殿下、よくここをご存知でしたね」
「最近噂になっていたからな。学園でも王宮でも有名だぞ」
「そんなにですか」
それを聞いたブリュンヒルデが得意気な顔を見せた。
間違いなく彼女の手柄だな。
彼女の人脈でエルマーの店の認知度が上がり、一度訪れたらこの味の虜になる。
そんな虜になった貴族たちがまた誰かに話すことで、次から次へと客が増えたのだ。
何かと話題のシェーレンベルク公爵家の料理が食べられる店として、噂はどんどん広まっていった。
エルマーの腕が良かったのもあるが、今ではリピーターと新規の客でこの賑わいだ。
何人かの貴族はエルマーを雇おうとしてきたそうだが、この店の株主として僕がいることを伝えて断ったそうだ。
流石に公爵家の令嬢の婚約者と揉める度胸は無いらしい。
それに、エルマーも僕から離れたら調味料が調達出来なくなるのを知っているから、どんなに金を積まれても雇われる事は無いだろう。
まあ、その事は秘密になっているけど。
僕の魔法が調味料を作るだけというのは家族と一部の料理人、それからヨーナスしか知らない。
市場のバランスを崩しかねないし、僕が狙われる可能性が高くなるからだ。
「まったく、毎日こんな美味しいものが食べられるシェーレンベルク公爵が羨ましいよ。調味料の製法は秘匿されていて、今では公の調味料を求めて貴族たちが頭を下げる始末だ。王宮の料理人たちも再現せよと国王から命令されて可哀想だよ」
「そこまでですか」
ドミニク殿下の話では、公爵家の料理を食べた王妃があの料理を毎日食べたいと国王にねだり、国王も料理人たちに再現の指示を出したそうだ。
一部は再現されたようだけど、ガランマサラなんかは再現できないようだ。
元の世界の調味料だからなあ。
それにしても、自分の能力がこんなにも人に望まれるのは悪い気がしないな。
自分で料理はできないけど、料理人たちが調味料を使って美味しい料理を作ってくれる。
それがブームとなっているのは嬉しい限りだ。
これは多分マクシミリアン少年が、実家のローエンシュタイン家であまり大切にされていなかったことも影響しているのかもしれないな。
自分の考えにも彼の性格が影響していると思う。
前世ではあまり人付き合いが無かったし、関わろうともしなかったので、誰かの期待が嬉しいという感覚はなかったはずだ。
「それじゃあ、俺たちも近衛騎士に見つかる前に食事をしたいので、これで失礼するよ」
やっぱりお忍びか。
ドミニク殿下はモニカ嬢と一緒に別の席に行ってしまった。
「それにしても大人気になったねえ。ブリュンヒルデの案がうまく行ったおかげだよ」
「それ程でもありませんわ」
褒められたブリュンヒルデは満更でもない様子だ。
右手で髪をかきあげるが、これは彼女が嬉しいときに出る癖だ。
彼女も自分の考えた案で、エルマーの店がこれ程賑わったのが嬉しいのだろう。
しかし、人気が出たことで新たな問題が発生することになった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
11
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる